下段の香に力あり 羽生善治vs谷川浩司 1994年 第64期棋聖戦

2021年07月29日 | 将棋・好手 妙手

 「はー、そう指すもんですかー」

 

 というのは、森下卓九段の解説で、よく聞く言葉である。

 これと「○○流ですね」というのが、森下先生の口ぐせ。

 その影響なのか、私も人の将棋を観ていて、思わず口をついて出てしまうことがある。

 前回は羽生善治九段の、めずらしい大悪手3連発を紹介したが(→こちら)、今回は羽生の、一見わかりにくそうな好手を見ていただきたい。

 

 1994年前期の、第64期棋聖戦

 羽生善治棋聖と、谷川浩司王将の一戦。

 1勝1敗でむかえた第3局。先手の谷川が、向かい飛車に振ると、羽生は棒銀で対抗。

 

 

 

 後手が飛車を敵陣に打ちこんで、指せるように見えるが、先手もができているのが主張点。

 △82もおかしな形で、バランスは取れているようだ。

 ただ、この馬取りに対する応手が、先手も悩ましい。

 ▲74歩みたいに受けても、△83歩とか、このをいじめられそうである。

 だがここで、谷川は軽妙な手を用意していた。

 

 

 

 

 

 ▲65歩と突き上げるのが、いかにもセンスのいい手。

 一見△84飛タダだが、それには▲66角が「詰めろ飛車取り」のカウンターで取り返せる。

 かといって、△65同飛▲68歩とでもガッチリ受けられて、これはつまらない。

 先手のが攻防に利いて手厚く、△82の銀も遊んで、これは振り飛車も充分やれそうだ。 

 それは冴えないと、羽生は△84飛と取り、あえて▲66角を打たせて勝負に出る。

 

 

 ▲22金の一手詰みを△33角と受け、▲84角と飛車を回収したところで、△98飛成を補充。

 次に△47香が激痛だから、先手は▲58金打と埋めるが、次の手が問題だ。

 

 

 

 形勢は、ほぼ互角

 先手は飛車の打ちこみがねらいで、8筋9筋のを取っていけば、美濃囲いの堅陣もあって、自然と振り飛車が勝つ。

 後手の切り札は△15歩端攻めだが、すぐ行って決まるかどうかは微妙なところ。

 どう指すのがセンスがいいか、首をひねりそうなところだが、ここでの羽生の手が意表をついた。

 

 

 

 

 

 △61香が、「はー、こう指すもんですかー」と声が出る一手。

 なんとも不思議な香だが、これが谷川も見えなかった好手だという。

 意味はもちろん、▲62角成の侵入や、▲61飛の打ちこみを消した手。

 こう見ると、変な形だった△82銀も、自陣にスキを作らない意図であり、指し手の連動性が理解できる。

 中盤で▲85桂と跳ねたのに、△82銀と引いたのは、一見退却に見せて、この香打ちまでの流れを想定した

 「自陣にを作らせない」

 という構想のたまものだったのだ。

 とはいえこれは、ちょっと打ちにくい香でもある。

 ただ受けただけの手だし、できれば香は、端攻めなどに使いたい駒のように見えるからだ。

 その思いこみにとらわれないのが、さすが羽生の強みで、事実、先手から、これ以上の攻めが難しい。

 以下、後手はを作り、好機に△15歩を発動させて1手勝ち。

 

 

 

 この手が、急所中のド急所。

 

 「美濃囲いは、端歩一本でなんとかなる」

 

 対振り飛車戦では、絶対におぼえておきたいキーワードで、これで先手は受けがない。

 ▲15同歩には、いろいろありそうだが、たとえば、△17歩、▲同香、△16歩、▲同香、△39銀、▲同金、△18金、▲同玉、△39馬くらいで必至。

 △66馬の位置エネルギーがすばらしく、金銀3枚の美濃囲いも崩壊。  

 シリーズも3勝1敗で、羽生が棋聖防衛を果たしたのだった。

 

 (村山慈明の絶妙手編に続く→こちら

 

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電子書籍、夏のセールで買い倒れ日記

2021年07月26日 | 

 7月はを、たくさん買った。

 この時期は、夏休みということで、各種ネット書店において、3割引きだのポイント還元など、うれしいイベントが盛りだくさん。

 しかも今年は、ハヤカワ河出書房が参戦という、たまらない情報が。

 どちらも、海外ものが充実したところで、ミステリSF欧米南米など外国の小説。

 という、なかなか古本屋でも、値段の下がらないジャンルの作品が目白押しとなっては、もう気合も入ろうというもの。

 私はこの電書ゲット計画を「グーテンベルク作戦」と命名し、あっちでワンクリック、こっちでポチリと、大いに散財したのだった。

 ということで、今回はこの夏に大人マネーで買い散らかした、電子書籍のラインアップをご紹介したい。

 要するに、女子のバーゲン戦利品か、子供のおもちゃ買ってもらった自慢のようなもの。

 そんなもん、知らんがなという、読書に興味のない方もおられるだろうが、そこは自転車にでも轢かれたと思って、あきらめるのが吉であろう。

 


 まずは河出書房から、ミシェルウエルベックプラットフォームある島の可能性』。

  『服従』が、かなりおもしろくて、ぜひ他のも読みたかったんだけど、高いうえに古本でも価格が落ちないので、しばし様子見をしていたところ。

 いい機会なので、まとめて購入。重量級なので、お盆にでも、じっくり読もう。

 


 ☆パトリシアハイスミス。『太陽がいっぱい』『キャロル』。

 

 ミスヲタにもかかわらず、ハイスミスは未読のまま。

 まあ、イヤミスが苦手ってのもあるけど、なかなか手に入りにくかったイメージもある。まとめてゲット。

 映画版とくらべるのが、今から楽しみ。

 


 ☆ウンベルトエーコ。『ウンベルトエーコの文体練習

 

 パロディ部分はわからないところが多いが、「フランティ礼賛」のため購入。

 デ・アミーチスの『クオレ』はマジで欺瞞に満ちた、気持ち悪い話なんだよなあ。

 主人公エンリーコの親父が、信じられないくらいヤバいヤツ。

 なんたって、子供が寝ている間に日記を読んで、そこにあれこれ説教訓話を書きつけるという異常ぶり。

 しかも、その内容が俗物丸出しなのを、エンリーコも素直に受け入れて、作者はそれを「よきこと」と思っているわけだ。

 ふつうだったら、バットで頭カチ割ってるよ。私が陪審員なら、秒速で無罪だね。

 


 ☆チママンダンゴズィアディーチェなにかが首のまわりに

 

 ナイジェリア文学というのが惹かれる上に、河出書房のホームページで短編まるまる一本試し読みできたので、読んでみた。

 かなりいい出来で、即ゲット決定。

 マイノリティ文学についてまとめた、いい本があれば読みたいな。


 


 ☆イタロカルヴィーノ見えない都市

 

 カルヴィーノはちょっと苦手で、結構挫折してるんだけど、ここでリベンジと。

 作風的には、絶対好きなはずなのに、なんでだろ。

 


 ☆マリオ・バルガス=リョサ楽園への道

 

 バルガス=リョサは一時期よく読んだので、即ゲット。

 好きなのは『チボの饗宴』、中編の『小犬たち』。

 南米ではコルタサルプイグ、バルガス=リョサは好き。

 ガルシアマルケスノンフィクションの方がおもしろく感じる(ただし『百年の孤独』は別格)。ボルヘスは苦手。

 

 


 ☆猿谷要『生活の世界歴史9 北米大陸に生きる』

 

 『物語アメリカの歴史』『ニューヨーク』『アトランタ』『ミシシッピ川紀行』などなど、猿谷要にハズレなし!



 永井良和橋爪紳也南海ホークスがあったころ

 

 子供のころ、ギリ大阪球場残ってたけど、行ったことないんだよなあ。

 今思えば、難波のド真ん中っていう、スゴイ場所にあったけど、世代的には宮部みゆきさんの『火車』に出てきた住宅展示場。

 

 


スティーヴンミルハウザーエドウィンマルハウス

 

 ミルハウザーも、なかなか古本で見つからないから(あっても高い)、ありがたい。

 


 ☆アントンチェーホフ馬のような名字 チェーホフ傑作選

 

 ちょうど今、沼野充義先生の『チェーホフ 七分の絶望と三分の希望』(超おもしろい)を読み返しているところなので。

 でも、チェーホフもまた、学生時代読んだけど、ちっとも刺さらなかった。

 プーシキンドストエフスキーはおもしろい。トルストイはダメ。

 昔、読んだ『イワンの馬鹿』が

 

 「本当にイワンがバカなだけだった」

 

 という内容にコケそうになった記憶がある。

 こういう、インテリが勝手に「聖なる愚者」を神格化して「癒やされる」のって、エゴくないッスか?

 他人に都合のいいキャラを勝手に投影して、利用しやがって。そういうのって、ヘタすると優越感の裏返しだし。

 傲慢なブルジョアめ! どんな甘えん坊なんだ、オマエは!

 

 


 ☆トニーペロテット古代オリンピック 全裸の祭典

 

 藤村シシンさんによる『アサシン クリード』解説の影響から。

 あのトークと、ゲーム画面見たら、そらみんな古代ギリシャに行ってみたくなりますわ。

 



 ☆エレナ・ポーターリンバロストの乙女

 

 昔、村岡花子訳の少女小説を、山ほど読んだ時期があったので、なつかしくて。

 『赤毛のアン』に『丘の家のジェーン』とか『少女パレアナ』『スウ姉さん』。

 『アン』は2以降、全然おぼえてないけど、主婦になったアンが、一日ひたすらイライラしている短編が、おもしろかった記憶が。

 たしか氷室冴子さんも、ほめてたはず。『プレイバックへようこそ』ってエッセイ集で、この手の本をくわしく取り上げてました。

 バロネスオルツィべにはこべ』とセットで、この夏は乙女エンジン全開。

 

 


マイクル・コーニイハローサマー・グッドバイ』『パラークシの記憶

 

 ミスヲタなので、最後の展開には「おー!」と大満足。

 ただ、この手の日本人受けする甘酸っぱいSFは、ちょっと苦手だったりする。

 代表作とも言える、『たったひとつの冴えたやりかた』は好きなんだけどね。


 

 などなどだけど、まだまだ欲しい本はいくらでもあって、いやん、まいっちんぐなのである。

 お金もさることながら、選ぶのに、すんごい時間を取られるのだよなあ。

 

 (続く→こちら

 

 

 

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悪手は悪手を呼ぶ 羽生善治vs谷川浩司 1994年 第63期棋聖戦 第3局

2021年07月23日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 将棋の終盤戦は恐ろしい。

 将棋は「逆転のゲーム」と呼ばれ、終盤戦、特に優勢な方が勝ち切る大変さは、「観る将」の人はもちろんだが、「指す将」の人は特に実感できるのではあるまいか。

 一手のミスで、それまで積み上げたものが、あっという間に雲散してしまう恐ろしさ。

 以前、将棋ファンの友人と話していて、

 

 「将棋の終盤戦って、華々しい切り合いに見えて、実は【綱渡り】【爆弾処理】みたいな感じよな」

 「一番、近いのは【ジェンガ】のような気がするなあ」

 「じゃあ、逆転ねらって勝負手くり出したり、時間攻めするのって、相手のペースを乱す【ヤジ】みたいなもんやね」

 「そうそう。給食牛乳飲んでる子を、《プーゥ》言うて、笑かしにかかるのと同じやねん」

 

 なんて盛り上がったものだが、そういう乱れは、トップ棋士ですら時にまぬがれないもの。

 前回は久保利明九段の、さわやかな桂使いを紹介したが(→こちら)、今回はまさに、終盤戦で「ジェンガ」が、くずれる瞬間を見ていただきたい。

 

 1994年、第63期棋聖戦第3局

 羽生善治棋聖谷川浩司王将の一戦。

 先手の羽生が、角換わり腰掛銀から先行し、当時よく見た▲11角と打つ定跡に。

 後手はを駆使して、飛車を押さえこもうとするが、先手もを突破して攻勢を続ける。

 むかえた、この局面。

 

 

 谷川が△77金と、カチこんだところ。

 強烈な一撃だが、先手陣の一番固いところを攻めているため、まだ一気の寄りはなさそう。

 なら羽生としては、手番を生かして攻めたいところで、ここに手筋がある。

 

 

 

 

 ▲71銀と打つのが、習いのある手。

 一目、▲44桂と取りたいところだが、それには△61玉などから、左辺の広いところに逃げられるのが、いやらしい。

 この銀は飛車取りと同時に、左右挟撃の態勢を整える、きびしい手。

 

 「玉飛接近すべからず」

 

 の格言通りの形で、△72飛と逃げるも、そこで▲44桂と取り、△同金▲77桂と駒を補充。

 △同歩成▲同銀に、△55桂もきびしい一撃だが、▲84桂と打ち返して、こちらのほうが速い。

 

 

 

 一回、△67桂不成と王手で飛車を取ってから、△71飛とするも、▲44馬と取るのが、ピッタリの決め手。

 

 

 

 

 △同馬に、▲42金、△53玉(△62玉)、▲52金打までの

 

 「詰めろ馬&飛車取り」

 

 という、「光速の寄せ」のお株をうばう、美しすぎる形で試合終了。

 こうなると、▲71銀▲84桂のコンビプレーが、いかに輝いているか、わかるではないか。

 谷川は△77香不成、▲同金に、△67桂と王手する。

 

 

 

 局面は、ハッキリ先手勝ち

 この「最後のお願い」は形作りでもあり、▲88玉と上がって、△79銀▲98玉とすれば、△89銀にも△88飛にも、▲97玉とすれば詰まない。

 相当にせまられて怖いが、筋としてはむずかしくなく、それこそプレッシャーのない「次の一手問題」として出されれば、アマ初段クラスでも、読み切れる形だ。

 ところが羽生は、この明快な手順を選ばず、▲67同金と取る。

 これには△65桂と飛ぶと、△71にある飛車が一気に通っての空き王手になる。

 ▲71馬と取れるが、そこで△78歩のビンタが、△65と連動して、メチャクチャに怖い手だ。

 

 

 私なら、この局面で「やっちまった……」とガックリきてしまうが、実はそういうのがよくない。

 将棋というのは「1手1000点」などと言われるが、逆に言えば一手ならまだ1000点ですむわけで、実際それだけで即死ということは存外ないのだ。

 むしろ、悪手を指したあと動揺して、続けて悪い手を選んでしまい、その2発目が致命傷となるケースが多い。

 

 「悪手は悪手を呼ぶ」

 

 といい、プロのみならず、アマチュアプレーヤーでも「せやねんなあ」と苦笑とともに、身につまされると思うが、この局面もそうだった。

 △78歩に、▲69玉とすれば、△89飛や△79飛の王手はあっても詰みはない

 また本譜の、▲68玉、△79銀にも、▲58玉と寄れば耐えていた。

 つまり羽生は、勝ちの場面から「悪手が悪手を呼ぶ」をやってしまったうえに、さらにもうひとつ悪手を指したのだから、いくら勝っていても、それではひっくり返る。

 詰むように詰むように、逃げたわけで、こういうのを

 

 「2人がかりで寄せる」

 「ココセ」(相手から「ここに指せ」と命令されて指したような悪手のこと)

 

 といい、整理すると、△78歩▲68玉△79銀▲59玉△49飛まで後手勝ち。

 

 

 ▲同玉△39馬と入って、▲58玉△68銀成を取り、▲同玉△57馬としてピッタリ。

 中盤で、飛車を押さえるために打った△38歩が、まさかここで働いてくるとは、まさに「勝ち将棋鬼のごとし」である。

 羽生棋聖が、なにを錯覚したのはわからないが、大逆転もさることながら、こんな「3手連続悪手」なんていうのは、きわめてめずらしいシーン。 

 こういうこともあるのが、将棋の終盤戦なのである。
 

 

 (羽生が見せた「下段香」の好手編に続く→こちら

 (若手時代に見せた、羽生の信じられないポカは→こちら

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京都・旅の雑ノート 五条ゲストハウスの思い出

2021年07月20日 | 海外旅行

 京都に行って、ずいぶんとなつかしい気持ちになった。

 ということで前回(→こちら)から昔、京都に遊んだ写真を紹介しているが、今回は利用した宿を。

 泊まったのは、こんな感じのところ。

 

 

 宿の外観。オリハルコン造なので、古くても頑丈。

 


 五条ゲストハウス。

 築100年という、古い民家を改装した宿。

 中は和室で、いかにも、いにしえの日本という雰囲気が味わえる、外国人旅行者にも、よろこばれそうなところ。

 京都をあつかったマンガでおなじみの、グレゴリ青山さん(京都出身)の本で知ったのだが、泊ったのはドミトリー(相部屋)で、1泊2000円くらい。

 

 

 

 透明人間の団体客でにぎわう、和室のドミトリー(相部屋)。

 

 

 

 建物自体は古いが、中は清潔で快適。

 なによりバックパッカー的には、こういうところにいる、気のいい旅行者仲間と、おしゃべりするのが楽しい。

 このときも、男女何人かで酒盛りをし、軍人さんや(陸自隊員)メチャクチャにフレンドリーな、メキシコ人女子などもいたりして、大盛り上がり。

 ひとつ笑ってしまったのが、途中から入ってきた宿のスタッフ。

 

 

 

 

ラスボス決戦前のセーブポイント


 

 これが、ヒゲを生やして、ちょっとヨレた感じだが、なんとなく雰囲気はオシャレ。

 という、ワイルド系バックパッカーあがりっぽい若者だったが、この男の子が、わかりやすいのだ。

 ワイワイやってる、われわれの中に入ってきて、それはいいんだけど、口にするのがすべて英語

 しかも、われわれ日本人軍団を無視して、メキシコ女子にだけ話しかけるのだ。

 こういう光景は、外国の宿などでもままあり、日本人なのに、日本人があいさつしたり、声をかけたりしても、ガン無視。

 それも、聞こえなかったとかではなく、「フン」という態度をとるなど、

 「ワザと無視してるのよ」

 という感じを(女の人に多い)、親切にも伝えてくれるのだ。

 で、どうするのかといえば、たいていが外国人の(それも白人の)テーブルに行って、英語で楽しそうに談笑するわけだ。

 このワイルド君も、そのパターンで、なんやその「選民思想」はと、吹き出しそうになった。

 

 

 

 新選組のメンバーが、結束を深めるため太ももに掘った入墨のガラ。

 

 しかも、この場合メキシコ女子の子も、どちらかといえば、そこにいるみんなとコミュニケートを取りたがっていたので、ずーっと困ったような様子をしていたもの。

 「オレは旅慣れた国際人だから、日本人など眼中にないぜ」

 とのアピールで、そんなにうまいわけでもない英語で、外国人のみに話しかける男の子。

 それを受け、困惑した表情で、こちらに目線で助けを求めるメキシコ女子。

 それをあきれたような、でもスタッフだし無下にもできないし、なによりかまうと、めんどくさそうだからと、どうしたもんか首をひねる他の面々。

 「あー、ようある光景やなあ」

 抹茶カステラをモフモフ食べながら、そんなことを考えていたことを、今でも、なんとなくおぼえているのだ。

 

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空飛ぶ桂馬 久保利明vs豊島将之&豊川孝弘 2018年 第67期王将戦 2010年 第68期B級1組順位戦

2021年07月17日 | 将棋・好手 妙手

 桂馬というのは、終盤で威力を発揮する駒である。

 動きが他の駒よりも変則的なため、うまく使えば、相手の駒を飛び越え、連結を無効化させたりできる。

 かつて「桂使いの中原」と呼ばれた中原誠十六世名人によると、桂馬の威力に目覚めたのは、大山康晴十五世名人の受けの力に苦戦したことがきっかけ。

 「受けの大山」の金銀スクラムを突破するには、飛び道具を磨くのが良かろうという判断だったとか。

 一度は谷川浩司九段に取られてしまった名人を、奪い返す原動力となる「中原流相掛かり」も、桂が絶大な威力を発揮したものだった。

 そこで前回は大山康晴十五世名人が見せた、受けの自陣飛車を紹介したが(→こちら)今回は、桂馬の寄せを見ていただきたい。

 

 2018年、第67期王将戦

 久保利明王将と、豊島将之八段の一戦。

 1勝1敗でむかえた第3局は、第1局に続いて相振り飛車に。

 豊島がまだ1日目から、果敢に戦端を開いたが、2日目の封じ手あけすぐの手が「一手バッタリ」に近い疑問手で、久保が優勢に。

 むかえた最終盤。

 

 

 攻め駒が豊富で、一目先手が押しているが、後手陣も△93にある守備力が意外と高く、一気の寄せとなると、これがなかなかむずかしい。

 後手がまだ、ねばっているようにも見えるが、ここで久保が、さわやかな決め手を放つ。

 

 

 

 

 ▲74桂と打つのが、スマートな寄せ。

 △同歩と取られて、にわかには意味が分かりづらいが、それには▲62金と打つ。

 △同金▲同銀成△82玉と進んだとき、▲73桂成という軽妙手があるのだ。

 

 

 このとき、桂打ちがないと、△同玉から、後手は△74、△85へと脱出ルートが見えてややこしいが、▲74桂△同歩としておくと、そこに逃げられないという仕掛けだ。

 

 

 

 この2つの図をくらべてみてほしい。

 整理すると、▲74桂、△同歩、▲62金、△同金、▲同銀成、△82玉、▲73桂成の図)で、▲同玉は△74に逃げられないから、▲72金で詰み。

 △同桂▲72金と打って、△92玉に桂を跳ねさせた効果で、▲81銀と打てるので詰み。

 一方、▲74桂で、この地点を埋めつぶしていないの図は、△73同玉▲72金△74玉から脱出されてまぎれる。

 やむをえず、豊島は▲74桂△同歩▲62金△82玉と逃げるが、以下、▲72金△92玉▲73桂成から押して、先手が勝ち。

 2枚の桂の連係プレーが光る、見事な久保の寄せ。

 シリーズも4勝2敗で、久保が難敵相手の防衛に成功するのだった。

 

 久保の華麗な桂使いを、もうひとつ。

 2010年の、第68期B級1組順位戦

 久保利明棋王と、豊川孝弘七段の一戦。

 勝てば昇級が決まるという、久保の三間飛車に、豊川は趣向を凝らして力戦に持ちこむ。

 中盤の、この局面。

 

 

 

 先手の久保が、▲77角と銀取りに打ったのに、豊川が△31角と打ち返したところ。

 飛車角が、さばけそうな先手が指せそうだが、この角も銀取りを受けながら、飛車取りにもなっている切り返し。

 ▲76飛のように逃げると、後手も△75歩と押さえたり、どこかで△85飛などと活用できそうだが、ここで久保が見せたのが、軽い好手だった。

 

 

 

 

 ▲64歩と突くのが、すこぶるつきに筋のよい手。

 飛車取りを受けながら、△同歩でも△同角でも▲45飛と、急所の桂馬を払って先手が優勢になる。

 終盤も見事だった。

 

 

 豊川も、△99角成と取って、なんとか中段玉でヌルヌル逃げたいところだが、次の手が決め手になった。

 

 

 

 

 ▲77桂と飛ぶのが、さわやかすぎる軽妙手。

 角道を止めながら、後手の上部脱出の夢を砕く跳躍。

 本譜の△同馬にも、▲73角成△54玉▲74飛王手馬取りになって、勝負あり。

 

 以下、懸命にねばる豊川を冷静に押さえて、見事久保が、3期ぶりのA級復帰を決めるのだった。

 

  (羽生善治の大悪手3連発編に続く→こちら

 

 

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京都・旅の雑ノート 鴨川近辺ブラブラ歩き&等間隔カップル「成敗」編

2021年07月14日 | 海外旅行

 前回(→こちら)に続いて、過去の京都観光戦記。

 金閣寺銀閣寺をめぐった後は、のんびりとを散策。

 私は旅行好きなバックパッカーと呼ばれる人種だが、ベタな観光地は大好きである。

 旅行者の中には、ガイドブックに載っているような場所を嫌う人もいるが、私は将棋のプロ棋士である先崎学九段の、


 
 「旅に出たら、思いっきりミーハーするのが楽しい」

 

 という言葉に全面賛成なため、ふつうにガイドブックのルート通りに歩いたりする。

 というと、よく

 

 「そんな、決められたコースだけ歩いて楽しいのか。もっとガイドブックに載ってない自由な旅を味わったらどうか、若者よ」

 

 なんて、古参バックパッカーから説教されたりするが、そこは大丈夫。

 なんといっても、私は重度の方向音痴なので、地図があろうが、ガイドブックがあろうが、スマホの案内があろうが、その通りに歩けることなんて、まずない

 結局、どこかで見知らぬ路地や裏道に入りこんでしまい、

 「強制ガイドブックに載ってない旅」

 これを余儀なくされるので、旅のバリエーションは自然に広がるのだ。

 たとえば、こんな静かな水場があったり。

 

 

 

 水を飲むと、あらゆる中2病が完治するといわれる奇跡の泉

 

 

 ルートに乗りたいのに、気がつけば、はずれてばかり。

 なんだか、自分の人生のようで、少々来し方行く末を考えさせられたりしたものだ。

 その意味では、京都で一番安心できるのは、鴨川沿いの散歩かもしれない。

 これだと道に迷いようもないし、涼しいし、河原町近辺以外は人もいなくて静かだ。

 とくには風情もあって、のんびり歩くのに最適。

 

 

 

 Uボートが静かに潜航していったあと。

 

 

 唯一のネックは、等間隔に並ぶカップル

 あれにイラついて、散歩を楽しめないというモテな……硬派な男子はおられるだろうが、それに関しては、

 

 「無視して無かったことにする」

 「口笛でも鳴らして、からかう」

 「これ見よがしに、ツバでも吐く」

 「男にドロップキックをカマす」

 

 最後のは、つまらないボケだと思われた方は多いかもしれないが、これはヨタでもなんでもなく、友人シンジョウ君が大学生のころ、本当にやっていたこと。

 彼はクリスマスになると、仲間(どんなかはお察しください)と連れ立って難波心斎橋に出かけ、そこでイチャつくカップルたちを、

 

 「成敗!」

 

 と称して、次々と「飛び蹴りの刑」に処していたのだ。

 

 

 『ダイ・ハード』最新作の舞台に選ばれた建物

 

 

 そんなことをしていいのか、ただの犯罪ではないのかと問うならば友は、

 

 「大丈夫、女の子には手を出してないから」

 

 いや、そんなところでフェミニストアピールをされても……と思うわけだが、友によると、

 

 「男同士のキックは、【会話】であって暴力ではない」

 

 との謎理論で押し通していた。

 男子に訊くと、この手の話は枚挙に暇がなく、

 

 「クリスマスに彼女と過ごす友人を後日呼び出し、延々と説教をしていた先輩がいた」

 「抜けがけしてないか、聖夜に友達の家を【見回り】してたヤツいたなあ」

 

 などなど、なにかしら、トホホなエピソードに事欠かない。

 思い出せば、街で見かけたクリスマスツリーに、回し蹴りを喰らわしてた人もいたとか、ホント色々。

 なんか、今思えば、ヒマで元気な若者たちによる

 「クリスマス大喜利

 といった様相を呈していたが、今のヤング諸君にピンとくるかどうか、下人の行方は誰も知らない。

 

 (五条ゲストハウス編に続く→こちら

 

 

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「受けの達人」の自陣飛車 大山康晴vs小林健二 1991年 第50期A級順位戦

2021年07月11日 | 将棋・好手 妙手
 「自陣飛車」というのは、上級者のワザっぽい。
 
 将棋において飛車という駒は、最大の攻撃力があるため、ふつうは敵陣で、できればになって活躍させたいもの。
 
 それを、あえて自分の陣地に打って使うというのは、苦しまぎれでなければ、よほど成算がないと選べないもので、これはいかにも、玄人の手という感じがするではないか。
 
 前回は「藤井システム」と羽生善治九段の、深い関係性を紹介したが(→こちら)、今回は、過去にもあった自陣飛車の好手を紹介したい。
 
 

 1991年、第50期A級順位戦
 
 大山康晴十五世名人と、小林健二八段との一戦。
 
 順位戦といえば、もともと注目を集める棋戦だが、この時期のA級は特にその傾向が強かった。
 
 「A級から落ちたら引退
 
 といわれていた大山が、何度もピンチをむかえながら、奇跡的なふんばりを見せ、残留し続けていたからだ。
 
 さらに、この年は一度は克服したはずのガンが再発し、その手術を受けるということもあって、ますます話題となっていた。
 
 この大山-小林戦は、そんな大山の手術前に行われた一局ということで(手術で不戦敗になるのは困るため日程を前倒しにした)、そのあたりの心理状態も、2人の間に微妙なを落としたのでは、と言われたものだった。
 
 戦型は小林の四間飛車に、大山は5筋位取り。
 
 押さえこみをねらう大山に、小林は左桂を捨てる軽いさばきから、突破口を開き、むかえたこの局面。
 
 
 
 
 
 図は小林が、▲51角成と飛びこんだところ。
 
 先手が駒損ながら、敵陣深くにが侵入し、次に▲41銀と打てばほとんど詰み形。
 
 細い攻めを、うまくつないだかに見えるが、ここで大山に力強い手が出る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △31飛と、自陣に打つのが好手。
 
 馬を逃げては勝負にならないから、先手は▲52歩とつなぐが、すかさず△33角とぶつける。
 
 
 
 
 
 病身とは思えぬ、なんとも力強い受けだ。
 
 ▲同馬△同桂で、先手の攻めは切れ筋におちいる。
 
 そこで▲45歩と突いて、△34金▲25銀と食いつくが、ガシッと△22桂と打つのが、「受けの大山」の真骨頂。
 
 
 
 
 になるので、いかにも打ちにくいが、ここさえ、しのいでしまえば勝ちと見切っている。
 
 先手も▲34銀と取って、△同桂に再度▲25銀とするも、そこで△51角と取る。
 
 ▲同歩成△同飛▲34銀△91飛と、攻め駒を、すべてクリーンアップしてしまい、受け切りが見えてきた。
 
 
 
 
 
 小林の▲93香は「最後のお願い」という手。
 
 △同飛なら▲71角があるが、次の手が大山流の決め手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 △92歩が、実に辛い手。
 
 あまり見ない形だが、これで小林に指す手がない。
 
 後手玉は周りに守備駒がいないにもかかわらず、自陣の(!)ニ枚飛車が強力で、まったく寄りつかないのだ。
 
 以下、数手で先手が投了
 
 △22桂の場面では、先手のほうにもなにかありそうにも見えるが、闘病中にもかかわらず、ガツンと△31飛という強い手を見せつけた大山の気力が、通った形になった。
 
 一方、ガッツで戦うはずの小林将棋が、意外なほどあっさり負けてしまったのは、やはり、やりにくさがあったのだろうか。
 
 もっとも大山のことだから、そんな心理状態すら、計算に入れていたのかもしれない。
 
 
 「今のオレ様に空気も読まず、本気でぶつかってくる気なんか? ファンはみんな【大山、またも奇跡の残留】を期待してるのに、ええ根性してるやないか」
 
 
 なんにしても、体調の思わしくない69歳とは思えぬ、力強い指しまわし。
 
 まさに「大山だけはガチ」なのだ。
 
 
 (久保利明の桂馬のさばき編に続く→こちら
 
 (引退をかけた当時の「大山伝説」は→こちら
 
 
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京都奈良・旅の雑ノート 金閣寺 銀閣寺 哲学の道 登場

2021年07月08日 | 海外旅行

 京都に行って、ずいぶんとなつかしい気持ちになった。

 ということで、前回は円山公園とラジオ『サイキック青年団』の思い出を語ったが(→こちら)、今回も京都っぽい観光写真を。

 

 やはり京都といえばお寺であり、定番のこんなところとか。

 

 

 

 京都一生懸命大学の研究で、この建物が金色に見える人は、通常より約25%ほど好色であるというデータが出ている。

 

 

 全部がというのがいい。

 タイなど、東南アジアではめずらしくないが、「陰翳礼讃」の日本で、この金一色はすばらしい。

 なんとも笑える。明らかに「取りに行って」いる。

 子供のころ見たアニメ『一休さん』では、やたらと声の高い足利義満が住んでいて、そのイメージがあるせいかもしれない。

 かように、すばらしい金閣寺だが、日本ではなぜだか銀閣寺の方が人気が高く、よく、

 

 「成金趣味の金閣寺より、わびさびは銀閣寺のほうがあるよね」

 

 みたいな意見は聞くもの。

 言いたいことはわかんなくもないけど、銀閣寺ってけっこう貧相だし、少なくとも

 

 「金閣寺より、上っしょ」

 

 なんて、「どや」顔するほど、勝っているとも思えんわけなのだ。

 まあ、私は遺跡には荘厳さよりも、「笑える」を重視しており、

 

 アンコールワット(レリーフや壁画が「ボケてくる」ので笑える→こちら

 タイの寝釈迦(偉い人なのにリラックスして笑える→こちら

 エジプトのピラミッド(でかすぎて笑える→こちら

 トルコのブルーモスク(ロボットに変形しそうで笑える→こちら

 

 などは、それを満足させてくれたが、その意味でも銀閣より金閣派である。

 

 

 

 

銀閣寺につながる「哲学の道」。
988年京都国体における「のび太ボーリング」の会場にも選ばれた。

 

 

 金閣寺といえば思い出すのは、高校のころの友人タミコちゃん。

 彼女は三島由紀夫の『金閣寺』を読んで、

 

 「すごいよね、あの小説。同性愛の男の子が、ヒステリー起こして寺を燃やすねんで」

 

 これには、まわりの子たちも、

 

 「どんな小説や!」

 「そんな文学あるかあ!」


 
 なんて笑ってたけど、彼らは読んでないから知らないだけで、本当にそんな話なんだよなあ。

 てか、三島自体が、まあそんな人やし。

 青島幸男さんなんて、割腹自殺について、

 

 「知的なオカマのヒステリー」

 

 とか、ミもフタもない言うてはったし。今なら炎上しそうだ。

 タミコちゃんは、

 

 「よりにもよって、な小説を選んでもうたなあ」

 

 なんて笑ってたけど、いや、「文学」って、結構どれもあんな感じッスよね。

 

 

 京都らしい、黒糖棒を使ったお菓子の家

 

 

 ゲーテの『若きウェルテルの悩み』なんて、「純愛もの」あつかいだけど、女の子を踏み台にした

 

 「自分大好き、超絶ナルシスト小説」

 

 にしか読めないし、ドストエフスキー罪と罰』のラスコーリニコフはただの中2病だし、『舞姫』なんていけ好かないオッサンの

 

 「若いころは外国の女コマした自慢

 

 芥川龍之介の『羅生門』なんて、もともとのテーマは、

 

 「高校デビュー」

 

 をあつかった短編なのだ。

 田山花袋布団』とか、谷崎潤一郎痴人の愛』とか、ただの

 

 「シチュエーション・プレイ体験記」

 

 風俗レポート記事か! 

 日本の私小説って、こういうの多いよなあ。文学は楽しいよ。

 

 

 

 

『けいおん!』の桜が丘高校のモデルとなった建物

 

 

 まあ、文学にかぎらず芸術というのは、ストリップというか、

 

 「さあ、このわたしの恥ずかしい姿を見てちょうだい!」

 

 それで称賛したり、嘲笑したり、感動したり、ズッコケたりすることを望んでいるわけで、タミコちゃんの感想は、別に的外れでもなんでもないのである。

 

 (つづく→こちら

 

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「藤井システム」のマスターピース 佐藤康光vs羽生善治 1995年 第8期竜王戦 第3局

2021年07月05日 | 将棋・名局

 「藤井システムには、羽生善治の影響がある」

 

 というのは、よく言われることである。

 これは勝又清和七段の将棋講座や、なにより藤井猛九段本人が、ネット中継のトークなどで、何度も披露している話。

 ここで興味深いのは、藤井はほとんど自力で「システム」を構築し、「升田幸三賞」を受賞しているが、羽生は「歴史的名手」にかけては、それこそ数えきれないほど披露しているものの、新手や新戦法、いわゆる

 

 「羽生システム」

 「羽生流○○戦法」

 

 のようなものは発明してないし、升田幸三賞にも無縁である。

 これは芸術の世界などでよく言う、「から」と「から10」のちがいというもので、将棋界ではよく

 

 「創造型」

 「修正型」

 

 という言い方をするが、その意味では藤井は「創造型」の天才で、羽生は「修正型」の天才。

 この2つが、かみ合ったときに起る化学反応は、それはそれはすごいもので、まさに歴史を変えるほどの爆発力を発揮するのだ。

 前回は、丸山忠久九段の見せた「激辛流」を紹介したが(→こちら)、今回は「システム前夜」の、ある将棋を見ていただきたい。

 

 1995年の第8期竜王戦

 羽生善治六冠(竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王)と佐藤康光前竜王(当時は名人か竜王を失冠した棋士は「名人」「竜王」と呼ぶ、変な忖度があった)の7番勝負、第3局

 後手番羽生の四間飛車に、佐藤康光は得意の穴熊にもぐる。

 

 

 

 序盤で、まだ淡々と駒組が進みそうな局面に見えるが、ここで将棋界の大革命を誘発する手が飛び出す。

 

 

 

 

 

 △93桂と跳ねるのが、おもしろい一手。

 今なら、三間飛車における「トマホーク」や、関西の宮本広志五段が披露して、有名になった端桂のようだが、その元祖ともいえるのがこれ。

 

 

 

 2014年の第73期C級1組順位戦。永瀬拓矢六段と宮本広志四段の一戦。

 オーソドックスな対抗形から、▲25歩、△同歩、▲17桂と、宮本が端桂から突然に襲いかかる。

 玉頭戦になれば、深い位置の▲39玉型が働く形で、以下バリバリ攻めて強敵を圧倒。

 

 

 この形自体は、さかのぼれば林葉直子さんや、部分的には大山康晴十五世名人なんかも指してはいるけど、主に左美濃矢倉に対してで、居飛車穴熊相手にというのは存外見たことがない。

 以下、▲88銀△85桂と早くも飛び出して形を決めたあと、そこから一転、攻めるのではなく石田流に組み直し、じっくりと腰をすえる。

 

 

 

 意図としては、常に端攻めがある状態にして、先手にプレッシャーをかけようということだろう。

 たしかに、いつでも△96歩△97桂成がある状態だと、桂香を渡しにくいし、角筋にも注意を払っておかなければならない。

 穴熊得意の「自陣を見ずに攻める」展開にさせないということだ。

 そこから左辺で戦いがはじまり、後手はねらい通りに手をつける。

 もみ合っているうちに、むかえたのがこの局面。

 

 

 

 角銀交換で後手が駒損しているが、△85桂のボウガンが急所に刺さっており、強烈きわまりない。

 ▲98金と逃げても、△97歩など次々に追撃が来て、とても保たない形。

 まともな受けではどうしようもなく、アマ級位者レベルなら後手必勝といってもいい局面に見えるが、ここで佐藤康光が指した手がすばらしかった。

 

 

 

 

 

 ▲86金と上がるのが、ちょっと思いつかないしのぎ。

 これがならだれでも指すが、「ナナメに誘え」のを行くこの金上り。

 まさに、先入観にとらわれない指し手が武器である羽生の、お株を奪うかのような絶妙手だった。

 △97桂成には、▲98香の真剣白刃取りで、それ以上の攻めはない。

 

    

 後手はを攻めたからには、どこかで△96香と走りたいが、その瞬間に▲93角が一撃必殺で、ほぼ即死

 となると、これ以上の攻めがないのだ。

 △93桂から端の速攻という構想を、木っ端微塵に打ち砕かれた羽生。

 △63歩▲67飛に、△84歩を支えるが、△97にダイブできるはずの桂を、こうして守るようでは明らかに変調だ。

 佐藤は▲55角と急所に据えて、△28飛の打ちこみに▲74桂が、美濃囲いの急所であるコビンを攻める痛烈な一打。

 

 
 

 美濃囲いが、この角桂のスリングショットを、モロに食らっては受けがない。

 △同歩に、▲91角成

 △97銀と後手も必死に迫るが、かまわず▲93角と、これまたド急所の一手。

 

 

 

 △62玉▲84角成が胸のすく王手で、△73桂と合駒するしかないが、▲85金桂馬を取りはらって盤石。

 そこで△68飛成は、▲同金なら△98銀打で詰みだが、▲同飛が飛車の横利きで、▲98の地点を守ってピッタリ。

 しょうがない△29飛成に、▲98香で見事な受け切り。

 

 

 2枚のの圧力がすさまじく、挽回のすべもないまま羽生は完敗した。

 いかがであろうか、この将棋。

 羽生の△93桂からの趣向はおもしろかったが、佐藤康光はそれを完膚なきまで、叩きのめしてしまった。

 だがこの将棋は、単に振り飛車の敗局として、埋もれてしまうわけではなかった。

 藤井猛九段が、この将棋をひそかにチェックしていたからだ。

 当時の藤井システムはまだ未完成で、いくつかの「課題局面」を突破できずに悩んでいたが、なんとこの一局が、その突破口になったというのだ。

 それこそが、羽生の見せた「△93桂」の端ジャンプ。

 この手自体は、佐藤康光の剛腕によってはばまれたが、

 

 「居飛車穴熊相手に、早く桂馬を跳ねて速攻

 

 という、藤井システムのキモともいえる発想は、この将棋に大きな影響を受けたそうなのだ。

 また、△71玉型が、戦場に近くて反撃がきびしかったなら、

 

 「じゃあ、最初から居玉でよくね?」

 

 これら、「システムへの羽生善治の影響」というのは、藤井本人が各所で語っているところである。

 この将棋が1995年の11月7日。

 そして翌月の12月22日。

 

 

 

 B級2組順位戦の対井上慶太六段戦で、藤井システムの「完成形」がお

目見え。

 将棋界に革命が、勃発することになるのである。

 

 (大山康晴の晩年の受け編に続く→こちら

 (藤井システムと「一歩竜王」については→こちら

 

 

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京都・旅の雑ノート 円山公園と「サイキック青年団」と、新世界の都市伝説

2021年07月02日 | 海外旅行

 京都に行って、ずいぶんとなつかしい気持ちになった。

 ということでこのところ昔、京都に遊んだ写真を紹介しており、前回は古本市で見つけた、軍国主義時代の絵物語を紹介したが(→こちら)、せっかくなのでベタな観光写真も見てみたい。

 円山公園はラジオ『サイキック青年団』のイベントがあったり、また阪急河原町駅から近いこともあって、よく寄ったもの。

 

 

 

 量子お手玉を披露する大道芸人。

 

 

 『サイキック青年団』とは、関西ローカルの深夜ラジオ番組。

 北野誠さん、竹内義和さん、それに朝日放送のディレクターである板井昭浩さんが、芸能ゴシップを中心に、政治経済からプロレス

 他にも、映画アイドルオカルトなどなどサブカルチャー全般をあつかった、今でいうネット文化のはしりのような内容だったのだ。

 この円山公園で思い出深いのが、竹内アニキが紹介していた都市伝説

 大阪の新世界名物である串焼きが、なぜ、うまいのかというものであった。

 新世界とは、かつては昭和の空気を色濃く残す、雑多な下町

 地元の大阪人でも、合う合わないが分かれるという、戦後の闇市というか、マッドマックスというか、ここで育った作家である田中啓文さんをはじめ、

 

 「朝、通学路によく、道端で死んでるオッチャンを見かけた」

 

 というような、まあそういうところなのである。

 

 

 

 京都のご当地アイドル「Shira-byo-shi」の握手会に並ぶファンの方。

 

 

 特に、は寒さをしのげなかった人が、朝方に凍死していることがよくあり、そういった人を集めて「調理」していると。

 


 「だから、新世界のお店は、みんなお肉がおいしいんですわ」


 

 んなアホなという話だが、竹内アニキは真剣に、

 


 「ホントなんですよ。実際、ボクの知り合いが見たんですけど、近所のホルモン屋のオヤジが、死体の両足を肩にかかげて、倉庫の中に入っていったんですよ」


 

 いい大人が、まるで世界の真理でも語るかのごときおももちで、そんなことを言うゆかいなマヌケさが、アニキのである。

 そのときのゲストが、大槻ケンヂさんだったか大川総裁だったか忘れてしまったが、さすがに、

 

 「なに言うてはるんや、この人は?」

 

 そら、あきれもしますが、アニキはまったく気にすることもなく、

 


 「ホントなんですよ。調べればわかりますけど、寒波が来た次の日の新世界の串焼きは、いつもよりおいしいんですよ!」


 

 こういうのは、ファクトがどうとか、信憑性がどうとかよりも、

 

 「おもしろい方を採択する」

 

 というのが「正解」であるため、私は今サンテレビの朝に再放送している『じゃりン子チエ』を見ながら、

 

 「そっかー、チエちゃんが毎日焼いてるホルモンは、あれ労務者とか乞食のオッチャンの肉なんやなあ。だから店も流行ってるんやあ」

 

 なんて、モーニングコーヒーを楽しんでいるのだ。

 

  (続く→こちら

 

 

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