みちのくの山野草

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農村の窮迫と五・一五事件

2020-11-13 12:00:00 | 甚次郎と賢治
《『日本の農本主義』(綱澤 満昭著、紀伊國屋新書)》

 さらに綱澤氏は『日本の農本主義』91p~において、
 窮地に追いこまれた農民の呻吟を聞こう。…投稿者略…木崎村の佐々木辰次郎は血をはく思いで生活難を次のように訴えた。
「実際今日私共農民の生活は生か死か助けるか殺すかの岐路に立つ実に涙の滲む苦難時代です。…投稿者略…」
と言い、続けて、
 疲弊のため娘を売る農家は激増した。…投稿者略…
 ファシズムの急進化、昭和六年以後続いて惹起した右翼テロリズムが、こうした農村の窮乏を客観的背景としていることはいうまでもない。特の農村出身であり、隊付将校として農村出身の兵隊に接することの多かった青年将校の危機感には大なるものがあった。
と述べていた。
 そして、とうとう昭和7年5月15日に、海軍の青年将校たちを中心にして、陸軍の士官候補生や橘孝三郎率いる愛郷塾の農村青年らが反乱事件を起し、犬養首相を殺害した という、いわゆる五・一五事件が起こったということになるのだろう。

 さらに綱澤氏は同書において、この時の陸軍側の被告の一人は「陳情書」において次のように述べていると、
「私どもが一日も速やかに国家革新の火蓋を切って改革を実現せしめなければならぬと考えて理由は、切迫せる当時の国家内外の情勢に対する認識にありました。……略……特に私どもをして一日も猶予すべからざる痛感をせしめたものは東北地方の大飢饉でありました。農村の窮迫は早くより国家の大問題でありました。しかるにここに至って問題は最も悲惨なる具体例を天下に示しました。日々の新聞にあるいは雑誌に報道でられるところは実に読む者をして暗涙を絞らしむる酸鼻の極みでありました。ある小学校では児童の大部分が朝飯を食わずに登校し、中食せずに空腹をかかえて午後の授業をうけ、ひょろひょろしながら帰ってゆくという記事がありました。…投稿者略…」
             〈『日本の農本主義』(綱澤 満昭著、紀伊國屋新書)92p~〉
紹介している。これらの東北地方の農村の窮迫は、かつて投稿した〝1343 娘の身売り〟や〝1344 昭和5~6年不況と凶作〟を思い出してみれば岩手でも同様だったから、さもありなんと私はすぐに納得できた。

 そして少し横道に逸れるが、このような窮迫の中におかれていた当時の東北地方の農家にあっては、賢治がいくら宣伝広告「新肥料炭酸石灰」の中で、
 この不景気の、まつ最中に、値段の高い、金肥を殆んど使はずに、堆肥や、緑肥で充分の収穫を得る良い工夫がございます。それには、炭酸石灰を御使用下さい。炭酸石灰は、土壌中の窒素や燐酸や、加里などの分解を助けて、其の効能を促進して有効に働かせるからであります。然し、消石灰や生石灰では、強すぎて、土地を痩悪ならしめます。
 炭酸石(ママ)(正しくは炭酸石灰:筆者注)の効果
一、直接には石灰の肥料
 これは植物の栄養素として是非なければならない肥料分であるからであります。
一、間接には窒素の肥料
  …筆者略…
一、間接には燐酸の肥料
  …筆者略…
一、間接には加里の肥料
  …筆者略…
というように、炭酸石灰はオールマイティ、いいことずくめの肥料であると高らかに宣伝したところで、当時の農家は買ってくれなかったであろうことは、ほぼ自明だということを、確信させられた。なにしろ、当時の農家の6割前後は小作農家であり、しかも、山下文男が「農業・漁業・出稼ぎなどの東北を支えていた収入源八方塞がり、自作農から小作に転落、夜逃げする者急増」と述べていたような時代だからなおのこと、彼らにはお金を出してわざわざ炭酸石灰を買う余裕などなかったであろうからだ。
 その一方で、このような東北地方の農村の窮迫に鑑みれば、「金肥を全廃して身の回りにあるものを生かして土地を肥やす」という当時の松田甚次郎の稲作はとても理に適っていたということも同時に知ることができる。
 ここに、賢治と賢治を師とした甚次郞の決定的な違いがある。だからこそ、甚次郞の許には多くの農村青年が教えを請いに来たし、著書が読まれたりして、敬慕され、支持されていたのであろうことが、私にはストンと腑に落ちる。

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