駒の価値というのは、局面によって色々と変化することがある。
将棋の駒で強いのは、基本的に飛車や角の「大駒」だが、終盤の詰む詰まないになると金銀などカナ駒の方が役立つことが多い。
また、玉頭戦のねじりあいでも、大駒よりも金銀のスクラムの方が強いし、穴熊や矢倉への端攻めでは桂や香に、あと歩の枚数も重要だったりする。
そこで今回は、そういう駒の損得とは関係ない価値について見てもらいたい。
舞台になるのは「危険地帯」の玉さばき。
それを守るのに重要なのは……。
1988年、第46期C級2組順位戦。
羽生善治四段と、大島映二五段の一戦。
デビュー2年目の羽生は、初参加のC2を、昇級こそ逃したものの、8勝2敗の好成績で終えた。
順位も大幅に上昇し、この期は当然昇級を期待されたが、その通り白星街道を驀進し7連勝で本局をむかえる。
対する大島も、ここまでまだ1敗。
羽生と、続いてやはり全勝の泉正樹五段、順位上位で1敗の森下卓五段に続く4番手で自力ではないが、この直接対決を制すればまだまだチャンスは十分。
リーグも大詰めで、双方絶対に負けられない大一番である。
戦型は羽生の先手で相矢倉。
大島の駒組が巧みだったのか、後手番にもかかわらず理想形からの仕掛けが成功し優位を築く。
むかえたこの局面。
大島が△36銀と打ち、羽生が▲39桂と受けたところ。
先手が金桂交換の駒損の上に、その桂馬を受け一方に使わされているのが苦しげ。
玉型にも差があり、実際、羽生もここでは不利を自覚していた。
ただ大島の方も歩切れが痛く、攻めの継続が意外と難しいと考えていたそうだ。
焦らされた後手は△37銀不成、▲同銀、△85桂と襲いかかるが、これがあまりよくなかったらしい。
以下、▲95角、△97桂成、▲同香、△同角成、▲同玉、△94香。
流れるような攻めから、見事な田楽刺しが決まっている。
先手玉は危険地帯に引きずり出され、受けがむずかしく見えるが、次の手が好手だった。
▲73角打とつなぐのが意表の手。
△95香と角を取られるが、▲同角成として、この馬が手厚く後手に意外なほど攻め手がない。
以下、△79角、▲88銀、△94歩、▲77馬に一回△24角成と逃げなければならなのが泣き所。
先手玉はものすごく怖い形だが、これで受け切れると見切っていたのはさすがのワザ。
そこからも、大島の攻めを丁寧に受け止めて先手勝ち。
あざやかな返し技で逆転を決めた羽生は、残り2戦もしっかり勝って、10連勝でC1昇級を決める。
続けてもうひとつは、2014年の第27期竜王戦、第5局。
森内俊之竜王と、糸谷哲郎七段の一戦。
糸谷が3勝1敗と奪取に王手をかけているが、この将棋は森内が終始優勢で進めていた。
そのまま簡単に押し切りそうに見えたが、糸谷も得意のねばりで決め手をあたえず泥仕合に。
すでに逆転している局面だが、森内も馬と玉に田楽刺しを決めて、最後の抵抗を見せている。
飛車の横利きが強く、まだ後手玉に詰みはないため、もう少し先手はしのぐ必要がある。
危険地帯に玉が釣り出されている糸谷だが、ここは冷静に読み切っていた。
▲94歩とつなぐのが、上部の制空権をキープする大事な手。
△93香に▲同歩成で、馬が取られても代わりにと金ができれば、先手玉への安全度は失われない。
「終盤は駒の損得よりもスピード」ならぬ、入玉は駒の損得よりも成駒の厚み。
これで勝ちを確定させた糸谷が、大豪森内から竜王を奪取して初タイトル。
(羽生が上部の厚み合戦で敗れた将棋はこちら)
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