みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

3383 詩作のある頂点を示すものである

2013-07-03 09:00:00 | 賢治渉猟
《創られた賢治から愛すべき賢治に》
詩作のある頂点を示す
 たまたま、N氏が次のように論じていることをこの度知った。
 宮沢賢治は一九二六年三月に農学校教師の職を辞し、四月から開墾、耕作をし、自炊生活に入り、同じ年の八月には羅須地人協会を設立して、ほとんど伝説的な農民への献身に没入することとなった。「春と修羅」第三集はこの時期の作品である。この時期の佳作「稲作挿話」や「和風は河谷いっぱいに吹く」などは、宮沢賢治の作品の詩作のある頂点を示すものである。ここにはもう第一集に見られたイメージの混乱はまったくない。言葉の遊戯のようなものも、はいりこむ余地がない。明るい未来を期待している詩人の眸にふさわし確実な格調がこれらの詩篇をささえている。そして、「永訣の朝」が「レモン哀歌」でくりかえされたようには、この第三集の詩篇が他の詩人によってくりかえされることはありえない。それは詩の素材がまったく宮沢賢治独自のもので、くりかえされることがないからである。ただ素材が独自であるばかりではない。やはり、素材とのかかわり方が独自なのである。
 たしかに私も似たようなことを感じていた(もちろんN氏のような鋭いものではなくて私の場合はただ漫然とだが)。かつての私は、「春と修羅第三集」において虚構などあろうはずはないと思い込んでいたから、賢治が下根子桜に住んでいた頃に詠んだ〔あすこの田はねえ〕(「稲作挿話」)「野の師父<*1>」「和風は河谷いっぱいに吹く」(〔南からまた西南から〕)等の詩篇に素直に感動し、賢治はやはり流石だと崇め奉っていた。
 これらの詩篇は他の詩人には到底詠めないであろう素晴らしいものだと。そしてそれ以上に、貧しい農民達への身を削るような献身、しかもその献身的な稲作指導による成果には目を見はるものがあったいうことをこれらの詩篇から読み取っていたからだ。ただしそれは、逆の言い方をすれば、もしこれらの詩篇の中身が賢治の営為そのものでなかったとするならば、特に数値的なデータ等を膨らましていたとするならば、その感動は私から失せてしまうという意味での、である。
還元可能か
 ところが私は最近、賢治のこれらの詩篇は当時の賢治の営為にはたして還元できるのだろうかという悩みを持ってしまった。そしてそのことについては、以前〝『春と修羅第三集』の検証(#2)〟等において私見を述べたところである。
 したがって、今となっては
 「稲作挿話」や「和風は河谷いっぱいに吹く」などは、宮沢賢治の作品の詩作のある頂点を示すものである。
という見方は肯んずることが出来なくなってしまった。とりわけ、「和風は河谷いっぱいに吹く」における次の連
   十に一つも起きれまいと思ってゐたものが
   わづかの苗のつくり方のちがひや
   燐酸のやり方のために
   今日はそろってみな起きてゐる

に詠まれている水稲の状況はどうも詩の日付〝一九二七、八、二〇〟の日、すなわち昭和2年8月20日に賢治が目の当たりにしているものとはかなり違っていて、この詩にはかなりの虚構があると判断せざるを得ないから、この詩は安易に還元など出来ないということを知ってしまったが故に。

******************************<*1:註>*****************************
     一〇二〇
           野の師父
   倒れた稲や萓穂の間
   白びかりする水をわたって
   この雷と雲とのなかに
   師父よあなたを訪ねて来れば
   あなたは縁に正しく座して
   空と原とのけはひをきいてゐられます
   日日に日の出と日の入に
   小山のやうに草を刈り
   冬も手織の麻を着て
   七十年が過ぎ去れば
   あなたのせなは松より円く
   あなたの指はかじかまり
   あなたの額は雨や日や
   あらゆる辛苦の図式を刻み
   あなたの瞳は洞よりうつろ
   この野とそらのあらゆる相は
   あなたのなかに複本をもち
   それらの変化の方向や
   その作物への影響は
   たとへば風のことばのやうに
   あなたののどにつぶやかれます
   しかもあなたのおももちの
   今日は何たる明るさでせう
   豊かな稔りを願へるままに
   二千の施肥の設計を終へ
   その稲いまやみな穂を抽いて
   花をも開くこの日ごろ
   四日つゞいた烈しい雨と
   今朝からのこの雷雨のために
   あちこち倒れもしましたが
   なほもし明日或は明后
   日をさへ見ればみな起きあがり
   恐らく所期の結果も得ます
   さうでなければ村々は
   今年もまた暗い冬を再び迎へるのです
   この雷と雨との音に
   物を云ふことの甲斐なさに
   わたくしは黙して立つばかり
   松や楊の林には
   幾すじ雲の尾がなびき
   幾層のつゝみの水は
   灰いろをしてあふれてゐます
   しかもあなたのおももちの
   その不安ない明るさは
   一昨年の夏ひでりのそらを
   見上げたあなたのけはひもなく
   わたしはいま自信に満ちて
   ふたゝび村をめぐらうとします
   わたくしが去らうとして
   一瞬あなたの額の上に
   不定な雲がうかび出て
   ふたゝび明るく晴れるのは
   それが何かを推せんとして
   恐らく百の種類を数へ
   思ひを尽してつひに知り得ぬものではありますが
   師父よもしもやそのことが
   口耳の学をわづかに修め
   鳥のごとくに軽佻な
   わたくしに関することでありますならば
   師父よあなたの目力をつくし
   あなたの聴力のかぎりをもって
   わたくしのまなこを正視し
   わたくしの呼吸をお聞き下さい
   古い白麻の洋服を着て
   やぶけた絹張の洋傘はもちながら
   尚わたくしは
   諸仏菩薩の護念によって
   あなたが朝ごと誦せられる
   かの法華経の寿量の品を
   命をもって守らうとするものであります
   それでは師父よ
   何たる天鼓の轟きでせう
   何たる光の浄化でせう
   わたくしは黙して
   あなたに別の礼をばします
              <『校本宮澤賢治全集第四巻』(筑摩書房)106p~より>

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 なお、その一部につきましてはそれぞれ以下のとおりです。
   「目次
   「第一章 改竄された『宮澤賢治物語』(6p~11p)
   「おわり
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