くろべえ、君はね、妹と2匹捨てられていたんだよね。今から仕事に行こうとしていた近所の人に懐っこくくっついて我が家の前までやってきた。
「これ以上ついて来たらダメだよ。国道に出たら危ないよ。」
その人の制止を聞いてか聞かずか、君たちは我が家の前でうずくまっていた。
確かキヨちゃんを病院かどこかに送り届けた後、一旦家に戻って出勤しようとしていた私と目が合った。
「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃん。」
ものすごくお喋りな兄妹。いきなり私の膝に来た。
でも、私が生まれてこの方、我が家では猫は居なかった。キヨちゃんは猫が「嫌い」だったし、父は独身時代交通事故で猫を失って以来トラウマになっていたから。
しばらくは、2匹とも野良ネコのままだった。ばあやん(ピンク)に頼みこんで1匹引き取ってもらった。
「黒い子は嫌じゃ。メスでもこっちがいい。」
とキジトラの妹はばあやんの猫に。
君はそれでも野良ネコだったけど、猫が嫌いなはずのキヨちゃんは、徐々に君の虜になった。
「こら!来るな!」
って手を振り上げながら、君の方に投げていたのは、石では無くてイリコだったね。
そして、ついに野良ネコから「しばらく預かっている外猫」になり、やがて「我が家の猫」になった。
普段人について歩いたりしないのに、父が散歩する時は、付かず離れずそばにいたね。当時は愛犬のクリがいて、クリと歩く父について行く私、そして山に入ったり出たりしながら、君は遠巻きに見守っていたね。
狩りの上手な君は、モグラやネズミを取ってきては得意そうだった。ウサギを捕って来た時は、
「死にかかりの弱ったうさぎだったんだろう。」
って父が笑ったら、これ見よがしに2匹目を捕って来たね。
弱いくせにケンカして病院通いは常だった。年中どこか怪我していたね。
そんな君が腎臓を患ったのは、13年以上前の事。父から様子が変だと電話が合った。苦しんで苦しんで、私のベッドの上で失禁して、それで身体が楽になって寝ていたっけ。そう考えたら、長い長い闘病生活。でも、本当に治療らしい治療は最近まで必要無かったね。
本当は父の寝室にペットは厳禁だったのに、透析でベッドから動けない時間、父はずっと私の目を盗んで君を窓から入れていた。
父が死んで、君は父のいないベッドに何日も通ったね。探したね。
猫が嫌いだったキヨちゃんは、すっかり猫が大好きな婆ちゃんになり、いつも一緒だったね。時には迷惑なほどキヨちゃんに構われても、じっと我慢していたね。
高齢になってどんどん腎臓も悪化して、何度ももうダメかもって思うようになっても、何度もウソみたいに復活した。だけど、やっぱり人間なら100歳をゆうに超えているのだもの、仕方ないよね。
昨日は一日キヨちゃんが抱いて座った。夜は親友ナースが立ち寄ってくれた。鼻先を撫でて貰ったね。
いつものように点滴をして、水分とミルクをシリンジでちょっと飲めたね。殆ど歩けなかったのに、自分の足でベッドに上がってきた。くりりんと川の字で寝ていた君。朝5時前に目が覚めたら、君は息を止めていた。まだ温かい柔らかい、目だってまだくすんでいなかったから、一瞬息を吹き返すのではと思ったほど。
キヨちゃんを起こして、キヨちゃんに抱っこして貰って朝を待ったね。まだ固まっていないのにどうしても目をつぶらせない君だったけど、キヨちゃんに抱っこされた後、親友ナースがくれた君のベッドに寝かせるうちに、自然に目を閉じた。
今まで飼って来たペットたちはみんな敷地の山に埋めてきたけど、生きている内からキヨちゃんが、
「くろちゃんは火葬する」
と決めていたので、初めてのペット葬儀になった。
君の骨は綺麗だったよ。真っ白でとてもきれいだった。おやつは沢山入れたけど、本当はお刺身も入れてあげれば良かったね。
ありがとう。君と暮らした長い年月、私たち家族は幸せだったよ。本当に幸せだったよ。きっと、お父さんが待ちかねたように抱っこしているね。
お疲れ様。もう、精一杯走りまわればいいよ。
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