みちのくの山野草

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高瀬露と千葉恭そして松田甚次郎(その2)

2019-11-01 10:00:00 | 子どもたちに嘘の賢治はもう教えたくない
《ルリソウ》(平成31年5月25日撮影)
〈高瀬露悪女伝説〉は重大な人権問題だ

 今回は山形県の松田甚次郎との関連で、である。
 さてこの松田甚次郎については、詳しくは〝「甚次郎と賢治の違いは何、何故」〟をご覧になって頂きたいのだが、それまではあまり知られていなかった賢治及び賢治の作品を、初めて全国的に知らしめた人物だ。
 具体的には、「松田の体験記録は読者の共感を呼び、当時としては驚異的なベストセラーになった<*1>」昭和13年出版の『土に叫ぶ』の巻頭で、宮澤賢治の名前をまず知らしめた。そして翌14年に彼は、松田甚次郎編『宮澤賢治名作選』を出版し、売れに売れたという。もちろん、それ以前に文圃堂版『宮澤賢治全集』三巻が出版されていたわけだが、それは一千部強しか売れなかったというから、賢治作品を世に広めるために甚次郎が如何に貢献したかは容易に理解できる。
 のみならず、甚次郎は当時「賢治精神」の実践も徹底していたから、甚次郎のこともその実践の素晴らしさも知っている人は花巻にも沢山いて、多くの人から感謝され、尊崇されていた。それは、下掲の写真を見て貰えば一目瞭然であろう。
【Fig.1 賢治詩碑の前での集合記念写真】

     <『拡がりゆく賢治宇宙』(宮澤賢治イーハトーブ館)より>
後列の右から3番目のツイードの上着を着ているのが松田甚次郎である。おそらく、昭和14年3月末に甚次郎が南城振興村塾の指導に来た際のものであろう。
 次の写真は、同年の9月に開催された
【Fig.2 『最上共働村塾(昭和14年9月8日)』】 

     <『拡がりゆく賢治宇宙』(宮澤賢治イーハトーブ館)より>
の際のものであり、
 松田甚次郎ら山形県新庄の共働村塾一行が、賢治碑を訪れ、南城共働村塾のメンバーとの記念撮影。
という説明が付されている。ちなみに、甚次郎は左から3番目に立っている。
 さらに次の写真、
【Fig.3 『岩手最上の会(昭和18年3月13日)』】

     <『拡がりゆく賢治宇宙』(宮澤賢治イーハトーブ館)より>
には、
 宮澤家を弔問した松田甚次郎と宮澤家の人々。羅須地人協会時代のメンバーの顔も見える。
と付記してある。もちろん、前列左から4番目の人物が甚次郎である。昭和18年といえば松田甚次郎が亡くなった年であり、この弔問から5ヶ月も経ずに同年8月4日に享年35歳で甚次郎はあっけなく逝ってしまった
 そして最後が、
【Fig.4 『松田甚次郎先生追悼会』】

     <『拡がりゆく賢治宇宙』(宮澤賢治イーハトーブ館)より>
の写真であり、
  昭和18年花巻宗青寺にて、賢治ゆかりの人々と南城振興共働村塾のメンバーによる松田甚次郎先生追悼会。
と説明がなされている。甚次郎は8月4日に亡くなったわけだが、この日からそう遠くない日(参列者が着ているものから推測できる)にこれだけの人たちが集った追悼会が遠く花巻で行われていたということになり、甚次郎が当時花巻において如何なる位置にあったかが容易に想像できる。しかも、甚次郎の遺骨は分骨されて賢治詩碑の横に埋葬されているという

 さて、山形の甚次郎の追悼会が遠く離れた岩手で何故執り行われたのか。それは、南城振興共働村塾のメンバーが集まることは甚次郎から直接指導を受けていたからさもありなんとは思えるが、宮澤賢治ゆかりの人々も集まっていたということは、少なくとも当時の甚次郎は、宮澤家を始めとして、花巻の人達からはとても感謝されていたし、尊崇されていたということも容易に覗える。

 ところがそのような松田甚次郎は、戦後はすっかり表舞台から姿を消したと言える。それは、花巻においてもそうだが、賢治学界においてもであることはおわりいただけるでしょう。

 つまり、松田甚次郎のお蔭で賢治の名は初めて全国的に知れわたったし、その作品が多くの人々に読まれるようになったのも甚次郎のお蔭だった。よって、甚次郎の貢献は計り知れないものがあったので、いわば賢治にとって甚次郎は大恩人なわけだが、終戦を境に手のひらを返したような扱いを受けてしまったと言える。なぜだったのだろうか……。

<*1:註> 『宮澤賢治精神の実践』(安藤玉治著、農文協)145pより。

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