簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
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食べたまま、書いてます。

潮待ちの湊・牛窓(赤穂線・乗潰しの旅)

2020-06-01 | Weblog
 夢二の故郷から7キロほど南下すると、瀬戸内海に面した牛窓が有る。
その昔は、岡山の城下から六里二十八町離れた「牛窓往来」の終点で、
商業地に指定された湊町でもある。



 この地は古くから風待ちの湊として、大阪に行き来する北前船の中継
停泊地、また舟乗りの疲れを癒す遊興地として、江戸時代には外国使節
である朝鮮通信使が寄港、船出のタイミングを待つ湊として栄えた。



 港の表通りから一歩足を裏通り「しおまち唐琴通り」に踏み入れれば、
そこには湊町特有の曲りくねった細い通りが抜けている。
格子窓の人家や洋風の木造建築、レンガ造りの洋館など小さな建物等が
犇めくように建ち並び、中にはレトロなお店も営業中で、どこか懐かし
い昭和の香りを楽しむことが出来る。



 通りの道ばたでは、井戸を見かけることもある。
ここは温暖で雨の少ない瀬戸内気候の地で、近くに大きな河川も無い事
から飲料水の確保のため、古くから井戸は重要視されると同時に、町中
に点在するその場所はコミュニティの場となって溶け込んでいたらしい。
上水道が整備されるのは昭和30年代の半ばで、それまで井戸を中心に町
並が発展してきたと言われている。



 通りで一際目を引くのが、赤い煉瓦造で国の登録有形文化財の指定を
受けている「街角ゼミ 牛窓文化館」である。
大正4年に旧牛窓銀行本店として建てられたもので、その後事業を継承し
た中国銀行が店舗の移転を機に牛窓町に譲渡された。
内部は公開されていて、折に触れイベントや展示会が開かれている。



 そんな通りをそぞろ歩き、フッと後ろを振り返れば、狭くて、不揃いで
雑然とした屋並みの上に古刹・本蓮寺の三重の塔が望まれる。(続)





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