2019年最後の夜にカート・ヴォネガットとウォルト・ホイットマンの言葉を

2019年12月31日 | ちょっとまじめな話

 あらゆる「抑圧」が嫌いだ。

 子供のころから間の抜けたボンクラだが、「抑圧」「暴力」「差別」「搾取」というのはするのも、されることも、できるだけ避けて生きてきた。

 ときにそれを押しつけられそうなときは「喧嘩上等」くらいの気持ちであり、周囲から「安パイ」あつかいされる人間が、そこだけはゆずらないんだから、よほどそういうものとソリが合わないのだろう。

 だから、今でも「ベルリンの壁崩壊」の映像を見ると、つい見入ってしまう。

 それが「抑圧からの解放」の象徴のようなシーンだからだ。

 見るといつも思い出すのは、学生時代購読していた『月刊基礎ドイツ語』という雑誌のこと。

 そこでは「ドイツ統一の問題点」という記事が掲載されており、悲願であった統一を果たしたドイツだが、旧東西地域の経済格差や生活スタイルの変化に戸惑う人々など、その問題点が指摘されていた。

 「感動的」な東西の融和でも、物事は理想通りにはいかないものだと感じたが、それでも旧東ドイツに住んでいたというある女子大学生が、こう言っていたのが印象的だった。

 「たしかに、今のドイツは問題も多く、統一もスムーズとは言えません」

 そう前置きしてから、

 「でも、今の私たちは、言いたいことを言えるようになり、なりたいものになろうとすることができます。これは素晴らしいことではないでしょうか」

 この言葉が、今でも忘れられない。

 言いたいことが言え、なりたいものになろうとすることができる。

 そんな当たり前のことが、おそらく彼女だけでなく私にとっても金や地位や名誉なんかより、はるかに大切な何かだったからだ。

 けど不思議なことに、こんなささやかな願いを憎み、妨害しようとする人というのが世の中にはいる。

 私はそういう人を警戒する。

 だれかを抑圧し「その人のためなんだ」なんて、おためごかしを言う人を信用しないし、ましてやそのことを「よろこび」とする人を見ると心の底から落胆する。

 今年の夏、読んだ小説にこういう一説があった。

 

 「悪とは、愚か者のなかにあって」

 とわたしは言葉をつづけた、

 「人を罰し、人を中傷し、喜んで戦争をおっぱじめる部分のことさ」


 ―――カート・ヴォネガット『母なる夜』

 

 できることなら、自分がおもしろいと思った物語の作者に軽蔑されるような人間になりたくないものだ。

 クラウス・コルドンの『ベルリン三部作』を読んだとき、私はこれを「昔の話」と思った。

 ドン・ウィンズロウ『仏陀の鏡の道』で描かれた大躍進や文化大革命の描写を「よその国の出来事」と読んだ。

 山本弘さんの『神は沈黙せず』で描かれた未来の日本に対して「日本人はちゃんとしてるから、こんなことにはならないよ」と無邪気に笑っていた。

 私は単に、甘かったのかもしれない。

 最初に書いたとおり、私は間の抜けたボンクラだ。だから、この世界で行われているパワーゲームにはなんの興味もない。

 ただ「抑圧」「暴力」「差別」「搾取」と、それを是とする人が大手を振って闊歩する光景だけは見たくない。

 昔の東ドイツにかぎらず、若者が「言いたいこと」すら言えない社会があることを憂うくらいには。

 『将棋世界』の表紙で、ほほ笑む藤井聡太七段の横にヘイト本が並んでいるという現実に、悲しみと憤りをおぼえるくらいには。

 人の尊厳を踏みにじり、それで肥え太り、罰を受けないことを「かしこいやり方」とほくそえんでいる者は絶えることなく、またそれを支持する人も多い。

 私など無力な存在だが、少なくとも「誰かの用意した憎悪」に乗っかることを「みっともない」と感じる心と、拒否する意志くらいは忘れないようにしたいものだ。

 これもまた、学生時代に読んだ詩のように。

 

 合衆国、あるいはそのいずれかの州、あるいはいずれかの都市に訴える。

 大いに抵抗し、服従は少なく。

   ―――ウォルト・ホイットマン「合衆国へ」

 


 それでは本年度はここまで。

 サンキュー、バイバイ!

 また来年。


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2019年を振り返る

2019年12月28日 | 日記

 2019年も、もうすぐおしまい。

 年末年始は、ここ5、6年ほとんど変わらない生活を送っている。

 ちょっと奮発してモロゾフのチョコを食べながら本を読んで映画を観て、昼寝して散歩して銭湯に行って、湯上りに冷えたレモンソーダを飲みながらボンヤリとラジオを聴く。

 あとは、この日のために録画しておいた『バビロン・ベルリン』を観るのが楽しみ。

 ドイツ文学科出身で、ベルリン「黄金の20年代」や、ワイマール共和国からナチス崩壊に至る時代が大好物な、私のために作ってくれたようなドラマでしょう。

 もちろん原作のフォルカー・クッチャーもとっくに読了済みだし、パッと見た感じ、当時のドイツを再現したセットを観るだけでも楽しい。

 ということで、ふやけた頭で今年を振り返っておしまいにします。

 とりとめなんかないので、こんなの全然読まなくていいです。では、ドン。

 

 春は『大矢・高見のしゃべりスタ!』をよく聴いた、プレストン・スタージェスはもっと評価されていい、棋聖戦第一局が名局すぎてオールタイムベスト級、ミスヲタなのに今ごろカーとかクイーンにハマる、バルボラ・ストリコバのテニスはおもしろい、元奨励会三段の石川泰さんの動画は地味に良い、『魔法少女まどか☆マギカ』はたしかに傑作だった、夏は『ティアリングサーガ』ばかりやっていた、今の日本はなにやっても逮捕も起訴もされない無法地帯らしい、順位戦と三段リーグの息苦しさにいつまでうんざりさせられるんだろう、なおみちゃんのアジアシリーズの結果にはホッとした、「完璧な心の平安」なんて不可能なんだなとあきらめた、ウィンブルドンのシモナ・ハレプは盤石だった、台湾はいいところ、王将戦はおしかったなあ、今最強の作家はコニー・ウィリスだ、『この世界の片隅に』のオープニングで出る広島の街を歩いてみたい、『ゆる△キャン』は楽しそうだけど道具を持っていくのがめんどそうだなあ、『帰ってきたヒトラー』は日本も含めて世界のあらゆる国でリメイクすべき、「時間が解決する」は消極的だが真理だ、秋は樹村みのりを読んでいた、頭の悪い人の放つ罵倒は世界でもっとも醜悪だ、頭の悪い人が放つ「正義の罵倒」はそれ以上に醜悪だ、棋王戦の挑決は興味津々だった、冬は上々颱風とチャットモンチーを聴いていた、春になったらどこかに出かけたい、インドかスウェーデンかメキシコがいいな、

 

 

 ★今年面白かった本

 池内紀訳・編『ウィーン世紀末文学選』

 サラ・ウォーターズ『エアーズ家の没落』

 コニー・ウィリス『犬は勘定に入れません』

 ジョー・ウォルトン『ファージング 三部作』

 ロバート・マキャモン『少年時代』

 セオドア・ローザック『フリッカー、あるいは映画の魔』

 京極夏彦『姑獲鳥の夏』

 アラン・ブラッドリー『パイは小さな秘密を運ぶ』

 クリストファー・プリースト『双生児』

 エドモンド・ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』

 梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』 

 ジョン・ディクスン・カー『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』 

 佐藤賢一『カペー朝』

 エラリー・クイーン『オランダ靴の秘密』

 アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは……』

 カート・ヴォネガット『母なる夜』

 

 

 ★今年面白かった映画


 『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

 『この世界の片隅に』

 『ブラックブック』

 『フューリー』

 『僕のエリ 200歳の少女』

 『カメラを止めるな!』

 『バリー・リンドン』

 『ザ・ウォーク』

 『バニー・レイクは行方不明』

 『J・エドガー』

 『ギャラクシー・クエスト』

 『帰ってきたヒトラー』

 『橋』

 『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』

 『クローバーフィールド/HAKAISHA』

 『現金に体を張れ』

 

  それではみなさん、よいお年を。

 

 

 

 

 

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ジョーカーの一手パス 羽生善治vs藤井猛 2000年 第48期王座戦 第4局

2019年12月25日 | 将棋・好手 妙手

 将棋の終盤戦はおもしろい。 

 前回は「カミソリ流」勝浦修九段の切れ味を見ていただいたが(→こちら)、今回はその真逆ともいえるような、ゆるく見える手を紹介したい。

 「手を渡す」ことが、将棋ではいい手になることがある。

 双方とも指す手が難しかったり、また不利な局面で相手を惑わせたりするため、あえて1手パスするような手で手番を渡す。

 私のような素人がやると単に1ターン放棄しただけになり、ボコボコにされるだけだが、強い人に絶妙のタイミングでこれをやられると、ムチャクチャにプレッシャーをかけられる

 そういう混乱と恐怖を生み出す手が、抜群にうまかったのが、昭和なら大山康晴十五世名人、平成では羽生善治九段だった。
 
 
 
今年のA級順位戦。羽生善治九段と渡辺明三冠の一戦。
 超難解な寄せ合いのさなか、▲95歩とじっと相手の歩を取るのがすごい手。
 読みか度胸か開き直りか、とにもかくにも「羽生らしい」一着だ。
 「読みになかった」という渡辺三冠は、それでもなんとか勝って(これもすごい)「幸運でした」と胸をなでおろしたが、個人的には今期のハイライト級の場面だった。 
 
 
 こういった話で思い出すのは、以前、映画『ダークナイト』を観たときに、なぜか羽生将棋を連想したこと。
 
 あの物語の悪役である、ジョーカーの攻撃法こそが、こういうものだった。
 
 
「正解というものが存在しない問いで、人の心を試す」
 
 
 最近話題の「トロッコ問題」や「カルネアデスの板」「囚人のジレンマ」のような模範解答がなく、またどう答えてもなんらかの「しこり」が残りそうな状況。
 
 これをつきつけ、「善良な市民」やバットマンが、エゴと倫理のはざまで煩悶するのを、冷たく見下ろす。
 
 そう、ジョーカーの目的は破壊や暴力ではなく、人に「悪手を指させる」こと。
 
 その後悔と罪悪感で、心をさいなんでいく。
 
 大山や羽生の手渡しには、そういう「試される」という、まさにメフィストフェレス的な恐ろしさがある。
 
 そして、多くのトップ棋士たちが「誤った選択」を余儀なくされ、自滅へと誘われるのだ。

2000年の第48期王座戦

 羽生善治王座(王位・棋王・王将・棋聖)に藤井猛竜王が、挑戦者として名乗りをあげた。

 このころの将棋界といえば「藤井システム」が猛威を振るっており、天下の羽生ですらその対策をなかなか見いだせず、このシリーズも1勝2敗とリードをゆるす苦しい展開に。

 カド番に追いこまれた第4局で、羽生はこれまでの持久戦模様を捨て、オールドタイプの急戦を選択。

 システム攻略はとりあえず無理と見て、勝負にこだわった「戦略的撤退」だったが、この将棋の羽生が強かった。

 

 

 

 ▲45歩早仕掛けから、▲95歩と突くのが、郷田真隆九段鈴木大介九段に放った手で「郷田新手」と呼ばれる形。

 △同歩に▲同香と捨てて、△同香に、手に入れた一歩を▲43歩とタタいて使う。

 

 

 

△52飛に、▲44角と銀を取って、駒得に成功。

 穴熊や左美濃と違って、舟囲いは玉がから離れているし、▲43歩の拠点も大きく、これでやれるといのうが郷田の構想だ。

 先手不利と言われたところから、この鮮烈な手で古い定跡がよみがえったのだが、ただ先手も歩切れだし、を自陣に侵入されるのも、現実に相当気持ち悪い。

 まさに「肉を切らせて骨を断つ」だが、以下、△55歩、▲同歩、△98香成▲56銀と立って、中盤のねじり合いに突入。

 

 

 

 ここから後手は、いったん先手の角を追ってから、5筋で歩を駆使して先手陣にせまっていく。

 むかえたこの局面。後手が△65桂と打ったところ。

 

 

 

 単騎の攻めだが、先手は9筋を明け渡し、自陣の桂香を取られているため、玉頭戦になると薄さが目立ってくる。

 9筋は先に封鎖され、またいつでも△21飛と、質駒を取られる筋がある。

 他にも△54金とか、場合によっては強引に、△54飛とタックルをかましてくるかもしれない。

 かなり怖い形だが、ここで飛び出したのが、まさに「羽生の手渡し」の真骨頂だった。

 

 

 

 

▲93歩と、こんなところにタラすのが、のけぞるような1手パス

 いや、正確にはパスではない。この手自体はよく見る形だ。

 美濃や矢倉を相手にして、ここにじっとを置いておくのは、端攻めの基本のキである。

 しかしだ、先手陣は▲77の地点がポッカリ空いていて、すでに桂馬の照準にとらえられている。

 一方、先手の9筋には香がなく、▲95香のような追撃態勢がない。

 持駒に桂もないから、▲94桂みたいな王手もできない。

 つまり、この一手が後手陣に響いているのかは相当に不明なのだ。

 それを承知でボンヤリと味をつける。

 

 「好きに攻めていらっしゃい」

 

 このくそいそがしい場面で、どんだけ度胸あるんや……。

 

 これがねえ、本当に迷うんですよ。

 棋譜だけ見たら「ただの緩手やん」てなもんだけど、こんなもん実戦で食らったら、もう頭をかかえます

 みなさまも、指導対局の駒落ち戦なんかで、経験ありませんか?

 上手にポンと手番だけもらって「ありがたい」と思う反面、

 

 「でも、本当にパスなの?」

 「次に読んでない、すごいねらいがあるのでは?」

 「だって、相手は強いし……」

 

 疑心暗鬼にもかられ、

 

 「いい手を指さなくては」

 

 というプレッシャーもあり、時間は削られ、攻めれば駒を渡すからそのカウンターも警戒しないと、とか、もう心は千々に乱れまくるのだ。

 これぞまさに、ジョーカーが仕掛ける問い。

 羅針盤もなしに、いきなり大海原に放り出され、目の前ではあの羽生善治が、

 

 「苦しいでしょ? さあ、悪手を指してください」

 

 と待ち構えている。そこで「正解」を突きつけるのは至難である。

 苦渋の末、藤井は目をつぶって△54金と最強の手を選ぶ。

 以下、▲42歩成△21飛▲52と△55金と大きな振り替わりに。

 後手もかなりせまっているが、そこで▲68金直と上がるのが冷静な一手。

 

 

 

 これがもう、ギリギリの場面でのすばらしい落ち着きで、先手陣に速い攻めがない。

 だれが言ったか、こんな言葉があるという。

 

 「羽生の舟囲いは固い」
 

 以下、△56歩、▲48銀、△47歩と追及するが、攻めが遠のいたところで▲21桂成と飛車を取る。

 やむを得ない△52金に、▲92香で、後手陣は寄り。

 

 

 

 あの遅そうに見えたタレ歩が、ここで間に合ってくるのだから、まったくおそろしい。

 この将棋は、中盤の難所で手を渡す度胸見切り

 そして終盤の落ち着いた受けと、どちらも地味な手ながら、羽生将棋の強さと魅力が存分に発揮されている。

 これに勝って、スコアをタイに戻した羽生は第5局も制し、逆転防衛を果たすのだった。
 
 
 
  (谷川浩司と羽生善治の運命が分かれたシリーズ編に続く→こちら
 
 (羽生が久保利明に見せた驚異の一手パスは→こちら
 

 

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2019年読書マラソン 今年も出走者が出そろいました

2019年12月22日 | 日記

 世界中から、重度の活字中毒者を集めて行われる読書マリリン・マラソン。

 今回も、45億人以上が集まっています。さあ、スタート。

 優勝者以外は罰ゲームとして、私が昔やっていた宴会芸、

 「伝わらないものまね。『カラマーゾフの兄弟』に出てくるキリストらしき人」

 をやっていただきます。

 

 年末年始は読書の季節。

 冬休みはどこに行っても高いし混むし寒いし、家でじっとしているのが一番。

 なので、オコタでひたすら本を読むのが1年の総決算になるんだけど、ただでさえ積読が山盛りなのに「師走に読もう」と性懲りもなく買うもんだから整理が大変。

 『ドラえもん』のトラウマひみつ道具「バイバイン」の怖ろしさがよくわかる。でも、読みたい本にキリがないんだよなあ。

 宇宙に捨てるわけにもいかないので、がんばって消費しましょう。

 では出走者はこちらです、ドン。

 

 

 シュテファン・ツヴァイク『マゼラン』

 青山南『60歳からの外国語修行 メキシコに学ぶ』

 団鬼六『大穴』

 山田宏一『友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』

 クリフォード・D・シマック『中継ステーション』

 高井忍『本能寺遊戯』

 ロバート・カレン『子供たちは森に消えた』

 中村融・編『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』

 ダフネ・デュ・モーリア『レベッカ』

 中野明『世界漫遊家が歩いた明治ニッポン』

 トム・マクナブ『遥かなるセントラル・パーク』

 法条遥 『リライト』

 玉村豊男『軽井沢うまいもの暮らし』

 津村記久子『ワーカーズ・ダイジェスト』

 ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』

 池内恵『現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義』

 吉村昭『羆嵐』

 ライナー・レフラー『人形遣い (事件分析官アーベル&クリスト)』 

 中村文則『去年の冬、きみと別れ』

 S・J・ローザン『チャイナタウン』

 本郷恵子『怪しいものたちの中世』

 樺山紘一『地中海―人と町の肖像』

 アンドレアス・グルーバー『刺青の殺人者』

 鄭大均『日韓併合期ベストエッセイ集』

 矢野久美子『ハンナ・アーレント』

 

 などなど、今年はいくつ読めるかなあ。楽しみ、楽しみ。

 なんて言ってたら、今ハヤカワSFの電子書籍セールがやってるではないですか。

 ラインアップはコニー・ウィリスにヴォネガットにハインライン、クラークにブラッドベリにディックとか、もうよだれがダラダラ。

 うーん、年の瀬にうれしい悲鳴だなあ。 

 

 

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「カミソリ流」勝浦修の終盤力 米長邦雄vs大山康晴 1981年 第6期棋王戦挑戦者決定戦

2019年12月19日 | 将棋・好手 妙手

 将棋の終盤戦はおもしろい。 

 前回は谷川浩司羽生善治の「十七世名人」をかけた名人戦を紹介したが(→こちら)、今回は昭和のトップ対決を取り上げたい。

 将棋で好手を指摘して、颯爽と去るシチュエーションにはあこがれるもの。

 会社の昼休みや、クラブ合宿の夜ふかしで仲間が指しているのを観戦後、対局者が

 「全然わからんかった」

 「こっちに勝ちがありそうやったけどなあ」

 なんてボヤいているときに、

 「最後、金捨てて桂打てば、詰んでたでしょ」

 なんて、さりげなく言って、

 「おお! ホンマや!」

 「すげえ、よう見えたな」

 なんて感嘆されたりすると、これがなかなか気分のいいもの。

 そんなカッコイイ話というのは、将棋の強い人には当然あるもので、舞台は1981年棋王戦挑戦者決定戦。

 大山康晴王将米長邦雄九段の一戦で、大山の四間飛車に米長は得意の玉頭位取りで挑む。

 2筋から飛車をさばいた大山に対して、飛車角を捨てて中央を突破する構想がうまかったようで、米長勝ちがありそうな終盤。


 


 この局面を見ると、まずだれでも▲71銀と打つ筋から考えるだろう。

 △92玉に、▲95歩と突くのが、「端玉には端歩」の手筋ドンピシャ。

 問題はこの一瞬が甘いから、後手から△69と、と入る筋が詰めろかどうか。

 △79角△78竜と切る筋など、先手玉はいかにも危ないが、これは上部が厚くて意外と大丈夫なよう。

 なら先手が勝ちと思いきや、将棋の終盤というのは難解なもので、▲71銀△92玉▲95歩△69と▲94歩のときに、△96桂と打つ罠がある。

 




 ▲同香△79角と打って、▲77玉△78竜と金を取る。

 ▲同玉をつり上げた効果で、△98飛と打てば詰み

 



 △78竜と金を取られたとき、取らずに▲86玉と逃げるのには△84飛と打って、手順は長いが比較的容易な詰みになる。

 かといって、△96桂の王手に▲97玉とかわすと、今度は▲99にいる利きが桂馬と王様でさえぎられてしまう。

 こうなると▲93金が打てず、後手玉の一手スキがほどけてしまうのだ!

 これには、ゆうゆう△78竜と取られて、先手が勝てない形。

 おどろいたことに、単純な▲71銀では通じない局面なのだ。

 とはいえ、この形で先手が負け、というもの考えにくい。

 後手玉が丸裸なのに比べて、自陣は金銀4枚の鉄壁だし、攻撃では持ち駒に金銀3枚と金まである。なんとかなりそうなものだ。

 ところが、これがなかなか勝てない。

 控室でも、検討しているプロがあれやこれやといじくってみるが、やはりスッキリした手順が発見できない。

 あまりの難解さに、「わっかんねー」と検討陣もサジを投げたが、ここで真打が登場するのはA級棋士で、王位挑戦経験もあった勝浦修八段だった。

 横で碁を打っていた勝浦は、検討している盤をちらりと一瞥すると、

 


 「そういうところは、▲64歩と突くんじゃないの」




 一言いい残し、そのまま出ていったそうである。

 



 


 ▲64歩

 なんじゃそりゃ。

 それは詰めろでもなんでもないどころか、△69と、とされて、もう一手▲63歩成としても、まだ詰めろでない。

 まるで亀の歩みのような、のろすぎる攻めではないか。

 ならここで詰めろどころか、二手スキ(次に詰めろが行く状態のこと)の連続でせまられたら負けである。

 ところが、勝浦推奨のこの▲64歩こそ先手の勝ちを決定づける、すばらしい手だった。

 なんと、△69と▲63歩成の場面で、後手がどうやっても先手玉に詰めろが来ないのだ!

 



 つまりは△96桂の切り札さえ発動させなければ、先手陣は意外なほど強度があって、△79角とか△78竜があっては信じられないけど、「牛歩戦術」で間に合う。

 「端玉には端歩」の格言が、ここでは逆に検討陣の目くらましになったのか。

 端攻めはNG

 いや、むしろこんな形なのに、端さえ突かなければ勝ちとは、まったく不思議な局面だった。

 果たして米長は、勝浦の言う通り▲64歩と突いた。

 △69と▲63歩成に、大山は△86桂とアクロバティックな手を見せる。

 私レベルの素人なら、心臓が止まりそうになる一撃だが、すでに両対局者たちは読み切っているから、これは「形作り」である。

 ▲同歩ならトン死だが、放っておけばこれが詰めろではないので(マジか!)、▲73と、と取って、△同玉に▲62銀、△63玉、▲53金、△72玉に、一回▲97玉と早逃げ。

 そのままでも先手の王様は安全だが、△98飛のような、ひねった手を警戒したのだろう。

 万にひとつ、逃げ間違いによるトン死も、これでなくなった。

 ここまで用心されては大山もなすすべなく、△78竜と取るしかないが、▲71と、△82玉、▲81と、△同玉、▲73銀不成と上部を厚くしながら必至をかけて、ここで後手投了

 



 これで米長が、棋王への挑戦権を獲得した。

 おもしろい終盤戦だったが、それにしても見事なのが、勝浦の手の見え方だ。

 対局者ならまだしも、隣で呑気に碁を打っていた人が、一目見ただけで局面の急所を射貫く。

 そして、最善の絶妙手を一言だけ残して、颯爽と去っていく。なんてシブい。

 「カミソリ」と恐れられた勝浦九段の切れ味が、存分に味わえるエピソードだ。カーッコイイ!

 
 (羽生善治と藤井猛の激闘編に続く→こちら

 

 

 

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「十七世名人」をめぐる竜王と名人の対決 羽生善治vs谷川浩司 1997年 第55期名人戦 第6局 その2

2019年12月13日 | 将棋・名局

 前回(→こちら)の続き。

 羽生善治名人と、谷川浩司竜王の「竜名決戦」となった、第55期名人戦

 3勝2敗と「十七世名人」に王手をかけた谷川が、第6局も序盤でリードを奪われるも、そこからの持ち味を発揮し、押し返していく。

 

 

 ▲45角と、飛車金両取りに打たれたのを、巧みな手順で切り返した後手の谷川。

 飛車を急所の筋に活用され、放置すると△69銀でつぶされる。

 そこで先手は▲65歩と打つが、ここでまたも「前進流」の威力が発揮される。

 

 

 

 △54金とぶつけるのが、強気のタックル。

 飛車取りを放置して、ここで勝負をかけるのが谷川将棋だ。

 ▲64歩と取って、△45金と角を取っても▲同銀で取り返されて駒損のようだが、そこで△27角が、飛車銀両取りでうまい。

 

 

 

 ▲28飛に△45角成と取って、飛車銀交換ながらが手厚く、先手も振りほどくのは大変だ。

 羽生も▲24歩と味をつけてから、▲63歩成と攻め合うが、後手も△66歩とたたいて激しい寄せ合いに。

 ▲同金、△65歩、▲55金でこの場面。

 

 

  先手はとにかく、攻防ともにイバっている、後手のをなんとかしたい。

 そこで玉が薄くなるのもかまわず、金でアタックをかけていったが、この次の手がまたカッコいいのだ。

 

 

 

 

 △67銀が、痛烈な一撃。

 ▲同玉は△66銀とかぶせて、▲78玉、△55銀

 馬のラインがあるから、▲同歩とは取り返せず、負かされてしまう。

 渡辺明三冠王が、谷川将棋にあこがれてプロになったのは有名な話だが、こういった細い攻めのつなぎ方は、たしかにそれっぽい。

 羽生は▲89玉と逃げるが、谷川は一回△23馬と引いて受けに回る。

 次に△76歩からの、桂頭攻めが楽しみだ。

 ただ、このあたりの手順は私もテレビで観戦していて、どう見ても谷川ペースに見えたのに、形勢はまだ難しいというのは、おどろいたもの。

 これだけ見事な連続技を喰らっても、なかなか急所にパンチを入れさせない、羽生のしぶとさもさすがである。

 以下、先手もあれこれと手管をくり出して行くが、玉形の差で後手が勝ちやすいよう。

 最終盤に、ようやっと谷川の勝ちが見えてきたようだ。

 

 

 

 後手玉は一手スキになっており、かなりプレッシャーをかけられているが、ここからは谷川浩司の「光速の寄せ」タイムである。

 

 

 

 

 △81飛と打つのが、その第一弾。

 金銀のない後手は、どこから手をつけていいか迷いそうなところだが、この手の攻撃はお手のものである。

 追いつめられた羽生は、それでも▲84桂(!)と中合いして、△同飛に▲96玉ときわどくよろける。

 △63角の追撃には▲74飛(!)と合駒をして、これでなんと先手玉に詰みはない

 

 

 ここへきて、なお見せ場を作る羽生の手の見え方には、感嘆を超えてあきれるしかないが、この日の谷川浩司は、ちょっと強すぎたようだ。

 

 

 

 △74同飛、▲同歩に△45角と金を取るのが、あざやかな決め手。

 金を補充しながら、角を△23の地点に利かして一手スキをほどくという

詰めろのがれの詰めろ

 という手でピッタリ。

 谷川が勝つときはだいたい、こういうフィニッシュホールドが出るもの。

 いやもう、私に絵心があれば『谷川ですが?』ていう同人マンガを描くのになあ。

 

 

「光速の寄せ」のイメージ図。下の女子たちの気持ちはよくわかります。

 

 

 以下、▲同銀に△76飛で、羽生が投了

 見事「竜王名人」とともに「十七世名人」も獲得。

 待ち望まれた「谷川復活」を、ここに果たしたのであった。

 

 

 (「カミソリ」勝浦修の切れ味編に続く→こちら

 

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「十七世名人」をめぐる竜王と名人の対決 羽生善治vs谷川浩司 1997年 第55期名人戦 第6局

2019年12月12日 | 将棋・名局

 竜王戦の第5局は、衝撃の結末だった。

 前回は、三浦弘行と久保利明のA級順位戦最終局「将棋界の一番長い日」における大熱戦を紹介したが(→こちら)、今回は先日、豊島将之新竜王が達成した「竜王名人」のお話。

 

 1997年、第55期名人戦

 羽生善治名人と、谷川浩司竜王との一戦。

 今期の竜王戦と同じく「竜名決戦」となったこの七番勝負は、

 「谷川浩司の逆襲

 として注目を集めていた。

 谷川は1992年に、

 「竜王・棋聖・王位・王将

 の四冠王になり、「谷川時代」を築いたかに思われたが、同年の第5期竜王戦で、羽生に敗れたのを契機に、次々とタイトルを奪われ、ついには

 「羽生七冠王

 をゆるすというドン底を味わってしまう。

 だが、無冠に落ちて開き直った谷川は、ここから再起をかけ、まず1996年の第9期竜王戦で、自身最高と認める絶妙手「△77桂」(詳細はこちらから)を披露するなどし奪取。

 返す刀で、自身の永世名人もかかった(当時谷川は名人4期獲得、羽生は3期)名人戦の挑戦権も獲得。

 このシリーズも初戦で、不可思議な将棋があって話題を集めたりしたが(その将棋はこちら)、挑戦者がペースを握っていたようで、3勝2敗と奪取に王手をかける。

 ただ数字的には優位でも、当の谷川は、

 「第6局の後手番で、指す戦法がない」。

 そんな不安にさいなまれていたそう。

 手番の有利不利も当然あろうが、やはりそれに加えて、一時期羽生に徹底的にたたかれた苦手意識も、大きく作用していたのだろう。

 悩んだ末、谷川は矢倉模様から、一直線棒銀というひねった戦法を選び、序盤早々に仕掛けていく。

 「前進流」らしい積極的な動きだが、羽生も手厚く受け止めて速攻を阻止。

 むかえた、この局面。

 

 

 ▲45角と打って、飛車と金の両取りがかかっている。

 まだ中盤戦なのに、こんな大技がかかってしまっては将棋はおわりのように見えるが、ここから谷川が、巧みに手をつないでいくのにご注目。

 

 

 

 

 

 △39角と打つのが、第一のワザ。

 これには▲26飛とでも逃げて、二の矢がなさそうだが、それにはちょっとやりにくいが、一回△15銀と異筋に打つ。

 ▲27飛に、△54金とぶつけるのが好手。

 ▲34角と飛車がタダのようだが、△44金と寄ってその角を殺せば、次に△49角と打ってしまえば「オワ」。

 

 

 

 

 △15の銀が、飛車を押さえるだけでなく、▲23角成のような特攻を消しているのもポイントだ。

 これを避けて、羽生は▲38飛と逃げるが、△75角成と銀を取って、▲同歩に△64飛。

 見事に、両取りのピンチをクリアしてしまった。

 

 

 駒損ながら、飛車を急所の6筋に回れたのも大きく、これで後手も十分戦える形。

 これで調子が上がってきたのか、谷川は戦前の不安もなんのその。

 ここから次々と好手妙手を連発し、最強のライバルを追いこんでいくのだ。

 


 (続く→こちら

 

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将棋界の一番長い日 三浦弘行vs久保利明 2014年 第72期A級順位戦 その3

2019年12月07日 | 将棋・名局

 前回(→こちら)の続き。

 降級決定戦になる可能性があった、2014年の第72期A級順位戦最終局。

 三浦弘行九段と、久保利明九段の決戦も、いよいよクライマックス。

 

 

 

 

 苦しい将棋を逆転しながら、1分将棋で勝ちを逃した久保だが、今度は三浦が秒読みで決断する番だ。

 詰むや詰まざるや

 懸命に読む三浦、詰まないでくれと祈る久保、興奮のあまりモニターの前でおしっこ漏れそうな私。

 これこそが、順位戦最終局である。

 こういうのを見せられると、考えた人には申し訳ないが「名人戦第0局」というのが、いかに的をはずしているコピーかよくわかる。

 名人戦と順位戦は関係あるようで、実はそんなにはない。本質はそこではない。

 勝負でもっともおもしろいのは、名人挑戦権のような「勝ったものが、なにかを得る戦い」ではなく、

 

 「負けたものが、なにかを失う戦い」

 

 これにこそあるのだ。

 極論を言えば、「A級順位戦」と「名人挑戦リーグ」は同じだが別物。

 料理でいえば、名人挑戦をかけた戦いが、見た目もきれいに盛り付けられた「前菜」と「デザート」だとしたら、ガッツリの
 
 
 「メインディッシュとワイン」
 
 
 これは、こっちの死に物狂いの落とし合いにこそあるのだ。
 
 後手玉に詰みはあったが、三浦はその手が読み切れなかったか、それとも見えていて決断できなかったか、他の手を選んだ。

 ▲83金から入って、△同銀、▲同桂成、△同角に▲71銀から追っていく。

 △92玉、▲82金、△93玉、▲83金、△94玉、▲86桂、△85玉。 

 

 

 

 これで、後手玉に詰みはないのがハッキリした。

 追うなら▲77桂くらいだが、△76玉でつかまらない。

 万策尽きたようだが、ここでいい手がある。

  

 

 

 

 

 ▲74角と、ここに打つ隠し玉があった。

 そう、三浦は詰ましにいかなかったが、それは「アレしながらナニ」すれば、なんとかなるのが見えていたからだ。

 △同歩と取るが、そこで▲84馬と眠っていた馬を活用。

 △76玉に▲77銀と打って、△65玉に▲63竜。

 

 

 

 これでハッキリした。

 そう、先手のねらいは自陣にある敵の要駒を、王手しながらすべて取り払ってしまおうというのだ。

 以下、△56玉に▲68竜を取って、いっぺんに先手玉が安全になった。

 すごい「保険」があったものだ。 

 今度こそ決まったかと思ったが、順位戦はまだ終わらない

 後手は玉を△47から△36右辺に逃げ出し、まだまだがんばる。

 盤上にあった味方の駒を、すべてクリーンアップされるという必殺手を食らっても、あきらめない久保利明。

 久保といえば、その軽やかな大駒使いから

 

 「さばきのアーティスト」

 

 と呼ばれるが、もうひとつの武器が、このしぶとさであり、まさに

 

 「ねばりもアーティスト」

 

 さすが「わたしの将棋はです」と言い切る男。

 すさまじい執念であり、事実、将棋は先手優勢ながら、まだ決定的ではなかった

 後手は△78飛と王手すると、それをオトリにからラッシュをかける。

 

 

 これがまた、うるさい勝負手で、先手は簡単には楽にならない。

 三浦はいいかげんにしてくれと、悲鳴をあげそうになったのではあるまいか。

 勝負がついたのは、この場面だと言われている。

 

 


 △73桂打敗着

 先手の上部脱出を阻止して、自然な手のようだが、▲73同金と取ってしまう手があった。

 △同桂には▲51角と、王手桂取りに打つ手がピッタリで、上が抜けている。

 久保はこの手を、ウッカリしたのかもしれない。

 ここでは△95歩と打って、▲同玉、△94歩、▲同桂に△91桂△76角(!)という奇手があったりと、まだアヤがあったようだが、秒読みで局面もゴチャゴチャしすぎて、選べなくてもしょうがないところだ。

 かくして、大熱戦にとうとう幕が下ろされた。

 結果から言えば、この将棋は途中で郷田屋敷が負けていたため、順位決定のほぼ消化試合だったのだが、だれも知らせないため(知られたらドッチラケである)双方最後まで命がけで戦い続けた。

 本当にすばらしい勝負で、当初久保を推して見ていたが、途中からはだんだんどちらにも肩入れしはじめ、最後は

 

 「もう、どっちでも好きにして!」

 

 もだえるしかなかった。

 三浦精神力も、見事なものだ。

 この将棋は、その年の『将棋世界』における「熱局プレイバック」で見事、棋士票1位を獲得。

 それも当然であろう。極限状態の中、すばらしい戦いを見せた二人に拍手、ただ拍手なのである。

 

  (羽生と谷川の名人戦編に続く→こちら

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将棋界の一番長い日 三浦弘行vs久保利明 2014年 第72期A級順位戦 その2

2019年12月06日 | 将棋・名局

 前回(→こちら)の続き。

 2014年の第72期A級順位戦、最終局。

 三浦弘行九段久保利明九段の一戦は、負けた方に降級の可能性がある、裏の大一番だった。

 序盤で三浦が主導権を握ったが、久保も往年の名作ドラマ「おしん」のように辛抱を重ね、じっとチャンスを待つ。

 

 

 

 

 後手の△64香に、もったいないようでも▲78角と手堅く受けておけば優位を維持できたが、三浦は▲56飛成

 これが、手厚く見えて疑問手だった。

 久保はすかさず、△51銀を取る。

 ▲同竜とも▲同成銀とも取れないから、先手は▲71成銀とせまる。

 そこで△24角と打つのが、ついに山頂にたどり着いたシーシュポスの放つ、起死回生の空中旋風脚だ!

 

 

 

 上下あざやかに利く攻防手で、振り飛車党でこんなが打てたら、負けても本望というくらいだ。

 ▲57角と受けるが、△71玉▲24角と、きわどい交差の後、後手は待望の△67香成。

 ▲同竜に△66金と押さえ、ここにきて、ついに形勢は逆転した!

 

 

 

 ずっと優勢を保ったままだった戦いが、たった1手の疑問手で、あっという間に食い破られる。

 これが将棋の恐ろしさで、三浦は真っ青になったことだろう。

 だが、順位戦はここからがまた長い

 しかも三浦弘行といえば、A級に昇ってこの方、最終戦で何度も絶体絶命ピンチを切り抜けてきた男。

 いわば、このA級順位戦最終局「将棋界の一番長い日」においては、玄人中の玄人という存在だ。

 ここで、ずるずると土俵を割ることなど、ありえないわけで、事実、将棋はここからまた、ややこしくもつれていく。

 ここから10手ほど進んで、この場面。

 

 

 

 ここで後手は△87飛成と、長期戦も辞さず戦えば勝勢に近かったが、強く△78飛成と踏みこんだ。

 するどい寄せだが、これが悪かったようで、またも形勢の針は三浦にふれた。

 以下、▲同金、△59竜、▲69歩、△78桂成から寄せにかかるも、これが危険極まりない手順。

 将棋の終盤で危ないのが、こういう

 「早く勝ちたい

 という、あせりの手。

 久保利明ほどの男が、この大一番で「勝ち急ぐ」という、もっともやってはいけない罪を犯してしまった。

 振り飛車ファンからすれば、「なにやってんだー」と頭を抱えるところだろうが、これはとても、久保を責める気にはなれない。

 真夜中の大激戦で、1分将棋となれば、すべてを正確に読み切るなど不可能。

 また、手順を追うとわかるが、これで先手玉は寄っているようにも見えるのだ。

 ▲78同玉に、△56角と王手して、▲88玉、△78金、▲98玉、△68金

 

 

 

 先手玉は一目受けなし

 となると、後手玉に詰みがあるかどうかだが、これがありそうながら△56角の利きや9筋もあって、スルリと抜け出す筋があるかもしれない。

 三浦は▲61飛から入る。久保は△82玉

 結論から言えば、この後手玉は詰んでいた

 ここで▲83金と打って、△同銀に▲73馬と捨てるのが好手。

 

 

 

 

 △同桂、▲83桂成に△同玉は▲81飛成として詰み。

 ▲83桂成△同角も、▲93銀と打つのが「逃げ道から王手」する詰将棋などによく出る手筋。

 

 

 

 

 △同香▲71銀△同玉には▲91飛成以下詰んでいる。

 だが三浦は、この手順を選ばなかった。

 極限状態で読み切れなかったか、それとも筋は見えていたが、踏みこめなかったか。

 となれば久保勝ちかといえば、これまた、そうとは限らないから、話は本当にややこしい。

 自玉に受けがなく、相手玉の詰みも見えない。

 なら、ふつうは負けとしたものだが、ここに最後のワザが残されている。

 特に玉頭戦だと、出てきやすい。

 つまりは「アレ」をしながら、敵のコレとかソレとかを、手に乗って全部「ナニ」してしまえばいいのだ。

 

  (続く→こちら

 

 

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将棋界の一番長い日 三浦弘行vs久保利明 2014年 第72期A級順位戦

2019年12月05日 | 将棋・名局

 「将棋界の一番長い日」とは、よく言ったものである。

 高校野球なら夏の甲子園決勝

 テニスなら、トップ選抜のツアーファイナルデビスカップなど、1年の総決算というか、

 「勝っても負けても、これでおしまいかあ」

 と感慨深くなるイベントというのが、それぞれの競技にあるものだが、将棋の場合は、なんといってもA級順位戦最終局であろう。

 元ネタは言うまでもなく、岡本喜八監督の大傑作映画『日本のいちばん長い日

 では、なぜにて将棋界ではこの日が「一番長い」のか。

 「そりゃ、棋界最高峰である、名人戦挑戦者が決まるからでしょ」

 という答えは、間違っていないが「次善手」である。

 前回は羽生善治佐藤康光のタイトル戦を紹介したが(→こちら)、今回はコクのある順位戦を見てもらおう。

 実はこの日の、本当のメインイベントというのは……。 

 

 
 2014年の第72期A級順位戦

 最終局で、三浦弘行九段と、久保利明九段が戦うことになった。

 この期のA級は羽生善治三冠がぶっちぎりで、すでに挑戦権を獲得しており、最終戦の注目は降級争いに集中されることに

 2枚の貧乏くじのうち、1枠は谷川浩司九段で決まっているが、もうひとつは屋敷伸之九段郷田真隆九段

 そして三浦と久保の4人にしぼられている。

 特に三浦と久保は、直接対決の鬼勝負。

 勝てば文句なしの残留だが、負けて屋敷、郷田の両方に勝たれると陥落してしまう。

 確率的にはかなり大丈夫そうだが、この程度の優位が逆転するなど、順位戦ではよくあること。

 おそらくは両者とも「勝つしかない」という気合で本局に挑んだはずであるが、そうも言いきれないところが、他力がらみのアヤでもある。

 戦型は後手の久保が、エース戦法のゴキゲン中飛車にすべてをたくすと、三浦は星野良生四段考案の、超速▲46銀型を選択。

 序盤で久保がを中央にくり出し、ゆさぶりをかけると、三浦も強く応じて決戦に。

 むかえたこの局面。

 

 

 まだ序盤戦で優劣はついていないが、後手は金銀が玉の反対側にいて、まとめにくそうな形。

 解説でも三浦が、やや指しやすいのではという評判だったが、次の手にはうならされたものだった。

 

 

 

 △32歩と打つのが、中継を見ていて思わず「ほげえー」と声をあげさせられた手。

 いい手かどうかは微妙だが、これはそもそも善悪を、うんぬんする類のものではないかもしれない。
 
 やや押され気味なのを自覚しながらも「簡単には負けないぞ」という意思表示であり、折れてないという闘志の開陳。

 昭和のボキャブラリーでいえば、これこそが「順位戦の手」というやつだ。

 私は関西人であるし、かつて久保九段の地元である兵庫県に住んでいた知人の女の子と、ちょつとつきあえないかな、とか考えていたこともあったので(←それは関係ないだろ!)、この勝負はなんとなく久保寄りで見ていたのだが、この手を見て、


  「こりゃ結果はともかく、大熱戦は必至やな」

 

 ニンマリした記憶がある。

 私好みの「根性入った」一手であった。

 三浦は▲58飛と中央をねらい、△44角▲同角△同歩▲42角から決戦に突入。

 そこからも、双方力をつくしたねじりあいが展開され、大一番らしい見どころたっぷりの将棋に。

 優劣については、やはり三浦が少しずつリードしており、久保も必死に貼りつくが、徐々に差が開きつつはあった。

 むかえたこの場面。

 

 

 形勢はやはり、先手の三浦優勢

 久保もあれやこれやと手管を駆使するが、三浦も乱れず、どうしても差が縮まらない。

 後手は受けの難しい形で、なんとか先手陣にせまろうと△64香と打ったところだが、ここでついにミスが出た。

 ここまで終始一貫、序盤のリードをキープしてきた三浦だったが、とうとう根負けしたか、上手の手から水が漏れる。

 後手は△67香成の一点ねらいだから、それを防いで▲78角(▲59角もある)と打っておけばよかった。

 角を手放してもったいないようだが、守備に大駒を使う際は

 「角は銀、飛車は金

 といわれるように、「▲78銀」とする感覚で受けておけばよかったのだ。

 先手はその代わりに、▲56飛成とする。

 竜を自陣に引きつけて手堅そうだが、ここでとうとう、久保にチャンスが到来した。

 序盤で少し前に出られ、そこから時間にして10時間以上、手にして約130手

 その間、久保は苦しい局面をただひたすら、旧約聖書における「ヨブ記」のように耐え続けてきたが、ついにそれが報われるときがきたのだ。

 

 (続く→こちら

 

 

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平松伸二『ブラックエンジェルズ』並みな「ド外道」を探せ! 映画の魅力的な悪役について

2019年12月02日 | 映画
 「この世界に足りないのは、ド外道っスよ!」
 

 近所のモツ焼き屋で、熱くそうぶち上げたのは、後輩であるハナタグチ君であった。
 
 発端はマンガや映画の話からだったが、彼によると、最近はなかなかおもしろい作品に出会えていないという。
 
 なぜならそこには、

 
 「魅力的な悪役

 
 これが足りていないのだと。
 
 そうかなあ。『ダークナイト』のジョーカーとか、『シン・ゴジラ』の破壊シーンなんて評判ええやないの。
 
 なんて問うてみると、ハナタグチ君は

 
 「そういうんちゃうんです。ボクが言うてる悪役は、もっとシンプルで下世話なんです。なんか、偏差値高そうなのはダメなんですよ」

 
 彼によると、
 
 
 「頭脳明晰な殺人者」
 
 「完全なる悪」
 
 
 みたいな、哲学性があるもんとか、
 
 
 「原爆の怨念を背負って」
 
 
 とか、そういうのはアカンと。
 
 「思想
 
 「共感
 
 「情状酌量の余地」
 
 これがあると、ブチ殺してもカタルシスがないと。

 
 「もっと、だれが見ても《こら、殺されてもしゃあないわ》と思わせるヤツじゃないと、ボクは満足できません!」

 
 なるほど。要は感情移入を誘発するような「深み」があったら困るというこっちゃな。
 
 そんなとことん悪いヤツいうたら、平松伸二先生の大名作『ブラックエンジェルズ』に出てくるようなんのこと?
 
 と問うならば、ハナタグチ君は我が意をついに得たりと、

 
 「そう、そうっス! ド外道ッスよ! それが出ない映画とかドラマは、ボク物足りへんのですわ!」

 
 平松伸二『ブラックエンジェルズ』とはどういうマンガなのかといえば、「黒い天使」という暗殺者集団が主人公。
 
 現代の仕置人ともいえる彼らが、法で裁けない悪を次々殺していくという「勧善懲悪」ものだが、その悪の基準というのが、
 
 
 「平松先生が、テレビや雑誌で見て頭にきたヤツら」
 
 
 というのだからステキだ。
 
 『ブラックエンジェルズ』に出てくる悪者は、それはそれはお悪うございます。
 
 第1話からして、前科はあるが更生してがんばっている青年を、再犯させるよう執拗に挑発し、
 
 

 「逮捕ってのはな、犯罪が起きてからするもんじゃねぇ、起こさせてするもんなんだ!」

 
 
 との、とんでもない名セリフを吐き、あまつさえ青年の妹を暴行するだけでなく、ついにキレた彼を

 
 

正当防衛成立だな」


 
 と撃ち殺す悪徳刑事とか。
 
 
 
 
 日本の警察が「優秀」なのは、こういう人が数字をあげているからかもしれません
 
 
 
 
 続く第2話では、面白半分で人を車で轢き殺し使用人になすりつけるだけでなく、その娘を強姦したうえに、真相を話すべく警察にむかう彼女を轢き殺し、最後には黒い天使に殺されそうになるところを、
 
 

 「助けてくれ! 金なら出す! 100万か? 200万か?」

 
 
 との、ステキすぎる命乞いをするドラ息子とか。
 
 
 
 
  
     安西先生の教えを忠実に守るぼっちゃん
 
 
 
 他にも、
 
 
 「アイドルをシャブ漬けにして、心身ともいいようにもてあそんだあげく、自殺に追いこむ芸能事務所

 「面白半分にホームレスリンチして殺し、それを目撃した独居老人をおどしたうえ、年金貯金などもすべて奪い取り、拷問にかけたうえで自殺に追いこむ街のチンピラ

  「執拗な取り立てのみならず、払えなければで何とかしろと若い母親風俗営業店へ売り飛ばし、軟禁状態で仕事をさせた末、その結果放置された子供が死に、母親もその場で自殺したのに高笑いサラ金業者
 
 
 などなど、なにかこう

 
 「人権意識」
 
 「法の精神」
 
 「裁判を受ける権利」

 
 といった、先人たちが多くのを流しながら手に入れた、大切なものの数々を、鼻息プーで放り投げたくなるような、ナイスド外道が盛りだくさん。
 
 この怒りを通りこして、あまりの人非人っぷりに、むしろ笑ってしまう平松ワールドの悪役の数々。
 
 たしかに、ブチ殺したときの爽快感は、絶筆に尽くしがたい。
 
 そういうとハナタグチ君は満足そうに、

 
 「そうでしょう、そうでしょう。ホラー映画でも、まずイチャイチャしてるやつから順に殺されるでしょ。あれっスよ」

 
 いや、それは悪ってほどでもないと思うけど……。
 
 でもまあ、やはりドラマの最後で、力道山怒りの空手チョップでも、葵の紋所の印籠でも、やられ役に、

 
 「でも、この人にも家族が……」
 
 「そんなミランダ警告もなしに……」
 
 「死刑の是非はそう簡単に結論の出せる問題では……」

 
 なんていう情をいだいてしまうと後味が悪い。
 
 その点、「ド外道」のみなさんは、まったくそんな気にならないから安心だ。
 
 まあ、今の日本も汚職したり、強姦したり、書類破棄したり。
 
 あまつさえ人を殺しても、不起訴になったり、ムチャクチャなルール違反しても

 
 「そんな騒ぐようなことではない」

 
 で、すましたりしてるから、ネタには困らなさそう。
 
 クリエイターの皆様にはぜひ魅力的な「ド外道」を作品の中でブチ殺し、後輩のカタルシスに、一役買っていただきたいものだ。
 
 
 (『シカゴ』のロキシー・ハート編に続く→こちら
 
  
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