前回に引き続き、酒卷英一郞作品を読んでゆきたい。
方針も、前回と同じである。すなわち、読者に「詩との出会い損ね」「詩に拒まれる感じ」を追体験してもらいたい、と思って、これを書いている。前回述べたことの要約をここで述べようかとも思ったのだが、重要なことを私は述べたはずだから、やはり前回の記事を読んでもらいたい。要約するのが難しいことを、私は述べているだろうと思う。
なお、酒卷氏の作品において、表記は一貫して正書法が用いられているが、文字コードやフォントの都合上、表示しえないものは、それぞれ新字体に改めた。
鷄子一枚
あらたまの
身をかためむと
「阿哆喇句祠亞 αταραξία XVIII」『LOTUS』第3号(2005年)より、連作の一句目。
《鷄子》(けいし)とは鶏の卵または雛のこと。《一枚》という数え方にいっしゅん驚かされ、平べったい卵または潰れたひよこを想起させられるが、中国語で《枚》は小さく丸いものの数を意味するから、ここは「鶏卵一個」と考えてよいだろう。ことわざに「板子一枚下は地獄」(船乗りの仕事が危険と隣り合わせであることのたとえ)があるから、表記の上での地口にもなっているのだろう。私はこれを〈表記的地口〉と呼ぶことにしたい(そのままだが)。
《あらたま》は季語「新玉」(歳時記によっては「新玉の年」)のことであろうが、《あらたまの》は「年」「月」「日」「春」などにかかる枕詞であることも、念頭に置いておきたい。かなにひらかれていることは、「粗玉」「荒玉」そして「荒魂」への連想を誘う。また、元日は「鶏日」であるから、前行の《鷄》の文字は、新年もまさに第一日目であることを仄めかしてもいるだろう。ちなみに発表年の2005年は酉年(乙酉)だったこともおさえておきたい。
《身をかためる》という言い回しは多義的で、「身支度をする」「家庭をもつ」などの辞書的な意味があるけれども、「鶏卵一個」からの連想で、卵白によって物理的に固まってしまう感触が手渡されるのと同時に、「板子一枚下は地獄」からの連想で「身構える」ことの身体的緊張も手渡される。さらに、「身固」(みがため)といえば陰陽道の呪術のひとつでもあることも想起される。
ことほどさように、一語一語が多義的である。その結果、読みの空間を走るラインが複雑に交錯し、「一個のテクストを読んでいる」という印象からは離れてゆく。そして「テクストとは、テクストを読むことは不可能であるということの謂である」というポール・ド・マン的テーゼへの確信をますます強めることになる。しかしながら、他方、この作品を散文的にパラフレーズしてみたときの、「鶏卵を一個のむ。新年の身をきちんとしようとして」という「句意」が非常に強く(濃く)前面に押し出されている、というのも本作品の特徴である。このことが、前回記事で述べたような、「多義性の解釈学」を(私は、読みつつ)やってしまっているのではないか、という疑いへと導く一要因にもなっている、ようにも思う。むろん、「散文的パラフレーズ」を、本作を読む体験は破茶滅茶にはみ出しており、その意味で本作は「エクリチュールのあばれ」に満ちているといってよい。この「あばれ」「猛り狂い」のことを、前回私は「散種(dissémination)」と呼んだ。そしてまた、「散種でなく多義性」だとか「散種か多義性か」といった不可能な(ありえない)、奇妙な感触を、ここにおいてもまた抱いてしまうのである。
ここで補助線をひいておこう。南方熊楠の『十二支考』の「鶏に関する伝説」には、次のような記述がある。
それから『荊楚歳時記』から引いた元旦の式を述べた上文、〈以て山臊悪鬼を辟く〉の次に、〈長幼ことごとく衣冠を正し、次を以て拝賀し、椒柏酒を進め、桃湯を飲み屠蘇を進む云々、各一鶏子を進む〉とあって、註に『周処風土記』に曰く、正旦まさに生ながら鶏子一枚を呑むべし、これを錬形というとある。鶏卵を呑んで新年の身体を固めたのだ。(「鶏に関する伝説」引用は青空文庫より)
元日を「鶏日」として鶏を殺さない日としたその前段階には、むしろ鶏を磔にしたのであり、それが変化したのはいかにしてなのか、といういきさつを南方熊楠は追っている。いま挙げた文のなかに、「鶏子一枚」「鶏卵を呑んで新年の身体を固めた」というフレーズが出ている。博覧強記で知られる酒卷氏のことだから、熊楠は読んでいるだろうし、乙酉の2005年の正月に一句ものしようというさいに『十二支考』を捲ってみたのだろう、という想像もつく。前述の、「散文的にパラフレーズしたときの句意が、強く前面に押し出されている」という私の印象は、この熊楠の文章のためでもある。つまり「ああ、なあんだ、そういう意味か」という納得が生じてしまう、ということだ。「詩との出会い損ね」「詩に拒まれる感じ」は、そうした「納得」によって引き起こされるといってよい。
同じ連作の、隣の句(連作二句目)もみておこう。
いま握る
ほらまた匿す
天鵞卵
「天鵞絨」といえば「ビロード」のことで、これはビロードの生地が白鳥の翼に似ているから、という説もあるのだけれど、いずれにせよここでは《天鵞》は白鳥のことで、《天鵞卵》の読みは「てんがらん」でよいのではないか。《握る》《匿す》の目的語となっているのも、ひとまず、《天鵞卵》と読んでおいてよいように思う。《天鵞卵》の語からまず想起されるのは、スパルタ王テュンダレオースの妻、レダ(レーダ、レーダー)を愛したゼウスが、白鳥に変身し、レダを孕ませ、二個の卵が生まれた、という神話だろう(前掲の熊楠もこの点に触れている)。しかし作品ぜんたいからは、この神話が前提とされているような気配がほとんど感じられない。
一行目と二行目は、見た目に反して難しい。一読、手品師のような手つきとも感じられる。握ったかと思えば(手を再びひらくと)消えている(=《匿す》)と。だが、手品師の手から消えていることを《匿す》と称するのは、奇妙ではある。このふたつの動作を、ひとり(ひとつ)の主体の動作と考えるなら、盗人のそれのようでもある。握った《天鵞卵》を袋へと匿した、と。ふたり(ふたつ)の主体も想定できる。私が《握る》と、また彼女は別の卵を《匿す》のである、と。レダと白鳥の神話(あるいは芸術モチーフ)ならば、卵は二個だから、《ほらまた》によって仄めかされる反復に、見合わないかもしれないが、私が「握っては離す」を繰り返し、彼女が「匿してはあらわす」を繰り返す、という奇妙な反復がありうるかもしれない。いずれにしてもこの二行は、意味を(景を)確定できず、謎めいている。
また熊楠に登場してもらうなら、《古ギリシアやインドの創世紀は金の卵に始まり、世界は金の卵より動き始め、(略)けだし金の卵とキンダマ、国音相近きを以てなるのみならず、梵語でもアンダなる一語は卵をも睾丸をも意味する》(同前)と、やや馬鹿馬鹿しいながらも酒卷俳句を読むうえで誘惑されざるをえない、「金玉読み」も試みたくなるようなことを述べている。熊楠によれば《俗に陰嚢の垂れたるは落ち着いた徴で、昔武士が戦場で自分の剛臆を試むるに陰嚢を探って垂れ居るか縮み上ったかを検したという》(同前)らしいのだが、つまり《握る》《匿す》の反復は、垂れ下がった睾丸をつかんで確かめ、しかし縮み上がって体内に隠れてしまう、という反復、「剛」と「臆」の反復として読めないだろうか。このとき、《握る》のは私なのだが、《匿す》のは「臆」、もっと即物的にいえば金玉であり、金玉主体となろう。
本作は、前述の《鷄子》句と異なり、「納得」にゆきつかない(「句意」を確定できない)。それはたんに、「ああ、そういう意味か」と思うことができる元ネタ(先の例では『十二支考』)を私が発見できなかったから、というだけのことかもしれない。ここまで読んだ二句では、私は《天鵞卵》句のほうにより詩情を感じる(このことは必ずしも、拒まれたり出会い損ねたりしていない、ということを意味しない)。しかしながら、「何を言っているのか分かってしまうならば、必ず、そこに詩はない」という命題は偽であるし、「何を言っているのか分からないならば、必ず、そこに詩はある」という命題もまた偽である。こうした難しいもんだいについては、ペンディングとしておきたい。
孟秋の
目瞑りて
嚥む秋石を
『LOTUS』第4号(2005年)所収の連作「阿哆喇句祠亞 αταραξία XX」から。
これは「散文的パラフレーズ」ができる作品であろう。すなわち、「いまは初秋であるが、目を瞑って秋石を嚥むのである」と。《秋石》という見慣れない言葉にいっしゅん驚かされるが(日本画家の奥谷秋石ではないだろう)、漢薬の名称である。苦い漢薬を、目を閉じて、えいやっと一息で嚥むのだ、というのであろう。
これだけであれば、「なあんだ」で終わってしまうのであるが、この《秋石》にはまた、複雑な含みがある。第一に、《秋石》は古くから知られた強壮強精薬である(金玉読みの導線)。第二に、現在市場にあるものは、古くから知られた製法とは異なる、明清時代に偽物とされた二種類である。《秋石》は人尿から精製されたホルモン剤であったが、現在では《食塩を主成分とした無機物》と、《人中白(人尿から自然に沈着した固形物)を加工した淡秋石》(宮下三郎、1969、「漢薬・秋石の薬史学的研究(abstract)」京都大学学位論文)の二種類があり、いずれも強壮強精薬として用いるのは不適切、ということらしい。……らしい、のだが、私にはこれ以上のことはよく分からない。Wikipediaの「ヒトに由来する生薬」の項目によれば、これが「偽造品」であることを記しつつも、「滋養強壮作用があり、臨床応用としては、喀血、淋病、咽頭腫痛、水腫などに用いられる」とある(2023年8月3日閲覧)。
よくは分からない、のではあるけれども、読む手がかりにはなる。二通りの読み方ができるかもしれない。(1)「強壮強精薬を嚥んで頑張ろうとしているけれども、それは偽造品にすぎない、と茶化す、諧謔的内容」、(2)「腫瘍の痛みに耐えながら、闘病する姿を描く、真面目な内容」。このふたつの読みは、同時に成立しえない、パラドキシカルな、《相互に排他的な二つの意味》(前回記事、ポール・ド・マン)をなしているように思われる。ちなみに、食塩由来の《秋石》を別名「盆秋石」というらしいのだが、おそらくここでの読みには影響してこないのではないか……。
蠢ける
むべ山風を
わが頭陀へ
『LOTUS』第5号(2006年)所収の連作「阿哆喇句祠亞 αταραξία XXI」から。
《むべ山風》から想起すべきなのは、むろん『古今和歌集』の、あるいは『百人一首』の、というべきか、「吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ」(文屋康秀)である。「荒らす」から「嵐」というのだろう、という地口と、「山」+「風」で「嵐」だろう、という表記的地口を同時に成立させているから、平安時代の酒卷英一郞といえなくもない。
《頭陀》は、第一に煩悩を捨てるための修行、第二にその僧が首にかける袋のことで、つまり「頭陀袋」。ここではひとまず後者で読んでおこう。「頭陀袋」にも多義性があり、第一には行脚僧の袋であるが、第二には死者を葬るときに首にかける袋である。後者のばあい、三途の川を渡るための六文銭(または現在では六文銭を模したもの)を入れられる。一読、印象としては後者のニュアンスが強いように思われるが、同時に双方であるのではないか。
二行目を「嵐」と読むにしても、これを《蠢ける》と修飾するのは、ことさら異様ではある。いや、「嵐」と「蠢く」は相反する語のようにさえ感じられる。ここでネタバラシをしてしまうと、おそらくここは、『易経』における卦のひとつ「山風蠱(さんぷうこ。ものが腐敗したことを意味する)」との表記的地口をなしている箇所であろう。「蠱」の文字は、「巫蠱(ふこ)」といえば巫女やまじない師、あるいはその呪いをいうから、呪術に関することを意味するのだろうし、じっさい皿のなかで虫に共食いをさせる様子ともされる。共食いを勝ち残った最後の一匹は祀られ、この毒が、乱し、惑わすから「蠱毒」「蠱惑的」という。蟲たちを共食いさせていたら、皿の底が抜けて、代わりに上から春がやってきた。かわいそうな「荒らし」の先駆けたちを、私の死出の旅の頭陀袋へ入れておくれ……などと読むのは、ロマンティックすぎるだろうか。
如何物の
以下三行を
おさらば結び
発表順が前後するけれども、『LOTUS』第2号(2005年)所収の連作「阿哆喇句祠亞 αταραξία XVII」からの一句を、最後に読んでおこう。
《如何物》とはまがいもの、普通でない変なもの。ここでは「三行俳句形式」という、珍しいもの・多くの書き手が手を出そうとしないもの、のことと読んでよいかもしれない。《以下三行》は《如何物》からの地口をなしつつ、やはり「三行俳句形式」のことを述べていると仄めかしている。
《おさらば結び》とは、着物の帯の締め方の一種。現代でも、「お太鼓結び」と呼ばれる結び方があるが(「一重太鼓」や「二重太鼓」などがある)、その基点となったのが、江戸時代(天和の頃か)に出現した《おさらば結び》である(青木和子、2021、「『お太鼓結び』の歴史的変容についての実践的研究」『山野研究紀要』29号)。落語では「猫じゃらし」などと呼ぶこともあるようだけれど、要するにだらりと帯の端を垂らした結び方である。この帯結びを、画像で容易に見ることができればよいのだけれど、Googleで画像検索をしても、ほとんどみつからないから、困ったものである(なにしろ、読者は《おさらば結び》といわれても、「ああ、あれね」とイメージできないのだから)。ここでは、そのかたちが、舌を垂らした、つまり「あかんべー」っとやっている、あの姿に似ている、ということをおさえておけばよいだろうか。
本作は、連作の末尾に配置されている。つまり《おさらば結び》によって、連作を「結ぶ」ということなのだろう。これにておさらばだ、というわけだ。また、この連作は「特別作品」であり、通常の9句ではなく15句からなっている。「あかんべー」は「特別作品」の特別扱いへの照れ隠し、韜晦と読める、のではあるが、同時に、「作者・酒卷英一郞」というものを、酒卷作品の向こう側に仮構しようとするときに、顕ち現れてくる姿そのものといえるだろう。その姿は、酒卷氏が(一部の散文において)蛇蝎のごとく嫌い、無みしている、脱構築の、あるいはド・マン的文芸批評の、別の角度からの描写に見えて仕方がないのである。
(つづく)