哲学者大森荘蔵の没後20年になる。彼のとりわけ中期の思索は、俳句づくりという営為において僕たちが何を行っているのかをあらためて考えるための、刺激的な思考の描線を与えてくれる。
a 話者の「今朝賀茂川の水かさが増した」という声を聞いたとき、わたしに水かさの増した賀茂川、今朝の賀茂川が立ち現われる。そのとき、話し手の言葉の「意味」がわたしに立ち現われるのではなく、水かさの増した賀茂川、しかも今朝という過去の賀茂川そのものがじかに立ち現われるのである。(「ことだま論」『物と心』より)
「言語表現とは、本質的にフィクションだ。」というのは、言語作品づくりを考えるうえでの常識的な前提だろう。そして、その前提のさらに前提として、<フィクションではない現実>というものが措定されているはずだ。<フィクションではない現実>を基盤に/離れて、どのように<フィクションとしての言語作品>を作り上げるのか?と。
大森荘蔵のaは、そうした図式を根源的に揺さぶる。彼は、語り手の声によって、過去の賀茂川が(イメージや意味ではなく)じかに立ち現われる、と述べているのだ。つまり、「言語表現とは、現実そのものの立ち現われだ」と。
そんな馬鹿な!!!と言いたくなるのだが、しかし、さらに大森の言葉を読み進めていくと、確かにその通りだと認めざるをえなくなる(もやもやした思いが完全に払拭されることはないが)。
考え直すべきなのは、むしろ<フィクションではない現実>の方なのだ。これが無化されることによって、それと対置させられる<フィクションである言語表現>という概念も無化される。そこから、aが了解可能になるのだ。
大森荘蔵は、別の文章で、「(いわゆる)フィクションが、(いわゆる)現実を現実たらしめている」として、「虚想」という概念を提示する。
b1 事物が見えているとき、それは必ず三次元的な事物として、つまり背後、側面、内部をもったものとして見えている。しかし、我々に生に見えている(知覚されている)のはその表面、特定の視点から見える表面だけである。それにもかかわらず、我々はそれを三次元の事物の表面として見ているのだから、なまに見えていない側面や内部もまた「知覚されている」と言うことにもいささかの権利、いささかの理由がある。しかしこの「知覚され方」は、なまの端的な知覚とは異なる独特な「意識され方」であり、事物の独特な「立ち現われ方」である。(「虚想の公認を求めて」『物と心』より)
この「意識され方」「立ち現われ方」を「虚想」と大森は名づける。
b2 虚想が働いている働き方を観察すれば、それが「知覚」や「思い」と同じ位に根本的な事物の立ち現われ方の様式であることがわかる。(略)机の現在ただ今の背面の知覚的思いはこの現実的思いでなく架空の虚なる思いである。だがこの虚なる思いがこの実の世界で実の働きをする。すなわち、この虚なる思いがこめられていてこそ机の知覚正面はまさにこの実なる知覚正面であるのである(つまり、机は机として見える)。この虚なる思いの実の働きを「虚想」と呼ぶのである。(「虚想の公認を求めて」『物と心』より)
なるほど、確かにその通りだろう。僕たちの知覚(<知覚されたもの>をふつう<現実>と呼ぶ)には、「虚なる思い」の裏打ち、厚みが必ず伴っている。視覚像としては平面の見えでしかないはずの「机」を、僕たちは裏側や内部という見えない部分を備えた厚みをもったものとして知覚する。視覚像が平面でしかないから目の前の机はぺらぺらの平べったいものだ、などとは決して知覚しない。これはもうごくごく当たり前の《現実》の成り立ち・存在のありようだ。
つまり、僕たち生きている人間にとっての《現実》とは、純粋な知覚対象(だけ)ではなく、そこにさまざまな思いや知識が縒り合わされたもの、なのだ。
「言語作品」と「生の現実」とを二項対立的に捉えるのではなく、《現実》を<知覚像>や<科学的な説明>や<発話>や<思い>や等々の縒り合わせと捉える。これは、見かけの突飛さに反して、じつは極めて順当な《現実》の捉え方のはずだ。
そして、その《現実》の縒り合わせの中に<有季定型の言語作品>もある。だから、俳句作品のリアルの強度とは、この、縒り合わせのなかにおける関係性・ふるまいによって生じるのだ。
いわゆる<フィクション>でさえ《現実》の縒り合わせの一要素である、ということから生じる<作品>のリアル。
その鍵は、おそらく、触覚(性)にある。
c われわれが生きるためには物に触覚的に触れねばならない。食物に触れ、武器に触れ、大地に触れ、床に触れ、衣服に触れ、異性に触れねばならない。物を口にし、手にし、口に入れ、手に入れなければならない。(略)どのように「触れることのできるもの」、つまり触覚的に立ち現われるものがこの現実組織のヘソなのである。このヘソを中心にして視覚聴覚等、他の五感の知覚的立ち現われのクモの巣がはられる。知覚的立ち現われは触覚的立ち現われを中にして強固な網を張るのである。なぜなら、そこに見えるもの、そこに匂うもの、そこで音をたてているもの、それらは稀な例外を除けば手をのばせば手に触れられ手中にできるものだからである。(「言い現わし、立ち現われ」『新視覚新論』)
あらゆる立ち現われのなかでも、僕たちが生きるために必要なものとは、「触れることのできるもの」であり、それこそが最も<リアルなもの>、である。触れられないものは、そこに実在しないものであり、それは、<夢まぼろし>、<フィクション>と名づけられ、そのように扱われる。<知覚像>と同じく立ち現われの一つであっても、<言語作品>がフィクションだ、と印象されるのは、まずもって、触れることができないから、だ。
だから、裏返しに言えば、触れるような感じを与える俳句作品こそ、リアルなのだ、ということになりはしないか。
真に語る意味のある優れた「写生」句とは、そうした句だと僕は思う。
《現実》に触れ得るような(写実的な)イメージ世界が立ち現われていつつ、散文的に意味がさらっと通ってしまわずに意味が断絶する抵抗感(→触覚に通じる)。
五・七・五という定型。
十七音という極端な短さ。
「季(語)」の偏重。
「~や」「~かな」といった強引に振る舞う辞。
そうした“かたちの強さ”によって、俳句作品が、(さながら彫刻作品のように)触覚的な感知を誘うものとして僕たちの前に立ち現われる。
そんな句こそ、リアルな俳句作品なのだ。
(僕がなぜ飯田蛇笏の作品に惹かれるのか、その秘密もおそらくここにある。)
と、大森荘蔵を改めて読み直しながら、そんなことを考えてみた。
ちなみに、大森荘蔵も晩年、俳句作品をつくっていて、著作集の第9巻で600句ほど目にすることができる。哲学的ではない、素直な・素朴な句が多いのだが、最後の3句は(死の2ヶ月ほど前に詠まれた)こんな句だ。
へど吐いて巨大な夕陽沈みけり
へど終り入日の色の赤きかな
怒りこめて宇宙にへどを吐きにけり
死を目前にした、二十年ほど前の大森荘蔵の心象そのものが確かに立ち現われている。
a 話者の「今朝賀茂川の水かさが増した」という声を聞いたとき、わたしに水かさの増した賀茂川、今朝の賀茂川が立ち現われる。そのとき、話し手の言葉の「意味」がわたしに立ち現われるのではなく、水かさの増した賀茂川、しかも今朝という過去の賀茂川そのものがじかに立ち現われるのである。(「ことだま論」『物と心』より)
「言語表現とは、本質的にフィクションだ。」というのは、言語作品づくりを考えるうえでの常識的な前提だろう。そして、その前提のさらに前提として、<フィクションではない現実>というものが措定されているはずだ。<フィクションではない現実>を基盤に/離れて、どのように<フィクションとしての言語作品>を作り上げるのか?と。
大森荘蔵のaは、そうした図式を根源的に揺さぶる。彼は、語り手の声によって、過去の賀茂川が(イメージや意味ではなく)じかに立ち現われる、と述べているのだ。つまり、「言語表現とは、現実そのものの立ち現われだ」と。
そんな馬鹿な!!!と言いたくなるのだが、しかし、さらに大森の言葉を読み進めていくと、確かにその通りだと認めざるをえなくなる(もやもやした思いが完全に払拭されることはないが)。
考え直すべきなのは、むしろ<フィクションではない現実>の方なのだ。これが無化されることによって、それと対置させられる<フィクションである言語表現>という概念も無化される。そこから、aが了解可能になるのだ。
大森荘蔵は、別の文章で、「(いわゆる)フィクションが、(いわゆる)現実を現実たらしめている」として、「虚想」という概念を提示する。
b1 事物が見えているとき、それは必ず三次元的な事物として、つまり背後、側面、内部をもったものとして見えている。しかし、我々に生に見えている(知覚されている)のはその表面、特定の視点から見える表面だけである。それにもかかわらず、我々はそれを三次元の事物の表面として見ているのだから、なまに見えていない側面や内部もまた「知覚されている」と言うことにもいささかの権利、いささかの理由がある。しかしこの「知覚され方」は、なまの端的な知覚とは異なる独特な「意識され方」であり、事物の独特な「立ち現われ方」である。(「虚想の公認を求めて」『物と心』より)
この「意識され方」「立ち現われ方」を「虚想」と大森は名づける。
b2 虚想が働いている働き方を観察すれば、それが「知覚」や「思い」と同じ位に根本的な事物の立ち現われ方の様式であることがわかる。(略)机の現在ただ今の背面の知覚的思いはこの現実的思いでなく架空の虚なる思いである。だがこの虚なる思いがこの実の世界で実の働きをする。すなわち、この虚なる思いがこめられていてこそ机の知覚正面はまさにこの実なる知覚正面であるのである(つまり、机は机として見える)。この虚なる思いの実の働きを「虚想」と呼ぶのである。(「虚想の公認を求めて」『物と心』より)
なるほど、確かにその通りだろう。僕たちの知覚(<知覚されたもの>をふつう<現実>と呼ぶ)には、「虚なる思い」の裏打ち、厚みが必ず伴っている。視覚像としては平面の見えでしかないはずの「机」を、僕たちは裏側や内部という見えない部分を備えた厚みをもったものとして知覚する。視覚像が平面でしかないから目の前の机はぺらぺらの平べったいものだ、などとは決して知覚しない。これはもうごくごく当たり前の《現実》の成り立ち・存在のありようだ。
つまり、僕たち生きている人間にとっての《現実》とは、純粋な知覚対象(だけ)ではなく、そこにさまざまな思いや知識が縒り合わされたもの、なのだ。
「言語作品」と「生の現実」とを二項対立的に捉えるのではなく、《現実》を<知覚像>や<科学的な説明>や<発話>や<思い>や等々の縒り合わせと捉える。これは、見かけの突飛さに反して、じつは極めて順当な《現実》の捉え方のはずだ。
そして、その《現実》の縒り合わせの中に<有季定型の言語作品>もある。だから、俳句作品のリアルの強度とは、この、縒り合わせのなかにおける関係性・ふるまいによって生じるのだ。
いわゆる<フィクション>でさえ《現実》の縒り合わせの一要素である、ということから生じる<作品>のリアル。
その鍵は、おそらく、触覚(性)にある。
c われわれが生きるためには物に触覚的に触れねばならない。食物に触れ、武器に触れ、大地に触れ、床に触れ、衣服に触れ、異性に触れねばならない。物を口にし、手にし、口に入れ、手に入れなければならない。(略)どのように「触れることのできるもの」、つまり触覚的に立ち現われるものがこの現実組織のヘソなのである。このヘソを中心にして視覚聴覚等、他の五感の知覚的立ち現われのクモの巣がはられる。知覚的立ち現われは触覚的立ち現われを中にして強固な網を張るのである。なぜなら、そこに見えるもの、そこに匂うもの、そこで音をたてているもの、それらは稀な例外を除けば手をのばせば手に触れられ手中にできるものだからである。(「言い現わし、立ち現われ」『新視覚新論』)
あらゆる立ち現われのなかでも、僕たちが生きるために必要なものとは、「触れることのできるもの」であり、それこそが最も<リアルなもの>、である。触れられないものは、そこに実在しないものであり、それは、<夢まぼろし>、<フィクション>と名づけられ、そのように扱われる。<知覚像>と同じく立ち現われの一つであっても、<言語作品>がフィクションだ、と印象されるのは、まずもって、触れることができないから、だ。
だから、裏返しに言えば、触れるような感じを与える俳句作品こそ、リアルなのだ、ということになりはしないか。
真に語る意味のある優れた「写生」句とは、そうした句だと僕は思う。
《現実》に触れ得るような(写実的な)イメージ世界が立ち現われていつつ、散文的に意味がさらっと通ってしまわずに意味が断絶する抵抗感(→触覚に通じる)。
五・七・五という定型。
十七音という極端な短さ。
「季(語)」の偏重。
「~や」「~かな」といった強引に振る舞う辞。
そうした“かたちの強さ”によって、俳句作品が、(さながら彫刻作品のように)触覚的な感知を誘うものとして僕たちの前に立ち現われる。
そんな句こそ、リアルな俳句作品なのだ。
(僕がなぜ飯田蛇笏の作品に惹かれるのか、その秘密もおそらくここにある。)
と、大森荘蔵を改めて読み直しながら、そんなことを考えてみた。
ちなみに、大森荘蔵も晩年、俳句作品をつくっていて、著作集の第9巻で600句ほど目にすることができる。哲学的ではない、素直な・素朴な句が多いのだが、最後の3句は(死の2ヶ月ほど前に詠まれた)こんな句だ。
へど吐いて巨大な夕陽沈みけり
へど終り入日の色の赤きかな
怒りこめて宇宙にへどを吐きにけり
死を目前にした、二十年ほど前の大森荘蔵の心象そのものが確かに立ち現われている。
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