海外旅行は歯が命(ちがう意味で) モロッコ虫歯激痛編

2017年01月29日 | 海外旅行

 旅のトラブルで、は最強かもしれない。

 に迷った、お腹をこわした、荷物を盗られた、病気になったなどなど、旅行中なれない土地でピンチに立たされるケースというのは、ままあるものであるが、

 

 「どないしようもない感」

 

 で上位に来るのは歯痛ではあるまいか。

 モロッコを旅行したときのこと。

 砂漠の国で、なぜかが見たくなった私はエッサウィラという街にやってきた。

 エッサウィラは大西洋岸にある港街。世界遺産にも登録されており、ブルーを基調にした街は抜けるような色合いであざやかに美しく、かつエキゾチック。

 小さいながらも、すこぶるつきに、魅力あふれたところであったのだ。

 宿を探してチェックインすると、さっそく屋上に上ることにした。

 泊まった宿はいわゆる安宿だが、立地だけは抜群によく、のすぐ側にあったからで、屋上に立った私は思わず「わー」と声を上げた。

 そこから見えるのは、一面の青い海だったのだ。

 なんという美しさ。すばらしいロケーション。この宿は大当たりだ。

 さわやかに流れてくる海風が頬に心地よい。タンジェマラケシュでは、旅行者にたかる不良モロッコ人だらけだったが、この街はなんと落ち着くのか。

 嗚呼、旅に出てよかった。

 こんなものを見せられては山ではないが、ベタにヤッホーとでも思いっきり叫び声を上げたくなるのが人情。

 よし、やってみるか。

 童心に帰った私は両手を口にメガホン状にそえ、その塩っぽい風を胸一杯に大きく吸いこみ、せーのでヤ……。


 いだ、いだだだだだだだだ


 風に乗るはずだった呼び声は、情けないダダケ声となって、さわやかな海に響き渡った。

 ぐがあ、い、痛い痛い。いったーい

 突然の強烈な痛みに襲われた私は、コバルトブルーの海に向かって無様な叫び声を上げたのであった。

 いったー、なんじゃこりゃあ。

 あまりの激痛に気絶しそうになりながらも、いったん深呼吸したところで正体がわかったのである。

 虫歯だ。

 歯かよ。激痛の正体は歯だ。

 げ、まずい、こんなところで、えらいことになった。

 どうすりゃいいんだと検討する間もなく、痛みの第二波がやってきた。それも、今度は一発目の3倍アタックである。

 いだあああああああ!痛い、痛いよう(泣)。

 旅にトラブルはつきものであるが、その対処法というのは、たいていの場合はガイドブックに載っているものだ。

 迷子なら人に道をたずねればいいし、お腹をこわせばを飲む、盗難にあったら保険のために盗難証明書を書いてもらえばいい。

 が、虫歯はそうはいかない。

 日本にいても、どうにも対処のしようがないのが歯の痛みであるが、海外だとそれがより、どうしようもなくなる。
 
 どうすればいいのかといえば、ふつうは歯医者に行くしかない。

 しかしである。ただでさえ歯医者なんぞというのは、日本でも、あらゆる理由をつけていきたくないところである。

 それをさらに、海外。それもモロッコの歯医者など、悪いけど信用でけるんかいな。

 さらに悪いことに、歯の治療には旅行保険がきかない。

 そら、命に関わることでもないし、パスポート紛失みたいな、出入国に関わるようなトラブルでもない。

 第一それを認めたら、勝手に海外で保険使って、高い治療を受けようとするヤカラがいるのであろう。

 実際、お年寄りの中には保険を使って海外の病院に入院して、格安で休養を取るという強者もいる。なので、歯に保険が、きかないのは理解できる。

 となると、何も考えず治療してもらったら、あとでいくら請求されるかわかったもんではない。十三あたりの、ボッタクリバーみたいなみたいな目に合うのでは。

 それに、の方も疑問である。

 技術大国で医療レベルの高い日本だからこそ、嫌々でも歯をまかせられるのだ。

 それを、モロッコの医療水準はどんなもんか知らないが、日本より上ということはないだろうし、どうにも、たかり屋の多いモロッコ人など(ホント頭きます)、果たして信用していいものか。

 うかつに口を開けたりしたら、映画『マラソンマン』みたいに、元気な歯に穴を開けられたりしないか。いや、これは日本でもハズレの歯科医に行くと、ないこともないしな。

 それでもまだ、治療してくれれば、マシかもしれない。雑誌『旅行人』の蔵前仁一編集長はインドかどっかで歯医者に行ったら、



 「この治療はどこでやったんだ、すごい技術だ、何? 日本? そうか、さすがたいしたもんだ。もっと見せてくれ」



 治療そっちのけで、助手たちも集めて、大研究会がはじまってしまい、蔵前さんは治療室で間抜けに口を開けながら

 

 「はやぐなおじでぐれー」

 

 情けない声をあげたそうで、そんなことになったら目も当てられない。

 そうしてアレコレ考えた結果、結論としては



 根性でなんとかする」



 ということになり、安宿のシーツにくるまってひたすら耐えた

 かつて妄想……大和魂だけを頼りに50倍の火力を持つアメリカと一戦を交えた、大日本帝国の先輩たちにならったのである。

 もちろんのこと、そんなことで口中の悪魔を振り払えるはずなどないのだが、他に手がないのだからしょうがない。

 結局、激痛で一晩中、一睡もできなかった。死ぬかと思いました。

 幸いなことに、次の日になったら痛みは奇跡的に引いていき、なんとか旅行を続けることができたけど、もしあの痛みが、ずっと続いていたらどうなっていたかと想像すると、これはゾッとする。

 帰国後すぐ歯医者に飛んで抜いてもらったが、もしこれから旅行に出るという方がいらっしゃったら、パスポートや着がえとともに、歯のチェックも忘れないようにしたほうがいいかもしれない。

 旅行者の中には

 

 「これから世界一周するぞ」

 

 勇んで出かけて、三日後くらいに歯の痛みで、一時帰国を余儀なくされた、という人の話も聞いたことがある。

 ふだんは平気でも、環境が変わったことによって、いきなり痛み出すこともある。

 ゆめゆめ、虫歯をあなどってはならないのだ。あー痛かった。


 

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川上健一『宇宙のウィンブルドン』 弾丸サービス「だけ」でテニスは勝てるのか?

2017年01月27日 | 
 川上健一『宇宙のウィンブルドン』を読む。

 野球なら、あさのあつこ『バッテリー』、陸上は佐藤多佳子『一瞬の風になれ』、自転車ロードレースは近藤史恵『サクリファイス』などなどなどスポーツ小説に傑作は数あるが、テニスといえば好きなのがコレ。

 西暦2060年、世界のテニス選手たちはせまい地球を飛び出した。

 従来のアメリカやヨーロッパから、ツアーの舞台はついに宇宙空間に。トッププレーヤーたちはロケットや宇宙船に乗って各惑星を転戦する。
 
 気温の上限500度という過酷な条件で戦う、体力勝負の金星オープン。火星の赤い砂で行われる「マーズ・レッドクレー・カップ」。重力6分の1という「軽い」条件を生かせるか、塵で覆われた月の地表に、科学の粋を凝らして緑の芝を敷いた「ムーンブルドン選手権」。

 宇宙服を着たアスリートたちが、無重力テニスや、真空における空気抵抗ゼロサーブなどを駆使し、グランドスラム制覇を目指して今日も激戦を繰り広げる……。

 などといった壮大な話かと思いきや、読みはじめていると、なんのことはない。ただ単に主人公が「杉本宇宙」という名前だっただけなのであった。

 宇宙君が主人公だから、宇宙のウィンブルドン。なんだそれはと拍子抜けなことこの上ない。

 と、ついつい、いいたくなるところであったが、これが読み進めると、なかなかにイカれた内容だったから油断がならない。

 宇宙君のウィンブルドンはSFでこそなかったものの、荒唐無稽さではそこいらのサイエンスフィクションに、全然負けていないのだ。

 まず主人公の設定からしてぶっ飛んでいる。

 なんと、ウィンブルドン目指してがんばるはずの杉本宇宙君は、サービスしか打てない。

 テニスのショットはストロークやスマッシュなど数あれど、彼はフォアハンドもバックハンドもボレーも、なにもできない。

 打てるのはガチにサービスだけ。
 
 んなアホなという話だが、本当の本当に、宇宙君は作中サービス以外のショットはまったく打たない(打てない)のである。

 ただし、そのサービスが、だれも返すことのできないスーパーサーブであることが、この物語のキモ。それだけを武器に、ジャパンオープンやウィンブルドンで次々と勝ち上がっていくというのだから、その「ハッタリ力」は相当なもの。

 なんとも無茶な小説であるが、それをやりきる姿勢がすばらしい。作者は正気か、と

 それに、ひとつ冷静に考えてみれば、たしかにテニスというのはサービスポイントを100%取れれば、理論的には、いずれは必ず勝てるスポーツなのである。

 野球でいえば、ピッチャーが相手バッターを全員を延々と三振で討ち取っていけば、こちらの攻撃で一度もバットを振らなくても、いつかはかならず勝てる(フォアボールとかボークとか怪我人が出て試合続行不可能になるなど)みたいなもの。

 サッカーでいえば「未来永劫ゴールをゆるさないキーパーがいる」みたいなものか。この「理論上絶対負けない」選手に、世界の強豪たちは一敗地にまみれていくわけだから、そのぶっ飛びぶりはなかなかのもの。

 極論だが、それを最後まで突っ走しらせる面の皮(ほめ言葉)が最高だ。

 「極論に、屁理屈をのせていく」

 という阿呆気な発想は個人的には大好きである。

 また、こんなおかしな小説を天下の『テニスマガジン』で連載していたというのがまたいい。シャレがわかってるなあ。






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ユーラシア大陸横断中の女子バックパッカー「なぜ旅をするのか」について語る その2

2017年01月24日 | 海外旅行

 前回(→こちら)の続き。

 「なんで、将来のアテもないのに、そんなことしてるんですか?」



 パリで出会った日本人旅行者ショウコちゃんは、同じくそこで仲良くなった旅行者ヨリコちゃんにそう尋ねた。

 この質問に、場の空気が一瞬固まった。

 問いの中身は、なんとなくわかる。ショウコちゃんの言葉を補足すると、こういうことになろう。

 「(もうすぐ30近くて、独身女で、食えるあてもないカメラマンとかやって、それユーラシア横断とか)なんでそんなことしてるんですか?」



 ここにひとつフォローしておくと、ショウコちゃんには悪気というものはなかった。

 彼女の口調に、誰かをやりこめるとか、揶揄するとか、そういった響きは基本的にはなかった。

 まだ20歳のショウコちゃんは、ただただごく自然に、世間的に見て不安定な生き方をしているヨリコちゃんに、素直に思ったことをぶつけただけなのである。

 だが、これは取りようによっては、きびしいというか、ちょっとばかし誤解をされるようなニュアンスを感じる人も、いるかもしれない言葉である。

 人によっては、傷ついてしまうかもしれない。

 旅という非現実を生きている人間に、リアルという冷や水を浴びせかける行為だからだ。

 ここにもうひとつ考察すると、ショウコちゃんに悪気は「基本的には」なかったと思うが、そこになんらかの

 

 「ちょっとした負の感情」

 

 これはあったのかもしれない。

 まじめな学生さんであるショウコちゃんにとって、「世間の」を気にせず自由に生きている(少なくともそう見える)ヨリコちゃんは

 

 「いい年して、ようやるぜ」

 

 という気持ちとともに、どこか

 

 「うらやましい」

 

 という感情も生むのでは。

 これは私自身、ヨリコちゃんほどわかりやすい形ではないけど、わりと日本人的

 

 「和の精神という名の同調圧力



 にとらわれないタイプなので、似たようなことを言われることもある。

 だから、優越半分、羨望半分の



 「ええよなあ。なんにもしばられんと、楽そうに生きて」



 みたいな言葉にこめられたものには、多少敏感なのである。

 それを、ここで出すかあ。せっかく、みんなで楽しく観光してるのに。

 ちょっとまずいかなあ、フォローしたほうがええんやろか。

 なんて、お節介なことを考えていたのだが、ここでの答えがふるっていた。

 ヨリコちゃんは動じることなく笑みを浮かべると、ビシッとウィンストン・チャーチルばりのVサインを決めて、



 「そんなの、楽しいからに決まってるじゃん!



 その瞬間、頭のうしろあたりでスコーンという乾いた音が聞こえたような気がした。

 楽しいからに決まっている。

 こらまた、なんと明快なお答えであろうか。

 そしてまた、これ以上ないくらいに、わかりやすく「正しい」回答である。

 なるほど、そうなのだろう。

 ショウコちゃんは

 「なんで?」

 という素朴な疑問を無邪気にぶつけてきたのだが、ヨリコちゃんからすると、その

 

 「《なんで?》という疑問こそが《なんで?》」

 

 だったのかもしれない。

 だって、楽しいからに決まってるから。

 結局のところ、人が他人から「なんで?」と首をかしげられる生き方や行動をする理由は、これしかないのだ。

 楽しいからに決まってる。それがすべて。たったひとつの冴えたやりかた。

 『ローラーガールズダイアリー』のドリュー・バリモア姐さんや、『桐島部活やめるってよ』の野球部キャプテンみたいに。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 あとは聞いたほうが、「陰であきれる」なり「自分もやってみる」なり、礼儀の範囲内で(「目の前で否定する」「説教する」のような迷惑なことはしないように)好きなリアクションを選べばいい。

 ショウコちゃんは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔で、そのまま「はあ」と黙りこんでしまった。

 私が目をやると、ヨリコちゃんは「決まったね」とでもいいたげに、こちらに小さくウインクしてきた。

 ヨリコちゃんは、次の日の朝食の席へとあらわれなかった。

 なんでも、朝一番の列車で、ドイツのケルンへと旅立っていったらしい。

 それは残念だ。出発するなら、その前に言っておいてくれればいいのにとは思うが、その薄情さがバックパッカーらしいといえばらしく、そのらしさが、私は好きだ。

 それに、黙って行ってくれてよかったかもしれない。

 もし事前に聞いていたら、トチくるって、万難排してケルン行きの切符を取り、後を追いかけていたかもしれない。

 いや、もしかしたら、そうすべきだったのかも。

 能天気な私は日ごろから人生に後悔とかを、あまりしない方だが、このときだけは、ちょっぴり悔いを残したかもしれない。

 それくらいに、その振る舞いはあざやかだった。

 だからシャンゼリゼ大通りと言えば思い出すのは、オシャレなカフェでも粋なパリジェンヌでもなく、彼女のさわやかな笑い声だ。

 地域民族時代性別を問わず、あまねく存在し、いつでもどこでも不思議そうに

 

 「なぜ?」

 

 そう問われ続けているであろう、世界中の「ヨリコちゃんたち」に心からのエールを送りたい。





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ユーラシア大陸横断中の女子バックパッカー「なぜ旅をするのか」についてに語る

2017年01月23日 | 海外旅行

 「おもしろいからに決まってるじゃん!」



 『ライトノベルめった斬り!』という本の中で、二人して気勢をあげたのは、翻訳家の大森望さんと書評家の三村美衣さんであった。

 ライトノベルといえば、その発行部数や売り上げにもかかわらず、出版業界からはまったくといっていいほど無視されているジャンルである。

 正直なところ、私自身も中学生のころ

 

 水野良『ロードス島戦記』

 松枝蔵人『聖エルザクルセイダーズ』

 

 なんかを読んだこともあるけど、それ以降はとんとご無沙汰だったが、

 

 秋山瑞人『猫の地球儀』

 古橋秀之『ある日、爆弾が落ちてきて』

 

 あたりを読んでから偏見が解けた。

 かつて日活ロマンポルノ

 

 「濡れ場があれば、あとは何してもいい」

 

 という自由さを逆手にとって、多くの映画監督が才能を発揮したように、



 「美少女さえ出せば、あとは何をしてもいい」



 ところから、日本出版界で冷遇されていた「SF」を復活させたのが、ライトノベルの果たした大きな仕事であり、そこから「あり」になった。

 『涼宮ハルヒ』なんて、どこにも書いてないけど、あれ完全無欠に学園SFやん! 

 以来、SF好きとしては「ラノベあなどりがたし」とカブトの緒をしめることとなったんである。

 そんなラノベというと、まだまだその地位は低いようで(まあ、『スタージョンの法則』がこれほどあてはまるジャンルもないので、しょうがない面もありますが)、話題に出すと、かならずこう訊かれることとなる。



 「なんで、いい大人がライトノベルなんか読んでるんですか?」



 それに対するお二人の答えが、冒頭の一文である。

 おもしろいからに決まっている。

 そらそうだ。いったい質問者は、これ以外のどういった回答を期待しているのであろうか。

 なんてことを読みながら考えたのだが、そこで思い出したのが、昔ヨーロッパを旅行したとき、パリユースホステルで出会ったヨリコちゃんという旅行者のことだった。

 サンミッシェルにあるそのユースは、日本のガイドブックでも紹介されていたということもあって、日本人旅行者が多く滞在していた。

 なると必然、同胞同士仲良くなって、6、7人くらいのグループになることもある。

 ふだんは人見知りだが、旅先では

 「恥はかき捨て」

 とばかりに、やたらと社交的になる私は、もちろんのこと、そういった集まりにお邪魔することとなる。

 そこにいたのが、ヨリコちゃんであった。

 仲良くなった我々は、みなでパリの街を観光した。

 ワイワイいいながら、エッフェル塔凱旋門などを見て、ソルボンヌにあるギリシャ食堂で羊の焼き肉に舌鼓を打ったりした。

 中でも、私が親しんだのはヨリコちゃんだった。

 彼女はショートカットで、日焼けして手足がひょろ長く、一見すると男の子みたいに見えた。

 話を聞くと、カメラマンを目指しているらしく、世界各国をして写真を撮っては、雑誌に持ちこみをしているが、それだけだと全然食べられない。

 なもんで、せっせとアルバイトして、重い機材をかついで世界を経めぐっているのだという。

 今回の旅はロンドンから出発して東進し、陸路日本まで帰るという大旅行をはじめたばかりとのこと。

 パリを通過して、ヨーロッパを駆けぬけ、トルコイランパキスタンを経由し、インドに向かう。

 ゴールは上海

 バックパッカーの大きなのひとつに「ユーラシア横断」というのがあるが、彼女はその途上にあったのだ。

 「いいなあ、いいなあ」と私がうらやましがると、彼女は



 「いいでしょ、いいでしょ、仕事とか学校とかやめて、ついて来たくなるでしょ。でも、ムリなんだよねえ」



 えへへと笑って、イヤなことを言うのである。

 ちぇ、財布でも盗まれろ! というのはちょっと悪いから、インドで食べるカレーがちょっと辛すぎろ、この自由人め!

 そんな風に、ヨリコちゃんと私は旅の話題ですっかり意気投合してしまったわけだが、うち解けた気安さで、

 「歳、いくつなん?」

 と訊いてみると、

 

 「えっとね、29」

 29歳

 これにはちょっと驚かされた。その少年っぽい見た目から、てっきり年下(当時の私から見て)だとばかり思っていたからだ。

 失礼な質問も、その思いこみのせいである。

 そうか、お姉さんだったのか。人は見かけによらないもんだ。

 と、そこに、「あのー、ちょっといいですか」との声が割って入ってきた。

 声の主は、ショウコちゃんという女の子であった。

 ここにいるみなと同じく、ユースホステルで知り合った、まだ20歳学生さん。

 彼女はしばらく我々のおしゃべりを聞いていたらしいのだが、そこで

 

 「ヨリコさんに、聞きたいことがあるんですけど」



 「ん?」と、フレンドリーな表情で応えるヨリコちゃんに、ショウコちゃんは不思議そうな顔で、

 

 「あのー、ヨリコさんって、将来のアテもないのに、なんでそんなことしてんですか?」


 
 (続く→こちら




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ティム・バートン『マーズ・アタック!』はデートで観に行ってはいけません

2017年01月20日 | 映画
 『マーズ・アタック!』はカップルで観ると気まずい作品である。
 
 世にはデート家族連れで観に行くと失敗する映画というのが多数存在するもの。
 
 ガンマニアの友人タマデ君は『プライベート・ライアン』を観に行って、
 
 
 「さすがスピルバーグや! ミリタリー野郎のオールタイムベストに入る傑作やで!」
 
 
 などと大盛り上がりだったが、周囲では冒頭の血みどろシーン連発から観客がみな真っ青になっており、館内は異様な雰囲気に。
 
 上映終了後、となりのカップルが、
 
 
 「これって、スピルバーグの感動作品のはずだよね……」
 
 
 なんて、ドン引きしながらパンフレットを確認していて、思わず、
 
 
 「いやいや、スピルバーグってもともと《こういうヤツ》やから」。
 
 
 そうアドバイスしそうになったそうだが、他の友人からも
 
 
 『バトルフィールド・アース』
 
 『スターシップ・トゥルーパーズ』
 
 『尻怪獣アスラ』
 
 
 などを女の子と見て、なんとも微妙な空気になったという被害報告も届いており、それは自業自得というか、ほとんどわざとやっているのではないかというか、ともかくも私のダイナミックな友人関係が知れるラインアップである。
 
 かくいう自分も、韓流ブームのころ、
 
 「これにのっからない手はない!」
 
 とばかりに、『グエムル―漢江の怪物』を猛プッシュして、女子に総スカンを食らったことがあるので、全然人のことは言えないんだけど、中でも『マーズ・アタック!』の破壊力もなかなかのものであった。
 
 『マーズ・アタック』は、ティム・バートン監督のSF映画。
 
 ストーリーは……特にない。緑色の火星人が地球にやってきて、けったいなビームガンでひたすら地球を攻撃する。そんだけ。
 
 でもって、容赦なく人が死ぬ、死ぬ、死にまくる
 
 ジャック・ニコルソンロッド・スタイガーダニー・デビートピアース・ブロスナングレン・クローズ
 
 などなど、出演者にむやみやたらとネームバリューはあるが、出た端からばっすんばっすん殺される
 
 ホラー映画で、ジェイソンなど怪物にまっ先に殺されるのは、たいてい人目かまわずイチャイチャしまくる頭の悪いカップルだが、ジャックとかももほとんどそのあつかい。
 
 名優なのに、大見得切って出てきて秒殺。火星人大爆笑。なんじゃそりゃ。
 
 まあ、そういう映画です。
 
 フレドリック・ブラウンの傑作怪作『火星人ゴーホーム』を思わせる、B級SFテイストたっぷり。はっきりいって悪趣味
 
 そんな、若干人を選ぶ『マーズ・アタック!』であったが、圧巻なのがクライマックス。
 
 ネタバレになるので、未見の人はここで総員退避していただきたいというか、たいしたオチではないので知っていても問題ないと思うけど、火星人に皆殺しにされそうになった地球人は絶体絶命
 
 あとは座して死を待つのみ。地球最後の日はすぐそこに。
 
 というところで、ある田舎の民家に火星人が押し入る。そこでは頭のぼけたおばあさんラジオを聴いていた。
 
 やはり笑いながらをかまえる火星人だが、なんとそこで流れていたウェスタンソングが奴らの弱点だった!
 
 この曲を耳にした火星人は、いきなり脳みそが風船のようにふくらんで爆発
 
 これを広めることによって、世界中にいた火星人が次々脳みそバーンで死亡。あっという間に侵略者全滅
 
 まさに急転直下で、地球の平和は守られたのだった。バンザーイバンザーイ!
 
 ……って、わけがわからん
 
 というのもこのラスト、元ネタは『怪獣大戦争』という、日本の特撮というかゴジラ映画。
 
 その証拠に途中登場人物がゴジラ映画を見ているシーンがある。いわゆるオマージュというやつ。
 
 『怪獣大戦争』では地球侵略にきたX星人が、怪獣を自在にあやつり人類を追い詰めるも、弱点が痴漢撃退用防犯ブザーの音であることがバレ、それによって敗れる(トホホ……)のだ。
 
 そのこと(と、あとウェルズの『宇宙戦争』とか)を知らないと『マーズ・アタック!』のラストは、まったく意味不明なのである。
 
 さすがは、怪獣大好きティム・バートンである。しかもエンディングは、
 
 
 「世界が滅亡して、生き残ったのがオレナタリー・ポートマン
 
 
 というナタリーが
 
 
 「こんなゲスいオッサン知らんわ!」
 
 
 とドン引きしまくった『レオン』を撮ったリュック・ベッソンも、裸足で逃げ出す中二妄想で、あきれることしきり。
 
 まあ、ゾンビものもそうですが、ボンクラ男子の考えることなんて、洋の東西を問わず、同じようなもんなんですねえ。 
 
 もう、ティムと同じボンクラで怪獣好き男子としては
 
 
 「このラストは正しい!」
 
 
 大いに満足して映画館を出ようとしたのだが、そこで聞こえてきたのが、前にすわっていたカップルたちの声。
 
 まだ高校生くらいであろうか。最初は肩を寄せ合って、
 
 
 「映画、楽しみだね」
 
 「うん」
 
 
 なんてささやきあっていたのだが、今ではエンドロールを見ながら
 
 
 「…………ねえ、ヒロ君、これどういうこと?」
 
 「いや、そんなんいわれても、オレもわからへん……」
 
 
 などと呆然としていた。そりゃそうだわなあ。
 
 ティムといえば、当時一番知られていた作品は『シザーハンズ』で、彼らはおそらく、そういったすてきなロマンス映画(あの映画が本当に素敵なロマンスかは個人的には異論があるが)を期待していたのだろう。
 
 そこへもってきて、火星人大暴れな、ただの制作者の趣味映画
 
 ラブラブムードは胡散し、残ったのは合わせて3000円ちょいの出費のみ。
 
 二人は無言のまま映画館を後にした。男の子はうなだれ、女の子が床にツバを吐いているのが見えた。
 
 これには私もさすがに爆笑……もとい同情を禁じ得なかった。
 
 すまん、あいつは愛情たっぷりに『エド・ウッド』を撮るようなやつや。こればっかりは、宣伝にだまされた君たちがが悪いですわ。
 
 この後の二人がどうなったのか杳として知れないが、こういうことがあるから、デートで観に行く映画というのは選択がむずかしい。
 
 とりあえず、最近でいえば『ゴーン・ガール』は絶対にカップルで観ちゃダメ!
 
 もうね、終わったあとの映画館の空気といったら……。
 
 
 
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とっても美味しい「夜食テロ」との戦い その2

2017年01月16日 | B級グルメ
 「これはテロとの戦いだ!」

 との気勢をあげ、前回(→こちら)私に襲いかかってきたのは友人ショウテンザカ君だが、彼が戦うテロはハイジャックや自爆ではなく、

 「カナダで楓のお祭ってのがあってさ。そこではメープルシロップたっぷりの壺が山ほどあって、参加者はそこに焼きたてのパンケーキを浮かして、ジュクジュクのヒッタヒタにしたやつ食べるらしいで。これってバターはつけるんかなあ」

 などと、ダイエット中の人に、嬉々として話し怒らている「夜食テロ」のことである。

 たしかにお腹がすいているときにこれをやられると、悪気はなくとも

 「てめえの血の色は何色だ!」

 となって、怒り、泣きながら、深夜に「大盛カップ焼きそばマヨネたっぷり」や、「カントリーマアムお徳用サイズ」を腹につっこみ、満腹後「カロリーが……」と落ちこむことになるのである。まさに人類のおそるべき敵といえよう。

 そこで、今回は最近私が食らったテロをご紹介したい。

 たとえば、なにげなくYouTubeでお笑い映像を見ていて出てきたロッチのコント。

 ネタ自体もすごくおもしろいんだけど、とにかく見ているとカツ丼が食べたくなる(映像は→こちらから)。

 もちろん、「ちょい」大盛。それもただの大盛ではなく、

 「普通サイズでも、他の店の大盛と同じくらいの量のお店の大盛」

 でなくてはならない。それも豚汁をつけて。みそ汁じゃダメ。当然、サラダも。ドレッシングは中華とゴマどっちもや!

 食事のあとはデザートということで、お菓子類のテロを。

 昨今、将棋ファンの間で、対局中に棋士が食べるランチやおやつを楽しみにする人が増えている。

 特にタイトル戦で出る食事は旅館やホテルの一流メニューや、土地の名産や高級弁当だったり。

 おやつも有名なパティシエが作るスイーツがずらりと並んだり、棋士の差し入れがあったり、グルメな人にはたまらないかもしれない。

 で、その「将棋のおやつ映像」というのは、もうひとつ

 「着物姿の棋士が、ちょっと食べにくそうにしながらいただいている」

 というミスマッチ感がまたおもしろく、これがけっこう見ていて楽しい。
 
 将棋おやつテロの発生地帯は、2016年度に戦われた将棋の王座戦5番勝負第3局、羽生善治王座対糸谷哲郎八段戦。

 この映像の中で、羽生王座と糸谷八段がおやつを食べるシーンがあるのだが、これが思わず目をひかされた。

 特に羽生さんがあぐらをかきながら、ややでかめのワッフルかパンケーキだかを食べるところが、なんともいえず豪快かつユーモラス。

 まあ、客観的データだけ見たら、

 「40代半ばの眼鏡のおじさんがケーキを食べている」

 絵であって、それだけ聞いたらむしろ「食欲減退映像」のようだが、これが不思議と食欲をそそる。「もりもり食べる絵」というのは、それだけで人のテンションをあげるものなのかもしれない。

 1時間25分くらいのところからですが(映像は→こちら)、もうこれを見るとビッグサイズの甘物が食べたくなること間違いなし。

 とりあえず、私はすぐさま駅前のケーキ屋に走ってワッフルを買いました。

 そこに生クリームとフルーツを山盛りそえて、あぐら姿でまりまり食べる。うまい! 

 でもカロリーが……。体重と財布事情も鑑みて、しばらく3食を水と塩だけで生きたいと思う。

 あ、今思い出した。那須正幹先生の傑作『うわさのズッコケ株式会社』を読むと、「おにぎり弁当とカップ麺」のセットが食べたくなるなあ。

 こういうのは、一度考えだすと芋づる式だ。

 かくのごとく終わりなきテロとの戦いは、すきっ腹をかかえながら今日も続き、やはり日本はどこまでも平和でなによりである。




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とっても美味しい「夜食テロ」との戦い

2017年01月15日 | B級グルメ
 「これはテロとの戦いだ!」

 そんな声をあげながら私に襲いかかってきたのは、友人ショウテンザカ君であった。

 テロとの戦い。9.11、ニューヨーク同時多発テロが起こったとき、ブッシュ大統領はこう気勢をあげながらアフガン空爆を開始した。

 そこからも、世界では悲惨なニュースが盛んに報じられているが、それにしても突然の攻撃に私はうろたえた。

 いったい彼はなにをもって私をテロルと結びつけるのか。私がやったことのある破壊工作なんて、せいぜいが「ワリカンのときに端数の小銭をごまかす」程度の経済テロである。

 そんな小事で宣戦布告など、まさにアメリカが泥沼のイラク戦争に足をつっこんだときと寸分たがわぬ愚かさだ。人は歴史からは学べないのかと、チョークスリーパーで顔を紫色にしながら友に問うならば、

 「この夜食テロリストめ! ダイエット中のオレ様の前で、お好み焼きとかカレーの話をするな、この卑劣な悪魔!」。

 夜食テロ。

 と言われて、にわかにピンとこなかったのは、私がネットスラングの類にくわしくないからだが、調べてみると、

 「夜間に美味しそうな食物の画像を掲示することにより飢餓感を煽るテロリズムのこと」

 ということらしい。

 定義がわかったところで、ここに「戦い」の経緯を振り返ると、うちに遊びに来たショウテンザカ君とぼんやりテレビを見ていたところ、休日のことで、やたらと「食べ歩きロケ」的番組をやっていたのだ。

 そのとき、友がイヤそうな表情をしたところで、こちらもなにかを感じるべきだったのだろうが、根がボーっとした私はそれを見ながら、「うまそうやなあ」などといったコメントをし、そこからゆかいなトークのつもりで、

 「お好み焼きってなにが好き? オレ、シンプルなんより、そば入りのモダン焼き」

 「ココイチ行ったら、トッピングになにのせる? オレはチーズかクリームコロッケ。カツカレーって、カツの量とくらべてカレー汁が少なすぎて食べにくいよな」。

 「チョコってさあ、オレも好きで外国でもベルギーとかのんも食べたけど、結局コスパでいえば明治のミルクチョコになるねんなあ」

 なんて話を展開していったところ、友の怒りをかい、ついには「NATO空爆開始」とあいなったわけである。

 いやそんな、あんたがダイエット中とか知らんがな!

 まあ、たしかに減量のため食事を制限しているところ、能天気に

 「夜中に食う『ポテトチップス うすしお味BIGサイズ』って、不健康でうまいんやなあ。コーラかファンタオレンジでさ」

 みたいな話をされたら、「お前を殺してオレも死ぬ!」ってな気持ちになりますが、なるほどそれが「夜食テロ」か。ひとつ勉強になった。

 いわれてみれば、まさに「テロ」のごとく、たまたま手に取ったマンガや小説なんかから触発されて、矢も楯もたまらずにスーパーやコンビニに走るということは、ままあるもの。

 パッと思いついたのは、沢木耕太郎さんの『深夜特急』。

 この本でテーマになる「旅」は貧乏旅行なので、グルメなシーンは特になく、そもそも沢木さんは食自体にさほど興味もなさげなんだけど、その中でひとつ食欲を刺激されるのが、ギリシャで食べたサンドイッチ。

 ギリシャのテサロニキで朝、長かったアジアの旅から、ついに舞台がヨーロッパに突入したことに感じ入りながら、主人公である「私」は屋台でサンドイッチを買う。

 それがわれわれの想像する、食パンにハムや卵をはさんだものとちがって、羊の肉を焼き、それをレタスと一緒にクレープ風のパンで巻く、かなりボリュームあるもの。

 冬のギリシャで、寒さに震えながらビールとともにそのあたたかいサンドをいただいた沢木さんは、空腹もあって、そのうまさに感動。

 思わずその場でおかわりを注文し、屋台の世話をやいている少年にビックリされるというシーンがあるのだ。

 私はこの場面にさしかかると、特に寒い日などは無性にこのサンドイッチが食べたくなり、家でもだえることとなる。

 なにげない一場面で、特に『深夜特急』ファンに語られるようなところでもないのだが、なぜか胃袋を刺激される。

 まさに意表をつかれたという意味では「テロ」であった。しかも、羊肉サンドなんて、食べたくなってもどこで買えばええんや!

 嗚呼、これは困った。テロとの戦いには、軍隊を出撃させればいいが、夜食テロとの戦いでコンビニが頼れないとなれば、どうすればいいのか。

 まさに、ビンラディンにおとらない「見えない敵」だ。なんというおそろしさか。欲をあおってハシゴをはずす。高めるだけ高めて、やらずぶったくり。

 まさに非人道的なテロリストの所業ではないか! 

 こうして私は今日も『不思議の国のアリス』を読んでマーマレードを買いに行ったり、ウーヴェ・ティム『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』を読んでベルリン風ケチャップ入りカレーソース作りに挑戦したり、大島弓子先生のマンガを読んで朝食を「ミルクにパンにコロッケにりんご」にしたり。

 こうして終わりなきテロとの戦いを続け、日本は平和でなによりである。


 (続く→こちら




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ネットのない時代、大学受験の情報はエール出版社の『合格作戦』シリーズでした その3

2017年01月13日 | 時事ネタ

 冬は受験のシーズンである。

 そこで前回(→こちら)、エール出版社から出ている『大学入試合格作戦』シリーズを浪人時代読んでいた話をした。

 このシリーズには姉妹編に『学部・学科選び成功作戦』という本があって、こちらも当時参考にしていた。

 主に『合格作戦』に投稿した受験生たちが、今度は見事合格を果たした、そのキャンパスライフについて書いたもの。

 あこがれの大学に入学してからの後日譚。マンガや小説で言うところの「外伝」である。

 基本的にはやはり

 「第一志望受かってサクラサク、今は超ハッピーっす」

 という明るいものばかりなのであるが、中には、



 「大学選びを間違えた」

 「転科したい」

 「あのとき第一志望を妥協しなければよかった」



 などなど、理想と現実のギャップをうったえるシビアな内容のものもあって、なかなかリアルであった。

 中でも印象的だったのが、某超有名大学の工学部に通って科学の勉強をしているというキタセンリ君(仮名)の投稿であった。

 まず冒頭。
 


 「この文章を書き始める前に、まず皆様に謝っておきたいと思います、どうもすみません」



 いきなり謝罪されてしまった。

 一体、どうしたというのか、キタセンリ君。

 とにかく、まず謝る。戦後民主主義教育世代のわれわれらしくの、自虐史観というやつかもしれない。

 基本は楽しいキャンパスレポートが集まる中、なかなかインパクトのあるつかみだが、ではなぜ開口一番に土下座外交なのかと問うならば、



 「それは、数年前に投稿した合格体験記が、完全にただの自慢話だったからです」



 言ってしまった

 なんてストレートな。読者のだれもが思っていても、大人の態度でスルーするその言葉。

 考えてみたら、受験生といえば18歳くらいで、そんな少年少女が一流大学合格して

 「人生勝ったも同然」

 みたいに浮かれてるときに書いた原稿である。

 そらまあ、大なり小なりというか、超ビッグに自慢話であろうが、それをいっちゃあ、おしまいである。

 そら、そんなもん数年経って読み返したら、

 「ごめんなさい! やめてー、勘弁してえェェェェェェ!」

 頭をかかえたくなるような、若気の至りオーバードライブ的過去になっていることは、まあかなり高い確率である。

 そら、つらいですわなあ。


 
 「だから今回はできるだけ自慢に聞こえないように書きたいと思っているのですが、そう読めてしまったらすみません」


 どこまでも謙虚というか、自虐的なキタセンリ君。

 ここまで平身低頭されてしまうと、なんだか太宰治の小説みたいだ。生まれてすいません。

 そこから、キタセンリ君のキャンパスライフが語られるわけだが、彼は大学の勉強にあまり興味が持てなくて悩んでいるようなのだ。

 というのも、彼は元々職人的「物作り」に興味を持っていたそう。

 志望大もそれに合わせて、そういったことを勉強できる某超一流国公立大学に設定していた。

 ところが、センター試験で思うような点が取れなかった。

 その時すでに一浪していて、剣が峰のキタセンリ君。

 悩みに悩んだ末、第一志望はあきらめて、合格圏内の今の大学に願書を出したのだそうな。

 その際、志望学科も、当初との変更を余儀なくされた。

 そんな背景もあって、



 「今の勉強に興味が持てない」

 「努力が足りなかった」

 「どうして、あのとき妥協してしまったのか」



 など内容的には、非常に後ろ向きなものになっており、なんだか読んでいて気持ちが盛り上がらないことこの上ない。

 それでも、なんとかポジティブに生きようと、そこからは、



 「でも今さら言っても仕方がないし、あたえられた状況でがんばっていきます」



 前向きな結論に向かうことになっており、こちらとしてはホッとしたものだ。

 そうだよなあ。決まってしまったことを、後悔しても仕方がないもんなあ。

 悩むこともあるだろうけど、がんばれ、キタセンリ君。

 自分はまだ流浪の受験生だったのに、人生の先輩目線ではげましそうになったが、そんな彼は、



 「受験生の皆さんは、後で後悔しないよう努力を怠らないようにしてください」


 受験生たちに、体験をふまえたシビアなエールを送り、



 「自分の体験を自分の思ったままつづってみました。もし受験生の皆さんのお役に少しでも立てれば幸いです」



 としたあと、



 「最後に、もう一言。できるだけ、そうならないよう気をつけましたが、もしこれもまた自慢話に聞こえてしまっていたら謝ります、すみません」


 やはり最後の最後も土下座で、キタセンリ君のキャンパスライフのレポートは終了した。

 もう、ページを繰りながら

 「そこまで卑屈にならんでも」

 と言いたくなることしきりだったが、若気の至りを大いに悔やむキタセンリ君の恥ずかしい気持ちも、大人になった今では大いに理解できるところもある。

 私も無事受験を終えたあと、後輩などに勉強のアドバイスを求められたこともあるが、そこで大事なのは、



 「目標をしっかり持つこと」

 「結果が出なくても、くさらずにコツコツと続けること」



 といったことなどでは、もちろんなく、

 「合格後、自慢話には気をつけろ」

 キタセンリ君が教えてくれた人生の真理をこそ、しっかりと伝えておいたのである。



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ネットのない時代、大学受験の情報はエール出版社の『合格作戦』シリーズでした その2

2017年01月12日 | 時事ネタ

 前回(→こちら)の続き。

 浪人時代、予備校に通わず自力で勉強する自宅浪人(略称「宅浪」)を選んだ私。

 そこの情報面でお世話になったのが、エール出版社の『大学受験合格作戦シリーズ』だった。

 ネットもない時代、おススメ参考書や勉強法など大いに活用したものだが、このシリーズは読み物としても、なかなかおもしろかった。

 特に難関大学を目指してバリバリやっている人というのは、私のような関西の私立文系というぬるま湯受験生と違って、ほとんどスポ根のノリ。

 たとえば、勉強時間など、だいたいが「平均10時間」とか書いてある。

 私の浪人時代など、10時間寝ることはあっても、10時間も机に向かうことなど、1回もしたことがない。

 それを10時間。なにかの「プレイ」なのか。

 また、勉強内容もハンパではない。

 私立の難関校というのは、落とすための試験であるため、いわゆる「悪問」が出る傾向があるのだが、これへの対策として、



 「『世界史用語集』を丸暗記しました」



 世界史用語集といえば、受験生ならおなじみだろうが、山川出版から出ている辞書である。

 これが、サイズはコンパクトだが、ページ数はかなりボリュームがある。

 それを、「あ」から「ん」まで(「ん」があるかどうかは知らないが)すべて暗記。神業ある。

 だって辞書だよ、辞書

 普通なら解けないような、重箱の隅をつつくような悪問対策に、世界史用語ローラー作戦。

 できるできない以前に、そもそも、やってみる気にもならない。

 また、志望校にかける想いというのも、一流大学をねらう受験生は熱い。

 中でもすごいなあと思ったのが、早稲田大学に行きたいという、ある男子。

 彼は子供のころから早稲田の中2病……じゃなかった「在野の精神」にあこがれ、早大一本にしぼっていた。

 だが、1浪の末、すべての学部で不合格が決定してしまう。

 そこですべり止めの某大学に入学したのだが、夢は絶ちがたかった。

 なんと彼はその大学に真面目に通い、学生をやりながら三度早稲田を受けるべく、勉強をはじめたというのだ。

 こういうケースを「仮面浪人」というそうで、なんだか特撮ものに出てくるサムライヒーローのようでカッコイイ。

 が、実際に大学の勉強をしながら受験勉強をするという、二足のわらじは大変だそう。

 彼もその苦労を語っていたが、そもそもそんなことをするだけの情熱と、早稲田へのというのがすごい。

 そこまでやるかというか、そもそも彼が仮面で入っている大学も、明治だったか法政だったか忘れたが、私からすれば充分に立派な大学だ。

 なら「いいじゃん、それで」と思うのだが、こういうボーッとした人間は、受験戦争では勝てないのだろうなあ。

 実際、この早稲田青年は、



 「くじけそうになったら『都の西北』を聴いてがんばった」



 そうであり、「そこまでいうてるんやから、早稲田もケチケチせんと合格させたれよ」と思ったものである。

 なかなかいないよ、志望大学の学歌知ってるって子。

 志望校というより、ほとんどファンというか追っかけだ。

 そこまで入れこんでも、なかなか受からないのだから、受験というのは大変である。

 などなどと、実用的にも読み物的にも興味深かった自慢話、じゃなかった『合格作戦』シリーズだが、惜しむらくは、「関関同立」編がなかったこと。

 関西では、国公立受けない子は、とにかくここを目指すんですが、なぜか無かった。

 こっちでは有名でも、全国レベルで見たら、全然マイナーなんですね、関関同立も。

 ま、受けるのが一流校でもマイナーでも、とにかく、しんどい時期はあと少しだけ。

 受験生の皆さん、ラストスパートがんばってください。


 (続く→こちら





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ネットのない時代、大学受験の情報はエール出版社の『合格作戦』シリーズでした

2017年01月11日 | 時事ネタ

 この季節といえば思い出すのが、エール出版社の『合格作戦』シリーズである。

 1月2月といえば、受験生にとって最後の正念場だが、私にもかつてそういう時期があったもの。

 もっとも私の場合、根が競争社会に適合できないボンクラなもんだから、試験に関しては

 「まあ、あんなもん最後はしだいやし」

 と、開き直っているのか、人間がでかいのか、はたまた人生をなめまくっているのか。

 そこは自分でもわからないが、いたって気楽にかまえていたものだった。

 本番が近づき、皆が顔を青くして追いこみをかけている中、一応それなりに勉強はしていたが、空いた時間にを読んだり映画を観たり。

 はたまた朝までファミレスで浪人仲間とくっちゃべっていたりと、フリーダムな浪人ライフをエンジョイしていたのだ。

 そんな過ごし方ができたのは、自分の底抜けっぷりもあると思うが、それともうひとつ、予備校に行っていなかったことが、大きかったかもしれない。

 高校時代の私は、曲がりなりにも「伝統校」「進学校」と自称する(本当に「自称」だけど)学校に通っていたにもかかわらず、部活以外はロクに学校に行かった。

 代わりに図書館ゲーセンに行くか、同じようなドロップアウト組の仲間の家で、たむろったりといったフーテン生活を送っていた。

 別に青春の蹉跌的なにかがあったわけでもないけど、ともかくも毎日のように制服を着て、死ぬほど退屈な授業を、延々と聞き続けることに耐えられなかったのだ。

 そんな私であるので、卒業式の日は、



 「これでもう、学校などというところに、金輪際二度と通わなくてええんや!」



 という思いで一杯となり、となれば、わざわざ高い金を払って予備校たるところに通うわけもなく、一人気楽な自宅浪人生活に突入したのである。

 岸田秀先生言うところの「強制収容所」なんかに、誰が戻りたいもんかと。

 そんな自宅浪人は、自分にとってすこぶる快適だった。

 朝は起きなくていいし、制服は着なくていい。

 尊敬できない教師に、偉そうな顔されることもないし、苦手な理系科目やダルイ体育もやらなくていいし、まさにパラダイス

 本来ならば、もっとも暗い季節であるこの時期が私にとっては、もっとも気楽で楽しいものだったというのだから、われながら、おかしなものである。

 よほど学校という存在に、ウンザリしていたのだろう。

 そんな自宅浪人生は、収容所における強制労働から解放されて気楽だが、反面で苦労するのは情報の面。

 いくらフリーダムでお気楽とはいえ、それはあくまで受験勉強という義務を果たしてのこと。

 結果など、しょせん賽の目次第とはいえ(だって同じくらいの学力の若者が集まって、7人に1人くらいしか受からないとか、もうの世界だよ)、それまでの過程をしっかりしておかないと、ダイスを振る権利さえあたえられず足切りだ。

 だがいかんせん、こちらは誰にも教わらずに独学

 勉強のやり方や、使える参考書模試、志望校の問題の傾向対策など、すべて自分で調べなくてはならない。

 そんなとき役に立ったのが、『大学入試合格作戦』シリーズであった。

 これは、実際に志望大学合格を果たした受験生たちが、自らの勉強法などを記した自慢話……じゃなかった生の合格体験記。

 東大をはじめとする国公立医学部早慶大から他の私立文系中堅大学

 などなど幅広い範囲を扱っているが、受験勉強開始前に、まずこれをレベルを問わず、かたっぱしから読んだ。

 便利な参考書、英単語や年表の暗記法まとめノートの作り方。

 志望大学の傾向と対策などなど、使える情報が満載で、ネットのない時代、実に重宝した。

 とまあ、なにかと使えたこの合格作戦シリーズであるが、実用面以外でも、読み物としてもなかなかおもしろいところもあった。

 なんといっても、家にいてはわからない受験生の、それも「詰めこみ教育世代」という、ある種イカれた人種の学歴協奏曲。

 これが部外者(?)である私にとって、非常なる人間喜劇として楽しめたのである。



 (続く→こちら



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『球辞苑 ~プロ野球が100倍楽しくなるキーワードたち~』のテニス版を見たい!

2017年01月08日 | テニス
 前回(→こちら)の続き。

 この正月は、『球辞苑 ~プロ野球が100倍楽しくなるキーワードたち~』を楽しんだ。

 こういう番組を見せられると、やはりテニスファンとしては、ぜひとも『テニス球辞苑』を作ってもらいたいという気になる。

 どの局でだれが出てなどもさることながら、毎回のテーマを妄想するのが、とにかく楽しい。

 夜、ひとりであれこれ考えていたら、どんどんテンションが上がってきて、ついテニスファンの友人たちに連絡してしまった。

 そしたら、むこうも「あー、それおもしろそう」となって、つい皆で朝まで「あれやってほしいな」「いや、こっちの方が」と、盛り上がってしまったのだ。

 どいつもこいつも、ヒマ……もとい、テニス好きだなあ。

 侃々諤々の末出てきたテーマというのが、まず第1シーズンでは比較的とっつきやすいものがよかろうと(当然、長寿番組にする予定である)、ふつうのテニス中継でもおなじみのワードから。

 たとえば、

 「5セットマッチ」

 「片手打ちバックハンド」

 「セカンドサービス」

 「サウスポー」

 「バックハンドのスライス」

 「サーブ&ボレー」

 「ダブルス」

 「アプローチ・ショット」
 
 「クレーコートのスペシャリスト」

 「ダウン・ザ・ライン」

 
 などなど。

 ゲストはだれがいいかな。「スライス」は鈴木貴男選手、「サウスポー」なら岩渕聡さん、「ダブルス」は青山修子選手で、「ダウン・ザ・ライン」の回では錦織選手が出てくれるといいなあ。

 これが好評で第2シーズンがはじまると、ここからグンとマニアックになる。

 当然、われわれのバカ話もこっちが激論になり、出てきたものといえば、


 「フォア、バックともに両手打ち」

 「ハーフボレー」

 「チャレンジャーやフューチャーズの運営」

 「ガット」

 「全日本選手権」

 「スプリット・ステップ」

 「団体戦」

 「両手打ちバックボレー」

 「ノーアドバンテージ方式」

 「グランドスラムの予選」

 「ミックスダブルス」

 「ドリンクと補給食」 

 「大学テニス」

 などなど、視聴率とかニーズなどふっ飛ばして、「それ、おまえが聞きたいだけや!」なテーマが目白押し。

 でも拾っていけば、「試合中、選手が飲んでいるもの」はたしかに気になるし、「両手打ちボレー」は男子プロの試合でまず見ないけど、日本の女性プレーヤーはプロアマ問わず、ほとんどがこれで打っている。

 こういったあたりは、意外と掘ってみる甲斐があるかもしれない。

 司会はフローラン・ダバディさんかな。

 ただ問題なのは、それ以外の出演者が思いつかない。

 この番組は単なるテニス好きじゃなくて、

 「テニスという競技をロジカルな視点で語っても、話にのってこれる」

 というスタンスでないとダメだから、「高校時代テニス部でした」みたいなアイドルとか、体育会系的ノリを押すタレントさんも、ちょっと合わない。

 となると、ただでさえ「テニス好き」な芸能人といってもパッと浮かんでこないのに、そこにさらに「理屈好き」がのっかるとなると、これは相当にチョイスがむずかしい。 

 錦織圭選手が活躍しても、アメトークで「テニス芸人」がないのは、やはり人材不足が原因なのだろうか。

 もし似たような番組がWOWOWあたりで実現するなら、『スマッシュ』誌でダバディさんが「この打ち方から抜け出せない」とボヤいていた

 「90年代的オープンスタンスからのトップスピン」

 の回には、ぜひゲスト出演したいものだ。




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『球辞苑 ~プロ野球が100倍楽しくなるキーワードたち~』は理屈っぽいスポーツファンにおススメ

2017年01月07日 | スポーツ
 『球辞苑 ~プロ野球が100倍楽しくなるキーワードたち~』がおもしろい。

 年末年始をはさんだ冬休みといえば、家でダラダラと撮りだめしておいたテレビ番組など見るのが楽しいが、今回の当たりはこれであった。

 『球辞苑』とはお笑い芸人であるチュートリアルの徳井さんと、ナイツ塙さんが出演、進行をしている野球番組。

 というと、お笑いのMCということで、野球選手の珍プレーや、プライベートでの「暴れん坊」ぶりをおもしろおかしくとりあげるのかといえば、さにあらず。

 そこはなんといっても、「カープ芸人」で鳴らす徳井さんと、ジャイアンツの熱狂的なファンである塙さんのこと。そんな一筋縄でいく内容にはなっていないところが興味深い。

 この番組では毎回テーマを用意し、プロ野球選手の多彩なゲストや、さまざまなデータを駆使して、その秘密を解き明かしていく。

 で、そのテーマというのが、「ファースト」「スイッチヒッター」「クイックモーション」などなど、

 「あー、その話、くわしい人に聞いてみたい」

 と思わせる、絶妙なチョイスになっていて、

 「アンダースローが減ってしまった理由」

 「一塁手の球さばきは、専門家と他の内野も守る人でグラブの使い方などがちがう」

 なんていう、現場のプレーヤーでしかわからないであろう細かいポイントを教えてもらえると、さほど野球好きでもないが、理屈好きな人間ではある私はもう、「ほおー」と感心させられてしまうことしきりなのだ。

 「スイッチの左(元右打者にとっての)で一番難しいのは『送りバント』」

 とか、聞いてみなわからんもんなあ。

 とにかく、見ていて「へー」と声が出る。徳井さんと塙さんが、ちゃんと野球好きで、ムリに笑かそうとせずアスリートを立てて語っているところも好感が持てる。

 11月から第2シリーズもはじまって、ここからはほぼ毎週放送ということで、ますます期待大だ。

 予定されているテーマが「リード(離塁)」「ファウル」「球持ち」などと、ますますマニアックになるのもいい。

 個人的に聞いてみたいのはなんだろう。「指名打者」「送りバント(の是非)」「デーゲーム」「中継ぎ」「コンバート」。

 野球ファンなら、これだけを肴に朝まで語れそうだ。

 「ビーンボール」「サイン盗み」「乱闘」もやってほしいけど、難しいか。

 「あれでバッキーつぶしたったで!」

 とか、今なら炎上ものだもんなあ(←いつの時代の話だよ)。
 

 (続く→こちら






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NGT48北原里英の新規ファンに『映画秘宝』のことをたずねられる その2

2017年01月04日 | オタク・サブカル
 前回(→こちら)の続き。

 昨年末、NGT48にハマって、彼女らの映像とともに充実した時をすごした後輩クニジマ君だが、推しであるリーダー北原里英さんの、

 「きたりえの部屋で『映画秘宝』映りこみ事件」
 
 を知って大ショック。新年会で映画好きの私をつかまえて、

 「『映画秘宝』ってどんな雑誌なのか、教えてください!」。

 もう、胸倉をつかまんばかりの勢いで質問してきたのだ。

 いやまあ、『映画秘宝』は知ってるし、創刊者であり「炎上」の首謀者でもある町山智浩さんのファンでもあるから、教えてあげなくもないどころか、著書を貸してもいい。

 けどまあ、たかがアイドルくらいでそんなムキにならんでも……。

 というのは、「アイドルに彼氏が?」疑惑にとりつかれた男子に言っても意味がないのは、その世界にさほどくわしくはない私でも理解はできる。

 そりゃあ、気にするなというほうが無理だ。まだファンになって一月程度となれば、なおさらショックだろう。

 「知らんがな」といいたいのはやまやまだが、『ノブナガ』に出ていた北原さんもかわいかったから、多少はこの話につきあってもよかろう。

 ということで、『映画秘宝』とはどんな雑誌なのかといえば、まあ一言で言えば、

 「クンフーとゾンビとフリークスでできてる映画雑誌」

 クンフーとブルース・リーといえばボンクラ少年のアイコン、ゾンビといえばサブカルの象徴、そしてフリークスはカルトへの迷い道。

 だいたい、この3つを基礎としています。映画版『桐島、部活やめるってよ』で、神木隆之介君が、

 「股間にドリルをつけた男が、愛する女をそれで引き裂いて犯す」

 という映画を観ているシーンがありますけど、(塚本晋也監督『鉄男』という作品)、まさに「ああいう映画」を取り上げる雑誌。

 というか、『桐島』の中で神木君が愛読しているのが、まさに『秘宝』というシーンがありましたね。

 ボンクラ男子のバイブルだけど、運動部のイケてる男子に踏みつけられるという。

 まあ、映画といえば、ひまつぶしか彼女とのデートアイテムと認識している層には、まったく必要とされない雑誌です。

 『ROOKIES -卒業-』や『ALWAYS 三丁目の夕日』で感動するよりも、大槻ケンヂさんのように『電送人間』を見て、

 「ああやって醜いまま死んでいく主人公のように、オレも一生誰からも愛されずに朽ち果てていくのだ」

 薄汚い名画座の暗闇でオイオイ泣くような人専用。

 自主映画を制作していることでも知られる乙一さんなんか、「せつなさの達人」なんていわれて、なんだかさわやかなイメージもあるけど、本読んだかぎりでは明らかに「秘宝寄り」の人。

 たしかに、モテるタイプの北原さんからはイメージしにくい。

 町山さんいわく、

 「僕が編集してた時代、読者の99、9%は男だったよ!」

 とのことだし、そりゃ、「男の影響やろ」といいたくなる気持ちもわかりますわな。

 ただ、ここで問題なのは、「そういう雑誌や」といっても、なかなか素人さんにはイメージが伝わりにくいこと。

 そらそうであろう。映画といえば、デートで見る邦画か、テレビでジブリアニメくらいしか馴染みのない人に、ヤコペッティや『マタンゴ』を例にあげて説明しても、なんのこっちゃであろう。

 そこで、『映画秘宝』の本質を一発で理解できるフレーズかたとえ話でもないかとバックナンバーをひもといてみると、ありました。ボンクラ映画雑誌のキモとも言える記事が。

 それは読者投稿欄。

 雑誌の読者層をさぐるには、ここが一番わかりやすいわけで、そこにこんな投稿が掲載されていた。

 「今度、日本で『セックス・アンド・ザ・シティ』が公開されますが、あんな洗練された女子をあつかったオサレ映画など、きっと『秘宝』読者は観ないのでしょうね」

 それに対する編集部の回答というのが、

 「何を言ってるんですか! 観るに決まってるじゃないですか。だって、タイトルに『セックス』ってついてるんですよ。そんな映画を、『秘宝』を読んでる連中は、とりあえずは観ますよ!」

 これを読んだとき、私は爆笑しながらシミジミと、

 「嗚呼、世界にこんなにも、ボンクラ男子の本質を一言で突いた言葉があったろうか」。

 中身がどうとか言う前に、タイトルに『セックス』がついているから観る。

 なにかこう、正しい男子の生き様という気がするではないか。

 感動した! なににかは、よくわからんけど。

 ということで、クニジマ君には「そういう雑誌や」と教えてあげると、

 「わかりました。ありがとうございます。これ読んで、気ちがいの作った映画たくさん観たら、オレもきたりえとつきあえるんすね!」

 と、なにか全体的に間違った方向にわかったくさいが、ともかく後輩の悩みの解決に貢献できてなによりである。

 それにしても、いつものことながら、新しい年なのに、しょっぱながこんな因果な話題で、さすがは私、今年も最初から絶好調のロケットスタートといえよう。

 2017年度も、よろしくお願いします。



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NGT48北原里英の新規ファンに『映画秘宝』のことをたずねられる

2017年01月03日 | オタク・サブカル
 「『映画秘宝』ってどんな雑誌なのか、教えてください!」。

 新年会で、すがるような口調でそうたずねてきたのは、後輩クニジマ君であった。

 2017年もはじまり、気持ちも新たに今年もがんばろうという席で、唐突な質問である。

 なんのこっちゃと首をひねっていると、後輩は「おめでとう」のあいさつもそこそこに、

 「マジで教えてください。オレの人生がかかってるんス!」。

 取り乱し、今にも泣きだしそうな顔で訊いてくる。どうやら、相当に深刻な状況であるようだ。

 まあ、そこまで言われたらこっちも答えてあげなくもないけど、ではなぜにて彼が、そんなマイナーな映画雑誌のことをたずねてくるのかと問うならば、

 「オレの女に、男がいるかどうかの瀬戸際なんスよ!」。

 女? 

 はて、クニジマ君は私の友の御多分にもれず、どちらかといえば「イケてない男子」のはずだが、いつのまに彼女などできたのか。

 しかも「他に男が」となると、これはおだやかではない。

 なにやら、事件のにおいだ。これは新年早々ゆかい……もとい大変なことになりそうな予感がするではないか。

 おいおいどないした、ここは先輩が相談に乗るから、一から話してみろとうながすと彼は、

 「きたりえって、男がおったらしいんです。そいつが読んでるらしいんです。だから、どんな雑誌か知りたいんですよ。先輩、映画好きやから読んだことあるでしょ?」。

 は? きたりえ? それってだれのこっちゃと再び問うならば、アイドルの北原里英さんのことなのであった。

 なーんや、アイドルか。

 まあ、そんなこっちゃとは思ったけど、さすがは私の後輩。

 偶像つかまえて、堂々と「オレの女」といえる妄想力と根性の太さは見上げたものだ。男とはこうあるべきである。

 クニジマ君の話によると、彼はこの冬、テレビの歌番組だかYouTubeだか知らないが、アイドルグループNGT48が出ているのを見て、一目ぼれしてしまったらしいのだ。

 中でもエース候補である加藤美南さんと北原さんにやられたらしく、年末年始はどっぷり新潟漬けになって充実した時を過ごしたらしいのだが、ここにひとつ気になる情報が飛びこんできたのだという。

 それが、「北原里英、部屋に『映画秘宝』が置いてあった」事件だ。

 知らない方にここに説明すると、何年か前、あるテレビ番組で北原さんの部屋を紹介するというコーナーがあったそうな。

 そこで、本棚に『映画秘宝』という雑誌が置いてあるのを、目ざとい視聴者が発見。

 「きたりえは、マニアックな映画雑誌の読者だった!」

 ファンが大いに盛り上がることに。

 これを受けて、まさにその『映画秘宝』を創刊した、TBSラジオ「たまむすび」でもおなじみの映画評論家、町山智浩さんが、

 「女の子が急にマニアックなこと言い出したら、たいてい男の影響」。

 なんていう、いらんことをツイートして大炎上。アイドルファンから、

 「きたりえに男なんていない!」

 激おこされ、オタク&サブカル女子からは、

 「え? 女がカルト映画とか見たらダメなの?」

 「男に教えてもらわなければマニアックな趣味を理解できないとか、差別意識丸出し」

 なんて、まさに袋叩きに。

 まあ、町山さんも悪気はなかったんだろうけど、「アイドルの男関係」と「ジェンダー」というのはデリケートな問題なので、多少は気をつけるべきだったようだ。

 ふだんはカッとなったり、論争を挑まれたりすると、スタン・ハンセンのBGMである『サンライズ』が脳内で流れて立ち上がるという「戦うボンクラ野郎」な町山さんも、このときはただひたすら平謝りしていて、それで爆笑したのはおぼえている。

 ああ、あったねえ、そんなことも。

 というのは、町山さんのファンであり、本やラジオもたいていチェックしている私からすれば、その程度の感想だ。

 けどだ、それまでさほどサブカル的世界を知らず、さらにいえば北原里英さんのことも、つい数週間前までなじみのなかったクニジマ君からすると、決して過去の笑い話ではない。

 まさに現役の、今ここにある衝撃なのだ。

 ついこないだ好きになったばかりのアイドルが、すでに「お手つき」とは、いかなることか!

 「だから先輩、教えてください。『映画秘宝』って、どんなヤツが読む雑誌なんスか? やっぱ町山とかいう人がいうように、男しか読まないんスか? だから、きたりえには男がいるってことなんスか?」。

 もう、この世の終わりとでも言いたげに私にすがるのも、それなりの理由があるわけなのであり、

 「知らんがな」

 という、まっとうな反応は友情パワーで飲みこまなければならないのだ。


 (続く→こちら



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