すずしろ日誌

介護をテーマにした詩集(じいとんばあ)と、天然な母を題材にしたエッセイ(うちのキヨちゃん)です。ひとりごとも・・・。

ラブストーリー

2006-08-31 11:58:01 | うちのキヨちゃん
 それは、うちの父とキヨちゃんが出会った頃の話である。
 父は子供の頃から悪ガキで、近所でも評判だったらしい。土木会社といえば今は普通の会社で、普通の社員がいるのだが、その昔は「飯場」といえば、務所帰りややんちゃな男たちの巣窟だった。そんな中で、やくざ相手に喧嘩をしたり、「あにき」呼ばわりされていた父のやんちゃぶりは相当な物だった。
 危険物取り扱いの免許を持っているからと、上着の内ポケットには常に喧嘩用のダイナマイト。ベルトは常に2重。時代も時代だから、双方ぼこぼこになるまで戦わせて、「ほな、行くか?」とお巡りさんも引っ張って行くくらいで、「銃刀法違反」などとは言われなかったらしい。
 そんなめちゃくちゃなやんちゃ野郎が、恋をした。飯場に「飯炊き」に九州くんだりから、出稼ぎに来ていたキヨちゃんである。
 彼女は無駄なくらいに明るく、いつもからから笑っていた。その天真爛漫な明るさは、どちらかといえば暗かった父にとって、かなりまぶしい存在だった。
 ある日父は思いきってキヨちゃんに告白した。
 「これ、洗濯してくれ」
そう言って渡したきちんと畳んだ洗濯物。受け取った彼女が洗濯機に入れようと、広げた途端、はらり・・・と手紙が落ちるなんていう、何ともはやロマンチックな方法ではある。
 初めてもらったラブレターに、動揺したキヨちゃんは手紙を隠すように持って河原へ行き、ゆっくりと封を切った。
 「あなたの、その澄んだ瞳に惚れました」
手紙にはそう書いてあったそうだ。もともと好意を寄せていた彼女は快諾し、めでたく二人はつきあうことになった。
 ところが結婚となると話は大事になった。何しろ彼女側の父への評価は「いつ死ぬか分からない危ない男」だったのだからみすみす苦労な所に、やりたいわけがない。終いには父は駆け落ちまで覚悟し、荷物をまとめてから、最後のお願いに行ったのだ。
 ありがたいことに、何処の世界にも味方はいるもので、キヨちゃんの義兄が後押ししてくれ、ふたりはようやく結婚の許しを得ることが出来た。
 父はキヨちゃんをふるさとに連れ帰った時、両親にこう紹介した。
 「日本一すばらしい女性を連れてきました。」

 わが親ながら、なんてすてきなラブストーリーだろうと、子供心に思って育った私は「決して両親以下の恋愛はしない!」と心に決めていた。そして、ないものねだりが祟って、独身街道まっしぐらである。しかも、最近の二人を見るに付け、「このふたりがなあ??」と思うのである。
 責任取れとは言わないが、せめて不憫に思ってくれ。
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過労死

2006-08-29 12:35:34 | じいとんばあ
   過労死

あれもこれも どれもそれも
あなたは 丸抱えにして
誰一人 信用せず 誰一人 認めず

ここを変えていきたい
若い世代が ベテラン世代が
少しずつ少しずつ 意識を変えてきて
今 前向きに 進もうとするとき
あなたは やはり自分の陣地を
守り通すことしか 頭にない

あなたは 何を恐れているの
あなたの ひた隠しにする不正など
私たちは どうでもいい
あなたが 誰と不倫をしようと
あなたが 仮に搾取していたとしても
私たちは この際 どうでもいい
だから 私たちに 任せて欲しい

どこまでも どこまでも
自分が 一番偉くいたいのなら
それはそれで構わない
だから 少しは任せて欲しい

過労死
それは 会社に使われて働かされて
到るものだと思ってた
でも 飼い殺しでも
たぶん 人は過労死するんだ

誰かが倒れたとき
きっと あなたは言うでしょう
「誰も やれとは言わなかった」
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足の早いおじさん

2006-08-21 23:25:25 | むかしむかし
 むかしむかし、ある田舎にたいへん足の速い、腕白坊主がおった。村でもかけっこは負けたことが無く、いたずらでも負けたことはなかった。あまりの腕白ぶりに、ようじいさまに説教を食らったが、そのげんこつが振り下ろされる前には、正座したまま後ろに火鉢を飛び越えて逃げるといった有様で、まるで忍者のようじゃった。
 その腕白坊主が、ある日不思議な男と出会った。身なりはどこにでもおるおやじであったが、何しろ足が早いのじゃ。それは風のように早く、もっと驚いたことには、その男は四つん這いで駆け抜けるのじゃった。
 「おっちゃん、ごっついなあ!」
感動した坊主じゃが、足の早いのが自慢だったのだから、悔しゅうて仕方ない。見よう見まねで、両手をついて走ってみたが、どうしても上手く走れないのじゃ。
 そんなことがあってから、どれくらい経ったじゃろう。ある祭りの日、坊主は母親と神社に来ておった。そこで、坊主はあの男に再会したのじゃ。
 「あ、おっちゃんじゃ」
坊主は走り方を教わりたくて、思わず男に駆け寄った。
 「あかん!」
すると、すぐに母親に腕を掴まれたのじゃ。訳の分からぬ坊主に、母親はこう言うた。
 「あの人はな、犬神さんに憑かれとるんじゃ。」
 どうりで足が早い訳よなあ。


以上、所謂キツネ憑きの話である。私はあんまり近くでは見たくないなあ・・・。でも、ほんと、めちゃめちゃ早かったらしい。「この人変だ」と思わずに、「すっげ~」と思ってしまうあたりが、子供よねえ・・・。
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父の入浴

2006-08-19 00:52:25 | うちのキヨちゃん
 何年か前、父が手を大けがしたことがあった。普段の生活にさほど支障はないものの、やはり水は使えない。風呂などもってのほかであった。当時はまだ父に介護が必要な状態ではなかったのだが、こうなっては不便きわまりない、キヨちゃんとふたりで介護生活のスタートである。
 都合良いことに、私は介護職に従事していたので、世話することには慣れていた。あれこれ便利グッズも買い、世話を焼いた。今まで自分で洗髪していた父は、多くの親父同様「石鹸で洗髪」派だった。だから、私がシャンプーをしたときは、「さらさらするもんやなあ」と少しカルチャーショックだったようだ。(もっともサラサラ感を味わえるほど、頭髪があるとは思えないのだが・・・)背中も自分で洗うより、人に洗って貰った方が気持ちいいものだと感じたらしい。
 しかし、ふと父の前を洗う段になって、私は躊躇した。介護職に就いているのだから、陰部洗浄などどうということはない。ただ、今まで他人に洗われたことのない父が、娘に洗われるのは「照れくさい」のではないか?と思ったのである。そして当然私自身も照れくさかったのである。
 そのことをキヨちゃんに話すと大爆笑。
 「そうか、恥ずかしいかあ!!よっしゃ母ちゃんに任せとけ。」
力強くそう言ってくれた彼女は、私と交替して浴室に向かった。やはりそこは夫婦よね・・・と私は感心していたのだ。
 しばらくして風呂から上がった父は、ぽつりと言った。
 「今度は自分でする」
やはり夫婦でも恥ずかしかったのだろうか。
 「やっぱり照れくさい?」
尋ねる私に父はこう言った。
 「母ちゃん、10年ぶりに親の敵にあったように洗うてくれた。」
・・・。母よ、あなたはどんな洗い方をしたのだ???
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ねえやんの干し芋

2006-08-17 23:31:50 | むかしむかし
 むかしむかし、ある貧しい家にツヨシという少年がおった。たくさんの兄弟の末っ子じゃったツヨシは、ある時から、親類の家に「口減らし」に出されたのじゃ。かといって、親類のおじさんもおばさんも決して裕福だった訳ではなく、ツヨシは朝から晩まで働かされたが、ろくろく飯も食ってはおらなんだ。
 どうにも空腹に耐えかねたツヨシは、ねえやんの家に向かった。ねえやんはツヨシの一番上の姉さんで、近くの家にお嫁に来ていたのじゃ。
しかし、「お腹がすいた」と言えば、ねえやんに心配をかける。じゃから、ツヨシはどうしても、「食わせてくれ」とは言えなんだのじゃ。
 ねえやんの家までくると、軒にたくさんの干し芋や干し柿が吊してあった。それをすばやくもぎ取ると、わざと大きな声で、
 「おおい!ねえやん!取ってやったぞ!」
と、いたずら坊主を演じたのじゃった。
 「こら!」
怒って出てくるねえやんに、あっかんべーをしながら、ツヨシは精一杯走った。あんまり顔を見ていると、涙が出そうだったのじゃ。
 ねえやんの家が見えないところまでくると、ツヨシは泣きながら夢中でそれらをむさぼり食った。
 「ごめんよ、ねえやん」
と繰り返しながら。
 それからも、どうにも腹が減った日は、同じようにいたずら盗人を決め込んだ。しかし、ツヨシは知らなんだのじゃ。ねえやんがとっくに気づいていることを。
 ある日、いつものように家に近づくと、ねえやんとねえやんの婿さんの話が聞こえてきた。
 「おい、そろそろツヨシが来る頃やろ。」
 「ごめんなさい・・・。」
 「かまうか。それより、早うツヨシ来る前に、下げてやらんか。」
 そうなのじゃ。ねえやんとねえやんの婿さんは、ツヨシが取りやすいように、低いところに芋や柿を下げてくれとったのじゃ。
 ツヨシはその日、袖口をかみしめて、声を出さずに泣いたのじゃった。


以上、貧しかった時代の実話である。2006/8/17の記事
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タヌキの提灯行列

2006-08-14 11:46:02 | むかしむかし
 むかしむかし、ある山に大変いたずら好きなタヌキがおった。このタヌキ、姿は見せないがあらゆるところでいたずらをしおった。
 ある時、じいさまが向かいの山を何気なく見ると、道があるはずもないところに、提灯行列が行進しておった。それはそれは見事な出来で、向かいの山の木々がくっきりと分かるのじゃ。その木々の間を、見えつ隠れつ提灯の明かりが続いておった。
 じいさまは「ははあ、こりゃタヌキじゃな」と思ったが、床机に腰掛けたまま、
 「おお!見事じゃ見事じゃ!」
と誉めたそうじゃ。
 するとどうじゃろう、突然提灯行列の長さが倍になったのじゃ。おかしくなったじいさまはさらに誉めてやった。すると調子に乗ってどんどん行列は長くなるのじゃった。
 じいさまはその行列を眺めながら、足下にかすかなぬくもりを感じておったが、うっかり顔を見たらだまされるので、知らんぷりをきめこんだのじゃった。

 以上、なんともかわいいタヌキのいたずらの話である。徳島はタヌキの話がいたるところに残っている。田舎でなくとも、それこそ市内では有名なタヌキ合戦の話がある。(宮崎監督のアニメ、ぽんぽこにも登場した金長だぬきと、六右衛門だぬきの悲しいお話)漫画家の水木しげる氏によれば、徳島は妖怪の宝庫らしいが、すべて「タヌキじゃ」で済ませてきたらしい。う、ありえる・・・。
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引き潮の舟

2006-08-14 06:02:00 | むかしむかし
 むかしむかし、あるところに藤吉じいさんというおじいさんがおった。このおじいさん、いたく信心深く兼ねてから「わしは死んでも仏にはならん。」が口癖じゃった。(まあ、早い話が神道やね)
 この藤吉じいさんが、ある日突然、家族を集めてこう言った。
 「わしは明日の朝の引き潮に乗って、あの世に旅立たねばならない。みんなにあいさつせないかんので、集めてくれ」
まあ、こんなにぴんぴんしとるのに、何を言いよるのだ・・・と家族は思うたが、あまりにじいさんが真剣なので、親類を集めて、宴を催した。 夜更けまで、存分に語り合い呑み交わし、じいさんの話はともかく、こうして久しぶりに集まるのもいいもんだと、みんな思いよった。
 ところがじゃ。夜明け前になって、にわかにじいさんが慌て始めた。
 「いかん。夜が明ける。舟が迎えに来る。腹ごしらえをしないと、三途の川を渡れん。片栗を練れ!」
そう言われても、ばあさんはすっかり油断していたものじゃから、湯など間にあわん。
 「ええい、水でええ!急げ!」
言われるままに、水で練った片栗を差し出すと、じいさんはそれをかき込み、
 「ごちそうさん。」
そう、言い残して、ぽっくりとこの世を去ったのじゃった。

 以上、ぎりぎりセーフであの世に行った、うちの曾爺ちゃんの話である。ちなみにこのじいちゃん、困ったことがあったら名前を言えば必ず助けてやると言ったそうで、父は何度も助けてもらったらしい。私はと言えば、不信心が祟るのか、じいちゃんと面識がないからか、試しに爺ちゃんの名前を唱えると必ず失敗する。・・・、自力で頑張るしかないのね・・・。
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おっ、お誕生日・・・

2006-08-13 21:56:02 | ひとりごと
 本日は、実は私の誕生日です。とはいえ、もう「わ~い」と喜べる歳でもなく、誰かと祝うわけでもなく、サンクスでスィーツを買って一人で食べたのです・・・。ちと虚しい。
 故淀川長治氏が「お誕生日は誰かに祝ってもらうものではなく、自分を産んでくれた親に感謝する日にしなさい」と言われたそうです。もう何年も前に聞いた言葉が、ふと気まぐれに私の心に響いて、仕事帰り寄り道して、両親に服を買いました。しかも思いつきなので財布にはいくらもなく「か、カードでいいですか?」。
 思いがけないプレゼントに、喜々とする老夫婦を見ていたら、私も幸せな気分になり、悪くないと思いました。ま、この気持が維持するかどうかは怪しいのですが。

 ところで、「じいとんばあ」「うちのキヨちゃん」に続き、新しいカテゴリーを起こそうと思います。父や母だけでなくお年よりに聞く「昔話」これ、結構おもしろいのです。タイトルは「むかしむかし」にしようと思います。乞うご期待。
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悪党

2006-08-12 00:06:28 | じいとんばあ
    悪党

毎日毎日 痛ましいニュースが飛び込んでくる
親が子供を  子供が親を 兄が弟を・・・
疲れた・・・
その一言の重みを 簡単には咀嚼できない
いろいろな事情があって さまざまな葛藤があって
何かが 狂気に走らせたの

でも その手を振り下ろす前に
その指が 首に食い込むその前に
なぜ 助けてと言えなかったの
なぜ そこまで 自分を追いつめてしまったの

国が悪い 制度が悪い 世間が悪い 身内が悪い
きっと 悪人はたくさんいて
あなたを 助けてはくれなかったの
でも 本当に悪人ばかりだったの
ドアをかたくなに 閉ざしていたのは
あなたのほうかもしれない

もどかしい きっと周りの人はそうだろう
助けられたかもしれない 命と心に
どれほどの後悔をするだろう
あなたが思うより きっとみんなも傷ついている

あなたの人生を 誰も代わることは出来ない
あなたの苦労を 全部引き受けることはできない
でも 聞いてあげられる 手助けができる
あなたの身体と心を ほんの少し軽くはしてあげられる

遠慮とか プライドとか 世間体とか
どうか 捨ててください
あなたが声をあげることで
やがては 国や世間の悪党も
変えられるはずだから 
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飯場のキヨちゃん

2006-08-09 00:17:52 | うちのキヨちゃん
 まだ、私が幼く記憶にない頃の話である。
 うちの父は土木建築関係の仕事をしており、家族揃って所謂「飯場暮らし」であった。(今飯場って差別用語らしいのね。昔、そういう現場は務所から出たような方が多かったからかな?)キヨちゃんはそこで「飯炊き(炊事)」(これも今は差別用語らしい)をしていて、職場恋愛の末の結婚である。まあ、ふたりの恋の話は後日として、今回は私が幼かった頃の話である。
 ある日、何が原因か炊事場で爆音とともに、大きな火柱が上がった。生憎男たちは現場に出て留守。たまたま父がデスクワークに戻っていて事件に遭遇した。
 炊事場では同僚の女性たちが、大きな火柱を前に立ちすくみ、声すら出せない状態である。音に気づいて駆けつけた父に、キヨちゃんは叫んだ。
 「父ちゃん!子供をお願い!!」
 そして私を父に預けた彼女は一目散にどこかへ走り去ったのだ。私を受け取った父は、実に冷静に火を収め、事なきを得た。その場にいた女たちも腰砕けながら、無事を確認しあって喜んでいた。 
 騒ぎが収まってから、ふと父はキヨちゃんが何処に行ったのか心配になった。そこで長屋に戻ってみると、自室の窓から家財道具一式投げ出しているキヨちゃんを発見したのだ。図太いというか逞しいというか・・・。昔から、やはりキヨちゃんはキヨちゃんである。
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