空とは何か 1

2006年01月15日 | 心の教育

 大乗仏教のもっとも中核的な教えは「空(くう)」だといわれています。

 しかし、大乗仏教が日本に入ってきてから1450年以上経っていますが、残念なことに「空」の思想は必ずしも日本人全体のものになっているとはいえないようです。

 「空」という文字の印象のせいもあって、これまでしばしば、「空しい」とか「空っぽ」つまり「意味がない」とか「何もない」というふうに誤解されてきたようです。

 そこから派生して、「空を覚る」ということは、人生はすべて空しい、すべて意味がないということを自覚して、すべてを諦めてしまうことだという誤解も生まれました。

 すべてのことを諦めてしまって、何事にも執着しないのが「悟り」だと考えられがちだったのです。

 非常に残念なことに、いわゆる「仏教界」の外部だけではなく内部にも、そういう誤解がかなりあった、今でもあるように、私には見えます。

 「え、違うんですか?」と驚かれる方もあるかもしれませんが、ここではっきり言っておくと――私の理解では――「空」とはそういう意味ではまったくありません。

 では、「空」とはどういうことなのでしょう。

 哲学の用語でいえば、「実体ではない・非実体」ということです。

 すでに2度ほど哲学用語としての「実体」の意味をお話ししてきましたが、これは仏教をしっかり理解するうえで、決定的に重要なので、もう一度繰り返しておきます。

 (しっかり頭に入れていただくために、これからややしつこいほど何度も繰り返すことになるでしょう。)

 まず、①他のものの力を借りることなくそれ自体で存在する。

 次に、②変わることのないそれ自体の本性を持っている。

 そして、③いつまでも・永遠に存在することができる。

 この3つの条件を備えたものが「実体」と定義されています。

 「空」とは、そういう哲学的にはっきり定義された意味での「実体」といえるようなものは「何もない」という意味です。

 ですから繰り返すと、「何もない」といっても、無条件に何もないというのではなく、「実体といえるような条件を備えたものは何もない」ということなのです。

 大乗仏教では、いろいろな感覚で感じたり、意識で認識したりすることができるような「現象」があることは、当然のことながら認めています。

 しかし私たちが、それ自体で存在し、それ自体の本性を持っており、いつまでも存在する実体のように感じているものは、みなよく観察していくと、「現象」としてはありありと現われていても、決して「実体」ではない、というのです。

 話が抽象的でわかりにくいかもしれませんから、具体的な例を挙げて説明していきたいと思います。

 「何もない」というのですから、何を例にしてもいいのですが、もっとも身近な「私」あるいは「人間」を例にとりましょう。

 私・人間は、自分自身で生まれてきたでしょうか?

 自分で生まれてきた人は一人もいないということを、これまで何度か確認してきました。

 さらに私たちは日常的には、自分で生きているつもりですが、はたして自分だけで生きているでしょうか? 生きていくことができるでしょうか?

 もちろん、できませんね。

 水や空気や食べ物や、大地や太陽や、数え切れないさまざまなもののおかげで、私たちは生きることができます。

 他の人や他の物とのつながりのおかげで、私たちが生まれてきたし、生きていることができます。

 そんなことは当たり前ではないか、と言われるかもしれません。

 確かに当たり前なのですが、その当たり前のことをいつもちゃんと自覚して生きているかどうかが問題なのです。

 誰一人として自分だけで生きている人間は一人もいない――そういう意味で、私・人間は「実体」的な存在ではありません。

 実体ではなく「現象」というべきでしょう。

 「縁起だから空である」という定型句を思い出してください。

 私・人間は、他のさまざまなものとのつながりのおかげ・縁によって存在していますから、実体ではない=空である、ということになります。

 ここでまた、言葉の印象で、「だとしたら、私の存在、人間というものは結局、空しいものだということになるんじゃないか。やっぱり仏教の教えは暗い」という気がする方がおられるでしょうが、あわてないで、ゆっくりと話についてきていただけると幸いです。

 少し長くなる話の結論は、「すべては空だとしたら空しい」のではなく、「すべては空だから素晴らしい」という明るい話になりますから、ご安心、あるいはご期待ください。


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2 コメント

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空の立場 (ほめ屋)
2006-01-16 00:25:24


新年に気づきがあって下記のブログのエントリにまとめました。



http://blog.livedoor.jp/homeya/archives/50051403.html



おかの様の「空」についておっしゃったことと似ているなと思いました。

「無意味だけど豊穣な虚空」と私は表現しましたが、仏教的な空の立場に立てば、新年の気づきをもっと説明できることが分かりました。



いつも、良い授業をしてくださってありがとうございます。
「空」、超重要ですね! (うめ)
2006-01-16 17:24:51
「空」これをちゃんと理解することは、大乗仏教を学ぶ上で、極めて重要なことだと思います。

大乗仏教の大きな柱の一つですね。

しっかりとこの教えを消化するためにも、何度でも先生の授業で確認する必要を感じます。



また、「空」を理解するためには、「実体」という概念をしっかり抑えておく必要がありますね。

いつも分かりやすい授業を有り難うございます!

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