楽しみにしていた北大路翼句集『天使の涎』(邑書林)がついに出た。2000句収録と聞いていたので、どんなに分厚い本だろうと思っていたのだが、1ページに13首組み、ページ数は170ページほどのソフトカバーの1冊だ。
朝の通勤電車で読み始め、帰りの電車までで半分。家に帰って残りの半分。もっと時間がかかるかと思ったが、1日で一気に読んでしまった。
熱燗のコップを握つたまま眠る
句集の冒頭近くに、こんな句がある。よくある酔っぱらいの姿だが、眠ってしまっても熱燗のコップを握って離さないところに、ユーモアとペーソスがにじむ。季節は冬。ぴくりとも動かない男の背中には、きっと隙間風が吹きつけていたことだろう。
蛤を灰皿にして立ち飲み屋
マスターとヒーターだけの立ち飲み屋
立ち飲み屋の句である。一句目は、酒蒸しか何かの蛤の貝殻を灰皿にして、煙草を吸いながら飲んでいる場面だ。隣の客と肩が触れ合うくらいの立ち飲み屋の狭い店内と、貝の中では大きめの蛤の貝殻とが、句の中に狭さと広さを同時に生んでいるところが面白い。二句目は、「マスター」と「ヒーター」が韻を踏んでいるのは見てのとおりだが、やはり広くはない店内に、「マスターとヒーターだけ」と言われてしまうと、なんだか妙に納得させられてしまう。いやいや、ホッピーの瓶とか、つまみのタコさんウインナーとかもあるでしょ、と言いたくなるのだが、俳句の省略の力と、押韻によるマジックなのだろうか、句を読み返すほど、私の脳裏には「マスターとヒーターだけ」しか浮かんでこなくなる。
それにしても、夜中に原稿を書きながらこれらの句を読んでいると、どうにも飲みたくなって仕方がない。(書き終わったら、菊正宗の熱燗をつけることにしたい。)
倒れても首振つてゐる扇風機
寝たままで扇風機まで行く方法
扇風機がいやいやまはるのがわかる
木刀で入れるスイッチ扇風機
扇風機を詠んだ句にも面白いものが多かった。どこか作者の思いが投影されているような一句目と三句目。二句目と四句目は、暑さを和らげてくれる扇風機も、人生の気怠さの方はちっとも和らげてくれないことを物語っているようだ。
夕立にオッズが少しずつ動く
長雨やワンタンメンにンが三つ
激しく降り続ける夕立と、少しずつ動いていくオッズとの対比。湯気の立つワンタンメンの器と、ラーメン屋の外に降る長雨。こういう句を読むと、雨の匂いが感じられたり、風景の奥行きが感じられたりするのはなぜだろう。
わたしから抜け出た蛇が動かない
どう解釈するか難しい句だが、季語の「蛇穴を出ず」をもじったものだろうか。二日酔いなどで伸びている様子を比喩的に描いたとも取れるし、自分の内側ばかり掘り下げてみても、出てくるものはせいぜい動かない蛇くらいのものだ、という意味にも取れる。歌詠みにとっては「私」は大きなテーマなので、ちょっと考えさせられる句でもある。
便座冷ゆわが青春の歌舞伎町
飲み屋でひとりトイレに入ると、客席のざわめきが遠のき、ふとわれに帰る瞬間がやってくる。その瞬間を初句の「便座冷ゆ」が、皮膚感覚を通して読者に思い起こさせてくれる。
この句集は、歌舞伎町の風物を詠み込んだ句が多く、読んでいるとネオンきらめく雑踏に迷い込んだような気分になるが、歌舞伎町という街の雑多な雰囲気を真に伝えているのは、描かれている個々の風物というよりも、この句集の桁外れの収録句数のほうなのではないかと思う。2000句という圧倒的なボリュームこそが、『天使の涎』の必然なのである。
朝の通勤電車で読み始め、帰りの電車までで半分。家に帰って残りの半分。もっと時間がかかるかと思ったが、1日で一気に読んでしまった。
熱燗のコップを握つたまま眠る
句集の冒頭近くに、こんな句がある。よくある酔っぱらいの姿だが、眠ってしまっても熱燗のコップを握って離さないところに、ユーモアとペーソスがにじむ。季節は冬。ぴくりとも動かない男の背中には、きっと隙間風が吹きつけていたことだろう。
蛤を灰皿にして立ち飲み屋
マスターとヒーターだけの立ち飲み屋
立ち飲み屋の句である。一句目は、酒蒸しか何かの蛤の貝殻を灰皿にして、煙草を吸いながら飲んでいる場面だ。隣の客と肩が触れ合うくらいの立ち飲み屋の狭い店内と、貝の中では大きめの蛤の貝殻とが、句の中に狭さと広さを同時に生んでいるところが面白い。二句目は、「マスター」と「ヒーター」が韻を踏んでいるのは見てのとおりだが、やはり広くはない店内に、「マスターとヒーターだけ」と言われてしまうと、なんだか妙に納得させられてしまう。いやいや、ホッピーの瓶とか、つまみのタコさんウインナーとかもあるでしょ、と言いたくなるのだが、俳句の省略の力と、押韻によるマジックなのだろうか、句を読み返すほど、私の脳裏には「マスターとヒーターだけ」しか浮かんでこなくなる。
それにしても、夜中に原稿を書きながらこれらの句を読んでいると、どうにも飲みたくなって仕方がない。(書き終わったら、菊正宗の熱燗をつけることにしたい。)
倒れても首振つてゐる扇風機
寝たままで扇風機まで行く方法
扇風機がいやいやまはるのがわかる
木刀で入れるスイッチ扇風機
扇風機を詠んだ句にも面白いものが多かった。どこか作者の思いが投影されているような一句目と三句目。二句目と四句目は、暑さを和らげてくれる扇風機も、人生の気怠さの方はちっとも和らげてくれないことを物語っているようだ。
夕立にオッズが少しずつ動く
長雨やワンタンメンにンが三つ
激しく降り続ける夕立と、少しずつ動いていくオッズとの対比。湯気の立つワンタンメンの器と、ラーメン屋の外に降る長雨。こういう句を読むと、雨の匂いが感じられたり、風景の奥行きが感じられたりするのはなぜだろう。
わたしから抜け出た蛇が動かない
どう解釈するか難しい句だが、季語の「蛇穴を出ず」をもじったものだろうか。二日酔いなどで伸びている様子を比喩的に描いたとも取れるし、自分の内側ばかり掘り下げてみても、出てくるものはせいぜい動かない蛇くらいのものだ、という意味にも取れる。歌詠みにとっては「私」は大きなテーマなので、ちょっと考えさせられる句でもある。
便座冷ゆわが青春の歌舞伎町
飲み屋でひとりトイレに入ると、客席のざわめきが遠のき、ふとわれに帰る瞬間がやってくる。その瞬間を初句の「便座冷ゆ」が、皮膚感覚を通して読者に思い起こさせてくれる。
この句集は、歌舞伎町の風物を詠み込んだ句が多く、読んでいるとネオンきらめく雑踏に迷い込んだような気分になるが、歌舞伎町という街の雑多な雰囲気を真に伝えているのは、描かれている個々の風物というよりも、この句集の桁外れの収録句数のほうなのではないかと思う。2000句という圧倒的なボリュームこそが、『天使の涎』の必然なのである。
これは肛門から切れ堕ちないうんちのことでしょう