2013年 NHK杯将棋トーナメント準決勝 羽生善治三冠vs郷田真隆棋王

2013年03月12日 | 将棋・名局

 「天才ですね、さすが」

 

 そんな感嘆の声を上げたのは、解説を担当した先崎学八段だった。
 
 3月10日に放送されたNHK杯将棋トーナメント準決勝、羽生善治三冠郷田真隆棋王との一戦。
 
 タイトルホルダー同士であり、また同世代のライバルでもあるこの対決は、後手番羽生のゴキゲン中飛車で幕を開けた。
 
 郷田が序盤で少しリードをうばうが、羽生も「らしい」寝技でもたれかかり容易にははなされない。
 
 おたがいが技をかけ合うのを、手前一瞬で見切って、かわし合う中盤戦。
 
 いい手がありそうだが、そのどれもが相手の張ったのようにも見えるという、いかにも難解なねじりあいだ。
 
 
 
 △64歩の瞬間に▲33成銀と引く、きわどい攻防。以下、△35飛に▲48金と難しいやり取りが続く。
 
 
 
 わずかなリードを守る郷田と、手順をつくしてチャンスを待つ羽生。
 
 勝負はギリギリの最終盤に突入したが、局面はパッと見、郷田が優勢に見える。
 
 いい寄せ方があれば、そのまま勝ちそうだ。
 
 嗚呼、とうとう羽生が負けるのか。
 
 そんな感慨を抱いたのは、羽生がここまでNHK杯を4連覇中で、今大会も連勝継続し、ここまで23連勝
 
 驚異の5連覇まで、あと2つとせまっていたからだ。
 
 王者羽生善治には、七冠独占王座戦19連覇など、相当に破られないであろう大記録が数あるが、このNHK杯4年連続、合計10回優勝というのも、まためまいがするような、とんでもない記録。
 
 だが、記録はいつかは途切れるのが世の習いで、その瞬間が近づきつつある。
 
 大記録も、ここで終わりかあ。まあ、郷田も強いからなあ。
 
 こういうときって、大差で案外あっさり終わってしまうのと、ギリギリのねじりあいで力を出し切ったけど競り負けたのとでは、どっちのほうが悔しいんだろう。
 
 なんて考えているときに指された、郷田の▲53桂成という手が、決め手に見えて危ない一着だった。
 
 
 
 
 
 
 もう少し安全に勝つ方法もあったようだが、この桂捨てがいかにも筋のいい手であり、本格派の郷田が、そこに惹かれてしまったのは不運だった。
 
 この手は疑問手で、羽生の最後の踏みこみが効くこととなり、形勢は急接近
 
 いや、もしかしたら逆転したのかもしれない。
 
 ここからが、これまでも見所たっぷりだった本局の白眉である。
 
 たった一手で、攻守ところを変えたこの場面。
 
 もはや羽生は郷田玉を詰ますしか、道は残されてない。
 
 
 
 
 
 詰みがあれば羽生勝ち、なければ郷田勝ち。
 
 サッカーでいえば、ロスタイムの最後の最後にもらったフリーキックのようなもん。
 
 入るか入らないか。正義はそこで決まる。
 
 あまりにもおもしろいこの場面、私はテレビの前ですわりなおす。解説の先崎八段が、
 
 

 「竜切って、銀打って、桂が2枚あるからピッタリ詰みですね」

 

 この日の私は冴えていた。
 
 詰将棋は苦手なんだけど、ヒントのおかげで、一瞬にして詰みが見えた。
 
 △58竜、▲同金に△69銀から入って、▲同玉に、△79金、▲59玉に△67桂と打つ。
 
 
 
 
 ▲同金は△37角、▲49玉、△48角成まで。
 
 桂打ちに▲49玉と逃げるのは、△27からを打って、▲38合に△37桂で吊るす。
 
 
 
 
 なるほど、見事にしとめている。
 
 問題はを打ったとき、取らずに逃げたとき。
 
 詰みそうに見えるが、詰まなさそうにも見える。
 
 じゃあ、詰めろ逃れの詰めろか、非常手段として、△85桂、▲86玉、△74桂、▲75玉、△66馬、▲64玉に△63金
 
 とかいう手順で、ムリヤリをはずすみたいな、王手しながら相手の要の駒を全部取ってしまうという玉頭戦手筋でなんとかなるか。
 
 羽生は銀ではなく、△69角から入った。
 
 郷田は▲77玉の上部脱出に、最後の望みをかける。
 
 
 
 
 
 
 局面の切迫感もものすごいが、このとき画面に映されていた羽生、郷田、両君の表情の移り変わりも見物だった。
 
 最後の追いこみの中、盤上をにらみつけ、死にものぐるいで詰み筋を探す羽生。
 
 それを受けて、絶望後悔に打ちひしがれ、身も世もなく両手で顔をおおいながらも、かすかに残された細い希望の糸に、すがりつこうと気力をふりしぼる郷田。
 
 すごいなあ。この戦う者同士の、むき出しの姿が勝負の醍醐味ではないか。
 
 上品ではないが、先崎流の表現を借りれば、まったく男のイチモツがふるえる両雄の姿だ。
 
 この最後の競り合いを制したのは羽生だった。
 
 明快な詰みが見えない中で放たれた、△86銀というのが絶妙手で、なんと郷田玉はピッタリとつかまっている。
 
 
 
 
 
 この一手こそは、まさに盲点の一着。
 
 将棋を知らない人に、どうすごいのか解説するのは難しいが、将棋の寄せには
 
 
 「金銀を最後の残す」
 
 
 という鉄則があり、そこは当然、△85桂と王手するはずと思えたことろに、を打ったのがすごいのだ。
 
 ▲86同玉に、△74桂と打って、▲75玉に△66馬、▲64玉。
 
 そうして、銀打ちで温存できた最後の桂で△72桂と打って、これでしとめる。
 
 
 
 
 
 
 ▲54玉に△44金で、の利きがあるから、ピッタリ詰み。
 
 まさに、あらゆる先入観を排除した先にある手を見つけだすのが、得意といわれる羽生の、面目躍如たる一手であった。
 
 そこで先崎八段の冒頭の言葉になるわけだ。
 
 この△86銀自体は、手筋としてある形である。
 
 相手の逃げ道に駒を捨てるというのは、詰将棋ではよく見るものだ。
 
 いやそもそも、この詰みも、もし詰将棋の問題として出されたなら有段者の棋力があれば、だいたいが解けるであろう。
 
 だがそれを、答えのある詰将棋とちがって、詰むかどうかはわからず1手30秒という秒読みに追われて、しかも、郷田の疑問手による急展開の局面で、頭の切り替えが難しいにも関わらずという。
 
 これだけの限定条件をつけられた上で、見事に正解を出したところがすごすぎるのだ。
 
 秒に追われて、震える手で放たれたことによって、盤上の銀はに小さくゆがんでいた。
 
 そのことが、この手にこめられたギリギリの状況を、如実に物語っていた。
 
 聞き手の矢内理絵子さんも「鳥肌が立ちましたね」と述懐したが、いやはや本当にそうです。
 
 まさに、トッププロ同士のド迫力の将棋だった。
 
 NHK杯では、あの歴史的大逆転である中川大輔八段戦(加藤一二三九段の奇声によってYoutubeでも話題になった)以来の、「すごい羽生」を見た気がする。
 
 いやー、ええもん見せてもらいましたわ。
 
 
 
 
 
 ■おまけ Youtubeにあがっていた羽生-郷田戦の動画はコチラ
 
 □郷田の見せた名手は→こちらから
 
 
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行方尚史ギャラクシー・デイズ その2

2013年03月08日 | 将棋・雑談

 行方尚史がA級に復帰した。

 前回(→こちらミッシェル・ガン・エレファントつながりで彼のファンである私が彼にまつわるエピソードを紹介した。

 そんなナメちゃんといえば将棋と音楽以外でも、なにげに文章に魅力がある棋士である。

 書く機会こそ少ないが、エッセイや自戦記など、決して達者というわけではないものの、その素直な心情を吐露する姿勢など、なかなかに読ませるのだ。

 中でも印象に残ったのが、ある年の「順位戦昇級の記」。

 ここで出された彼の文章というのが不思議なもの。

 句読点を使わず、改行もなしで、短いセンテンスを息継ぎなしにつないでいくというもので、具体的にいうと、


 「上尾で落雷を聞いた、夏に会う友達は陽気だった、MACが心強かった、川奈の露天風呂で虫の声を聞いた、夕方の砂浜がさみしかった、岡崎京子の漫画を全部そろえた、夏の夜のバイクは気持ちがいい、ロンドンに行った、夢をよく見るようになった、カレー感が変わった、」


 みたいなノリで、1ページがまるまる埋まっていたのだ。

 これにはファンから「な文章だな」とか

「行方は気ちがいなのか」

 などと不思議がる声が聞こえてきたが、私は思わずニヤリとしてしまった。

 実はこれ、くるりのアルバム『TEAM ROCK』の歌詞カードにあるエッセイ(?)の文体のパスティーシュなんですね。

 現に、文章の中に

 

 「くるりの『ワンダーフォーゲル』は今年のナンバーワンだ」

 

 というヒントがさりげなく入れこんであるわけだけど、知らずに読んだ人はビックリしたでしょうね。

 

 (続く【→こちら】)



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行方尚史ギャラクシー・デイズ

2013年03月06日 | 将棋・雑談

 行方尚史A級に復帰した。

 強敵くせ者がそろい、混迷を極めるB級1組順位戦

 そもそもが予想が困難なクラスだが、そこをなんと年明け前の9回戦で、あっさりと抜け出したのだから驚いたものだ。

 上からは丸山久保の元タイトルホルダーが降りてきて、下からは若手バリバリの広瀬が昇ってきている。

 これらを考慮に入れると、正直行方については昇級候補にはあげていなかったのであるが、そこを開幕から9連勝のぶっちぎりでの昇級。

 いや、おみそれしました。頭を下げます。ニコニコしながら。

 行方尚史のファンである。

 将棋界では少ない青森県出身の棋士で、鋭い寄せと、独特の粘り強さに定評がある。

 A級1期早指し新鋭戦朝日オープントーナメント優勝経験あり。愛称は「ナメちゃん」。

 行方といえば、まず彼の名を棋界にとどろかすことになったのは、デビューしてすぐの竜王戦

 プロになったばかりの新四段はもとより、制度的にはアマチュア女流棋士でも、1年で棋界最高峰に立てるチャンスがある棋戦。

 このことから、若手がこの棋戦で活躍することを

 「竜王戦ドリーム

 と呼ぶが、行方はまさにその先駆けであった。

 デビュー1年目、19歳の行方は、初参加の6組トーナメントで優勝

 決勝トーナメントでも、並みいる強豪をなで切りにし、なんと挑戦者決定戦まで進出したのである。

 それはそれはものすごい勝ちっぷりで、挑決を戦った、当時四冠王だったか五冠王だったかの羽生善治をして、



 「あのころまだ24歳だった自分がいうのも変なんですけど、行方さんと指していて、『ああ、これが若さの勢いというやつかあ』と感じさせられましたね」



 行方を有名にしたのは、この勝ちっぷりだけでなく、決戦前のインタビューで披露したこんなセリフ。

 「羽生さんに勝って、いい女を抱きたい」

 なかなか言うもんである。後年、このセリフに関しては、



 「いやあ、あれはインタビュアーさんにのせられちゃって(苦笑)」



 頭をかいていたが、舌禍事件というほどでもないし、地味な印象のある将棋界では、若手はこれくらいインパクトがある方がいいかもしれない。

 なんにしても、我々ファンは、

 「おもしろい新人が出てきたぞ」

 と注目したものであった。

 この決戦こそ、七冠ロードを走る羽生に2連敗でけちらされたものの、才能、キャラクターともに申し分なし。

 ビジュアル面と、ちょっと生活が乱れ気味のところが魅力になることも相まって、女性人気も上々。

 ニューヒーローは各棋戦で活躍。順調にトップ棋士への階段を上っていくのだ。将来のスター候補の誕生である。 

 そんなナメちゃんが、再び発言で魅せてくれたのが、宝島社のムックのインタビュー記事。

 『将棋界王手飛車読本』という、なんじゃそりゃなタイトルの本。

 ここで行方が、なんと音楽雑誌『ロッキン・オン』の編集者にインタビューされた記事が、掲載されていたのだ。

 将棋のムックに、なぜ『ロッキン・オン』? という素朴な疑問の答えは、インタビュー開始すぐにわかることとなる。

 冒頭から、いきなり、



 「『レディオヘッドの来日ライブに行った』とか、そういうこと書けないじゃないでしょ」

 


 そう、行方尚史は将棋指しであると同時に、無類の音楽好きの青年という一面も持っていたのである。

 そんな彼は、もちろんのこと『ロッキン・オン』も愛読しており、この人選に大喜び。

 「読んでますよ」とはしゃいだ声を上げ、インタビュアーに

 「小山田圭吾君に似てるね」

 といわれては、はにかみ、それでも、まんざらでもなさそうに笑顔を見せる。

 将棋界が、いまひとつマイナーことを危惧するときには、

 「あと4つ若かったら、絶対ミュージシャンになってますよ!」

 と力説するなど、若さあふれる、なかなかに興味深い記事に仕上がっていた。

 24歳という年齢にも関わらず、自らの将棋が勢いを欠きだしていることに、すでに危機感を覚えたり。

 若くして完成されていた羽生などトップ棋士たちと違って、口べたなのか質問に口ごもることも多く、若さゆえの煩悶に苦しんでいることが伝わってくる語りであった。

 さんざひねくりまわして、それでも、今の自分の悩みを伝える言葉が見つからないのだろう、



 「確かなことは、きっと勝つこと以外にないんだろうな、とは思いますけど」

 「だから、やっぱり勝って勝って勝って、そのうえでまた考えてみたい」



 絞り出すことができないナメちゃんの姿は、なにやら艶っぽい男らしさに満ちている。

 これ、女の子だったら、惚れちゃうなあなんて、変なことを考えさせられたりしたものだ。

 竜王戦の時はそうでもなかったが、このインタビュー以降、行方尚史は相当気になる棋士のひとりとなっていた。

 それが決定的になったのが、宝島社から出た将棋ムックの続編『将棋界これも一局読本』(ふたたび、なんちゅうタイトルや)。

 前回の記事に味を占めたのか、ナメちゃんは今回も華麗に再登場。

 今度はインタビューではなくロングエッセイだったが、この文章がふるっていた。

 ナメちゃんは元々『将棋世界』の自戦記など、なにげに読ませる文章を書く棋士の一人であったが、今回のエッセイはその内容がはっちゃけていた。

 なんといっても、はじめから終わりまで、延々とミッシェル・ガン・エレファントへの愛がつづられているのだ。

 やれ朝起きたら気合いを入れるために『ギヤ・ブルーズ』を聴くだの、チケットは安いけど取るのが大変だの。

 ライブは最高だったの、文章の中に歌詞を取りこんでみたり。

 知らない人が読んだら、まず将棋の本だとは思わないであろう、ミッシェル愛がつらぬかれていたのであった。

 これを読んだときに、私の行方ファンへの道は決定的に開かれたのである。

 そらそうであろう、なんといっても、私もまたこう見えてミッシェル・ガン・エレファントの大ファンであるからだ。

 CDもDVDも全部そろえて、もう阿呆ほど聴いてます。朝起きて『ギヤ・ブルーズ』を聴いて気合いを入れるところなども一緒。

 もちろん後の解散ライブも千葉まで行きました。カラオケの十八番は赤いタンバリンを振りながらの『リリィ』だ。

 こんなものを読まされたら、そら行方を応援する他ないではないか。

 ここから、私の行方ファン道は本格的に始動。

 その才能からしてA級八段は固いだろうし、タイトルだって全然ねらえる位置にいるはずだ。

 親友である三浦弘行棋聖藤井猛はまさに「ドリーム」を体現し竜王を取った。

 なれば行方も、王位か棋王あたりを奪ってみればどうか。

 一般アピールという意味では、NHK杯も取っておきたいな。ベスト4までは行ったことあるんだよね。

 なんて、期待しながら見ているのだが、どうもナメちゃん、その才能を万全に発揮してきているとはいいがたい。

 新人賞最高勝率賞を受賞するなど、すばらしい戦績もあるが、トーナメントでは新人王戦で決勝までいくも準優勝

 タイトル戦は竜王戦以来挑戦者決定戦にも行けてないし(今期の王座戦はおしかったが)、A級も1勝8敗というふがいない成績で1期で降級

 今のA級は層が厚く、「日帰り」は珍しくもないが、それにしても1勝のみというのはあんまりだ。

 こんなん、ファンとしては全然物足りない。

 いや、上の羽生世代においしいところを、まとめてごっそりさらわれてしまっているナメちゃんの世代。

 ここは、正直かなり割を食っている印象はあるんだけど、それにしても、本当なら私の予定ではもっと勝ってるはずなんだけど。

 本人も、ある対談で、



 「ぬるま湯につかってしまっている僕が言うのもなんだけど……」



 みたいなことをおっしゃっていて、それなりに自覚はあるようだけど、すっかりB1に定着した感のある現状では、それはイカン!

 大沢親分並に、カツを入れたいところだ。

 なんてことを考えながら、

 「でも、今のB1はキツいからなあ。一昔前はフリーパスだったのに、すっかり《鬼の住処》に戻っちゃったよ」。

 と、意気上がらず行方苦戦を予想していたが、あにはからんや、そこで披露されたのがこの復帰劇である。

 開幕9連勝でぶっちぎるなんて、だれが予想したことでしょうか。

 星印なし、なんて失礼しました。

 なーんや、ナメちゃん、やったらできるやん! 結婚して、それがいい方に出たもんだ。

 やっつけたのも、木村一基松尾歩阿久津主税広瀬章人山崎隆之などなど、Aクラスにいてもなんら遜色のない面々ばかり。

 このメンバーをつるべ打ちしたんだから、今度はあがっても「日帰り」とか「思い出A級」なんて言われるような成績は残すまい。

 ここまで待たされたんだから、ここは一気に「名人挑戦」なんてサプライズを見せてくれても、それでもかまわない、かわまない(ミッシェル調)。

 このままトップ通過を決めて、来期は行方尚史ここにありという、勢いある将棋を見せてほしいものだ。

 (続く【→こちら】)





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