みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

『「羅須地人協会時代」検証―常識でこそ見えてくる―』(一気読み) 

2024-03-07 18:00:00 | 常識でこそ見えてくる賢治











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    《表2『修訂 宮澤賢治年譜』(大正15~昭和3年抜粋)》  143
    《表3 「羅須地人協会時代」の花巻の全天候》  147
    《表4『作物別最適pH領域一覧』(抜粋)》  153
    《図表1 「昭和2年稻作期間豐凶氣溫」》  154
    『犬田卯等の作品リスト』  155
   《表1『現 宮澤賢治年譜』(大正15~昭和3年抜粋)》  139







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 つまり、昭和2年の稲作期間の気温は高かったということがこれで一目瞭然である。これらは当時の盛岡測候所のデータであり、その頃の同所長は福井規矩三であったのだが、後の彼の追想「測候所と宮沢君」における「昭和二年はまた非常な寒い氣候が續いて、ひどい凶作であつた(『宮澤賢治研究』(草野心平編、十字屋書店)、317p)という記述は実は誤認であったということを、いみじくも、同測候所のこれらのデータが私たちに教えてくれている。


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