論理の芸術 湯川博士&門脇芳雄 『秘伝 将棋無双 詰将棋の聖典「詰むや詰まざるや」に挑戦!』 その4

2021年10月12日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 前回(→こちら)に続いて、『秘伝 将棋無双』(湯川博士著 門脇芳雄監修)について。

 以下ネタバレになるんで、『将棋無双』を自力で解いてみたい人(がんばってください)は、飛ばしてほしい。

 前回は「不成」それも2連発という、超弩級のトリッキーな手筋について語ったが、この感動をさらに上回るのが、最後に出された「神局」とも呼ばれる「第30番」。

 

 

 

 

 これがまた、驚天動地のすごいシロモノ。

 詰め手順は、まず▲23金と、金のタダ捨てから入り、△25玉に▲24金と、さらに捨てる。

 △同玉に▲34飛成と取って、△同玉に▲33飛

 △45玉、▲35飛成、△56玉、▲55竜

 

 

 ここまでは、特になんということもない手順だが、もう少し待っていただきたい。

 △67玉に、▲66竜と追って、△78玉、▲79香、△同玉、▲68銀、△88玉、▲77竜、△98玉、▲99歩、△同玉、▲97竜、△98銀成、▲66馬。 

 

 

 お待たせいたしました。

 ここからが、伊藤宗看渾身のスーパーイリュージョンが開始されます。

 盤面下で眠っていたが、ここから、おそるべき活躍を見せます。

 ▲66馬、△89玉に、▲56馬と王手。

 △99玉に、ひとつ上がって▲55馬と王手。

 △89玉に、ひとつ横にすべって▲45馬の王手。

 

 

 △99玉に、ひとつあがって▲44馬の王手。

 △89玉に、ひとつ横にすべって▲34馬の王手。

 ……と書き写してみると、ただを動かして王手してるだけで、後手は玉を△89△99と同じ手で逃げるだけ。

 なんのこっちゃというか、やる気あるんかと怒りたくなる、意味不明の手順に見えるが、これが盤に並べてみると、同じ手の繰り返しのようで、少しずつ違っているのがおわかりだろうか。

 そう、の位置が微妙にズレているのだが、そのことによって、これが▲66の地点から、一歩ずつ北東の方角に、上がっていってるのだ。

 この馬の動きは、まるでノコギリのようだから「馬鋸」と言われる高等テクニック。

 もちろん、ただおもしろいだけでなく、ふかーい意味がある。

 それは手順を追えばわかるもので、ここまでくれば次の手はおわかりでしょう。

 ▲34馬、△99玉に、▲33馬と、さらに一歩前進。

 △89玉に、▲23馬、△99玉に▲22馬

 △89玉に▲12馬

 

 

 これで、ようやっと、ねらいがわかった。

 でギコギコやりながら、先手がやりたかったのは、王手しながら遠くにある△12をいただくためだったのだ。

 この時点で、すでにため息だが、まだまだ、これは序章である。

 首尾よく歩をゲットした馬は、今度どうするか。

 ▲12馬、△99玉、▲22馬、△89玉、▲23馬、△99玉、▲33馬、△89玉、▲34馬。

 

 

 △99玉、▲44馬、△89玉、▲45馬、△99玉、▲55馬、△89玉、▲56馬、△99玉、▲66馬、△89玉、▲67馬、△99玉、▲77馬

 

 

 少し並べれば、あとは見なくてもわかるだろう。

 そう、今度はさっきの鋸道を後ろ歩きで、ギコギコと元の場所まで戻っていくのだ。

 で、この馬はここでお役御免と、△89玉に、▲78馬と捨ててしまう。

 ▲78馬、△同玉に、今度は▲77竜から追っていく。

 △69玉、▲79竜、△58玉、▲59竜

 

 

 

 

 

 今度は「高野山の決戦」を思い起こさせるような、ぐるぐる回し。

 △47玉、▲57竜、△38玉、▲37金、△28玉、▲27金、△38玉、▲28金、△39玉、▲48銀、△28玉、▲37竜、△18玉、▲19歩。 

 

 

 ここに来て、ようやっと馬鋸の真意がわかる。

 この▲19歩が打ちたいがための、大遠征だったのだ。

 これをやらずに、▲66馬の王手から、▲67馬と捨駒をすると、ここで歩が足りず不詰になってしまうのだ。

 エライ仕掛けがしてあるものだ。こんな、素人には見破れませんで!

 しかも、話はまだ、これでは終わらない。

 △19同玉に、▲17竜と王手したところで、背中のあたりから冷や汗がタラリと一筋、タレてくることとなる。

 ま、まさかこれって……。

 そう、そのまさか。

 この形は、さっき▲66馬の王手から、ギコギコと盤面をナナメに切り裂いていったのと、瓜二つではないか!

 △18銀成に、▲82角成と、ほとんど忘れられていたが、ここで成り返ってくる。

 

 

 

 となれば、もうこの後の手順は、お分かりであろう。

 詰め方は、さっきとのように、▲83、▲73、▲74、▲64、▲65と、テンポよく南下してくる。

 

 

 これには、並べていて腰が抜けそうになった。

 一回、が行って返って鋸引きをするだけでもすごいのに、今度はからもう一回ひええ!

 そして、▲46馬、△29玉に、やはり同じく、▲47馬▲37馬▲38馬と捨ててしまってお役御免。

 最後は、鋸引く馬の利きまで誘導する役割だった、いわばこの詰将棋のコンダクターだったが、またも風車のように、くるくる回りながら追っていく。

 △38同玉、▲37竜、△49玉、▲39竜

 長かった旅路も、ここで終わりだ。

 △58玉に、最後は▲59竜で、詰め上がり。

 

 

 

 この詰め上がり図が、なんとまったくの左右対称で終了するという、見事なウルトラC。

 大げさではなく、この図を見たときに、泡を吹いて倒れそうになりました。

 なんやこれは、こんな手順を人間が創るなんてありえるのか、奇跡だ、神だ、まさに神局

 もちろんのこと、それらのアクロバティックな技の数々は、すべて必然手であり、それ以外のもって行き方では、詰まないように設計されているのだ。

 なんという高度な作品なのか。もう泣きそう。

 いや、本当に泣いた。私はこの本を読んで、東洋文庫の本式の『詰むや詰まざるや』を実際に買って、ざっと読んでみた。

 そのあまりのすばらしさ、美しさに、ページを繰りながらボロボロとを流してしまった。

 将棋パズルの本を読みながら、おえおえ、えぐえぐ、と嗚咽している男というのは、実に滑稽というか意味不明だが、そんなことも気にならないまま私は泣き続けた。

 どうやったら、こんなすごいものが、作れるというのか。

 これは、詰将棋どころか、将棋自体を知らない人でも、ぜひとも一度は鑑賞していただきたい。
 
 今からでも遅くない、日本はこれを文化財に指定すべきだ。

 なんなら、ルーブルみたいな美術館博物館に展示してもよい。それくらいの価値はゆうにある。

 現役のプロ棋士の中には、この『将棋無双』と『図巧』に魅せられてこの道に進んだという人もいるそうだが、その気持ちのカケラくらいは、胸が痛くなるくらいにわかった。

 そして、詰将棋とは先人の残した偉大な遺産であり、そこには確実に「芸術」と賞されるだけの、がこめられているということも。

 こんなすばらしい日本の、いや人類の宝が、将棋ファンにしか、いや将棋ファンでさえも知らないというのが、もったいなくて仕方がない。

 すっかり『詰むや詰まざるや』にアテられてしまった私は、この本を歴史書、ミステリ、SF、そして「泣ける本」として、オールタイムベスト候補に推したい。

 

 (『詰将棋探検隊』編に続く→こちら

 (斎藤慎太郎八段が解説する「将棋無双 第二六番は→こちら

 

 

 


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