5月30日NHK放映「龍馬伝(龍という女)」で坂本龍馬の妻お龍が登場した。龍馬は恋多き人で妻と認めたのはお龍だけといわれている。幼馴染の平井加尾、江戸で出会った千葉佐那珂(墓誌には坂本龍馬室と彫られている)が、龍馬自身が妻と認めたのは、京女のお龍であった。
5月21日産経新聞の見出しに「県政界の舞台『滝川』の初代女将逝く」とある。料亭「滝川」は横浜市神奈川区台町に所在し、竹下登氏ら歴代の首相が訪れている。初代女将関キタさんは同じ台町にある「田中家」で修行し、昭和22年に創業した。
その「田中家」は、浮世絵師広重の代表作東海道五十三次にある「神奈川 台の景」の絵に田中家の前身「さくらや」が実名で看板も描かれている。
坂本龍馬が暗殺された後、お龍はこの「田中家」で、中居として2年ほど働きこの時お龍は32歳だった。お龍は明治39年に66歳で亡くなったが、今も横須賀市大津の信楽寺に残る墓には、大きく「坂本龍馬之妻龍子之墓」と刻まれているそうだ。
横浜の料亭「田中家」が坂本龍馬の妻「おりよう」と深い関係にあり、横須賀市米が浜通り二丁の裏長屋でお龍が暮らしていたと知るとNHKの「龍馬伝」を見る視点も広がりをみせてくる。これからが楽しみである。
5月21日産経新聞の見出しに「県政界の舞台『滝川』の初代女将逝く」とある。料亭「滝川」は横浜市神奈川区台町に所在し、竹下登氏ら歴代の首相が訪れている。初代女将関キタさんは同じ台町にある「田中家」で修行し、昭和22年に創業した。
その「田中家」は、浮世絵師広重の代表作東海道五十三次にある「神奈川 台の景」の絵に田中家の前身「さくらや」が実名で看板も描かれている。
坂本龍馬が暗殺された後、お龍はこの「田中家」で、中居として2年ほど働きこの時お龍は32歳だった。お龍は明治39年に66歳で亡くなったが、今も横須賀市大津の信楽寺に残る墓には、大きく「坂本龍馬之妻龍子之墓」と刻まれているそうだ。
横浜の料亭「田中家」が坂本龍馬の妻「おりよう」と深い関係にあり、横須賀市米が浜通り二丁の裏長屋でお龍が暮らしていたと知るとNHKの「龍馬伝」を見る視点も広がりをみせてくる。これからが楽しみである。
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