幼年期の終り 里見香奈vs清水市代 2007年 倉敷藤花戦 挑戦者決定戦

2023年04月09日 | 女流棋士

 アベマの「女流ABEMAトーナメント2023」は大変おもしろかった。

 ということで、先日から伊藤沙恵女流三段中村真梨花女流三段など女流棋士の将棋を特集しているが、今回は里見香奈女流五冠

 それも、めずらしい大ポカについて見ていただきたい。

 

 2007年倉敷藤花戦挑戦者決定戦

 清水市代女流王将と、里見香奈女流初段の一戦。

 このときの里見はまだ10代で、前年のレディースオープントーナメントでは、まだ中学生ながら快進撃を見せ、決勝三番勝負に進出。

 矢内理絵子女流名人相手に初戦を勝利したときには、その強さと、セーラー服で戦う初々しさ、また「史上最年少優勝」の記録がかかっていたこともあいまって、

 

 「新スター誕生」

 

 との空気一色だったが、残る2戦では先輩に意地を見せられて準優勝に終わった。

 だが里見の強さは本物であって、翌年には女流王将戦挑戦者決定戦に進出。

 このときは清水市代女流王位に敗れてタイトル戦登場を逃すが、すぐさま倉敷藤花戦でも挑決に。

 相手が、またしても清水市代女流王将とくれば、里見からすれば願ってもない舞台であり、大いに気合も入ったろうが、なんとここではそれが大空回りを演じてしまう。

 戦型は里見のトレードマークともいえる中飛車に対して、清水はをくり出して押さえこみを図る。

 

 

 まだ序盤のなんてことない局面で、まあ△14歩とか△53銀とかで待って、▲25金なら△74飛で揺さぶっていけば、くらいが私レベルでも思い浮かぶところ。

 いや「出雲のイナズマ」はいきなり△56歩なんて考えるのかな? 角交換すれば△39角があるから意外と……。

 なんてアレコレ考えるところだが、次の手が目を疑う一着だった。

 

 

 

 

 

 △44角が、まさかという大ポカ。

 こんなん見たら、思わず「?」と身を乗り出しますわな。

 言うまでもなく、▲25金飛車がお亡くなりになっている。

 将棋の世界では相手から「ここに指せ」と命令されて指したような大悪手のことを「ココセ」というが、自ら飛車の退路を封鎖してしまい、まさにその典型ではないか。

 ▲25金には△同飛と切り飛ばして、▲同飛△48金と打てばを取れそうだが、そこで▲45歩と突くのがピッタリの切り返し。

 

 

 

 どこまでいっても、△44ヒドイ位置になっている。

 △33角と逃げたところで、▲46銀とかわして、このまで空振りさせられては大差になった。

 初の檜舞台を目前にしながら、こんな内容の将棋で敗れた里見は泣いた

 『千駄ヶ谷市場』でこの将棋をレポートした先崎学九段は、

 


 投了するや、里見は泣いた。さすがに涙がこぼれるまえに席を立ったものの、戻ってきた時の目は真っ赤だった。


 

 と書いているが、当時の写真だと里見がタオルのようなもので顔を覆っているシーンもあり、ウィキペディアにも感想戦ができないほど泣き崩れていたとあるから、そこは先崎流の「武士の情け」なのかもしれない。

 そんな里見は翌年、またも倉敷藤花戦で勝ち上がり、甲斐智美女流二段を破ってついに挑戦権を獲得。

 三番勝負でも、清水市代倉敷藤花を今度こそ倒し、見事初タイトルを獲得。

 輝かしい「里見時代」の第一歩を踏み出すことになるのだ。 

 

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マリカ様が攻めてる 中村真梨花vs上田初美 2012年 女流名人戦A級リーグ

2023年04月03日 | 女流棋士

 アベマの「女流ABEMAトーナメント2023」は大変おもしろかった。

 団体戦というのは、以前の森内俊之九段近藤誠也七段のような大車輪の活躍を見せる人もいれば、に乗れないまま終わってしまう人もいて、そのあたりのアヤも勝敗にからんでくる。

 今大会で、なかなか爆発できなかったのが「チーム加藤」の中村真梨花女流三段

 手が震えて駒の持ち方が不器用に見えたところなどから、相当に緊張していることがうかがえた。

 私としては、ここで彼女の攻めの強さを期待していたもので、その名も「マリカ攻め

 腕力ある振り飛車に定評があり、あの森内俊之九段や、郷田真隆九段からも「期待している」と言われるほどの逸材。
 
 チャンスはありながら、タイトル獲得こそ逃しているものの、その臆することない将棋への姿勢と、研究熱心さから、もっと活躍していい棋士の一人だ。

 そんな彼女が得意とする「マリカ攻め」については、実例を見ていただくのが早いだろう。


 2012年女流名人戦A級リーグ

 上田初美女王と、中村真梨花女流二段の一戦。

 この期は上田も中村も星が伸びず、共に4勝で、残留が決まってないどころか、中村は負ければ、ほぼ即落ちという崖っぷち。

 タイトル保持者と、これからトップをねらおうかという若手がこれとは、少々さびしいが、ここで中村はそんな雰囲気を払拭する迫力を見せる。

 


 図は中村得意の振り飛車から、飛車交換になり、上田が自陣飛車を打って局面をおさめているところ。

 後手は飛車を持っているが、先手陣に打ちこみのスキがない。

 手がなさそうに見えるが、ここから中村がすごい突貫で先手陣を破壊してしまうのだ。

 

 

 

 


 まず△69角と打つのが、「マリカ攻め」の序章。

 これがボンヤリした手に見えて、おそろしいねらいを内包している。

 なんか工夫すれば、うまく取れそうだけどなーと、とりあえず△14角成を防いで▲25歩とでもすると、すでに術中にハマっている。

 『将棋世界』でこの将棋を取り上げた青野照市九段によると、すかさず△78角成と切って、▲同玉△26歩で後手有利に。

 


 放っておけば△27金で飛車が死ぬが、▲同飛には△35金

 ▲38金と受けても、△27金とカチこんで、▲同金△同歩成▲同飛△58飛王手銀取りで突破される。

 そこで上田は、飛車道を通したまま▲16歩と突く。

 

 △14角成には▲15歩から圧迫していく意図だが、すでに臨戦態勢の中村真梨花は、そんな場所は見ていないのだった。

 

 

 

 


 △95歩と、ここから手をつけるのがマリカ流。

 普通はどう見ても、居飛車側から▲95歩と端攻めするのがセオリーだが、そこを掟破りの逆パンチ。

 ともかくも▲同歩と取るが、すかさず△98歩とタタいて、▲同香△78角成▲同玉△99金(!)。

 


 すごいところから手を作るもので、こんな強引な突破がプロに通じるのかと言えば、これが案外とうるさいというのだから、中村の腕力はすさまじい。

 平凡な▲88玉は、△98金▲同玉△78飛で、△96香がきびしく後手指せる。

 ▲97香と逃げても、△98金と引いて、次に△99飛で受けにくい。

 これでペースをつかんだ中村は、最後の寄せに入る。

 

 

 


 私ならなにも考えずに△69飛と打ち、▲78玉▲79金△49飛成としてしまいたくなるが、それは▲59金で様子がおかしい。

 

 

 

 

 こういう、勝てそうなところで、自然な手だと案外寄らないというのはよくあることで、才能が試されるともいえるが、中村はここから、うまく仕上げてしまう。

 

 

 

 △68飛、と打つのが決め手。

 なんだか気の利かない手に見えるが、これが青野も、

 


 「打つ場所を間違えたか、手がすべったのではないかと思ったのだが、これが妙手だった」



 
 
 先手が▲78金と受ければ、そこで△69飛成とし、▲79金打2枚を使わせれば、そこで悠々△49竜と取ればいい。

 また、▲59金とこちらから受けるのも、△78角▲79玉△67角成とすれば、△62が働いて寄る。

 

 

 

 そこで上田は▲79金と受けるが△98角が、すばらしい切れ味。

 

 

 


 ▲同玉は、△95香▲89玉△77桂不成でピッタリ詰み

 本譜の▲99玉にも、△95香で受けなし。

 いかがであろうか、この「マリカ攻め」。

 そりゃ、こんなすごい手をバシバシ見せられたら、そりゃ森内や郷田というトップ棋士も目を付けますわ。

 こんなに強いのに、中村にまだタイトルがないというのが、不思議で仕方がない。

 2012年の第34期女流王将戦では、里見香奈相手に先勝しながら、逆転されてしまったのは残念だった。

 これだけの魅力的な攻めは、もっともっと語られてほしいので、ぜひとも中村女流三段には、もう一度タイトル戦の大舞台に登場してほしいものだ。

 


(女流棋士の将棋についてはこちら

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シュレディンガーのチョコパフェ 伊藤沙恵vs石本さくら 2020年 第2期ヒューリック杯清麗戦

2023年03月28日 | 女流棋士

 アベマの「女流ABEMAトーナメント2023」は大変おもしろかった。

 個人戦では負けるイメージがない里見香奈西山朋佳の現在「2強」が1回戦で敗れるなど、一筋縄ではいかない大会。

 テニスデビスカップや、学生将棋のレポートを読むのが大好きな「団体戦萌え」としては、将棋の内容だけでなく、ドラフト会議のやりとりや山根ことみ女流二段をして初戦負けの後、

 

 「西山さんに、3局目を指してもらえなかったのが悔しい」

 

 と言わしめたような、「オーダー組」の妙や駆け引きもまた、個人戦にはない楽しみなのである。

 だいぶ前から「将棋でも団体戦やってよ!」と思っていたとしては、もうルンルンというか「ワシが育てた」という感じで、コメントやSNSなどが盛り上がっているのを見ると、

 

 「民どもよ、余の大会を大いに楽しむがよいぞ」

 

 という気分で、鼻高々なのである(←オマエだれだよ)

 というわけで、今回は熱戦を見せてくれた女流棋士特集。

 まずは私もその独特の玉さばきのファンである、優勝チームのリーダーから。


 
 2020年第2期ヒューリック杯清麗戦

 伊藤沙恵女流三段石本さくら女流初段の一戦。
 
 先手になった石本の石田流対伊藤の銀冠から、激しくねじり合って最終盤。

 

 

 

 図は石本が▲32金を取ったところで、ここではすでに振り飛車が勝勢

 なら、あとはどう決めるかだが、先手の美濃も食いつかれているうえに端歩が突いてないためせまくて、プレッシャーをかけられている。

 このあたり、アベマトーナメントでも見せた伊藤流の逆転術が発揮されているが、次の手もまたしぶといのだ。

 

 

 △41桂と打つのが、手筋の犠打

 これが恐ろしいで、ウッカリ▲同金などと取ると攻め駒のが遠ざかるため、その瞬間に△39銀打とされてしまう。

 そこから決めるだけ決めて、最後△49との流れでを取り、必至をかけられて先手が負けてしまうのだ!

 こういうところが評価値では測れない終盤戦のむずかしさで、竜取りもかかっていたり、特に秒読みだと「先手勝ち」と言われても、なかなかうまくもいかないもの。

 伊藤もそれはわかっているから、あれこれとねばるわけで、石本は試されているところでもある。

 ここは迷う。冷静に▲22角成詰めろだが、もし読み抜けがあれば、取り返しがつかないおそれがある。

 ならばと一回▲58竜自陣を楽にする手も見え、なんにしても、駒がゴチャゴチャしていて、どこにが空いてるかを読みつぶすのは困難極まりない。

 地雷原の真っただ中、石本は▲23銀から寄せに入り、△同玉に▲22角成

 △14玉▲33馬。一番シンプルなせまり方で、いわゆる「これで勝てれば話は早い」という手順。

 伊藤は一回△39銀打と王手して、▲18玉

 


 さあ、ここである。
 
 先手玉に詰みはなく、後手玉は▲26桂△25玉▲34馬までの詰めろ。
 
 △33桂をはずしても、やはり▲26桂△25玉▲33竜として、△34の地点を受けても、▲42馬の応援があって、後手に受けはない。
 
 守備駒を足す場所もなく、絶体絶命に見えたが、ここで伊藤がギリギリの返し技を見せる。

 


 
 

 

 
 △26桂と打つのが、まさに、


 
 「敵の打ちたいところに打て」


 
 というアクロバティックなしのぎ。
 
 ▲同歩しかないが▲26桂の筋が消えたので、そこで△33桂と取って、きわどく耐えている。

 土壇場でを連打する伊藤に、石本も懸命にしがみつく。▲46馬と質駒のを補充して、△同飛▲16歩が接近戦特有の突き上げ。

 

 俗に詰められた方の端歩を突いて逆襲するのを「地獄突き」なんていうが、玉頭からのそれなど、ふつうはありえない。

 とは言え「取ってみろ!」とやられると、△同歩▲15歩△同玉▲27桂▲55竜の筋が怖すぎて、とても指せないだろう。

 とっ散らかりすぎた局面を前に、もうなにが正義かわからないが、ここで落ち着いて△26飛と活用したあたりで、どうやら逆転していたようだ。

 以下、▲15歩△同玉▲16歩△同飛▲17歩

 

 

 石本も懸命にふんばってきたが、ここでは後手が勝ちになっている。

 先手玉に詰みがあるからだ

 

 

 

 

 △28銀成▲同玉、△39角▲18玉△17角成▲同桂△同飛成▲同玉

 飛車角も全部ぶった切って、局面を整理していく。

 おたがいの玉がツノを突き合わせているが、ここでは手番を握っている後手が勝ち。

 △25玉の空き王手に、▲28玉△39角まで、石本が投了

 「中段玉のスペシャリスト」である伊藤の腕力が発揮された、実におもしろい終盤戦であった。お強い。

 

 (伊藤沙恵のさらなる強靭なねばりはこちら

 (大逆転を生んだ伊藤沙恵の勝負手はこちら

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「女性棋士」誕生の新しい風 里見香奈vs高崎一生 2019年 NHK杯戦

2022年09月21日 | 女流棋士

 「ホッとする瞬間」というのがステキだと思う。

 「女性のどんなところに、《いいな》となるか」

 というのは男同士での酔談に、よく出るテーマである。

 寝顔がカワイイという人もいれば、石鹸香水のにおいにポーっとなったり、眼鏡美人や、CAさんに看護師さんの制服など「装備」に惹かれるパターンもある。

 なんて、男子にはそれぞれこだわりがあるわけだが、これが私の場合はこないだも言った、

 「女の子が、安堵の表情を浮かべる瞬間」

 先日は、スランプを乗り越えた大坂なおみ選手が見せた

 

 「よかったぁ……」

 

 とホッとした姿にキュンときた話をしたが、他にも色々とあるもの。

 

 たとえば2019年NHK杯将棋トーナメント。高崎一生六段里見香奈女流五冠との一戦。

 相振り飛車から、むかえた中盤戦。

 

 

 

 

 高崎が、をからめて後手玉に殺到しようというところ。

 飛車に、まで目一杯使う、矢倉戦のような攻めだが、これがなかなかにウルサイ。

 単純な△83銀はいかにも薄くて、▲84銀で簡単にツブレ

 △83角のような受けでも、▲84銀(▲84飛もありそう)と出て、△65角▲同桂△53銀当たりで幸便と、端のアヤもあって、なんのかの手にされそう。

 こうなると、玉から離れた金銀が哀しいことになってしまうが、ここで里見は強手を見せて、見事にしのいでしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 △74角と打ち返すのが、里見の力を見せた強防。

 ▲同銀、△同歩に▲同角は、△83銀打とはじき返して崩れない。

 高崎は▲74同銀、△同歩に▲75歩と突くが、△95歩と取って、▲74歩△83香と空間を生めて、先手の攻めは切れてしまった。

 

 

 

 

 以下、リードを奪った里見が、丁寧な指しまわしでまとめて制勝

 スポーツの試合などと違って、将棋の世界ではこういうとき、歓声を上げたり、「よっしゃ!」とガッツポーズしたりする姿を見ることはない。

 激戦の熱も冷めやらないうえ、勝っても露骨には喜ばないのが、この業界の暗黙マナー

 だから、最初は緊張にこわばっていた里見だったが、少し感想戦のやり取りをしているうちに笑顔がこぼれてきた。

 これがまた、とってもステキだったものだ。

 男性棋士を、それも高崎六段のような実力者をNHK杯という大舞台で破るということは、やはり女流棋士にとって大きな仕事である。

 それゆえに闘志も並ではなかったろうが、そこを乗り越えたときに見せた、里見さんの安堵の表情にシビれた。

 なんか、いいなあ。ため息出ちゃうよ。

 現在、里見さんはプロ編入試験の真っ最中。

 彼女の実力実績をもってすれば、充分すぎるほど合格の可能性はあるが、相手もバリバリの新四段たちであるし、なによりプレッシャーはハンパないほど、かかっていることだろう。

 結果がどう出るかは神のみぞ知るで、私はただ彼女が力を出し切れること、そして、まだまだ閉鎖的な将棋界に新しい風を吹かせてくれるよう、静かに祈るのみである。

 

 

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歌おう、感電するほどの喜びを! 伊藤沙恵vs里見香奈 2017年 第28期女流王位戦 第4局 その2

2022年02月26日 | 女流棋士

 前回(→こちら)の続き。

 2017年の第28期女流王位戦

 里見香奈女流王位と、伊藤沙恵女流三段の5番勝負、第4局は最終盤に突入。

 

 

 伊藤の手番で、後手玉を一気に襲ってしまうか、それとも一回受けておくか。

 悩みどころで、里見は▲67銀と受けられる手を気にしていたそうだが、伊藤は▲83歩と、思い切って寄せに出る。

 △同玉に▲33角成と切り飛ばして、△同金に▲75桂

 

 

 

 お手本通りの攻め筋で、これで決まれば、もちろん文句なしだが、こういう華麗な順というのは、うがって見れば「軽い」という側面もあったりする。

 その通り、里見はここをねらっていた。

 ▲75桂、△82玉、▲84飛の飛び出しに、△83歩なら▲61飛成として必至だが、ここで後手に△93玉とかわす手があった!

 

 

 

 これが里見の張っていたで、▲61飛成△84玉と、こちらの飛車を取った手が、詰めろのがれの詰めろになり、先手負け。

 われわれアマチュアは駒落ちの下手で、上手にこういう手を指されてまくられるという、トラウマを刺激されるのではあるまいか。

 敵の攻めをギリギリまで引きつけての、あざやかな「ひらりマント」で、一瞬にして態勢が入れ替わった。

 里見の実力を見せた場面で、この手が見えていなかったのか、伊藤は▲86飛と引くが、最終盤での読み負けは、あまりにも致命的。

 

 

 

 △85銀と押さえられては、局面的にも、手の流れ的も、先手が必敗である。

 ここで▲61飛成は詰めろになっておらず、△86銀で先手負けだし、▲76飛と切る順も、先手玉が薄すぎて勝ち目はない。

 伊藤は▲85同飛とこちらを取って、△同角▲61飛成とするが、△86角▲77桂△88飛、▲78歩

 利かすだけ利かしてから、△75角桂馬を取る。

 

 

 

 

 これが、自陣を安全にしながら、△67銀からの詰めろで、先手先手と、こんな攻防手を連打されるのは、玉頭戦の典型的な負けパターン。

 出血の止まらない伊藤は、それでも▲85桂と取り、△同飛成に▲71角の王手と、懸命の喰らいつき。

 攻めながら、3筋、4筋にも大きく利かして、なんとか劣勢を跳ね返そうともがくが、△82銀先手で当てて受けられては、万事休す。

 

 

 

 ▲72竜は、△71銀と取られて負け。
 
 かといって、▲82同角成とせまっても、△同玉でも△同竜でも、8筋の威力が強すぎて、後続はない。

 控室では、立会人の武市三郎七段が、主催紙の記者に

 


 「里見さんが勝勢です。ここで伊藤さんが投了してもおかしくはないですね」


 


 たしかに、先手から攻めも受けも、これ以上の手は無いように見える。

 だが、執念の伊藤は、まだあきらめてはいなかった。

 里見が最後、△93玉という手をねらっていたのなら、伊藤もまた、ここで、すさまじい手をひねり出してくるのだ。

 

 

 

 

 ▲76銀と打ったのが、初タイトルに懸ける捨て身の勝負手。

 タダ捨てのだが、いかにもアヤシイ手である。

 △同竜なら、8筋から竜がいなくなるから、▲72竜と開き直ろうということか。

 ただし、その瞬間、先手玉が詰まされても、文句は言えない形であり、また里見にはこのとき、まだ7分も時間が残っていた。

 おそらく伊藤も、そこはなかば、覚悟を決めていただろう。

 銀を取って勝ちに行くか、それとも、落ち着いて受けに回るか。

 里見はここで6分を投入して△76同竜と取った。

 しっかりと読みを入れて指したはずだったが、なんとこれが敗着になった。

 正解は冷静に△61銀と、こちらの竜を取っておく手。

 ▲85銀と取るしかないが、△71銀と、自陣にせまる駒をクリーンアップしておけば、伊藤の攻めは切れており、投げるしかなかった。

 もちろん、里見だってそんなことを百も承知だったが、そこをあえて踏みこんだのは、先手玉に詰みありと見たからだ。

 ▲76銀△同竜▲72竜に、△57角成から仕上げにかかるが、▲同玉△45桂▲46玉で、里見の手が止まる。

 まさか……。

 

 

 

 このときの里見は、どんな表情をしていたのだろうか。

 △45桂に最後の1分を使っているだけに、そこで気がついたのかもしれない。

 そう、先手玉には詰みがないことに!

 里見の読みでは、△45桂、▲46玉に、△55金と打つ。

 ▲同玉、△65竜、▲46玉、△57銀、▲35玉、△37桂成まで、防衛が決まったと。

 ところが、ここに信じられない穴が開いていた。

 △37桂成の空き王手には、▲55角と合駒するのが、唯一無二のしのぎで、先手玉は逃れている。

 

 

 ここをを打つと、△同竜、▲同歩、△34銀(金)まで簡単だが、頭の丸い角だと詰まないのだ。

 △43桂と追っても、▲45玉で、ギリギリ刃先は届かない。

 そう、これこそが「中段玉のスペシャリスト」伊藤沙恵が見せた、必殺の玉さばき。

 先とは逆だ。今度は伊藤から、最後の最後に用意された落とし穴に、最強里見香奈が、まんまと足を踏み入れてしまったのだ!

 目の前が真っ暗になったろう里見は、△55金に変えて△83金と手を入れるが、これは受けになっていない。

 以下、▲61角△74銀▲82角成△84玉▲83馬と、ボロボロ駒を取られて、まさかの大逆転

 最後はワーテルローもかくやの大敗走だが、投げきれない里見の無念も伝わって、決して「棋譜を汚す」という手順ではない。

 こうして、最後の最後で勝負師的な一発を入れて、フルセットに持ちこんだ伊藤の底力には大感動。

 このシリーズは最終戦に敗れるも、私が常々、さえぴーが無冠なのは「たまたま」であって、タイトルを取るのは時間の問題と言っていたのも、ご理解いただける一局であろう(棋譜は→こちら)。

 そうして、このたびめでたく、女流名人を獲得することができた。

 私は、これまた常々、

 「ひとつとれば、2つ3つと転がっていくのは目に見えているわけで」

 とも言っているので、きっとこのあとも、二冠三冠と雪だるま式に増えていくだろうから、それを見守るだけなのだ。

 さえぴー、おめでとう! まだまだ、これからも、どんどんタイトル取っていってね!

 もちろん、里見さんも。これからも、みんなで女流棋界を盛り上げて下さい。期待してます。

 

 (阪田と関根の「角落ち」編に続く→こちら

 (こちらも大熱戦の伊藤と里見の第2局は→こちら

 

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9度目の正直 伊藤沙恵vs里見香奈 2017年 第28期女流王位戦 第4局

2022年02月25日 | 女流棋士

 伊藤沙恵女流名人が誕生した。

 これまで8度、タイトルに挑戦しながら、いずれも惜しいところで敗れてきた伊藤だったが、9度目の挑戦にして、宿敵である里見香奈3勝1敗で勝利。

 ついに、念願の初タイトル獲得に成功したのだった。

 その独特が過ぎる将棋に惚れ、さえぴーファンを公言する私としては、とてもよろこばしい結果。

 またそうでなくとも、実力のある者が、それに見合う対価を得ていないというのは、なんとなくモヤモヤするもので(だから稲葉陽も早くタイトルを取るのがいいぞ)、その意味でも、よかったんではないかと。

 まあ、私は里見ファンでもあるというか、西山朋佳さんとか、加藤桃子さんとか。

 今、第一線で活躍している女流トップはだいたい応援してるので、だれが勝っても、うれしさと複雑さが同居してしまうのだが、今回ばかりは

 「さえぴーに勝たせてあげて!」

 判官びいきバリバリでした(里見さんゴメンね)。

 実を言えば、シリーズ開幕前、さえぴーの名局を紹介して(→こちら)、「今回こそ」と気合も入れた私は、もしこの度、見事に女流名人を取ることができたなら、彼女の将棋を紹介しようと、温めていた一局があった。

 そこで今回は、それを見ていただきたい。

 そのため、観戦記の載っている『将棋世界』もちゃんと買い直してきたくらいだから、我ながらファンの鏡であるなあ。

 
 2017年の第28期女流王位戦

 里見香奈女流王位と、伊藤沙恵女流三段の5番勝負は大激戦となった。

 おたがいに先手番を取り合って、里見の2勝1敗でむかえた第4局

 カド番の伊藤だが、臆することなく自分の個性をつらぬく将棋で、序盤からおもしろい展開になっていく。

 

 

 駒組の段階から、3筋に勢力を築こうとした里見に対して、▲26銀とぶつけていくのが伊藤流の将棋。

 ふつうなら、攻めの銀と守りの銀の交換は、攻撃側としたものだが、この場合は後手の△36歩を伸び切っているととらえ、それを負担にさせようという意図。

 また、△34に浮いている飛車も、先手の金銀に近くてアタリが強く、それはしばらく進んだこの図を見れば、伝わってくる。

 

 ▲37歩と合わせるのが、力強い手。

 △同歩成なら、▲同金上として、そのままカナ駒のタックルで攻め駒を責めまくろうと。

 


 「相手の攻撃陣を金銀で押し込み、グシャッとつぶれるのが快感」


 

 
 という、ほんわかした雰囲気に似合わぬ、Sっ気丸出しの棋風が、早くも垣間見えるところである。

 このまま挽肉にされてはかなわんと、里見は△13角と活用し、▲36銀△46銀と切りこむが、そこで▲58玉が、またも伊藤流の玉さばき。

 

 

 「出雲のイナズマ」のアタックを、眉間で受けようというのだから、なんとも根性のすわった話ではないか。

 なんだか、木村一基九段とか、山崎隆之八段の陣形みたいだが、そう考えると、さえぴーの将棋はもっと人気が出る余地はある。

 ここからは中盤のねじり合いタイムで、△45歩▲48金引△42金▲65歩と、押したり引いたりがはじまる。

 里見の攻め方がうまく、伊藤も苦しいと見ていたが、駒損を恐れない踏みこみの良さなども発揮し、簡単にはくずれない。

 

 

        

 図は後手が、△36歩と取りこんだところだが、これが里見の悔やんだ手。

 歩を補充しながら、△26角の突破を見た手で、むしろ好手に見えるが、次の手を軽視していた。

 

 

 

 

 

 ▲64歩と突くのが、ぜひ指に、おぼえさせておきたい、味の良い突き出し。

 △同歩は飛車の横利きが止まり、▲84歩の攻めをふくみに▲36金と取っておいて、これは先手も充分。

 実戦は思い切って△64同角と取り、▲84歩、△同歩、▲64銀に△同飛と▲67の地点をねらって転換するが、そこで▲65歩、△同飛、▲56角が、強烈な切り返し。

 

 

 飛車取りの先手で、▲67の地点もカバーしつつ、8筋への攻めにも利いている。

 △64飛と逃げるが、▲75銀とさらにカブせ、飛車を逃げ回っているようだと、▲84銀と、今度は玉頭からブルドーザーが押し寄せ受けがない。

 このあたり、まだむずかしいながら、

 


 伊藤「ここでは盛り返したはず」

 里見「自信がなくなった」


 

 流れが変わったことに対しては、両者の見解が一致

 そこから、5筋、6筋で駒が交錯して、この局面。

 

 先手陣もうすいが、後手玉も▲83歩のタタキがあって、相当に危ない形。

 攻めるか、それとも一回受けに回るか。

 悩ましいところだが、ここで伊藤が選んだ手順が、その後の波乱を呼ぶことになるのである。

 

 (続く→こちら

 

 

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ライトスピード・ガール 伊藤沙恵vs里見香奈 2017年 第28期女流王位戦 その2

2021年11月27日 | 女流棋士

 前回(→こちら)の続き。

 2017年、第28期女流王位戦第2局

 里見香奈女流王位と、伊藤沙恵女流二段の一戦は、相振り飛車から「伊藤流」と呼ぶべき、個性的な陣形になっている。

 

 後手の飛車筋をかわして、▲58玉と寄ったところ。

 後手の美濃囲いとくらべて、ふつう、こんな薄い形では「勝ちにくい」といしたものだが、なかなかどうして、伊藤沙恵の独特すぎる玉さばきを御覧じろ。

 形勢は、若干だが後手有利で、里見もここから仕掛けて行く。

 

 伊藤はやはり、守備駒がバラバラなのが痛く、里見の攻めも巧妙で、ここでは見事な飛車の両取りがかかっている。

 先に銀をもらってるので、金を取られても駒損ではないが、先手陣は飛車に弱く、そこをいじめられるのはつらい。

 ……はずだが、伊藤はすっと▲68飛で、両取りを受ける。

 △同角成▲同玉で、たしかに駒得は主張点だが、△89飛とされると、桂香を回収されて、そこをチャラにされるのは時間の問題に見える。

 どう受けるんだろうと見ていると、そこで▲66角

 

 

 △66に駒を打たれるスペースを埋めながら、▲11角成をねらっている。

 筋ではあるが、先手玉は足元がスースーして怖いところ。

 ただ、△29飛成には▲39金▲39歩底歩があって、先手も相当がんばれるうえに、さらに伊藤はこの角に、もうひとつの策をたくしていた。

 それが「入玉」。

 そう、伊藤の武器は、その形にこだわらない受けの力。

 もうひとつは上部での戦いに強みを発揮する

 「中段玉のスペシャリスト」

 であることなのだ。

 こうなってくると、や上ずった金銀が、敵陣トライの「先発部隊」となって働いてくる。

 あせらされた里見にミスが出て、形勢は逆転模様になるが、中段玉の攻防はゴチャゴチャしてわかりにくく、ましてやに追われながら、正確な手を指し続けるのは至難でもある。

 

 

 ▲44玉と逃げたこの場面は、まさに追いつ追われつのハンターと山鹿のようだが、次の手を伊藤は見落としていた。

 

 

 

 

 

 △55竜のまわし蹴りが、入玉阻止の手筋ともいえる手。

 ▲同玉△34角成で封鎖されるから、▲33玉と逃げこむしかないが、ここが後手の大チャンスだった。

 

 ここでは△32歩と打つのが好手で、後手にかなり、分がある戦いだった。

 


 ▲同と、と取ると、△34角成、▲同玉、△24金、▲33玉、△44角という手順でピッタリ詰む

 

 

 となると、▲32同玉▲22玉しかないが、△34角成と、ボロっと大駒を1枚タダで取れたわけで、これなら後手が勝つ流れだった。

 里見は単に△34角成で、これでも先手玉は危険きわまりないが、力強く▲同玉と取るのが、伊藤の度胸を見せた手。

 メチャクチャに怖い手だが、△53竜▲43金と打って、頑強に抵抗。

 そこからも、入玉をめぐって、ほぼ右上の3×3だけを使った局地戦が展開され、もうわけがわからない。

 

 

 途中、里見が何度か寄せを逃したようだが、手順を聴いてもサッパリ理解できない。

 上の図から△33金と取って、▲同と△同竜まで受けがないようだが、△33金に▲22と(!)の裏切りがしぶとい手で、まだ決まらない。

 以下、△32金の押し売りに▲26香とつないで激戦は続く。

 後手は△24歩▲同香としてから△13竜とするが、先手には▲44角王手しながら、▲22の地点を守る切り札があり、まだ耐える可能性がある。

 伊藤もほとんど崖っぷちのダンスだが、つま先立ちで、落ちずに踊り続けるのだから、たいしたもの。

 


 この▲16桂から▲24桂打の継ぎ桂も、すごい形だが、これがが立たない筋に、安い駒で援軍を送るという好着想で、とうとう先手の勝ちが決まった。

 その後も、必死に手をつくす里見だが、ついに▲11にダイブ完了した先手玉を仕留めることはできなかった。

 いかがであろうか、この伊藤の将棋。

 あのふんわりした雰囲気のお嬢さんが、こんな曲線的、かつタフな戦いぶりで最強里見香奈に勝ってしまうというのがステキだ。

 このシリーズは2勝3敗で敗れ、そこからもあと一歩でタイトルに届いていないさえピーだが、それはまあ、運が悪いというか、めぐりあわせのようなもの。

 とにかく、ひとつ取ってしまえば、あとは「ドミノ理論」で、2つ目3つ目と転がっていくのは見えているのだ。

 それだけの力はあるのだから、転機になるであろう、今回の女流名人戦はしっかりと見守りたいところである。

 

 (米長邦雄と大山康晴の「大雪の決戦」に続く→こちら

 (これまた激戦の女流王位戦、第4局は→こちら

 

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入玉模様の大激戦 伊藤沙恵vs里見香奈 2017年 第28期女流王位戦 第2局

2021年11月26日 | 女流棋士

 「こんなもん、ただの萌え動画やないか!」

 パソコンの前でさけびたくなったのは、ある将棋動画を観ていたときのことだった。

 それが、第2回女流ABEMAトーナメント

 「女流棋戦を、もっと配信してほしいなあ」

 いつもそう思っていた私としては、将棋ブームの今、こういう企画がどんどん出てくるのは、うれしいかぎりである。

 そこでハマってしまったのが、まさについさっき、女流名人戦の挑戦権を獲得した伊藤沙恵女流三段率いる「チーム伊藤」の控室の様子。

 対「チーム里見」戦で、トップバッターの石本さくら女流二段が戦っているときのこと、チームメイトの伊藤さんと室谷由紀女流三段(意外な組み合わせで、そこもいい)が、それを見守っている。

 注目なのは、室谷さんが席をはずして、ひとりお留守番の伊藤さんのお姿。

 そこで彼女はモニターで将棋を観戦しながら、お菓子を食べているのだが、本当に

 「ただ食べているところ」

 だけが、5分くらい流れるのだ。

 ふんわりした雰囲気の伊藤さんが、無心におせんべいかなにかをボリボリかじる姿は、それはそれはキュートでございました。

 

 

 

 

 私は美少女アニメやゲームにはうといが、なるほど、これが「萌え」というやつか。

 ということで、今回はアベマでも大活躍な女流棋士の将棋を語ってみたい。

 

 2017年、第28期女流王位戦第2局

 里見香奈女流王位と、伊藤沙恵女流二段の一戦。

 両者得意とする相振り飛車だが、ここで見せた伊藤の駒組が独特だった。

 

 4筋にある飛車の射程をかわしての、▲58玉という形が、これぞ「伊藤流」の駒さばき。

 個性的で楽しいだけでなく、私もたまに自分で指すと、なんかこんな形で戦うことが多いので、そこも個人的な親近感を感じるところ。

 もっとも、さえピーは読み構想力のたまもので、私の場合は

 「単に駒組がヘタ」

 という大きな違いがあるが、なんにしても、目を引く棋風であることは変わりはない。

 実際、この将棋も「出雲のイナズマ」の激しい攻めを、ときに力強く、ときにのらくらとかわしながら、伊藤流の「ある作戦」で切り抜けるという大激戦になるのだから。 

 

 (続く→こちら

 

 

 

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閃光! ヴァルキリーズ・ジャベリン 西山朋佳vs里見香奈 2019年 第12期マイナビ女子オープン第2局

2021年03月31日 | 女流棋士

 西山朋佳が、NHK杯出場を決めた。

 先日放送された、将棋NHK杯の出場女流棋士決定戦で、西山朋佳女流三冠(女王・女流王座・女流王将)が、里見香奈女流四冠(清麗・女流名人・女流王位・倉敷藤花)を破って本戦に進出。

 将棋の内容も大激戦で、特に不利と見られたところから見せた、西山のねばりが見どころ十分。

 ▲38桂と埋めたところから、手をつくしてひっくり返したときなど、

 「見たか! これがウチのトモちゃんの二枚腰やで!」

 なんて、テレビの前で大盛り上がり。

 私は西山さんが受けで見せる、独特の腕力の大ファンなのだ(そのひとつが→こちら)。

 もっとも、自分は同時に里見さんのファンでもあるので、どっちかしか出られないということには複雑な思いではあった。

 まあ、そこは同じ大阪人のよしみで、ほとんど誤差の範囲くらい少しばかり、西山さん推しにかたむいたわけだが、ともかくも、これでウチのトモちゃんが(←どの目線でしゃべってるんだ)、またも全国放送に。

 そこで、前回はNHK杯で初優勝した、稲葉陽八段による銀河戦優勝の将棋を紹介したが(→こちら)今回は西山将棋を紹介したい。

 

 2019年の第12期マイナビ女子オープン。

 西山朋佳女王と、里見香奈女流四冠との一戦。

 西山先勝を受けた、5番勝負の第2局は、後手の西山が三間飛車から四間に振り直す形に。

 

 

 里見が中央に、を飛び出していったところ。

 ここからの西山の指し手が、振り飛車党には、非常に参考になるのではないか。

 

 

 

 

 △42角、▲77桂、△54銀、▲44角、△64角、▲22角成、△85歩。

 △42角と引くのが、振り飛車らしい駒繰り。

 △33△64に持って行って▲37飛車のコビンをねらうのは、

 「振り飛車名人

 と呼ばれた大野源一九段や(→その将棋はこちら

 「さばきのアーティスト

 こと久保利明九段が得意とする、カウンターショットの常套手段(その将棋は→こちらから)。

 形勢はまだ難解だが、先手も銀冠の最急所をつかれて、相当にイヤな感じ。

 里見も負けずに、▲32馬△44飛と飛車を追ってから、▲45歩、△同銀、▲同桂、△86歩

 そこで、▲83歩と急所にビンタを喰らわせ、反撃していく。

 

 

 

 玉頭戦は、ひるんだ方が負けるのだ。

 このあたりは、足を止めての打ち合いで、両者の気合がほとばしっている。熱い。

 そこから終盤のたたき合いになって、むかえたこの局面。

 

 

 

 里見が▲85歩と、せまったところ。

 自然なのは△85同桂だが、ここのシャッターが開くと、▲23にあるの利きが、玉頭までビュンと届いてくるのが怖すぎる。

 ▲83歩のタタキなども、きびしく残り、どうするのかと見ていると、ここで西山のキャッチフレーズである「剛腕」が飛び出すのだ。

 

 

 

 

 自陣にかまわず、△88銀不成と取るのが、解説の塚田泰明九段も絶賛した、強気の踏みこみ。

 ▲84歩を取られた形は、場合によっては、いきなり詰まされてもおかしくない危険度だが、これで一手勝てると西山は主張している。

 ▲84歩△77角成が、押さえの駒をはずしながらの詰めろで、▲同金とも取れないとあっては(△58に頭金で詰み)、これは先手が勝てない。

 里見は▲48玉と早逃げして、△77銀不成▲98桂(!)。

 

 

 逆サイドから勝負手を放つが、またも角取りを放置して、△68銀不成と進撃。

 ほとんど、チキンレースのような前のめりさだが、▲86桂と取られても、まだ自陣は耐えていると見切って、果敢にアクセルを踏みこむ。

 なんちゅうキモの太さや。朋ちゃん、シビれるで!

 

 

 

 図は△26歩のタラしに▲28歩と受けたところ。

 局面は後手優勢だが、先手もなんとかしのいで、を頼りに、上部へ抜け出したいところ。

 だがここで、ちょっと気づきにくい決め手があった。

 

 

 

 

 

 △11桂と打つのが、すばらしい視野の広さ。

 一見、無筋のようだが、▲22竜と逃げたところで、この桂を土台に△23香と打つと、先手玉の逃げる形がない。

 

 

 

 直前に△26歩▲28歩を利かした効果で、▲24歩と止めることができないのだ。

 投げ槍の投擲一発で右辺を制圧され、これで先手がまいったようだが、里見は執念で▲67銀と引く。

 △58の地点を受けただけの、力のない手のように見えて、これがなかなか油断ならない。

 ▲84歩から、▲83銀のような王手ラッシュをかけたとき、なにげに後手玉の上部を押さえ、トン死筋のに一役買っているのだ。

 ここでは、今度こそ△85銀と取っておくのが冷静で、後手勝ちのようだが、西山はまたも強気に△42金とぶつける。

 これはさすがに、ちょっと気合が良すぎたようだが、里見が▲21馬とひるんだため、大事には至らなかった。

 そこで、△58歩成と成り捨てるのが、西山の構想だったのだ。

 

 

 ▲同銀と取るしかないが、こうしておけば王手ラッシュを食らったとき、△76の地点が抜けていて、後手玉に詰みはない。

 なるほどという手順で、△56歩と着実な攻めで西山勝勢。

 以下、里見の必死の抵抗を振り切って後手勝ち。

 これで2連勝の西山は、第3局こそ落とすも、第4局も制して3勝1敗女王初防衛に成功するのだった。

 

 (高崎一生と有吉道夫の順位戦編に続く→こちら

 

 ★おまけ 西山朋佳の名手「△45桂」は→こちらから

 

 

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静岡と水戸の天才少女 加藤桃子vs本田小百合 2012年 第2期リコー杯女流王座戦

2020年10月21日 | 女流棋士

 「幻の妙手」について語りたい。

 将棋の世界には、盤上にあったのに対局者が発見できないか、もしくは発見しても指し切れず、幻に終わってしまった好手というのが存在する。

 前回は敗れたものの、王座戦で存在をアピールした久保利明九段に影響をあたえた「元祖さばきのアーティスト」こと大野源一九段の将棋を紹介したが(→こちら)、今回はある女流棋戦であらわれそうになった幻の妙手を。

 

 まず、現れなかった絶妙手として思い出すのが、この将棋。

 2006年、第64期A級順位戦

 名人挑戦レースは羽生善治三冠谷川浩司九段の一騎打ちとなり、双方ゆずらず8勝1敗でフィニッシュ。

 決着はプレーオフまでもつれこんだが、これがまたこの期一番ともいえる熱戦となった。

 最終盤で、むかえたのがこの局面。

 

 

 

 後手の谷川が△76金と打ったところ。

 ▲同竜でタダのようだが、それには△88飛と打って、王様が▲76に逃げられないから詰み。

 受けるべきか、それとも豊富な持ち駒を生かして、後手玉を詰ましに行くか。

 残り時間の少ない中、決断を迫られた羽生は、▲31角と打って詰ましに行くが、後手玉はギリギリで逃れており、谷川名人挑戦権を獲得。

 ここは▲58金と寄っておくのが冷静な手で、これが後手玉を上部に追ったとき、△47の地点に逃げこむ筋を消す

 

 「詰めろのがれの詰めろ」

 

 になって先手が勝ちだったが、秒に追われながら発見するには、あまりに難解な手ではある。

 

 

羽生の王手ラッシュで、超難解な「詰むや詰まざるや」。

△76金に▲58金と寄っていれば、ここで△47玉と逃げこめず、後手玉は詰みだった。

 

 

 ふだん、あまり感情を表に出さない羽生が、この将棋は敗れたあと、かなりハッキリと落胆する姿を見せていたのが印象的だった。

 やはり、2004年2005年と、2年連続で森内俊之に「十八世名人」獲得を阻止され、三度目の正直と意気ごんでいたところを足止めされたせいだろうか。

 ご存じの通り、羽生はその後「十八世名人」の座を、森内俊之に先んじられてしまう

 このとき▲58金と指していたら……。

 そんなことを想像してみるのも、またファン楽しみのひとつなのだ。

 

 もうひとつ思い出す幻の舞台は、2012年の第2期リコー杯女流王座戦

 加藤桃子女流王座本田小百合女流三段が挑戦したこのシリーズは、女流棋戦ではややめずらしい、相居飛車戦がメインの戦いとなった。

 第2局も角換わりの将棋となり、熱戦が展開されたが、最後は加藤が勝ちになったように見えた。

 

 

 

 

 後手玉は▲22飛成と、▲25桂打の詰めろが受けにくい一方で、先手玉には攻めのとっかかりがないため安泰に見える。

 加藤陣は絶対に詰まない、いわゆる「ゼ」とか「ゼット」と呼ばれる形に近く、典型的な一手勝ちのようだが、実はここで後手にすごい勝負手があったのだ。

 

 

 

 

 △97角と、こんなところから王手する筋があった。

 ▲同香△99飛と打って詰み。

 王手すらかからないように見えた王様が、いきなり詰まされるというのだから、おそろしい。

 突然天井から現れて、吹き矢で一撃。

 まさに忍者かアサシンのワザとでもいうべき一着だ。

 本田はこの手をかなり前からねらっていて、自玉が迫られる中、どのタイミングで放つのがいいのか、ずっとうかがっていたそう。

 その照準にとらえたのが、まさにこの局面なのだが、先手も▲88桂(!)と合駒して、その後のことが読み切れず断念してしまった。

 本譜は△21金と受けたが、▲25桂打から先手勝ち。

 代わって、ここではやはり本田の読み筋通り△97角最善で、桂馬を合駒で使わせてから△21金なら、▲25桂打の寄せが消えていて激戦だった。

 本田としては、結果はともかく、ずっと温めていた鬼手を指せないまま終わってしまったのは残念だったろう。

 それにしても、こんな角を「取らない」のがいいとは、将棋の手というのは色々な可能性があるものであるなあ。

 

 (谷川浩司の光速の寄せ編に続く→こちら

 

 

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「ミス四間飛車」の華麗なるさばき 斎田晴子vs岡崎洋 1994年 第26期新人王戦

2020年08月07日 | 女流棋士

 振り飛車という戦法は楽しい。

 将棋には様々な戦法があり、相居飛車の激しい攻め合いもいいが、アマチュアに人気といえば、やはり圧倒的にこれが振り飛車なのである。

 前回は「加藤一二三名人」が誕生した、中原誠との重厚な「十番勝負」を紹介したが(→こちら)、今回はNHK杯西山朋佳三段(女流三冠)も登場するということで、戦う女性のさわやかなさばきを見ていただきたい。

 


 1994年新人王戦

 岡崎洋四段斎田晴子女流王将の一戦。

 「ミス四間飛車」こと斎田の四間飛車に、岡崎は棒銀から仕掛ける。

 後手は角交換からを作るが、先手もそれを目標に中央から厚みで押そうとして、むかえたこの局面。

 

 

 

 

 ▲75銀と打って、これで飛車が死んでいる。

 このままタダで取られてはいけないが、△62飛△84飛と刺し違えても、▲22飛▲31飛と、先手で打ちこまれるからいけない。

 後手が困っているように見えるが、ここで斎田が会心のさばきを見せる。

 

 

 

 

 △66歩と突くのが、観戦していた米長邦雄九段も感嘆した、すばらしい一着。

 ▲64銀飛車がタダだが、△67歩成▲同金△66歩とたたいて、▲同角△65銀

 

 

 

 これで、見事に攻めが決まっている。

 が逃げれば、△66歩と押さえておしまい。

 とにかく、コビンをにらんだ△34馬の位置エネルギーがすばらしく、斎田が才能を見せた手順だった。

 以下、▲32飛△33桂▲77玉に、いったん△52歩

 ▲57金右の必死のがんばりに、△66銀と取って、▲同金右△39角で、勢い的には振り飛車必勝であろう。

 


 

 岡崎は6筋にカナ駒を置いて懸命にねばるも、斎田も落ち着いて寄せのをしぼり、この局面。

 

 

 

 先手は受けなしだから、後手玉を詰ますしかないが、▲85桂と打っても、△84玉で詰みはない。

 実戦的な考えとしては、なんとか王手しながら、うまく△65を抜く筋があればいいのだが、それもないようだ。

 先手負けだが、おどろいたことに、なんとこの局面で岡崎は46分考えた末に投了したのだ。

 これまた、なかなかにすごい投了図だ。

 いや、先手に勝ちがないのだから、投げるのはおかしくはないけど、それでもなにかありそうな局面なのだ。

 ないにしたって、王手していけば逃げ間違いなどもあるかもしれず、トン死はなくても、なにかアヤシイ手が飛び出さないとも、かぎらないではないか。

 少なくとも私なら、ここで王手ラッシュをかけられたら、生きた心地がしません。

 もちろん、斎田は読み切っているわけだが、「詰みなし」とわかってても、相当怖い思いはさせられるはずだ。

 それを清く投了。なかなかできるものではない。

 もしかしたら、その日の斎田の様子からして、ミスのようなものは望めないと感じたのかもしれない。

 なんにしても強い将棋で、この投了図もふくめて、斎田さんの名局といっていいのではないだろうか。
 

 


 (丸山忠久と先崎学の熱い戦い編に続く→こちら

 (女流棋士の将棋についてはこちら

 (その他の将棋記事についてはこちらからどうぞ)

 

 

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将棋 西山朋佳三段(女王)の剛腕 初の「女性棋士」誕生を大いに期待 その2

2019年04月17日 | 女流棋士
 「女王」のタイトルを持ち、奨励会でも戦う西山朋佳三段のファンである。
 
 前回は2014年のリコー杯女流王座戦で加藤桃子女王に見せた、ねばり強い順を紹介したが(→こちら)、 西山将棋は受けだけでなく攻めもパワフルである。
 
 それがこよなく発揮されたのが、2018年の第11期マイナビ女子オープン。

 加藤桃子女王に挑戦した西山三段は、第1局を落としたものの、続く第2局で、すばらしい将棋を披露する。

 話題になったのは、この局面。
 
 先手の加藤が、▲45桂と跳ねたところ。





 △同桂は飛車を取られるからダメとして、ちょっとうまい受けが見当たらない形。

 形は△44歩だけど、あいにくの歩切れ
 
 どうやるのか注目だったが、ここで西山が選んだのが並みいるプロも当てられなかった、すごい手だった。








 △45同桂が、ちょっと信じられない、目を疑う強手。

 さっき「ない」っていったとこなのに、飛車タダであげますと。
 
 ▲22角成には△37桂成と、プラズマ・ダイブして指せるというのが西山の主張だが、ホンマかいな。
 
 
 
 

 ところが、一見ムチャのようなこの攻めが、意外と振りほどくのは大変なよう。

 ▲29飛△47成桂、▲同金、△38角の飛車金両取りが決まる。
 
 ▲26飛と逃げるしかないが、△76銀と進撃し、加藤も「馬は自陣に」で▲66馬と引いて対抗するも、△65銀打の浴びせ倒しが手厚い攻め。

 ▲11馬と香を取りながら逃げるが、そこで△54金とくり出すのが、これぞ振り飛車という手。
 
 
 
 
 
 形勢はわからないが、駒の勢いは明らかに後手にある。

 このあたりの指しまわしは、△45同桂大内延介九段
 
 △54金と上がる形は、鈴木大介九段森安秀光九段のようであり、全体的に、

 「昭和の振り飛車党」

 といった雰囲気が感じられる。

 無頼派のようで実にシブい。思わずオリラジ藤森君のように、「トモちゃん、カッコイイ!」と決めたくなるではないか。

 ▲79桂の受けに、△55桂と上部を押さえて圧倒。以下、先手のねばりを振り切って勝利。
 
 ここから一気の3連勝で、初のタイトル獲得してしまうのだ。

 いかがであろうか、この西山将棋の力強さ。

 丸顔のかわいらしい、理知的な女性が、こんな往年の「怒涛流」のような将棋を展開するのだから、それはもう、惚れるなという方が無理な注文である。

 こないだのNHK杯の出場者決定戦は、里見香奈さんに敗れたものの、そこかしこに西山流の勝負術を見せつけた内容だった。

 解説の高見泰地叡王も、思わず「この2人と指してみたい」と、うなるほどの。

 あれだけの将棋を指せれば、これからもチャンスはあるだろうし、間違いなく人気も出るはず。

 それには、やはりなんとか三段リーグを突破してほしいもの。
 
 里見さんは残念だったけど、こういうのはひとり前例ができれば、案外パタパタと続く者が出るかもしれない。

 先駆者になるのは大変だろうし(里見さんですら体を壊してしまった)、加藤桃子初段もきびしかったが、関西の中七海初段もふくめて、みんながんばってほしいものだ。
 

 (広瀬章人の振り飛車穴熊編に続く→こちら
 
 (西山と里見香奈の熱戦は→こちら
 
 
 
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将棋 西山朋佳三段(女王)の剛腕 初の「女性棋士」誕生を大いに期待

2019年04月16日 | 女流棋士
西山朋佳三段のファンである。
 
 前回は藤井猛九段の「華麗な」終盤戦を紹介したが(→こちら)今回は力強い中盤戦を。
 
 「女王」のタイトルも持つ西山三段は私と同じ大阪出身。
 
 その強さは噂には聞いていたが、実際にその将棋を観ると想像以上に好みの棋風で、いっぺんにファンになってしまった。
 
実戦で鍛えたその力強い将棋は、女流棋士などには、なかなかいないタイプ。
 
 どちらかといえば、町の将棋道場にいる、メチャクチャ強いオッチャンみたいなのだ。
 
 一目ぼれした将棋というのが、2014年のリコー杯女流王座戦五番勝負第1局
 
 加藤桃子女王との一戦。
 
角交換型の中飛車左美濃の対抗形で、加藤女王が中央から仕掛けてこの局面。
 
 
 
 
飛車が総交換になる大さばきとなったが、後手はができて、玉型もしっかりしている。
 
 一方の先手はが働いておらず、▲57も守りから離れて、▲38をねらわれている形もイヤらしい。
 
 少し後手が指しやすそうにも見えるが、ここからが「西山流」の腕の見せ所であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
▲69飛と打つのが、振り飛車党らしい、ねばり強い手。
 
 自陣への飛車の打ちこみを緩和しながら、にプレッシャーをかける。
 
 攻め合いでは分が悪いと見て、局面のスピードダウンを図る実戦的な手だ。
 
 後手は△75馬とかわすが、すかさず▲66金とアタックをかけて、勝負勝負とせまる。
 
△53馬▲55桂と打ったところで、△88飛と加藤も待望の反撃。
 
 そこで西山は▲67飛と浮く。
 
 
 
 
 一見、ねらいの見えにくい飛車浮きだが、これが西山流の勝負術だった。
 
 ここからの手順が、すばらしい。
 
△24桂▲56金、△35歩と筋よく攻めたてられたところで、▲68歩(!)。
 
 
 
 
 飛車の横利きを止めて、これですぐには寄らない。
 
△36桂にも、▲18玉銀冠の強みを生かした形で(端攻めに強く、▲38が浮き駒にならない)、これで結構耐えている。
 
 後手は△89飛成と攻め筋を変えるが、これには▲59歩でまだまだ。
 
 
 
 
 いやあ、この一連の手順には感嘆させられた。
 
 ▲69飛から▲67飛、そして2枚のの壁。
 
 いわゆる「鍛えの入った手」であり、こういうのはやはり実戦経験が豊富で、力のある人じゃないと指せない。
 
 これぞまさに、玄人の将棋や。トモちゃん、シビれるで!
 
 将棋自体は、まだこれでも後手に分があったようで、終盤は加藤女王が一手勝ちをおさめたが、その存在感は大いにアピールできたことだろう。
 
 この力強い将棋に、私はすっかり虜になってしまったのだった。
 
 
 (続く→こちら
 
 
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