みちのくの山野草

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大正末・昭和初頭の岩手県の自小作農家戸数の割合

2017-09-05 10:00:00 | 賢治の稲作指導
 大正末・昭和初頭の岩手県の農家戸数の割合は7割弱であったということが前回分かったわけだが、それではその農家の中で、何割ぐらいが自小作だったのであろうか。同じく、『岩手県農業史』のデータを基にして図表にしてみた。

             <『岩手県農業史』(森嘉兵衛監修、岩手県)297pのデータより>
 よって、賢治が下根子桜の宮澤家別宅に住んでいた頃の「自小作+小作」農家の割合は6割前後であったということが分かる。ということは、金肥(化学肥料)を必要とする賢治の稲作指導(食味もよく冷害にも稲熱病にも強いといわれて普及し始めていた陸羽132号を、ただし同品種は金肥に対応して開発された品種だったからそれには金肥が欠かせないので肥料設計までしてやるという)は、貧しいこれらの6割前後の「自小作+小作」農家にはもともとふさわしくなかったということになる。言い換えれば、賢治の稲作指導に対応できたのは基本的には自作農家、言い換えれば中農以上にして初めて対応できたはずで、そのような農家は全体の4割前後しかなかったということになろう。そしてもちろん中農は、貧しかった当時の「自小作+小作」農家と比べれば恵まれていた。したがって、このデータからしても、
   賢治の稲作指導の実態は、農民の大半を占める貧しい農民たちのためのものではあり得なかった。
と結論するしかないということを、改めて私は覚悟した。

 また、大島丈志氏の『宮沢賢治の農業と文学』によれば、
 陸羽一三二号は、近代科学肥料によって育成されたため、多肥性の品種であり、多くの購入肥料=金肥の投下が必要であった。…(略)…これらの肥料の購入は自給自足的だあった農村を急速に商品経済に組み込むこととなった。しかし、肥料商から金肥を買い、金肥を投下して豊作となっても,、米価の下落で、豊作貧乏となり、肥料購入費が負債となることによって小作などの貧しい農家は困窮することになった。
             <『宮沢賢治の農業と文学』(大島丈志著、蒼丘書林)223p~>
ということで、殆どその指摘どおりだと私も思うのだが、 最後の「小作などの貧しい農家は困窮することになった」についてははたして如何なものだろうか。
 お金がなければ購入できない金肥を必要とする賢治の稲作方法は、もともと困窮していた貧しい自小作や小作たちなどのいわば小農にとってはそもそもふさわしいものではなかっただけでなく、出来高の半分以上も「搾取されるような」当時の小作料であれば、小農はこの農法に意欲も湧かなかったことは当然であろう。そして注目すべきは、当時米価は年々急激に下がっていったから、金肥を購入して陸羽132号に頼って増産を図ろうとした中農がシェーレ現象に襲われることになったであろうということである。そのせいで、その頃に中農から自小作になっていった例も少なくないはずだ。実際上掲図表から、年々「自作」の割合は漸減し、逆に「自小作+小作」の割合が漸増していることが読み取れるので、そのことが裏付けられるのではなかろうか。

 したがって、この稲作方法によって困窮することになったのはもともとそうだった「小作などの貧しい農家」ではなく、それまで比較的恵まれていた中農ともいえる自作農家だったのではなかろうか。

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