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すずしろ日誌

介護をテーマにした詩集(じいとんばあ)と、天然な母を題材にしたエッセイ(うちのキヨちゃん)です。ひとりごとも・・・。

真夜中のノック

2006-09-23 21:49:01 | むかしむかし
 むかしむかし、ある山の中にダムが出来ることになった。そしてダムを造るためにたくさんの男たちが、プレハブ住宅に住み込み、共同生活を送り始めたのじゃ。
 やがてそこに、一匹の野良犬が居着くようになった。何人かの犬好きが、こっそり餌をやり始める。はじめは遠巻きに、残飯をあさりに来ていたその犬も、餌をやるうちに少しずつ少しずつ男たちに近づいてきた。誰が言い始めるでもなく、いつしか犬は「太郎」と呼ばれるようになっっておった。山の中での生活で、太郎の存在は男たちの心を和ませはじめていた。
ところがそんなある日、男たちは上司から犬を飼うことを禁じられたのじゃ。一番可愛がっていた田中が抗議した。
 「いいじゃないですか。みんなも可愛がってますし、懐いてるし。」
 「ここは現場やぞ。ここの仕事が終わったら、出ていくじゃないか。その後、誰が責任持って飼うんぞ。わしやって、犬は好きやが、情の移らんうちに、遠くに捨ててこい!」
 そう言われると、自分が飼うと言える者もなく、太郎は捨てられることに決まってしもうた。
 車に乗せ何十キロも離れた場所に、置き去る。車を追いかける姿をバックミラーで見ながら、男は振りきるようにスピードをあげた。
 犬がいなくなり一週間あまりが過ぎた。男たちは口には出さないが誰もが寂しい思いをしていた。そんなある夜のことじゃった。
 田中は万年床に転がりながら、ぼんやりとしておった。すると誰かが戸を叩く音がする。
 とんとんとん、とんとんとん。
 男だらけの遠慮のない生活、わざわざノックするような奴はいない。せいぜい「入るぞ」と言うくらいのものだ。田中は怪訝に思いながら声をかけた。
 「だれぞ?開いとるぞ、入れや」
 とんとんとん、とんとんとん。
返事はない。戸を叩く音だけが、続いていた。
 田中が気味悪く思いながら、もう一度声を掛けようとした時じゃった。勢い良く戸が開け放たれ、薄汚れた犬が飛び込んできた。
 「太郎!」
それはまさしく太郎じゃった。太郎は嬉しそうに部屋中を駆け回ると、田中にじゃれつくでもなく、すぐ部屋を出ていった。慌てて田中は後を追う。すると太郎は、違う家の戸を叩き始めたのじゃ。  とんとんとん、とんとんとん。
 そして次の家でも同じように部屋の中を駆け回り、次の家へとむかったのじゃ。そうなのじゃ。太郎は自分を可愛がってくれた男の部屋を、ひとつひとつノックして廻ったのじゃ。
 腹も減っておったろうに、ねだりもせず、ただただ「ただいま」を言うために走り回った太郎。男たちはたまらずに男泣きに泣いた。話を聞いた上司も、二度と捨てろとは言えなくなった。
 その後太郎は、男たちと一緒に暮らした。次の土地でもその次の土地でも。そして天寿を全うするまで、幸せに暮らしたのじゃった。

以上、飯場にいた土佐犬の話です。すごく賢い犬で、飯場暮らしの後、田中さんの親戚筋に引き取られ、6匹の子犬を産み、子犬も5匹里親が決まり、1匹は太郎と一緒に飼われたそうです。ええ、太郎はメスです。雄と思いますよね・・・。子犬の話を聞くまでは私は雄だと思ってました。
コメント (6)
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