「立石径ショック」と伝説の詰み 南芳一vs谷川浩司 1991年 第59期棋聖戦 第1局 その2

2024年08月27日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「立石君が詰みがあるっていうんですわ」



 
 
 終局後に、副立会人の脇謙二七段が、そんなことを言ったのは、1991年の第59期棋聖戦五番勝負。
 
 前回に続いて、南芳一棋聖王将谷川浩司竜王王座が挑んだ、その第1局でのこと。


 
 
 
 
 
 この局面で、南は△66角▲同金△77銀から王手ラッシュをかけるも、1枚足らずに先手勝ちとなった。
 
 将棋自体はいい内容で「名局」とも称賛されたが、そこに「物言い」がついた。
 
 しかも、それはまだプロでない「記録係」の少年からだった。
 
 奨励会員だった立石径三段が、秒読みをしながら「詰みあり」と見切っていたのだ。
 
 タイトルホルダー2人が、いや検討している並みいるプロたちが「詰みなし」と結論付けた局面で、まさかの「詰む」宣言。
 
 しかも、その手順がすさまじく、世界で立石三段のみが理解できたスーパー絶妙技だったのだ。

 

 

 


 
 
 
 
 
 
 △77銀と、いきなり打ちこむのが正解
 
 ▲同桂△同歩成▲同銀左△同桂成
 
 ここで▲同玉△65桂でも、△85桂でも、やや手順は長いが、わりと自然に追う手順で詰み。
 
 なので▲同金と取るが、そこで△76桂と打つのが、立石三段の才能を見せつけた快打。

 


 
 後手の指したい手は△66角切りだが、先に△77銀から入ると、そのチャンスを失うように見える。
 
 そこを△76桂で、時間差△66角を生み出すのが絶品の組み合わせ。
 
 ▲同金△66角▲同金左は、△77銀▲同玉△85桂から。
 
 ▲同金右にも、△48飛▲78金△79銀(!)と打て、▲同玉△46馬が、指のしなる活用。
 
 
 
 

 ▲68歩△同馬▲同金△88金▲69玉△57桂

 

 

 ▲同金△68銀までピッタリだ。 
 
 ちなみに、△46馬▲88玉△79銀▲77玉△68飛成▲86玉△85金▲同金△66竜▲76合△74桂

 

 

 手順こそ長いが、ほとんど一本道でむずかしくはない。▲同金△85金まで。

 ▲78金合駒の次の△79銀(△46馬が入る前の銀打)に▲77玉でも、△68銀打▲86玉△64馬と、今度はこっちに活用すればキレイに詰むのだ。

 

 

 手順ばかりで、ややこしく申し訳ないが、の選んだ「△66角▲同金△77銀」と立石の言う「単に△77銀」のなにがちがうのか。

 当時の記事では、こまかい解説がないので(昔の将棋雑誌はコアな読者が多いので、そのあたりは「わかるでしょ」ということなのだろう)ヘボなりに解説してみると、たぶんこういうこと。

 問題となるのは、△77バラしたあと△48飛▲78合駒△79銀▲同玉△46馬王手した局面。

 ここで後手の持駒があるかないかが、天国と地獄の分かれ目なのだ。

 下の2図をくらべていただきたい。 
 

 


 
 



 本譜の進行で、立石三段の読み筋。

 ほぼ同一局面なのに、この場合、後手に1枚多い

 そう、後手が△46馬と王手して、▲88玉と逃げたときに、本譜は△79に打つ銀がないが、「立石流」は△79銀並べ詰みになるのだ。

 後手は△77に打ちこんで△48飛としたとき、2回△79銀」が必要なため、2枚駒台にないといけない。

 だが、初手△66角から入ると、▲同金△77銀▲同桂△同歩成に「▲同金」と取って、▲86にある渡さない手順で先手が逃れているのだ。

 

 

 

 

 そこを「2枚よこせ」が、単に△77銀の意味(たぶん)。

 これだと、銀を渡さないよう▲同桂△同歩成▲同金と取っても、△同桂成▲同銀左にやはり△76桂痛打

 

 

 ▲同銀△66角▲同金△48飛と打って、▲78金△79銀▲同玉

 

 

 

 今度は手拍子△46馬とすると、△79銀ないので詰まず大逆転だが(こんなもあるんかーい!)、△68金と打つのが好手

 

 

 ▲同金△88金の「送りの手筋」で、▲69玉△57桂で一丁上がり。

 なので、△77銀▲同桂△同歩成▲同銀左と取るしかないが、△同桂成として、▲同金▲同銀は△76桂でダメ)。

 

 

 まずはこれで銀1枚ゲット。

 この手順のなにがすごいと言って、さっきも言った通りがほしい後手は、とにかく1枚確実に補充するために、絶対△66角だけは切りたい
 
 ところがこの形だと角筋止まって△66角入らない

 ましてや最初△66角とすれば、マストアイテムのを取れるだけでなく、△77への利きがひとつ減るため、明らかに詰ましやすくなるはず。
 
 その先入観があるから、この局面は候補から消えてしまうのだ。

 時間のない終盤戦なら、だれだってここでは△77銀よりも、
 
 
 △66角▲同金△77銀
 
 
 から入るはずなのだ。

 そこを1回、疑ってかかったことが、まるで羽生善治九段のような、やわらかい発想力。

 2枚手に入れるため、あえて1回後手の角筋自ら止めて、その後に△76桂から△66角で、まわりくどく2枚目を手に入れるのが正解

 これなら、▲86▲66に落ちているが、両方とも後手の持駒になる仕掛け。

 なんという、すばらしい組み立てだろうか!

 まるで、伊藤看寿伊藤宗看の古典詰将棋みたいではないか。
 
 まさにこの「△77銀」は、今なら藤井聡太七冠が指しそうな絶妙手
 
 並の棋士が、いや「棋聖王将」「竜王王座」の二冠王2人すら気がつかなかった神業級のひらめきなのだ。
 
 
 「立石おそるべし」
 
 
 これにより、彼の名は将棋ファンの間でも、とどろいたわけなのである。
 
 もし彼が、そのままプロになりタイトルでも獲得すれば、このエピソードは何度も取りざたされることになったことだろう。
 
 そんな彼が、17歳で将棋界を去ったのだから、そのショックはいかほどばかりか、少しは想像できるかもしれない、「伝説詰み」なのだった。

 

 


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「立石君が詰んでると言ってる」と脇謙二は言った 南芳一vs谷川浩司 1991年 第59期棋聖戦 第1局

2024年08月26日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「立石君が、詰んでると言ってます」



 
 
 というフレーズを聴いてピンとくる方は私と同世代以上の、それもかなりのディープな将棋ファンであろう。
 
 前回に続いて、元奨励会三段立石径さんについて。
 
 立石さんと言えば、当時のコアな、特に関西の将棋ファンの間で、
 
 
 「次に来るんは立石君や」
 
 
 と言われるほど期待で、あの久保利明九段が、
 
 
 「いつも、僕らの前を走っていた」
 
 
 と語るほどの逸材
 
 17歳で将棋と決別し、本当にやりたかった医学の道へと進んだが、もしそのまま続けていたらA級タイトルは間違いなかったと言われている。
 
 そんな立石さんが、鮮烈なデビュー(?)を果たしたときに、飛び出たのが冒頭のセリフ。
 
 といっても、なにか記録を作ったとか、公式戦で活躍したとかではなく、「記録係」の立場からだ。
 
 舞台は1991年、第59期棋聖戦五番勝負。
 
 南芳一棋聖王将谷川浩司竜王王座が挑んだ、その第1局でのことだ。
 
 挑戦者谷川先手で、両者得意の相矢倉から激戦になり、最終盤をむかえる。
 
 
 
 
 
 図は谷川▲43飛と打ったところ。
 
 次に▲24桂からの詰めろで、△33金などと受けても、▲44飛成と要のを取られてしまう。

 △同金▲33角くらいでも、先手陣は鉄壁で後手に勝ちはない。
 
 なので、ここはもう先手玉を詰ますしかないわけだが、果たしてどうだろう。
 
 素人目には、△76拠点も大きく、どこかで△28も使えるかもとか、△66角と王手でも取れるしで、いかにも詰みがありそう。
 
 ただ、先手陣も金銀は多いし、うまく上部に抜ける筋とかあって、「1枚足りない」とかいう可能性もある。
 
 私レベルだと、とりあえず切って△77でバラして、あとはテキトーに王手かけてれば、なんとかなるんでね?
 
 くらいなもんだが、もちろんプロが、それもタイトル戦という大舞台で、そんなわけにはいかない。
 
 詰むや詰まざるや。
 
 南は持てる力のすべてをふりしぼり、先手陣の詰み筋を探す。
 
 読み切ったかそうでないのか、ええいままよと、まずは当然の△66角から。
 
 ▲同金△77銀

 

 


 
 ▲同桂△同歩成▲同銀△同桂成で、▲同金

 
 

 そこで△48飛と打って、▲78金打△79銀▲同玉△46馬の筋で詰む。

 


 ▲88玉には△79銀でカンタン。

 ▲89玉△79金から追えば捕まる。

 この飛車打ちから引きの筋が、この将棋のポイントになるので、頭に置いておいていただきたい。

 また△77でバラして、△同桂成▲同玉も△85桂から△77金と、自然に王手していけば問題ない。
 
 そこで先手は△66角▲同金△77銀▲同桂△同歩成ではなく、▲同金と取るのが最善

 

 

 

 

 先手もまだ自陣に金銀が残っているが、やや上ずっており、後手はまだ飛車桂2枚の「詰道具一式」があるうえに、質駒もある。
 
 果たして、勝っているのはどっちか。

 後手は△58飛とおろす。
 
 ▲78歩に、△79銀▲同玉にやはり△46馬
 
 

 


 
 


 さっきと似た変化だが、少しちがうのは後手にがないこと。

 本譜の▲88玉があれば、さっきの詰み筋のように△79から打てるが、それがかなわないから、△96桂と、今度はここをこじ開けにかかる。
 
 ▲同歩に、△77桂成▲同銀△76桂▲同金△89金
 
 
 
 

 

 生きた心地はしないが、▲同玉と取って、△59飛成▲98玉
 
 そこで△97金から、△99飛成で追いすがるが、ここまでくると、ようやく結末が見えてくる。
 
 ▲98桂合に、△64馬と再度の活用だが、▲75金打で詰みはない


 
 
 


 
 ここでがあれば、△96歩から詰むのだが、やはり「1枚足りない」のだった。
 
 こうして谷川は、きわどいところを逃げ切って勝利
 
 とはいえ、もちろん読み筋ではあり、詰将棋名手である谷川浩司の面目躍如。
 
 端から見てあぶなくても、本人からすれば、「ま、これくらいは」てなもんであろう。
 
 ところがである、終局後副立会人脇謙二七段が困ったような様子で対局室に入ってきたのだ。
 
 手にこの将棋の棋譜を持ち、その隣には、ひとりの少年

 彼がこの戦いの記録係をつとめた、立石径三段
 
 そして、脇はそこにいる人たちに、こう伝えたのだ。
 
 


 「立石君が詰みがあるっていうんですわ」


 

 

 (続く

 


 

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迫撃! トリプルルッツ 久保利明vs羽生善治 2010年 第59期王将戦 第6局

2024年08月05日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 前回の続き。

 羽生善治王将(名人・棋聖・王座)に久保利明棋王が挑戦する、2010年の第59期王将戦七番勝負。

 久保が3勝2敗奪取に王手をかけて、むかえた第6局も、とうとう大詰めをむかえた。

  

 

 

 羽生が▲64角と王手して、久保玉を詰ましにかかったところ。

 ふつうは△73桂の合駒だが、それには▲同角成△同玉▲13竜

 久保はそこで△53角と打って不詰と読んでいたが、それは前回言った「絶品」の手順で詰まされる。

 土壇場で読み負けていた久保は追いつめられるが、ここで心を折らせずに立て直せたのが、この男のすごさ。

 バラバラに砕け散った読み筋を拾い集めて、再度、懸命に助かる道を探し続ける。

 そこでとうとう、今度は久保にとって奇跡的な手順が見つかったのだ。

 それが、桂ではなく△73銀合駒する形。

 

 

 

 ふつうは、こういう場面ではより、桂馬のような「安い駒」を使うのがセオリー。

 実際、接近戦ではカナ駒よりも、頭の丸いを渡したほうが、詰みにくく見えるものだ。

 それが盲点だった。

 ここではを渡してはいけない。渡すなら、銀一択だったのだ。

 終わったと思ったこの局面で、なんと羽生が長考に沈む。

 なにがあったのか?

 おそらくは読み抜けだ。

 羽生はその前の▲74桂3分▲64角ノータイムで指している。

 それを、ここで手が止まってしまうのは、明らかにおかしい。

 そして、羽生の苦慮は正しかった。この局面で、なんと久保玉には詰みがないのだ!

 ともかくも、先手は▲73同角成と取るしかない。

 △同玉で、▲13竜

 

 

 

 再び、久保が選択を強いられる番。

 なにを合駒する?

 

 

 

 △53銀と打つのが、唯一無二の正解

 ここをだと、▲同竜から追って、後手玉が△94に逃げたときに、▲86桂と打って詰む。 

 △53角は、やはり▲同竜△同金▲62角△82玉に、もらったで、▲73銀から押していけばいい。

 なので、ここはまたも銀一択

 銀合に▲同竜△同金▲62飛成は、△84玉▲86香に、△85角と打つのが、絶妙手詰まないのだ!

 

 

 ▲同香△94玉とかわして、▲85銀が打てないから詰まない。

 ここで先手にがあれば、△94玉▲86桂で詰むため、「桂合」は不許可だったのだ。

 そう、この将棋は最後まで、久保が勝つようにできていた。

 だがそれは、

 

 ▲64角に△73銀

 ▲13竜に△53銀

 ▲86香に△85角

 

 という、「これ一択」な限定合のタイトロープを、落ちることなく渡り切ってのこと。

 そんな、スーパー難度のウルトラCが前提にあった「勝ち」だったのだ。

 そんなモンスター級の難事を切り抜けて、やっと勝てるというのだから、久保の読みもすばらしいが、羽生を倒すことのむずかしさも、これでもかと伝わってくる。

 しかも、この「久保勝ち」も羽生の読み抜けがあったからこそで、本当に久保からすれば、ギリギリの戦いだった。

 とはいえ、もちろんここで、すべてを正確に対応できた久保もまたバケモノであり、それはどれだけ称賛しても、しすぎるということはない。

 以上の手順を見れば、羽生が▲58香ではなくを打ったのが、なんとなく理解できる。

 羽生のイメージでは、最後▲86香と打って仕上げる算段だったのだろうが、それは詰みがない。

 ▲86桂とせまる筋も消えているし、根本的に修正が必要だったのだ。

 正解は▲58香△59金▲63桂と捨てる攻めがあったとか。

 


 △同金▲75桂が詰めろになって、以下先手のラッシュが決まっていたという。

 だがそれは、先ほども言ったがあくまで結果論で、羽生は「詰む」と見越して桂を打ったのだから、そこは言ってもしょうがない。

 むしろやはり、かすかにの開いていた羽生の構想を見破り、それを超人的美技で根底からひっくり返した、久保の強さこそを、たたえるべきであろう。
 


(久保の芸術的さばきといえばこれ

(A級降級のピンチで見せた久保の名局はこちら) 

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タイトロープを照らせ 久保利明vs羽生善治 2010年 第59期王将戦 第6局

2024年08月04日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 奇跡的な終盤戦、というのがある。

 激戦の中、最後の最後に詰将棋や、次の一手のような必殺手順が出ると、

 

 「将棋の醍醐味やなー」

 

 という気になるものである。

 そこで今回は、そういう一局を見ていただきたい。

 前回は谷川浩司棋王南芳一王将による、奇跡的な「詰むや詰まざるやを見ていただいたが、それに負けない熱量です。

 


 2010年の第59期王将戦七番勝負は、羽生善治王将(名人・棋聖・王座)に久保利明棋王が挑戦。

 久保はこれまでタイトル戦で羽生と4度戦っているが、すべて敗れていた。

 しかも、1勝3敗1勝3敗0勝3敗1勝4敗と、スコア的にも余され、完全に「見せつけられる」負け方ばかりであった。

 だが、佐藤康光から初タイトル棋王を奪取し、充実期をむかえていた久保は、このシリーズでは天敵相手にいい将棋を披露し、ここまで3勝2敗とリード。

 はじめて、羽生を相手に勝ち越せているチャンスとあれば、ぜひとも生かしたいところで、その通り、久保はここでも強い将棋を見せる。

 ゴキゲン中飛車から、このころ2人の間で盛んに指された超急戦になり、難解な戦いに突入。 

 

 

 当時、かなりよく見た戦型だったけど、えらいこと激しい戦い。

 とても、振り飛車の将棋とは思えません。特に久保はムキになって採用していた印象があった。

 そこから激しくつばぜり合って、最終盤のこの局面。

 

 

 

 後手から、△67金詰めろを先手は受けないといけないが、どうやるのか。

 を使って受けるのだが、ここがまず、運命の分かれ道だった。

 

 

 


 羽生は16分考えて、▲58桂と受けたが、これが敗着になった。

 ここは▲58香とすべきで、それなら先手勝ちだったのだが、羽生はこの後に読んでいた手順を見越して、桂を打ったのだから、それは結果論ということになってしまう。

 で、一体なにが違うのか。

 それは、手順を追えばわかってくる。

 ▲58桂に、久保は△59金とせまる。

 これが詰めろにならないのが、後手の泣き所で、先手はこの瞬間に詰めろ連続でせまれば勝ちが決まる。

 そこで羽生は▲65香と打つ。

 

 

 

 

 ▲58を使ったのは、こう攻めたときに、駒台にもう一本香車を残すためだ。

 久保は開き直って△69金と取る。今度は詰めろだが、後手玉は超がつく危険度。

 羽生は▲61飛とおろし、△82玉▲74桂王手して詰ましにかかる。

 後手玉はせまいうえに、どこかで▲13竜と王手されたとき、歩切れなので高い合駒しかないのも、つらいところ。

 △74同歩に、▲64角で、いよいよ終局が見えてきた。

 勝負はフルセットだ。

 

 

 


 久保は△59金と打ったとき、負けを覚悟していたそう。

 ▲64角と打った局面で、なんとか逃げる手はないかと考えたそうだが、△73桂の合駒に、▲同角成△同玉▲13竜

 そこで、当初は△53角と打って、しのいでいると読んでいたそうだ。

 

 

 だが、それには▲同竜△同金▲62角△82玉

 そこで、▲71角成△73玉▲62馬△82玉連続王手千日手で先手が負けだが、▲71角成△73玉▲63飛成とするのが、久保曰く「絶品」でピッタリ詰む。

 

 

 △63同金▲同香成△同玉に、▲64香と打って、△同玉▲65歩△73玉▲64銀以下。

 飛車成以降は平凡な詰まし方で、他にもいろいろな手がありそうだが、実はこの▲63飛成以外では、すべての手順で詰みはない。

 この▲63飛成だけはキレイに仕上がる仕組みで、「これで行ける」と感じていた手順が、運命的なほど綺麗に詰むのを発見した久保の落胆は、いかばかりだったか。

 だが、ここで折れなかった久保は、なにかないかと再度読み直す。

 超難解な局面で、蜘蛛の糸にすがるように不詰の順を追い続け、久保が言うには

 


 「いままでの将棋人生の中で、いちばん脳みそがフル回転したはずです」


 


 焼けつくほどにエンジンを回し続けた結果、なんと久保は、今度は自身に「奇跡的」となる手順を発見する。

 それは行方尚史九段が、当時話題となっていたアイススケートの技から「トリプルルッツ」と。

 あるいは、勝又清和七段が「無死満塁を切り抜けた《江夏21球》」とも呼んだ、あまりにも出来すぎた、しのぎのワザだったのだ。

 

 (続く

 

 

 

 

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スフィンクスの謎かけ 谷川浩司vs南芳一 1989年 第14期棋王戦 第1局

2024年07月28日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 谷川浩司ブレイクするまでに、意外と時間がかかった印象があった。

 谷川といえばデビュー前から大器の誉れ高く、

 

 中学生棋士」

 「21歳名人獲得」

 

 ほとんど、最短距離で棋界の頂点へ駆け抜けた男。

 となれば、その歴史は「勝利の歴史」のように見えるが、実はこの名人獲得以降、次の頂点である「四冠王」までけっこう苦戦していた時期もあるというのは、リアルタイムで見ていてヤキモキしたもの。

 そう聞けば、

 

 「まあ、羽生さんがいたからねえ」

 

 という声が聞こえてきそうだが、それより以前に立ちはだかった男が2人いたのだ。

 一人は高橋道雄九段

 そして、もうひとりが南芳一九段

 中原誠米長邦雄といった先輩と同時に、この「花の55年組」のの重いライバルたちが、谷川の前進をはばむ。

 当初は高橋に苦しめられたが、その後はとタイトル戦で戦うことが増え、ここでも一筋縄ではいかない勝負を強いられてきたのだ。

 


 1989年の第14期棋王戦は、谷川浩司棋王南芳一王将挑戦

 関西同士のタイトル戦ということで話題を集めたが、これが第1局から熱戦になった。

 相矢倉になったが、後手の谷川がから仕掛けて、激しい戦いに。

 むかえた最終盤。 

 

 

 谷川が△67桂成を取って、先手玉にせまったところ。

 南の玉は受けがなく、なら後手玉を詰ます以外に手段がないわけで、南は▲31角王手する。

 △12玉▲13角成から、▲37にある桂馬の重しが頼もしくて詰むから、後手は△同金と取り、▲同竜△同玉に、▲61飛

 

 

  さあ、この局面をどう見るでしょう。

 一目、先手の持駒が豊富で詰みそうだが、果たしてそうだろうか。

 相手は「光速の寄せ」を売り物にし、詰将棋の名手である谷川浩司だ。

 そんな簡単に、詰みのある局面に誘導してくるはずなどもなく……。

 

 

 

 

 △41飛と打つのが、盤上この一手の限定合

 ここで△41金△41角は、▲32金△同玉▲43角の筋で詰まされてしまう。

 

 

 

 △同玉▲41飛成でカンタン。

 △22玉も、▲21角成△同玉▲41飛成で自然に追っていけば詰む

 この詰み筋が基本にあって、これだけなら我々もまあ理解できる。

 ポイントこの基本図になったとき、後手の駒がどこに利いていて、先手持駒になにがあるかが問題。

 この組み合わせによって、天国か地獄か大違いなのだ。

 △41飛なら▲32金から入ると、最後にがなくて詰まないから、今度は▲32銀から入る。

 △同玉▲43角△22玉とかわして、▲21角成△同飛(!)と取れるから詰まないのだ。

 

  ここで△21同飛と取れるのが、飛車合の効果。
 合駒が打だと、△同玉▲41飛成で簡単に詰んでしまう。

 

  「なるほどー」と感心することしきりの読みだが、話はここで終わりではない。

 不詰が見えた南は、▲41同飛成と取って、△同玉▲61飛と再度打ちおろす。

 

 

 

 これがまた悩ましい王手で、なにを合駒するのか。

 腕自慢の方は考えてみてください。今度もまた、これしかないという手で……。

 

 

 

 

 

 

 △51角と打つのが、ふたたび盤上この一手の絶妙手

 ふつうに△51金とハジくと、▲31金が送りの手筋で、△同玉▲51飛成

 以下、△41飛▲32銀△同玉▲43角で「基本図」と似ているが、やはり後手玉は捕まっている。

 

 

 △同玉▲41竜

 △同飛▲31金尻金仕留められる。

 これが△51金合

 ▲51飛成で、相手にを渡してしまうのがマズイのだ。

 この形は▲43角△22玉と逃げても、▲31銀△12玉▲22金と、やはりここでが使える。

 △同銀▲同銀成△同玉とバラして、▲21角成

 

 

  これも、さっきと似たような形だが、△同玉▲41竜

 △同飛(飛車)の位置がさっきと一路ちがうのと、△33がいなくなっているから、今度は▲42竜として一間竜の形でピッタリ詰む。 

 ▲61飛に今度△51飛も、やはり▲31金から、比較的簡単に詰まされる。

 ここはだけが安全な駒。

 ▲43角△同飛としたときに、先手の持駒にをあたえないことによって、▲22金からの王手や▲31金尻金を打たせないためだ。

 角合に本譜も▲31金からせまるが、△同玉▲51飛成

 

 

 ここでも、合駒を間違えば即終了だが、もはや神がかりの谷川はやはら誤らないのだ。

 

 

 △41飛が、みたびの限定合で詰みなし

 ここを△41金では▲32銀△同玉▲43角から△同玉▲41飛成

 △22玉▲21角成と「例のコース」で詰み

 飛車合のみ、▲32銀△同玉▲43角にやはり△同飛(!)と取って、先手の持ち駒に金がないから▲31金と打つ筋がなく負け

 

 

 ▲43角△同玉なら▲41飛成だが、△同飛で、を渡してないから▲31金が打てず指す手がない。

 

 

 手順ばかりで申し訳ないが、あまりにもすばらしい読みなので、ここで紹介したかったのだ。

 とにかく、この飛車飛車合駒は、すべてこれだけが正解という綱渡り。

 他の駒だと、一瞬でが飛ぶという、危険きわまりない場面だったのだ。

 似たような形で詰む詰まないが分かれているため、錯覚を起こしやすい筋もあろうに(こっちも検算していて、頭がこんがらがります)、それをすべてしのいでの勝利だから、このころの谷川の切れ味は異様だった。

 神業連発で初戦を制した谷川は、第2戦にも勝利しアッサリ防衛を決めるのかと思いきや、そこからなんと3連敗でタイトルを失う。

 いに当時の谷川は、こういうところで手間取ることが多く、その強さにもかかわらず、羽生善治の勢い飲まれそうになる遠因となったのであった。

 


 (伊藤看寿の傑作詰将棋「将棋図巧」第一番はこちら

 (伊藤宗看の超絶技巧『将棋無双』についてはこちら

 (その他の将棋記事はこちらから)

 

 

 

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「さわやか流」の詰み 米長邦雄vs加藤一二三 1987年 A級順位戦

2023年11月25日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「すごい詰み」を見ると、なんだか得したような気分になれる。

 将棋の終盤戦というのはそれだけでもエキサイティングだが、最後の場面で、

 

 「え? 本当にこれが詰むの?」

 

 といった皆が目をむくような収束を見せられると、その満足度も倍増。

 藤井聡太八冠が人気なのも単に強いだけでなく、そんな「えー!」な寄せ詰みを見せてくれる期待度があるからなのだ。

 そこで今回は、そんな「ホンマに?」な詰み筋を。

 

 1987年A級順位戦

 米長邦雄九段加藤一二三九段の一戦。

 両者らしい、がっぷり四つの矢倉戦になり、後手の加藤が仕掛けたところから米長も反撃をくり出す。

 むかえたこの局面。

 

 

 

 

 米長が駒得だが、後手の攻めもが跳ねてきて、7筋も素通しで怖い形。

 先手は飛車の位置が中途半端で、一方の後手からは△76桂とか、△77歩△97桂成△75銀など山ほど攻撃手段がある。

 

 「矢倉は先に攻めたほうが有利」

 

 という法則によれば、後手ペースということになりそうだが、ここで米長がいい手を見せてくれる。

 

 

 

 

 

 ▲58銀と引くのが、落ち着いた受け。

 遊び駒になりかけているを、ジッと引きつけておくのが「大人の手」という感じ。

 後手からは△76桂というのがきびしい攻めだが、それには▲同金と取って、△同飛▲67銀と上がるのがピッタリの好感触。

 

 

 取り残されそうな銀を、さばかせるのはおもしろくないと、加藤は△77歩から入り、▲同桂△同桂成▲同金直

 そこで△85桂と攻めを継続するが、強く▲同銀と食いちぎって、△同歩▲45飛△44歩▲85飛と豪快に転換するのが米長流の力業。

 

 

 まるで振り飛車のさばきのような大駒使いで、一気に視界が開けた印象だ。

 以下、加藤も△96歩から攻撃を続行して、勝負は最終盤へ。

 

 

 図は加藤が△76銀と打って、一手スキをかけたところ。

 これで、先手玉はほぼ受けなし。一方の後手陣はまだ囲いが健在で、一見して先手が負けのようだが、米長はすでに読み切っていた。

 後手玉には、なんと詰みがあるのだ。

 腕自慢の方はチャレンジしてみてください。ポイントはあの駒の利きが絶大で……。

 

 

 

 

 

 

 ▲14桂、△同歩、▲13銀が豪快な寄せ筋。

 △同桂▲21飛と打って、△33玉▲24銀△同歩▲同角まで。

 △同香と取るしかないが、そこで▲33銀(!)と打ちこむのがカッコイイ決め手。

 

 

 「焦点の歩」ならぬ焦点ので、後手は5通りもの応手があるが、すべて詰んでいるのだからすごいものだ。

 △同桂はやはり▲21飛

 △同玉▲25桂△22玉▲13角成と切って、△同桂に▲21飛

 加藤は△同金寄と取ったが、ここは△同金直でも△同角でも同じで、▲13角成があり、ここで投了

 以下、△同玉▲14歩と取りこんで簡単。

 ▲68角の利きがすばらしく、意外なほど後手玉は狭かった

 見事な収束で、まさに「さわやか流」と呼ばれた米長らしい勝ち方であると言えよう。

 

 


 ■おまけ

 (米長の驚異的な終盤力はこちら

 (米長のすばらしい見切り

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 

 

 

 

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この詰将棋小説がすごい! 団鬼六『駒くじ』

2021年10月30日 | 詰将棋・実戦詰将棋
 今日は「詰将棋小説」を紹介したい。
 
 このところ、江戸時代の名人である伊藤看寿の『将棋図巧』(→こちら)や、伊藤宗看の『将棋無双』(→こちら)に、現代では角建逸詰将棋探検隊』(→こちら)。
 
 などなど、詰将棋の奥の深さについて語っているが、おもしろいことに、世の中にはこれを題材にした、短編小説というものも存在する。
 
 それが、団鬼六さんの書いた『駒くじ』。
 
 時は明治元年に起こった土佐藩の悲劇、堺事件を題材にした作品となっている。
 
 幕末の動乱の中、鳥羽伏見戦争直後、堺に上陸したフランス水兵11人を、土佐藩歩兵隊が射殺するという事件があった。
 
 いちびりのフランス兵と、イジられてカッとなった日本側のケンカがエスカレートしたようなものだったが、ことが11人死亡となると国際問題である。
 
 あんな猿どもが生意気な! 激おこのフランス軍は、慰謝料と首謀者の厳罰を要求することとなった。
 
 日本側は、新政府をひいきしてくれるフランスを敵に回してはいかんと、即刻切腹を命じ、しかもその様を見物させろという、フランス側の要求も飲むことになる。
 
 そこで死を言い渡されたのが、主人公である常七であった。
 
 一介の職人で、妻と子供にも恵まれ幸せな日々を送っていた彼だったが、幼なじみの栄平に誘われて、一旗揚げようと民兵募集の誘いに乗ってしまう。
 
 そこで不運にも、この事件に巻きこまれてしまったのだ。
 
 もちろん、下っぱの常七には身におぼえのないことだが、そこは歴史のうねりに、ほんろうされた弱者の悲しさ。
 
 いわば、フランス側の求める死刑者数の「数合わせ」のために、切腹を命じられることになる。
 
 んなアホなとなげいても、命令はもはや、くつがえることはない。
 
 先輩たちが日本男児の意地を見せて、
 
 
 「死ね、この西洋ブタどもが!」
 
 
 怒号をあげ腹をかっさばき、それを見たフランス人も最初は
 
 
 「オー! ハラキリ!」
 
 
 よろこんでいたのが、あまりの凄惨さと日本側の怒りに、だんだん青くなっていき、ついには次々と気を失っていくのを見るにつけ、今さら、
 
 
 「あ、自分、武士じゃないんで、切腹とか無理ッス」
 
 
 とはいえるはずもない。
 
 嗚呼、げに悲しきは、雰囲気に流されやすい日本人である。
 
 急転直下の人生終了に、常七は平静ではいられない。
 
 妻も出来たばかりの子供もおいて、なぜ自分は理不尽に、この世をさらねばならないのか。
 
 あまりのことに、心静かにお経を唱える気にもならない。そんな彼の元に差し入れられたのが、一題の詰将棋であった。
 
 先輩の侍が、常七の将棋好きを知って渡してきたのだ。
 
 
 「死ぬまでに解けるかやってみよ」
 
 
 んなこといわれても、という話だが、これがいざやってみると、簡素な図式だが意外と難問である。
 
 盤上には四枚に(四桂《しけい》だ!)あとは飛車と、持駒はのみ。
 
 手も限られていてすぐに詰みそうだが、▲41飛成中合の手筋があって、のがれている。
 
 おなじみの、打ち歩詰めになるのだ。
 
 
 ▲41飛成、△31歩、▲同竜、△21歩……ああ、いかんぜよ……。
 
 
 そうこうしている内に、処刑の時間はせまってくる。
 
 ふだんは学校のテスト程度でも、答えがでてないときに「あと10分」なんていわれると心臓が止まりそうになるが、こちらは待っているのが本物の死なのだ。
 
 あせる常七。最初はどうでもいいと思っていた詰将棋だが、こうも詰まないと、死んでも死に切れないという気持ちになってくる。
 
 詰むはずだ、詰むはず。
 
 もしこれを解けないまま、首を切られたら……。もうすぐ解けそうなのだ、天よ、いましばらく自分に時間を与えてくれ……。
 
 果たして常七は、いまわの際に、最後の詰将棋を解くことが出来たのか。
 
 処刑の時刻が刻々と迫る中、必死に謎を解こうとする常七の姿は、まるで良質のサスペンス映画のよう、真に迫って胸を打つ。
 
 詰将棋を知らなくても、一級の心理小説としても読める。
 
 ポルノ作家で、将棋きちがいでもあった団鬼六先生の、野太い筆力が堪能できる一品。幻冬舎アウトロー文庫『果たし合いに収録。
 
 と、ここまで書くと、
 
 「その問題、自分も解いてみたいッス」
 
 という腕自慢の読者がいることだろうということで、ここに紹介するとこちら。
 
 
 
 
 
 パッと見、簡単に詰みそうだが、これがなかなかの難敵
 
 シンプルな作りなので、ひらめくか、ひらめかないかの勝負です。
 
 なれた人なら一目かもしれないが、ルールをおぼえたてくらいの人は、けっこうてこずるかも。解答は最後に。
 
 ただ、これを今見てさっと答えて、
 
 「できた、簡単じゃん」
 
 などとイバるというのは、ちょっとばかしフェアではない。
 
 それはそうである。あなたは今、でコーヒーでも飲みながら、パソコンかスマホで、ここを見ているはずだ。
 
 そんなリラックスした状態では、頭もなめらかに働こうというもの。
 
 一方の常七はあと1日、数時間、いや今まさに粗むしろの上に引っ立てられ、介錯の刀が背中で振りあげられている状態で、この問題に挑んだのだ。
 
 それと、家でコーヒーとを同じにしてはいけない。
 
 なので、真にこの問題と向き合うなら、まずは堺の街でフランス兵を撃ち殺す。
 
 そして、わけのわからないまま死刑判決を受けて、「えー、そんなー」と気持ちの整理もつかないままに放りこまれる。
 
 今にも吊されようとする、コーネルウールリッチ的タイムリミットサスペンスな状況を作ってから、おもむろに問題に取り組む。
 
 そこで見事、解けたら「正解」というのが本筋であろう。
 
 ぜひ、チャレンジしていただきたい。
 
 
 
 
 
 
 ★詰将棋の解答
 
 ▲12歩 △21玉 ▲41飛不成 △31歩 ▲11歩成 △同玉 ▲31飛不成 △21銀(角) ▲12歩 △22玉 ▲32桂成 △同銀(角) ▲11飛成
 
 
 までの13手詰め
 
 3手目の▲41飛不成が、意表の好手で、指将棋ではまず見ない「打ち歩詰回避」という詰将棋の基本手筋。
 
 △31歩の合駒に、▲11に成捨てての送りの手筋で、またも▲31に飛車を不成
 
 ここで、▲31同飛成(▲41飛成から▲31竜)は、△21合に▲12歩打ち歩詰。
 
 最後は▲32に桂馬を成り捨てての、今度こそ▲11に飛車を成ってきれいな収束。
 
 ▲12歩と▲11の竜の連携が、いかにも詰将棋らしくて、こういうのを「なるほど」と感じはじめると、だんだん、おもしろくなってきます。
 
 
 (おまけ 藤井聡太三冠が9歳(!)のときに作った詰将棋は→こちら
 
 (おまけ2 藤井聡太三冠がお気に入りの自作は→こちら
 
 
 
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「飛車不成」の詰みと受け 黒沢怜生vs富岡英作 2015年 棋王戦 清水上徹vs早咲誠和 2010年 朝日アマチュア名人戦

2021年10月24日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 大駒の「不成」には子供のころ感動したものだった。

 将棋において、桂馬香車は「不成」で使うのが好手になるケースも多いのは、格言にもなっているところ。

 だがこれが、飛車に関しては、成って損をするところがないのだから、「不成」にする意味はまったくない。

 ……と見せかけて、実は飛車や角が不成で好手になることもあり、それが詰将棋の「打ち歩詰」を回避する手筋。

 将棋は最後に、持駒の歩を打って詰ますのは反則で、それだけだと意味のよくわからないルール。

 なのだが、幸いにと言っては変だが、これがあるおかげで、ものすごく奥が深くなったのが詰将棋の世界で、先日紹介した古典詰将棋「将棋図巧」(→こちら)「将棋無双」(→こちら)でも頻出する手筋だ。

 この形を回避するため、詰将棋には飛車や、ときにはさえをあえて「不成」で使うという形が頻出して「おー」と歓声が上がる(その神業的な詰将棋は→こちら)。

 また、ここに超の上に、もうひとつがつくレアケースではあるが、実戦でも大駒の「不成」が出てくる、奇跡的な形というものもある。

 前回は実戦に出てきた、まさかの「角不成」を取り上げたが(→こちら)、今回も様々な大駒の不成を取り上げてみたい。

 

 2015年の棋王戦。富岡英作八段黒沢怜生四段の一戦。

 話題になったのは、最終盤のこの図。

 

 

 

 先手玉は一目詰みがありそうだが、パッと見える△59飛成▲49金と引いて、△38歩打ち歩詰で不可。

 だがここで、後手からすごい手があるのである。

 

 

 

 

 △59飛不成が、目の錯覚か誤植を疑う絶妙手

 ▲49金と引くのは、今度こそ△38歩が利く。

 

 

 

 

 ▲48玉(ここに逃げ道を作っておくのが不成の効果)に△57飛成でピッタリ詰み。

 △59飛不成▲49歩と合駒しても、やはり△38歩と打って、▲同金、△同銀成、▲同玉に△27金打、▲48玉、△57飛成、▲39玉。

 

 

 

 ここで△38歩はやはり打ち歩詰だが、△38金と捨てるのがうまく、▲同玉に△47竜、▲39玉、△38歩▲28玉(ここに逃げられる!)、△27竜(金)まで詰み。

 まさに、打ち歩詰めの局面は、なにか一工夫すれば手はあるという、

 

 「打ち歩に詰みあり」

 

 の格言通りの手順だった。

 あまりの劇的な幕切れに、黒沢も何度も何度も確認したそう。

 気持ちはわかります。まさかという形だし、万一不成で行って、逆に詰まなかったらギャフンですもんねえ。

 

 次はアマチュア同士の名局から。

 2010年朝日アマチュア名人戦決勝。

 清水上徹アマ名人と、早咲誠和挑戦者の決勝3番勝負第3局

 

 

 

 後手の早咲さんが△27銀と打ったところだが、将棋はほとんど終わりに見える。

 先手玉は蜘蛛の糸を渡るギリギリの綱渡りで、ほとんど必敗だが、かすかに最後の望みと言えるのは、まだ詰めろではないこと。

 そう、△16歩は、おなじみの打ち歩詰で反則負け。

 清水上さんは、ここで▲34飛と打つ。

 △14桂、▲同歩、△15歩必至を消した手だが、一瞬「え?」となるところ。

 後手から、打ち歩詰回避をねらって、△25桂と王手する筋があるからだ。

 

 

 

 

 ▲同飛成△16歩で、▲同竜、△28銀不成、▲18玉、△17歩、▲同竜、△19銀成という、端玉を追いつめる教科書のような詰みがある。

 投了しかない図に見えるが、ここでまさかという、しのぎがあった。

 

 

 

 

 

 

 なんと、▲25同飛不成(!)と取る手があった。

 これでやはり、△16歩打てず先手がギリギリでしのいでいる。

 「創作次の一手」だとしか思えない図だが、信じられないことに実戦だ。

 すごい将棋も、あったもんである。

 以下も、先手の懸命のねばりに、早咲さんが何度も寄せを逃してしまい逆転

 清水上さんが、初のアマ名人防衛を決めた。 

 将棋自体もすばらしいが、これが清水上徹と早咲誠和というアマチュア界の頂点をきわめた二人が、すべてを出し切って戦い、この局面にたどり着いたという事実が感動的だ。

 決勝戦での奇跡。

 なにかこう、「究極の将棋」という気にさせられるではないか。

 

 (「打ち歩詰」ではない、もうひとつの「飛不成」編に続く→こちら) 

 

 

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角建逸『詰将棋探検隊』 「詰将棋」=「ミステリ」+「SF」説について

2021年10月21日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 角建逸『詰将棋探検隊』を読む。

 こないだは、江戸時代名人によって創られた図式集、伊藤看寿の『将棋図巧』と伊藤宗看の『将棋無双』に大感動してしまった話を書いた(『図巧』については→こちらで、『無双』は→こちら)。

 その神業としか言いようのない出来のすばらしさのため、恥ずかしいことに、手順を追いながら(解けるだけの棋力はない)ボロボロと泣いてしまった。

 世間は一般に、恋人が死んだりする映画や、自分を信じてと歌う歌詞で泣いているという。

 そこを、江戸時代の将棋パズル号泣するって、我ながらどうなのと、冷静に一言つっこみを入れたいところではある。

 しかーし! この詰将棋というジャンルは深く知れば知るほど深淵で、かつ芸術的な側面があるのだ。

 たかが詰将棋で、芸術なんておこがましいというなかれ。

 駒の動かし方を知っていて、パズルや数学が好きな人は一度、詰将棋専門誌『詰将棋パラダイス』(略称詰パラ)を開いてみてほしい。

 私の興奮が、一発でわかるはずだ。

 それにしても不思議なのは、あんな神がかり的な作品が、山のように詰まっている江戸時代の詰将棋。

 これが、同時代のことについて書かれている本なんかでも、まったくといっていいほど紹介されていないこと。

 日本人には一部「江戸時代萌え」な層があって、その手の資料は数あるのだが、歌舞伎相撲などといったメジャーどころと比べて、将棋、ましてや詰将棋はほとんど無視である。
 
 こんなにすごいのに。

 冗談でもなんでもなく、国宝にでも申請するべきではなかろうか。

 「江戸しぐさ」なんていうバッタもんを教えるくらいなら、「詰むや詰まざるや」を教科書にのせんかい!

 そんなグチをぶつぶつともらしながらも、今日もすばらしい詰将棋を求めて『詰将棋探検隊』を手に取ったわけだが、これがまたあきれかえるくらいにハイレベルな一冊。

 詰将棋は単に相手の王様を詰ます(逃げ道のない状態に追いこむ)だけでなく、そこには様々な仕掛けが、ほどこされることがある。

 「打ち歩詰め打開」や「中合」といった基本的な手筋から、最長手数である1525手詰の作品「ミクロコスモス」 。

 「龍鋸」「馬鋸」といった、アクロバティックな仕掛け。

 果ては、盤上にすべての駒が配置されたところからスタートするにもかかわらず、それが1枚ずつ消えていって、最後には必要最小限の駒しか残さない「煙詰め」。

 他にも、詰めあがり(正解図)に文字が浮かぶ「あぶりだし」とか、まあ色んな趣向が凝らしてあったりするのだ。

 作家によっては若島正先生のように、そういったケレン味を嫌う人もいるが、私のような素人からすると、これら中国雑技団的な作品の方が、わかりやすいといえばわかりやすい。

 とりあえず、図面だけ見てわかるような作品としては、たとえば田島暁雄さん作の、こんなのとか。

 

 

 

  

      

             
 相馬康幸さん作の、こんなんとか。

 



                     



 伊藤正さん作の、こんなんとか。

 

 

 

 




 詰将棋の名手でもあった、内藤國雄九段が作った、こんなんとか、こんなんとか。

 

 


                     







 どうです。頭がおかしくなりそうな配置でしょう。

 しかも、まともに考えていたら詰みそうにないこれらの図が、しっかりと詰むだけでも驚きなのに、それがなんと正解が一通りしかなく、それ以外の手順では、絶対に詰まないというのだから恐ろしすぎる。

 どんな頭脳をしているのか。

 これはもう、あらゆる知的遊戯創作にまつわる人に共通するが、その人間離れした能力を、もっと社会貢献に流用できないものか。



 「その能力、もっと役に立つことに使えよ!」



 嗚呼、このつっこみこそが、芸術にたずさわるものにとっての、最高のほめ言葉かも知れないなあ。

 最高級のポテンシャルを、まったくにならないことや、世間で知られていないことにつぎこむ。

 あえてこの言葉を使うなら、才能の無駄使い

 これはもう世界で一番、贅沢優雅な生き方かも。

 貴族だよ、まさに精神貴族。カッコいいなあ。

 個人的に思う詰将棋の魅力というのは、本格ミステリSFのそれを、合わせ持っているということかも知れない。

 私は読書が好きで、本読みというのはそれがエンタメに関しては、ざっくりいえばミステリ派とSF派に分けられる。

 私はどっちも好きなハヤカワ創元育ちだが、ミステリの本質といえば、



 「惹きつけられる不可思議な謎の提示」

 「その論理的な解決」



 またSFはそこに「奇想」というか、

 

 「ようそんな発想、思いつきますなあ」



 と、あきれかえるようなアイデアにある。

 『ソード・ワールドRPG』をはじめとするTRPGや『モンコレ』など、幾多のボードゲームやカードゲームを世に送り出してきた、グループSNEのボス安田均さんは、



 「海外の特にドイツのボードゲームとかカードゲームで遊んでると、《どこからこんなん思いついたん?》っていいたなるような、すごいアイデアがごろごろ出てくるんです。そこには、昔のSF短編を読んだときと同じようなおどろきがあるんですよ」



 これは、詰将棋もまったく同じなのだ。

 魅力的なの提示と論理的解決。そこに「ようそんな」とあきれかえる奇想のスパイス。

 まさにミステリであり、SFではないですか。

 

 (団鬼六の詰将棋小説編に続く→こちら

 (伊藤正さんの詰将棋の解答は→こちら

 

 

 

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「角不成」のしのぎ 杉本昌隆vs渡辺明 2008年 第67期B級1組順位戦 上野裕和vs前田祐司 2004年 第63期C級2組順位戦

2021年10月15日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 大駒の「不成」には子供のころ感動したものだった。

 将棋において、桂馬香車は「不成で使うのが好手になるケースも多いのは、格言にもなっているところ。

 だがこれが、飛車に関しては、成って損をするところがないのだから、「不成」にする意味はまったくない

 ……と見せかけて、実は飛車や角が不成で好手になることもあり、それが詰将棋の「打ち歩詰め」を回避する手筋。

 将棋は最後に、持駒のを打って詰ますのは反則で、それだけだと意味のよくわからないルールなのだが、幸いにと言っては変だけど、これがあるおかげで、ものすごく奥が深くなったのが詰将棋の世界。

 この筋を回避するため、詰将棋には飛車や角をあえて「不成」で使うという形が出て「おー」と歓声が上がる。

 ここのところ、『将棋無双』(→こちら)や『図巧』(→こちら)など江戸時代の古典詰将棋を紹介してきたが、そこでも頻出し、あざやかなワザの数々には感嘆しかない。

 また、ここに超の上に、もうひとつ超がつくレアケースではあるが、実戦でも大駒の「不成」が出てくる、奇跡的な形というものもある。

 前回は先崎学九段が、若手時代に順位戦でやってしまった大ポカを紹介したが(→こちら)、今回は不成にまつわる絶妙手を。

 

 2008年の、第67期B級1組順位戦

 渡辺明竜王と、杉本昌隆七段の一戦。

 相穴熊の激戦から、むかえたこの場面。

 

 

 

 最終盤、△15香と「最後のお願い」の王手が飛んできたところ。

 これはすでに「形づくり」だが、われわれがただ見ただけでは、先手玉は詰んでいるように見える。

 ▲15同角成の一手に、△16歩▲同馬△同銀成から狭いところにいる杉本玉は、かなり危ない。

 しかし、ここで劇的な応手があったのだ。

 

 

 

 

 ▲15同角不成で詰みはない。

 △16歩打ち歩詰めで打てない。ここで渡辺は投了

 こんな手で敗れて、さぞやくやしいだろうに、ちゃんとここまで進めて投了した渡辺もえらい。

 私はあまり「形づくり」というものにこだわらないタイプで、特に若手棋士なんかは最後まであきらめず、食らいついて行く根性を見せてほしいものだが、こういう場面は例外でしょう。

 なんて、きれいな図。熱戦を戦った二人に拍手、拍手。

 正確には、ここは▲15同角成でも詰みはなかったようですが、まあそれは野暮ということで。

 

 続けて、もうひとつ。

 2004年の第63期C級2組順位戦

 前田祐司八段上野裕和四段の一戦。

 前田の急戦向かい飛車から、激しい玉頭戦に突入。

 

 

 

 

 △95香と走って、前田は勝ちを確信していた。

 ▲同角成の一手に、△96歩、▲同馬、△同銀成、▲同玉、△91飛から先手玉は詰んでいるからだ。

 しかし、ここで前田に読み抜けがあった。

 もう、正解はおわかりですよね。

 

 

 

 

 

 

 ▲95同角不成で、先手玉は助かっている。

 さっきの杉本が見せた▲15同角不成は、渡辺もおそらく知ってての「形づくり」だろうが、こっちは相手が見えてなかったから、純粋な絶妙手として炸裂。

 投了を待っていたはずの前田は、さぞや、おどろいたことだろう。

 以下、上野が逆転で勝ち。深夜のドラマだった。

 

 (実戦で出た「飛不成」編に続く→こちら

 

 

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論理の芸術 湯川博士&門脇芳雄 『秘伝 将棋無双 詰将棋の聖典「詰むや詰まざるや」に挑戦!』 その4

2021年10月12日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 前回(→こちら)に続いて、『秘伝 将棋無双』(湯川博士著 門脇芳雄監修)について。

 以下ネタバレになるんで、『将棋無双』を自力で解いてみたい人(がんばってください)は、飛ばしてほしい。

 前回は「不成」それも2連発という、超弩級のトリッキーな手筋について語ったが、この感動をさらに上回るのが、最後に出された「神局」とも呼ばれる「第30番」。

 

 

 

 

 これがまた、驚天動地のすごいシロモノ。

 詰め手順は、まず▲23金と、金のタダ捨てから入り、△25玉に▲24金と、さらに捨てる。

 △同玉に▲34飛成と取って、△同玉に▲33飛

 △45玉、▲35飛成、△56玉、▲55竜

 

 

 ここまでは、特になんということもない手順だが、もう少し待っていただきたい。

 △67玉に、▲66竜と追って、△78玉、▲79香、△同玉、▲68銀、△88玉、▲77竜、△98玉、▲99歩、△同玉、▲97竜、△98銀成、▲66馬。 

 

 

 お待たせいたしました。

 ここからが、伊藤宗看渾身のスーパーイリュージョンが開始されます。

 盤面下で眠っていたが、ここから、おそるべき活躍を見せます。

 ▲66馬、△89玉に、▲56馬と王手。

 △99玉に、ひとつ上がって▲55馬と王手。

 △89玉に、ひとつ横にすべって▲45馬の王手。

 

 

 △99玉に、ひとつあがって▲44馬の王手。

 △89玉に、ひとつ横にすべって▲34馬の王手。

 ……と書き写してみると、ただを動かして王手してるだけで、後手は玉を△89△99と同じ手で逃げるだけ。

 なんのこっちゃというか、やる気あるんかと怒りたくなる、意味不明の手順に見えるが、これが盤に並べてみると、同じ手の繰り返しのようで、少しずつ違っているのがおわかりだろうか。

 そう、の位置が微妙にズレているのだが、そのことによって、これが▲66の地点から、一歩ずつ北東の方角に、上がっていってるのだ。

 この馬の動きは、まるでノコギリのようだから「馬鋸」と言われる高等テクニック。

 もちろん、ただおもしろいだけでなく、ふかーい意味がある。

 それは手順を追えばわかるもので、ここまでくれば次の手はおわかりでしょう。

 ▲34馬、△99玉に、▲33馬と、さらに一歩前進。

 △89玉に、▲23馬、△99玉に▲22馬

 △89玉に▲12馬

 

 

 これで、ようやっと、ねらいがわかった。

 でギコギコやりながら、先手がやりたかったのは、王手しながら遠くにある△12をいただくためだったのだ。

 この時点で、すでにため息だが、まだまだ、これは序章である。

 首尾よく歩をゲットした馬は、今度どうするか。

 ▲12馬、△99玉、▲22馬、△89玉、▲23馬、△99玉、▲33馬、△89玉、▲34馬。

 

 

 △99玉、▲44馬、△89玉、▲45馬、△99玉、▲55馬、△89玉、▲56馬、△99玉、▲66馬、△89玉、▲67馬、△99玉、▲77馬

 

 

 少し並べれば、あとは見なくてもわかるだろう。

 そう、今度はさっきの鋸道を後ろ歩きで、ギコギコと元の場所まで戻っていくのだ。

 で、この馬はここでお役御免と、△89玉に、▲78馬と捨ててしまう。

 ▲78馬、△同玉に、今度は▲77竜から追っていく。

 △69玉、▲79竜、△58玉、▲59竜

 

 

 

 

 

 今度は「高野山の決戦」を思い起こさせるような、ぐるぐる回し。

 △47玉、▲57竜、△38玉、▲37金、△28玉、▲27金、△38玉、▲28金、△39玉、▲48銀、△28玉、▲37竜、△18玉、▲19歩。 

 

 

 ここに来て、ようやっと馬鋸の真意がわかる。

 この▲19歩が打ちたいがための、大遠征だったのだ。

 これをやらずに、▲66馬の王手から、▲67馬と捨駒をすると、ここで歩が足りず不詰になってしまうのだ。

 エライ仕掛けがしてあるものだ。こんな、素人には見破れませんで!

 しかも、話はまだ、これでは終わらない。

 △19同玉に、▲17竜と王手したところで、背中のあたりから冷や汗がタラリと一筋、タレてくることとなる。

 ま、まさかこれって……。

 そう、そのまさか。

 この形は、さっき▲66馬の王手から、ギコギコと盤面をナナメに切り裂いていったのと、瓜二つではないか!

 △18銀成に、▲82角成と、ほとんど忘れられていたが、ここで成り返ってくる。

 

 

 

 となれば、もうこの後の手順は、お分かりであろう。

 詰め方は、さっきとのように、▲83、▲73、▲74、▲64、▲65と、テンポよく南下してくる。

 

 

 これには、並べていて腰が抜けそうになった。

 一回、が行って返って鋸引きをするだけでもすごいのに、今度はからもう一回ひええ!

 そして、▲46馬、△29玉に、やはり同じく、▲47馬▲37馬▲38馬と捨ててしまってお役御免。

 最後は、鋸引く馬の利きまで誘導する役割だった、いわばこの詰将棋のコンダクターだったが、またも風車のように、くるくる回りながら追っていく。

 △38同玉、▲37竜、△49玉、▲39竜

 長かった旅路も、ここで終わりだ。

 △58玉に、最後は▲59竜で、詰め上がり。

 

 

 

 この詰め上がり図が、なんとまったくの左右対称で終了するという、見事なウルトラC。

 大げさではなく、この図を見たときに、泡を吹いて倒れそうになりました。

 なんやこれは、こんな手順を人間が創るなんてありえるのか、奇跡だ、神だ、まさに神局

 もちろんのこと、それらのアクロバティックな技の数々は、すべて必然手であり、それ以外のもって行き方では、詰まないように設計されているのだ。

 なんという高度な作品なのか。もう泣きそう。

 いや、本当に泣いた。私はこの本を読んで、東洋文庫の本式の『詰むや詰まざるや』を実際に買って、ざっと読んでみた。

 そのあまりのすばらしさ、美しさに、ページを繰りながらボロボロとを流してしまった。

 将棋パズルの本を読みながら、おえおえ、えぐえぐ、と嗚咽している男というのは、実に滑稽というか意味不明だが、そんなことも気にならないまま私は泣き続けた。

 どうやったら、こんなすごいものが、作れるというのか。

 これは、詰将棋どころか、将棋自体を知らない人でも、ぜひとも一度は鑑賞していただきたい。
 
 今からでも遅くない、日本はこれを文化財に指定すべきだ。

 なんなら、ルーブルみたいな美術館博物館に展示してもよい。それくらいの価値はゆうにある。

 現役のプロ棋士の中には、この『将棋無双』と『図巧』に魅せられてこの道に進んだという人もいるそうだが、その気持ちのカケラくらいは、胸が痛くなるくらいにわかった。

 そして、詰将棋とは先人の残した偉大な遺産であり、そこには確実に「芸術」と賞されるだけの、がこめられているということも。

 こんなすばらしい日本の、いや人類の宝が、将棋ファンにしか、いや将棋ファンでさえも知らないというのが、もったいなくて仕方がない。

 すっかり『詰むや詰まざるや』にアテられてしまった私は、この本を歴史書、ミステリ、SF、そして「泣ける本」として、オールタイムベスト候補に推したい。

 

 (『詰将棋探検隊』編に続く→こちら

 (斎藤慎太郎八段が解説する「将棋無双 第二六番は→こちら

 

 

 

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論理の芸術 湯川博士&門脇芳雄 『秘伝 将棋無双 詰将棋の聖典「詰むや詰まざるや」に挑戦!』 その3

2021年10月09日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 前回に続いて、『秘伝 将棋無双』(湯川博士著 門脇芳雄監修)について。

 江戸時代の名人である三代伊藤宗看の創った百題の詰将棋集『将棋無双』。

 先日は、「歩の不成」という、実戦ではまずあらわれることのない、おそろしい詰将棋の手筋を紹介したが(→こちら)、「将棋無双」にはもうひとつ、スゴイ問題もあったのだ。

 

 

 

 

 将棋無双の第11番

 初手▲83歩成と王手すると、△71玉、▲72銀、△62玉、▲63歩打ち歩詰め

 

 

 

 

 そこでまず、初手に▲83歩不成」とする。

 

 

 

 出ました、またも不成

 ここでまず悲鳴だが、こちらも前回の問題で、少々免疫もできている。

 「ま、伊藤チャンやったら、これくらいはナ」

 なんて、平静を装っているが、次の第2波で泡を吹くことになる。

 ▲83歩不成、△71玉、▲72銀、△同玉に▲82歩不成(!)。

 

 

 

 なんと、まさかの2連チャン。

 歩をと金にしないだけでも、常人の感覚では違和感ありまくりなのに、なんと、その成らずで突いた歩を、もう一度「▲82歩不成」として王手するのだ。

 連続歩の不成!

 もちろんのこと、この一見ありえない手順は、必然でこれ以外では絶対に王様は詰まないという、唯一無二の正解なのだ。

 えええええええ!!!!!!

 こんなこと、ありえるのお?

 いやこれが、ありえるんスッよ。

 歩の不成2連発が、これしかない、まさに正義の2手なのだ。

 なんちゅう手なのか、もう無茶苦茶だよ。

 以下、△62玉、▲63歩、△同玉、▲45角、△同桂、▲54銀、△62玉、▲63歩△71玉▲81歩成、△同玉、▲86香、△同飛、▲72金、△92玉、▲83銀、△同飛、▲同角成、△同玉、▲82飛、△94玉、▲95歩、△同玉、▲96金、△同玉、▲86飛成まで。

 

 

 

 さきの歩不成のところ、ふつうに▲82歩成にしてしまうと、正解と同じように追ったとき、▲63歩打ち歩詰になる。

 

 

 

 どっこい、ここを不成にしておけば、▲63歩△71玉と逃げる余地があって、そこで▲81歩成と、今度は成って行けば詰む仕掛け。

 

 

 


 これには頭はクラクラ。めまいがしそう。

 すごいなあ、ようそんな発想が出ますわ。

 あと、さりげないんですが、前回の

 「▲94竜、△同玉、▲84金

 とか、今回の

 「▲96金、△同玉、▲86竜

 なんて、収束の形も綺麗で、そこもほっこりする。 

 今さらながらであるが、これ江戸時代の作品なんです。すげえッスわ。

 

 (「神局」編に続く→こちら

 

 

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論理の芸術 湯川博士&門脇芳雄 『秘伝 将棋無双 詰将棋の聖典「詰むや詰まざるや」に挑戦!』 その2

2021年10月06日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 前回(→こちら)に続いて、『秘伝 将棋無双 詰将棋の聖典「詰むや詰まざるや」に挑戦!』(湯川博士著 門脇芳雄監修)について。

 江戸時代の名人である三代伊藤宗看の創った百題の図式集『将棋無双』。

 詰将棋ファンなら、だれしもが知っているが、一般には、いやさ市井の将棋ファンにも、その実態は知られていない。

 だが、この『秘伝 将棋無双』を読めば、その奥深さ、そして何百年も前に作られたとは思えないほどの、おそろしいほどのレベルの高さを、まざまざと見せつけられることとなる。

 以下ネタバレになるんで、『将棋無双』を自力で解いてみたい人(いるのかな?)は飛ばしてほしいが、各作品の手順がきれいなだけでなく、



 「打ち歩詰め回避」

 「中合い」

 「ならずもの」

 「馬鋸・竜鋸」


 なんていう、ハイレベルな詰将棋に出てくるトリッキーな筋が出てくるところからが、この作品集の本領。

 たとえば、こんな問題で、これは「将棋無双 第21番

 

 

 

 初手から、▲72銀、△同玉、▲52竜、△62歩、▲73歩成と自然に追うと、△81玉、▲91角成、△同玉、▲82銀、△92玉、▲93歩打ち歩詰。

 

 

 これでダメなんだけど、ここで詰将棋独特のトリックが出る。

 打ち歩詰め回避には、「あえて玉の逃げ道を作る不成」が手筋。

 ▲52竜、△62歩合に、▲73歩不成がある!

 

 

 

 実戦では、まず間違いなく出てこない形だが、なんとこれで詰みなのだ。

 以下、△81玉、▲91角成、△同玉、▲82銀、△92玉、▲93歩。

 

 

 

 ▲73にいるのが、と金でないため、ここで△82玉とできるのが、歩不成の効果。

 

 △82玉▲62竜、△93玉、▲94歩、△同玉、▲64竜、△93玉、▲94竜、△同玉、▲84金まで。

 

 

 

 

 これを見たとき、まさにのけぞりましたよ。

 「歩不成」なんて、どう見たってただの誤植にしか見えない。

 それが唯一無二の正解なんだから、ちょっと常軌を逸している。

 なんというか、あきれてものが言えません。すごい作品だ。

 

 (「歩不成2連発」編に続く→こちら



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論理の芸術 湯川博士&門脇芳雄『秘伝 将棋無双 詰将棋の聖典「詰むや詰まざるや」に挑戦!』

2021年10月05日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 詰将棋に興味を持ったら、ぜひ『秘伝 将棋無双 詰将棋の聖典「詰むや詰まざるや」に挑戦!』(湯川博士著 門脇芳雄監修)を読んでほしい。

 『将棋無双』とは、江戸時代の名人によって作られた図式集のこと。

 今でいう将棋(囲碁も)の「名人」と言う称号は、歴史的には江戸時代に作られたものだが、棋戦のシステムがしっかりと作られている今と違って、当時の棋士はその腕を振るうような大勝負の機会が、圧倒的に少なかった。

 有名な「御城将棋」などは、あらかじめ他所で指した対局を、将軍の前で披露するというイベント。

 真剣勝負というより、むしろ良質の棋譜を見せるという、多分に、エキシビション的な側面があったと言われている。

 今も残る「形づくり」という紳士協定というか、暗黙の了解的文化は、この時代の名残なのだろう。

 では時の名人は、どこでその「真剣勝負」な本領を発揮したのかといえば、これが幕府に献上する図式(詰将棋)。

 お上に納めるものということで、下手な作品が出せないのと同時に、名人上手といわれた人間の誇りもあいまって、ここで発表された詰将棋は今の目で見ても洗練された、非常にレベルの高い作品がそろっている。

 中でも三代・伊藤宗看の創った百題の『将棋無双』は、その難解さから「詰むや詰まざるや」と呼ばれたもの。

 一昔前は、米長邦雄永世棋聖をはじめ、

 

 「これをすべて解けば、間違いなくプロになれる」

 

 とまでいわれた、まさに時代を超えた名作として、知られているのだ。

 この『秘伝 将棋無双』は、宗看の作品の中から、比較的易しい作品を20題選んで紹介していくものだが、これが、すこぶるおもしろい。

 詰将棋というと、難解で取っつきにくいイメージがあり、かくいう私も苦手であるが、この本は手順の解説が非常に明快で、スラスラ読めるのがすばらしい。

 正解以外の早詰の手順や、一見しただけでは、置いてある意味の分からない駒についても、しっかりその役割をフォロー。

 おかげで、長編詰将棋と聞いただけで、ギルの笛みたいな頭痛がする私のようなパズル音痴にも、その魅力がぐいぐい伝わってくるのだ。

 なんといっても引きこまれるのが、宗看がをこめて創った詰将棋、その詰手順の見事なこと!

 将棋を知らない人には、将棋の詰み筋に「美しい」という感覚があることが、にわかにはピンとこないだろう。

 しかしだ、記号で形成された数式や、DNA細胞の並びなどにもという感覚があるように、上質の詰将棋にも、間違いなくフィギュアスケートのような「芸術点」というのが存在する。

 捨て駒による玉の誘導や退路封鎖、合駒限定の妙など、指将棋(詰将棋ファンは、ふつうの将棋をこう呼ぶ)の終盤戦でも見られるあざやかな手筋もあり、それだけでも爽快だが、この『将棋無双』の本領はそれだけではないのである。

 そこで今回から、先日の伊藤看寿の「将棋図巧」に続いて(図巧の傑作はこちら)、いくつかそのすごさを、実際に見ていただきたい。

 今回のテーマになるのは「成らず」の手筋。

 指将棋でも詰将棋でも、桂馬香車などは局面によっては、成って金になるよりも、そのまま使った方が有効となることも多い。

 ではこれが、他の駒だとどうだろう。

 金は成れないとして、飛車と、と、か……。

 一斉に「ない、ない!」との声あがることだろう。

 将棋において、銀などはともかく、飛車とか角とか歩の場合、成らずで使う方が有利という場面は、ほぼ100%といっていいほどありえないからだ。

 ところが、その「ありえない」ことが起こるのが、詰将棋の世界である。

 それはズバリ、こないだの「図巧 第一番」でも出てきた、

 

「打ち歩詰め回避」

 

 この場面なのだ(「図巧」の素晴らしすぎる傑作については→こちら)。

 を打って詰ますのがだめなら、あえて飛車や角の効きを弱いままにしておいて、歩を打っても王様が逃げられるように「不成」(ならず)にしておくということ。

 たとえば、1983年の王位リーグ、谷川浩司名人大山康晴十五世名人との一戦。

 「光速の寄せ」が炸裂して、将棋はすでに谷川勝ちが決定的。

 仕上げにかかった谷川が、王手王手と追いかけて、この局面。

 

 

 

 後手玉はすでに詰んでいるのだが、次の手が伝説的な絶妙手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲43角不成が、まさかの実戦で実現した、あまりにも有名な「大駒の不成

 ここを▲43角成としてしまうと、△54歩、▲66銀打、△同と、▲同歩、△55玉に▲56歩が「打ち歩詰め」になってしまう。

 

 

 

 どっこい、ここを角不成とすれば、最後の▲56歩△44玉と逃げる道があるため、▲45歩、△33玉、▲23角成、△同玉、▲34角成から詰む。

 なんて、すごい手順なんだ!

 この手筋を初めて見たときは、まさに蒙が開けるというか、ともかく感動したものだ。

 素人にとって、飛車や角は100、いや1万%成るもの」だと思いこんでいたのが、成らずこそが、絶対無二の一手になる局面が存在するとは!

 目からウロコどころか、落語『天災』風に言えば、魚が一匹ボタッと落ちる見事な「成らず」の手筋だが、驚くなかれ、この『将棋無双』には、もっとすごい不成の形が出てくる。


 そう、不成が登場するのだ。

 歩は敵陣に入って成れば、「と金」になって強力な駒になる。「成金」の語源になったほど、そのパワーアップぶりはあざやかなものなのだ。

 それを、せっかく金になれるものを、あえて不成」で歩のまま使う。

 そんな状況が、あり得るというのだ。

 

  

 

 

 (続く→こちら

 

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詰むや詰まざるや 伊藤看寿「図巧 第一番」 米長邦雄『逆転のテクニック』より その2

2021年09月26日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 前回(→こちら)に続いて、「将棋図巧 第一番」の解き方。

 若き日の米長邦雄少年が、思わず固まってしまったのが、この局面。

 

 

 

 一週間におよぶ苦悶の末、ついにたどり着いたのは、▲15飛と打つ筋であった。

 

 

 といわれたところで、こちらには1ミリも理解できないわけだが、ここから伊藤看寿必殺の大江戸大サーカスがはじまる。

 飛車の王手に、△84玉と逃げるのは、▲95馬から簡単に詰み

 また、△75歩のような合駒は、▲95馬△76玉に、▲16飛を取って詰む。

 ▲15飛に、△75香移動合するのが、この際の手筋だが(△74玉と逃げる空間を作っている)、これも▲95馬から、ちょっと長いが、さほどむずかしくない手順で詰むのだ。

 なるほどー、▲15飛かあ、ええ手があるもんやなあ。

 なんて、おさまっている場合ではない。

 話はここで終わりではなく、なんとここで、後手にしのぎがあるのだ。

 それが、△25飛と打つ手。

 

 

 なんともトリッキーな手だが、これに対して、平凡に▲95馬とすると、△76玉▲16飛△26歩と合駒。

 さらには、▲77馬△85玉▲76角△84玉となって、「詰んだ!」とばかりの▲95馬通らない

 

 見事に詰んだと思いきや、△25に飛車がいてギャフン!

 

 なんとここで、△25飛横利きがスーッと通ってきて、△95同飛と取られてしまう。

 後手の△25飛は、ここまで見据えての合駒だったのだ!

 なんちゅう、あざやかな手順なのか。まさに、空中アクロバット

 そしてここへ来て、とうとう米長少年は、△16にいた意味を理解した。

 この駒こそが、この図式のテーマである、

 

 「打ち歩詰め回避」

 

 この主役となるべき存在だったのだ!

 と言われたところで、どこまでいっても、こちらにはチンプンカンプンだが、もう少し様子を見て見よう。

 △25飛には、まずは素直に▲同飛と取っておく。

 後手は△同角

 

 

 そこで一回▲95馬と飛び出して、△76玉▲26飛
 
 後手はそこで、△36飛(!)と、またしても軽業

 

 

 この合駒の意図は、先手が▲77馬、△85玉、▲25飛、△35歩、▲76角、△同香、▲95馬、△74玉、▲96馬、△85香と進んだとき、

 「▲66桂で詰み!」

 歓声をあげたところ、「やーい、やーい、早とちり」と△同飛と取ってしまうためだ。

 

 △36に飛車以外の合駒だと、これを△同飛と取れず詰み。

 


 なので、ここも、すなおに▲36同飛と取る。

 △同角▲77馬△85玉▲35飛

 後手は先の△25飛と同じ意味で、▲95馬を消すべく、△45飛と合駒。

 

 

 ▲同飛△同角▲95馬△76玉▲46飛

 これまた先の△36飛と同じ意味で、▲66桂を消して、△56飛の合駒。

 

 

 ▲同飛、△同角、▲77馬、△85玉

 と手順を踏んで、

 「これ、さっきからなにやってんの?」

 私と同じく、いぶかしんだかたも、多いのではあるまいか。

 

 

 先手は▲15飛からずっと、「▲77馬▲95馬」のループと、飛車王手を続けているだけ。

 たしかに、後手の飛車合はドラマチックだけど、同じようなことのくりかえしで、正直飽きるんですけどー。

 なんてボヤきたくもなるが、そこは一度飲みこんで、盤面を見ていただきたい。

 同じような手をくり返しているようでいて、先ほどとは明らかに違う配置の駒がある。

 そう、後手のだ。

 何度も執拗に、飛車の王手をくり返していたのは、そうしながら、△16に置いてあった角を、静かに誘導していく意図があったのだ。

 そしてそれが、約束の地である△56に来たところから、一気に蒙が開ける。

 手の見える方は「あ!」と、なったかもしれない。

 不思議な手順で△56に移動させたのは、この駒が「ある地点」に利くようになるからなのだ。

 照準にとらえた瞬間、すべての歯車が一気に回り出す。

 すかさず▲84飛と「ファイヤー!」。

 

 

 △同玉、▲95馬、△83玉、▲82金、△同歩。

 と並べてみると、おいおい、それはさっきの「打ち歩詰め」の手順と同じではないかと怒られそうだが、よく見てほしい。

 

 角を動かさずに▲84飛として、△同玉、▲95馬、△83玉、▲82金、△同歩、▲84歩、△92玉、▲81銀、△91玉、▲82と、△同玉、▲72金、△91玉に、▲92歩まで「打ち歩詰め」の図。

 もしこの図で、角が△56の地点にあるとすると……。

 

 

 そう、最後▲92歩で、まだ後手玉は詰んでいない

 遠く△56が利いていて、後手は△92同角と取れる。

 いや、「取らされる」のだ。

 とはいえ、このままだと、まだ△74香車がジャマで、▲92歩は打ち歩のままだが、そこで▲75桂の跳躍が、うまい活用。

 

 

 この桂馬は、先手が▲95角成とするときの、土台の役割をする駒だと思っていたが、ここで2度目活躍するとは、なんともではないか。

 ため息が出るような、さわやかな手であり、△同銀▲73馬だから、△同香しかないが、これで見事に航路が開通。

 あとは収束に向かうのみ。

 さっきと同じく、▲84歩△92玉▲81銀△91玉▲82と△同玉▲72金△91玉▲92歩

 

 

 この瞬間のための、▲15飛からの一連の手順だったのだ。

 △同角と取るしかないが、ここからは、もはやむずかしいところもない。

 ▲同銀成△同玉▲74角△91玉▲82金△同玉▲83歩成△71玉▲62馬△同玉▲63銀成△61玉▲72と△51玉▲52成銀まで、69手詰

 

 

 

 米長邦雄や内藤國雄をはじめ、多くの棋士やファン、詰将棋作家が、この図式を見て感動したわけだが、その気持ちを共感できた。

 なんという、すばらしい作品なのか。

 米長は、単に解けたというよろこびだけでなく、

 

 「詰将棋に抱いていたイメージ」

 

 これが根本的に塗り替わったそうだが、これもまた、私の棋力ではクッキーのカケラ程度ではあろうが、それでも多少理解はできた。

 そう、この詰将棋にはハッキリと「テーマ」がある。

 そして、「作家性」「芸術性」というものも。

 私もまた、これら江戸時代の古典に触れることによって、詰将棋とは文学音楽に匹敵する「芸術」であることが、痛いほど伝わってきた。

 と同時に、増田康宏六段の有名なセリフである、

 

 「詰将棋は意味ない」

 

 の本当に伝えたいことも。

 たしかに、まっすーの言う通り、手順がマニアックすぎて、実戦で役に立つかはむずかしいところですわ(苦笑)。

 あと、これは余談だが、詰将棋の美を理解できたことによって、逆算的に、文系人間にはなかなか理解しがたかった、数学における、

 

 数式定理の美しさ」

 

 これもまた、ゴマ粒程度のものであろうが、感じ取れるようになった気がした。

 詰将棋の「論理で組み立てた」に感動できるなら、論理的に考えれば、数学のそれも同じのはず。

 私が理系の本を読むようになったのは、まちがいなく伊藤兄弟の影響である。

 こうして思いもかけないところで、知識や思考がつながっていくのは、おもしろいものであるなあ。

 


 (伊藤宗看「将棋無双」編に続く→こちら

 (宮田敦司七段の解説する「図巧 第八番」の解説は→こちら

 

 

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