ワールドカップ決勝戦といえば、思い出深いのは王貞治さんである。
というと、野球ファンの方から、
「あれは感動したなあ。あの強豪キューバ相手に勝った2006年でしょ」
なんて熱く語られそうだが、そのことではない。
私が語るのは1990年の決勝戦であり、いやいやそんな昔にWBCはないっしょ、と言われれば、それはその通りで、これは野球ではなくサッカーの話なのだ。
舞台はサッカーW杯1990年イタリア大会。
というと、私と同世代くらいの方はニヤリとされるのではないか。
なんとこの決勝戦のテレビ放映時、王貞治さんが特別ゲストとして実況席に招かれていたのである。
サッカーのワールドカップに、元野球選手が出演。しかも、超がつく大物。
どういうチョイスなのか、当時でも違和感バリバリであった。
なんで、こんなことになったのかといえば、今となっては考えられないことだが、当時の日本では、サッカーなどカポエラやポートボールにもおとる「ど」のつくマイナースポーツであったから。
日本のW杯出場など夢のまた夢。Jリーグはまだなく、名作マンガ『キャプテン翼』の第一話では、大空翼君が「サッカーやろうよ!」というと変人あつかいされてハブられていた。
そんなサッカー受難の時代だったので、
「ゲストに大物野球選手」
という売りで大衆の興味をひこうとしたのだろう。
迷走感はバリバリだが、そういう時代だったのだ。
そんな夢のサッカーと野球のコラボ企画だが、果たしてそんなものはうまくいくのか。
王さんにサッカーを語れといっても、困るのではないかという声もあろうが、その危惧はかなり正しいものとなった。
実際のところ、この「ゲスト王貞治」はかなり不思議な空気を醸し出していた。
サッカーに関しては予想通りずぶの素人の王さんは、西ドイツ(これも時代だなあ)やアルゼンチンの選手が、どんなスーパープレーをしても、技術的にも思い入れ的にも、語ることなどないだ。
まあ、ブッキングがそもそもおかしいのだから、王さんがうまく対応できなくても責任はないんだけど、なにやら気まずい空気が流れていたことはたしかだ。
また、そのおかしさを助長させていたのが、実況の持っていき方。
サッカーの素人、しかしスポーツ界では大御所どころか国民栄誉賞という超ビッグマンという、ふり幅が大きすぎるゲストをむかえて、アナウンサーもどうしていいのかわからなかったのだろう、話の振り方が変。
むりくりに野球に例えようとするのだが、テニスと卓球とか、柔道とレスリングとか、多少似たようなところがある競技ならともかく、本質的に全然ちがうサッカーとベースボールでは、かみあうわけがない。
「王さん、今の選手の動きはまるで野球のようですね」
「王さん、野球は9人ですが、サッカーはそれより2人多い。なにかちがいは感じますか?」
「王さん、野球には満塁ホームランという一発逆転がありますが、サッカーにはありません。そのあたりはどうお考えですか?」
細かいところは適当だが、まあこういった内容のものばかり。
話がつながってない。無茶ぶり方が、すさまじいではないか。
もう私など、90分間ひたすらテレビの前で、
「知らんがな」
「どんなフリや!」
「野球は関係ねーじゃん!」
などと、つっこみを入れるのにいそがしく、試合内容がまったく入ってこなかったもの。
スポーツ中継に芸人さんや旬のアイドルを呼ぶのは、正直ちょっとと思うことも多いのだが、その最たるである。
ただ、偉いと思ったのは、王さんの対応。
普通なら、こんなトンチンカンなやりとりには、それこそ
「なんや、この仕事は! ナボナはお菓子のホームラン王やぞ!」
なんてムッとしたりしそうなところだが、ひとつひとつの質問に苦笑いしながらも、
「ええ、同じスポーツとして共通するところは多いですね」
みたいな、それなりの答えを返しておられたのだ。
マジメというか、王さん大人やなあ。
こんなこともあったので、ワールドカップ決勝戦といえば、私にとって思い出深いのは、リオネル・メッシでもアンドレス・イニエスタでもなく、王貞治なのだ。
なぜかYouTubeに映像がなかったから(前はアップされてた記憶があるんだけど)、ロシア大会開幕前にでも再放送してもらいたいものだ。
「世紀の大凡戦」と酷評された試合の方より、よっぽど王さんの方がステキです。
★おまけ 王貞治ファンといえば、この人。《コンバットRECさんによる【アイドルとしての王貞治】特集》は→こちらから