〈「白花露草」(平成28年8月24日撮影、下根子桜)
曖昧すぎる小倉の記述
鈴木 そうか、そういう心理だったのか。だからこそ、小倉がその次に出版した『「雨ニモマケズ手帳」新考』では、
しかし其の後、新資料も出て来、諸家の研究も進展して来たので、主として原資料提供を主とした解説を改めて述べた次第である。
と断り書きを前置きしながら、同書では、 ㈠ 賢治のT女史宛の手紙下書によれば、二人の手紙の往復は賢治の発病後も継続しており、クリスチャンのT女史は法華経信者となって賢治の交際を深めようとしたり、持ち込まれた縁談を賢治に相談することによって賢治への執心をほのめかしたりしたが、賢治の拒否の態度は依然変らなかったらしい。その結果T女史は賢治の悪口を言うようになったのであろう。この点、高橋氏は否定していたが、私は関登久也氏夫人(賢治の妹シゲの夫岩田豊蔵氏実妹ナヲさん)から直接きいており、賢治が珍しくもこの件について釈明に来たことも関氏から直接聞いている。
<共に『「雨ニモマケズ手帳」新考』(小倉豊文著、東京創元社)115pより>と、またぞろぶり返したのか。
荒木 あっ、そっか。小倉はまだまだこの事に関して強い拘りや未練があったというわけだ。
吉田 しかしこのような記述の仕方をされると困るんだよな。この文中の指示語「この点」が何を指しているかはっきりしていないから。一体、小倉はナヲから直接何を聞いたのか、それがはっきりしない。どうも、この「粗雑な推定」に関しての小倉の文章は切れ味の良さが感じられず、小倉らしからぬ曖昧な表現が目立つ。
鈴木 まさにそのとおりで、その後に出版した『解説 復元版 宮澤賢治手帳』の中でもまたして、
㈡ 高橋氏の話によれば、高瀬さんの強引な単独訪問はその後もしげしげ続いたが、賢治のその都度かくれたり、顔に灰を塗ってレプラだと偽ったりするつれなさに、女学校時代の同級生で宮澤家の親戚である関徳弥(筆名登久也)氏婦人(賢治の義理の兄妹)に、賢治を悪しざまに告げ口した。その前に賢治は「自分の悪口を言いに来る者があるだろう」と、関氏と同夫人に話に来たという。このことは関氏と同夫人から私も聞いている。彼女の協会への出入に賢治が非常に困惑していたことは、当時の協会員の青年達も知っており、その人達からも私は聞いた。それらを知った父政次郎翁が「女に白い歯を見せるからだ」と賢治を叱責したということは、翁自身から私は聞いている。労農党支部へのシンパ的行動と共に―。
<『解説 復元版 宮澤賢治手帳』(小倉豊文著、筑摩書房)47p~より>と、似たようなことを記述していてこちらも曖昧だ。とりわけ、肝心の「賢治を悪しざまに告げ口した」には主語すらない。
吉田 先の指示語の曖昧さしかり、今回の主語のないことしかり、小倉豊文の文章は肝心なところが曖昧になっている。
鈴木 さらに注意深く読んでみると、ある微妙なしかし重要な違いにも気付く。それは小倉は、
㈠の『「雨ニモマケズ手帳」新考』の場合:その結果T女史は賢治の悪口を言うようになったのであろう。……○ア
と推定表現で述べていたのに、
㈡の『解説 復元版 宮澤賢治手帳』の場合:賢治を悪しざまに告げ口した。……○イ
と断定表現に変えているという違いにである。それも、
前者㈠:「悪口を言う」→ 後者㈡:「悪しざまに告げ口した」
というように、より印象の悪い「告げ口」という表現に変えている。しかも前者㈠においては出だしに、この点、高橋氏は否定していたが、……○ウ
と言い添えていたのに、後者㈡には〝○ウ〟が見当たらないという違いもある。
吉田 さらに、小倉は㈡においては、「高橋氏の話によれば」と前置きしているから、誰が言ったかはさておき、
「賢治を悪しざまに告げ口した」ということを高橋慶吾が証言した。……○エ
ということになるので、小倉の曖昧な表現は誤解を生みかねない。
荒木 そうだよ。これじゃ、㈡の『解説 復元版 宮澤賢治手帳』の方を読んだ人は、記されていない主語を「露」と思い込み、
露は賢治を悪しざまに告げ口した。
は事実だったと普通は受け止めがちだろう。
鈴木 また一方、もしその曖昧さを問われたとしたならば、小倉は、
前置きとして「高橋氏の話によれば」と書いているではないか。
と弁解して、高橋慶吾に下駄を預けるかもしれんが、そうするとそれは〝○ウ〟に全く反している。
荒木 ところで、この㈡の「高橋氏の話によれば」はどこまでの範囲を指しているのだろうか、ちょっとわかりにくいのだが。
吉田 一般には、「高橋氏の話によれば」がどこまでを指すのかは、「高橋氏の話によれば……という」という文章構成になるのが普通だろうから、
高瀬さんの強引な単独訪問はその後もしげしげ続いたが、……関氏と同夫人に話に来たという。
を指すことになるだろう。
ところが、先の「この点」がどこまでを指すのかの場合と似たり寄ったりで、今回は今回で、「このことは関氏と同夫人から私も聞いている」の「このこと」がどこからどこまでを指すのかが判然としていない。
鈴木 私もあれこれいろいろな場合を推考してみたのだが、元々が曖昧だから小倉豊文の書いた文章は解きほぐしようのない「盤根錯節」であり、途中で解くのを諦めてしまった。
荒木 結局、曖昧さを解決できない文章表現でしかなかった、というわけか。
鈴木 言い方を換えれば、〝○ア〟は推定、〝○イ〟は曖昧なので、当然そのような程度のものでは検証の際の資料たり得ない。
もちろん㈡の中にある、
賢治は「自分の悪口を言いに来る者があるだろう」と、関氏と同夫人に話に来たという。
が、〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉の反例とならないこともまた明らかだ。
荒木 そうだよな。これじゃ、一体誰がどんな内容の悪口かもわからないからな。
吉田 つまるところ、小倉のこれらの著書に載っている証言内容は、曖昧ながらも基本的には関登久也の「面影」で述べられている例のエピソード、
亡くなられる一年位前、病氣がひとまづ良くなつて居られた頃、私の家を尋ねて來られました。それは賢治氏知人の女の人が、賢治氏を中傷的に言ふのでそのことについて賢治氏は私に一應の了解を求めに來たのでした。
の域を出ず、このことについては既に検証作業は終えたのだから、今さらまた繰り返す必要もなかろう。したがって、結論を言えば、
小倉豊文の著書に載っている「露関連」の「証言」はあまりにも曖昧すぎてその証言の内容が判然としないから、仮説の検証作業用資料に資することはできない。
ということだ。荒木 しかも、小倉は高橋慶吾から批難されてそれを引っ込めたりまた出したりしているところもあり、その信憑性は一層薄いと言わざるを得ないからな。
吉田 また百歩譲って、小倉の記述どおりに
「賢治を悪しざまに告げ口した」とナヲが小倉に証言した。
ということであったとしても、このような発言をしている人は誰であるかということは明示されていないし、それどころか、この「告げ口」とは、まさしく以前「曾て賢治氏になかつた事」に関して考察した際の、
賢治と親しい〝「賢治○○」の著者〟Mが病床の賢治にその後の露に関する「噂話」を告げ口をした
ことを指している可能性も大だ。
鈴木 したがって現時点では、小倉のこれらの著書に載っている「露関連」の「証言」はいずれも皆曖昧すぎるものばかりであり、そのような「証言」を〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉の検証作業用の資料として資することはできない。はっきり言って、検証以前だ。
吉田 どうやら、先に僕が切り出した〈「押しかけ女房」的な痴態にも及んだ「悪女」〉についても、おそらくこれらと似たり寄ったりで、まあ、それがどこにどう書いてあるかが見つかったならば検討はせねばならぬが、現時点ではこれも検証用の資料たり得ない、と判断せざるを得なかろう。
荒木 ということは、小倉豊文の著書に載っている「露関連」の証言等によっても、〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉を棄却する必要はない、と現時点では言えるということだ。
いやあ嬉しいね。というか、正直ほっとした。露のことを信じ続けてきてよかったよ。一時、これでこの〈仮説〉の反例がとうとう最後の土壇場で現れて、俺はすごすごと退散するしかないのかと半ば諦めかけ、冷や冷やしていた。
鈴木 うん、私も一時冷や汗をかいたよ。でもまさか吉田、まだ他にもあるなんてことはないよな。
吉田 悪い悪い、冷や冷やさせてしまって。もちろんもう他にはない。「押しかけ女房」の件では大変お騒がせしてしまった。
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賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』
〈平成30年6月231日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました。
そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
あるいは、葉書か電話にて、『本統の賢治と本当の露』を入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金分として1,620円(本体価格1,500円+税120円、送料無料)分の郵便切手をお送り下さい。
〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
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