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2月24日 前夜式

 ひろ君が帰宅した翌日の記録

この日の夜が前夜式。
自宅で行うため駐車場を確保しなくてはならなかった。ご近所に掛け合って空き地を2ヶ所貸して貰えた。1ヶ所は草が茂っていたのだが、おじぃと姉が草刈り機で刈り取ってくれて10台以上も停められるスペースが開けた。お兄ちゃんも手伝い頑張ってくれた。

ひろ君は帰ってきてからそのままベッドに居た。
ベッドのある部屋はリビングからひと続きになった畳間。ベッドを退かして式が行えるようにする必要があった。
昼間に葬儀屋さんが来て、ひろ君をベッドからお布団に移動。重いベッドをパパと一緒に2Fに上げるのもして下さった。

これでひろ君のスペース確保。葬儀屋さんがお花や十字架で祭壇を作ってくださり、やっとひろ君の落ち着く場所が出来た。

夕方、教会の方が来て軽食を手際良く用意して下さったおかげで、悲しみに浸ることが出来、とても有難かった。
キーボードやマイク、椅子等、前夜式で使う備品が次々に運ばれスタンバイされた。

前夜式
 教会の方々、親族、お友達が来てくださり部屋いっぱいになった。皆着席。ママとパパがひろ君の一番前の席。ひろ君の横に牧師先生が立った。
キーボードで奏でられる賛美歌で始まり、牧師先生の熱い祈り、そしてひろ君が教会で楽しく過ごした様子やひろ君への想いを牧師先生が語って下さった。ママとパパは涙が止まらなかった。後ろからすすり泣く声も沢山聞こえた。
式の中で詩篇139編のメッセージが読まれた。
その詩は、神様は私が立つのも座るのも知っておられ私の思いを遠くから読み取られる。私を母の胎のうちで組み立てられ、胎児の私を見られ、私の人生の全てを書物に書き記した。という内容だ。
ひろ君を妊娠中に、ガレン大静脈瘤だと分かったことも神様の導きあってこそだったのだろう。ガレンだと分かった後で「お腹の中で亡くなることもある、この世に出ても生きられるかどうか」と言われていた。ひろ君は、お腹の中に居る時からずっと神様に護られ神の奇跡は起こっていた。それに、ひろ君と一緒に一日一日を大切に、濃厚な12年間を過ごすことが出来たのも、出産時の試練、その後に起こった試練、があったからこそだと今なら思える。

納棺
 納棺は親族の男性5名で行われた。ひろ君をお布団から丁寧に棺の中へ。
お祈りの後、一人一人献花。次々に花が添えられ、牧師先生がさりげなく花の向きや場所を整えて下さり、棺の中のひろ君はまるで御花畑に埋れている様だった。

前夜式がこんなに温かいものだとは思ってもいなかった。やること一つ一つがとても丁寧で、教会の中で式が行われているような威厳さがあった。そう思ったのは家族だけではなかった。
前夜式が終わって皆で軽食を食べた。その時の親族の声、「ひろきにとって、とても良い選択をしたね、教会式で良かったよ」、「牧師先生のお話はとても具体的で分かり易かった。ひろきも喜んだろうね」等々。教会での長い説教もしっかり聞いていたひろ君、初めて聞く人にとっても耳に入りやすく心を打つ内容なのだ。
ひろ君は今頃、イエス様のお話を直に聞いているだろう。

学校の先生が入院中貸してくれて、病室に来る度に多くの先生が読み聞かせしてくれた絵本、「これ、ひろ君にあげる、天国でも読めるように持って行っていいよ」と言って下さり、ひろ君と一緒に。


納棺後
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献花のデンファーレ



召天式に献花して頂いたデンファーレ、ひと月経った今も元気です。
献花して下さった一人一人のひろ君への想いが込もっているからかも。
感謝です。
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みんなと一緒に卒業

 3月22日、ひろ君 お友達と一緒に小学部を卒業しました。

たまたまお兄ちゃんの高校が2次募集の試験日で休校だった為、パパ、ママ、お兄ちゃんの3人で参加。

舞台上の壁紙は生徒たちの作品で、大きな桜の木から窓が開いて色々な想い出が飛び出している。ひろ君が病院で頑張って取った手形もしっかり入っていた。


卒業証書授与はパパとママとひろ君と3人で。


パパとひろ君で花道も通って、みんなに祝福してもらった。

「よい子のあゆみ」も貰えた。
3学期の出席は外出許可を貰って誕生会に参加した1日だけだったが、誕生会で久しぶりにお友達に会えてひろ君が楽しく過ごした様子が細かく記載されていたし、病院での頑張りも書かれてあって、長期入院で学校に行けなかったひろ君のことも、こまめに面会に来てくださりしっかり見てくれていたのだなととても嬉しく思った。

卒業生へのプレゼントは、在校生全員からの額縁入りの色紙に、6年生の想い出のアルバム、卒業生一人一人の成長を綴ったDVD、それに卒業生全員の顔写真入りのマグカップだった。
先生方の心のこもったプレゼントに、感謝です。
そして、同級生からひろ君へのプレゼントも!
天国のひろ君も、とっても喜んで、先生やお友達に感謝しているだろう。
ひろ君、卒業おめでとう! 天国からお友達の頑張りを見守っていてね!

 今日で、ひろ君が召天してちょうどひと月。
パパとママは毎日ひろ君のことを話をしているけれど、今日はお兄ちゃんも一緒にひろ君の想い出に浸ろうと思う。
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2月23日 我が家に帰宅

 召天当日の記録

21時07分 召天
 召天直後、牧師先生,副牧師先生が到着。熱いお祈りをして下さった。廊下にも大勢の方がひろ君の召天を見守って下さっていた。

話し合い
 今後のことを直ぐに決めなければならず、パパと相談して全て教会式でやってもらおうと決めた。ひろ君を家に連れて帰るのは葬儀屋さんにお願いすることにした。教会の方があちこちに連絡をとって調整して下さった。
 病院側から霊安室を使うかどうか聞かれた。ひろ君を早く家に連れて帰りたかったので「家に帰ります」とパパが返答。病院で入浴を済ませてから帰ることにした。

入浴
 ひろ君がいつも入浴している時と全く同じように、ひろ君をストレッチャーに乗せ浴室へ。パパ、ママ、看護師さんの3人で丁寧に身体を洗った。暫くベッド上での清拭だったので久しぶりのシャワーだった。入浴させる前はまだ温かかったひろ君の身体、入浴させると冷たくなった。入浴後はひろ君の普段着である長袖Tシャツとジャージにお着替えして、ベッドに戻った。

帰宅
 葬儀屋さんが病室に到着。ベッドからストレッチャーにひろ君を移し、真っ白な掛け布を掛けて、顔には布をかぶせず病室を出た。Drと看護師さんがひろ君の傍にずっと付いていて下さり、建物を出て車に乗って病院を後にするまで見送って下さった。
帰宅後、いつもひろ君,パパ,ママの3人で寝ていたベッドにひろ君を寝かせた。おじぃばぁちゃん、お兄ちゃんが早めに帰宅し家の中を片付けていてくれたので、とてもスッキリ整理されていて、ひろ君をスムーズにベッドに運ぶことが出来た。
ドライアイスで周りを囲まれたひろ君の身体は冷え冷えだが、表情は全く眠っているのと変わらなかった。
ひろ君の身体はココにあるのにひろ君自身は天国に行っていることが信じられなかったパパは、2~3時間もひろ君にくっついて添い寝していた。ママはドライアイスが溶けないかヒヤヒヤだった。

 牧師先生のお話し、そして優しくうっすらと笑みを浮かべているようにも感じられるひろ君の顔を見ていると、牧師先生が仰って下さったように、ひろ君は生まれる前から神様と共に居て、これまで多くの奇跡を起こし、皆に多くの癒しを与え、そして人生をやり抜いたからこそ、今、神様に召され、全然苦しむこと無く天使が迎えにきてくれて天国に行ったのだと、ホントにそうかもしれないと思えた。
でも、もう少し生きていて欲しかった。一度目の急変があってからパパと、「ひろ君が寝たきりでもいいよね。耳は聞こえているはずだから」とよく話していた。でも、神様にとっては今がその時だったのだ。
牧師先生が、ひろ君が召天した直後に病室に入ってこられたのも、神様の何かしらの意図があったのかもしれないと思う。
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入院から召天まで

 2016.12.15の入院から2017.02.23の召天まで

入院前のひろ君
・日中は眠気強いも昼食後から次第に調子UP。夕方には声が出ることもあり。
・疲れやすい。学校へは朝食後、1h程二度寝してから登校。
・座位や横になった状態だと下肢・体幹の動きGood、しかし立位だと頭が直ぐに倒れる。

2016.12.14(水) 小児科内分泌外来
 会計待ちの途中に両足の緊張UP、膝が曲がりにくくなった。帰宅後に全身の震え、口動かず手足の冷え。暖かくさせてお布団へ。

2016.12.15(木) 学校登校
 学校から「ずっと寝ていていつものひろ君と様子が違う」と呼び出しがあり早退。帰宅後もずっと寝ていて夕方痙攣(全身のつっぱり)有り。救急へ。
 救急にてバイタル正常,インフルエンザ陰性,血液検査異常無し。様子見で入院となった。

2016.12.16(金) MRI
 MRIの結果、左前頭葉の出血と左頭頂葉からの脳室内出血が判明。保存的治療開始。
夜、痙攣が止まらず痙攣止めのホストインと即効性のあるドルミカムを持続で使用。

2016.12.22(木) ドルミカム終了
 時々つっぱりはあるが短時間で治まる為、ドルミカムの持続を終了。ドルミカムを切ることで時々目を開けてくれる様になった。パパと握手2回

2016.12.25(日) クリスマス
 病院にもサンタさんがやって来た

2016.12.26(月) 手足の緊張UP
 右手右足のクローヌスが頻繁に出るようになり、両手足の緊張UP
 覚醒は良くなり、1h程度起きていられるようになった。

2016.12.27(火) 点滴終了
 今日で脳圧亢進抑制剤,止血剤,抗てんかん薬の点滴終了。栄養は経鼻栄養のみに。

2017.01.04(水) PT,OTスタート
 今日より午前午後に1回ずつ、リハビリ室にて訓練開始。

2017.01.12(木) STも開始
 今日より嚥下訓練の為のSTも開始。

~ PT,OT,ST 頑張る ~
 リハビリ専門病院に転院する話もあがり、ソーシャルワーカーさんが転院先を探してくださることに。しかし、再出血した時に対応出来ないとのことで打診先の病院から待ったが…。

2017.01.20(金) 両足にボトックス
 これまで右足のみにしていたボトックスだが今回の出血で左足の緊張も上がった為、両足に打つことに。ひろ君とっても頑張りました。

2017.01.20(金)~01.22(日) 初めての外泊
 パパが仕事を終えての夜から帰宅し日曜の夕方に病院戻り。ひろ君、録画されたピタゴラスイッチを見て大笑い。キャ~と喜びの声も出た

2017.01.24(火) お誕生日会
 外出許可を貰って学校の1月生まれのお誕生日会に参加。友達に囲まれて始終ニコニコのひろ君、「とっても元気そうだね」と皆に言われた。

2017.01.25(水) 12才誕生日
 看護師さん、小児科Dr、保育士さん等が代わるがわる「Happy Birthday」を歌って下さった。

2017.01.26(木) 眠気が強い
 一日ぼぉ~とすること多し。目の下にくま。

2017.01.27(金)~01.29(日) 2回目の外泊
 ピタゴラスイッチを観せても反応無し、ずっと寝てばかり。

2017.01.30(月) MRI
 元気が無くなったことでMRIを撮ることに。
結果、左前頭葉の血管腫からの再出血が判明。他にも基底核や頭頂葉などにいくつも血管腫がありどれも出血し易くなっている。いつ急変するか分からない。出血する度に回復は悪くなるのでこれまでの様には戻れない。急変した時の対応(救命措置はどこまでするか、延命措置はするのか等)を考えておくようにとDrの説明あり。
安静第一と、全てのリハビリが中止に。保存的治療再開。

2017.02.03(金) 顔から胸にかけて赤みが出たり引いたりするようになり、夕方嘔吐
 緊急MRIの結果、新たな出血はなし。「数日前の出血の影響で自律神経の働きが悪くなっているのでしょう」とのこと。自律神経の中枢は脳幹にあるとのお話も。

2017.02.04(土) 対光反射
 夕方から左目の対光反射が無くなった。右目は弱いが少しはあり、しかし瞳が下を向くようになった(洛陽現象?)。傾眠傾向が強いが声は聞こえている様子、時々涙がポロリと流れるようになった。

2017.02.05(日) 反応あり!
 午後より意識あり。開眼、少しだが3回あり。声掛けにタッチ4回。手足の軽いつっぱりあるが数秒で治まる。

2017.02.06(月) 院内学級Start
 今日より、院内学級の先生が"学習支援"でベッドサイド授業をして下さることに。先生とタッチ出来た

2017.02.07(火)~02.08(水) タッチ数回出来た

2017.02.09(木) 声掛けに反応なし。大きなつっぱり日中3回あり。
2017.02.10(金) 日中は調子良くパパとハイタッチするも、夕方嘔吐あり。

2017.02.11(土) 急変するも持ち直し、パパが信仰告白

~ 以降、お友達からの応援メッセージや、お世話になった学校の先生方、教会の方々、大勢の方々がひろ君に会いに来て下さり、ひろ君にとってパパママにとって大きな励み・救いとなった。 ~

2017.02.18(土) 病室洗礼

2017.02.23(木) 拓己 ひろき 召天
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2月23日 パパの帰りを待って

 ひろ君、パパの帰りを待っていました。

07:00のバイタル 心拍:103,血圧:135-95,SPO2:94,呼吸数:32,体温:37.5

血圧はギリギり許容範囲内だったので朝のラコール注入。
量も増えて、ラコール125cc+水125cc=250ccがスムーズに入った。

酸素マスクを外してからSPO2の数値が下がり気味なので、採血をして二酸化炭素が体内に溜まっていないかをチェックすることになった。
その結果、「CO2は溜まっていない正常値。呼吸数で本人がしっかりCO2を出しているのでしょう。酸素を入れすぎると呼吸数が減って逆にCO2が溜まる可能性があるので、このまま様子見しましょう」とのお話。

12:00のバイタル 心拍:112,血圧:148-98,SPO2:96,呼吸数:27,体温:37.1
13:00のバイタル 心拍:118,血圧:140-90,SPO2:96,呼吸数:29
血圧が高い為、ラコールskip。

16:00のバイタル 心拍:90,血圧:164-104,SPO2:96,呼吸数:31,体温:36.8

血圧が高い原因がはっきりしない。自律神経異常? or 脳圧亢進?
2月11日の急変以降、身体を動かすのは危険とのことでMRI検査も出来なかった。
頭の中の状態が分かり易いのが目の中とのことで、眼科のDrが眼底検査をして下さった。
その結果、「視神経乳頭を診ましたが乳頭浮腫は無く、脳圧亢進はしていないでしょう」との診断だった。

 学校の担任の先生が来てくれて、お友達から預かったとお手紙を2通頂いた。
「ごはんいっぱい食べて、元気になって、卒業式にきてね
「病院で勉強と食べる勉強も頑張って!、みんなおうえんしているからね!、大好きだからね
お友達が待っていてくれている。

19:00前 パパが仕事から戻ってきた。「ひろ君、ただいま」とパパ。
その言葉を待っていたのか、突然SPO2の数値が急速に下がり始めた。

前回の急変があってから、次に急変があった時の対応をパパ、ママ、お兄ちゃんの3人で話し合い意識を固めていた。
ひろ君の頭の中の海綿状血管腫は年々増加・増大し、特にこの1年間は出血が頻発し出血後の回復も悪くなっている。Drから、「脳のダメージが大きくなって来ている。病状が急変して、意識の無い状態で人工呼吸器を付けても、意識の回復は期待出来ない。人工呼吸器を付けるとその内、気管切開する必要が出てくる。昇圧剤も、一度使い始めると簡単には止められない。使う量もどんどん増やしていかないといけなくなるでしょう」と言われている。なので、延命の為の処置(気管挿管や昇圧剤)はやらないでおこう。ひろ君に委ねよう!。でも、会いたい人に会えるようにアンビューだけはやってもらおう!、と。

Drがひろ君の呼吸に合わせてアンビューで空気を送り、「弱いですがまだ自発呼吸はあります。あと1~2時間でしょう。会わせたい人には直ぐ連絡して下さい」と言。
一旦はSPO2の値が持ち直し、アンビューを外してひろ君の呼吸にまかせた。
そのうち、胸の上がりが無くなり口だけの呼吸となった。目に涙をいっぱい溜めて、とてもゆっくりな15秒に1回程度の呼吸。私達の期待に応えようと、ひろ君は懸命に生きていた。

その間に、身内や学校の先生方、教会の方々が次々と来て下さり、20名くらいの大勢の方に見守られる中、ひろ君はゆっくりゆっくり自発呼吸をしていた。目を開いて全員を確認し、ポロリと涙も


ママもパパももう少しだけ頑張って欲しかった。でも、限界まで頑張ってくれているひろ君に言えた言葉は「ひろ君、頑張っているね、とってもえらいよ!」だった。

召天する15分程前からSPO2の値、血圧、心拍、全てが急速に低下。そのうち心拍が0の状態となった。もう一度だけとアンビューをDrに依頼。
でも…、戻らなかった。パパが数回心臓マッサージをしてみるも心拍は戻らず。Drに「もう、いいです。ありがとうございました」とパパ。

急変から2h、教会の方々がずっと歌ってくれた「きみは愛されるためにうまれた」の歌に見送られながら、眠るように静かに天国へと召された。
21時07分、Drが亡くなったことを伝えた。

ひろ君は、パパが病院に戻るのを待って、ひろ君の愛した人たちが来てくれるのを待って、目を開いて全員を確認して、そして大好きな歌である「きみは愛されるためにうまれた」を聞きながら天国へと凱旋した。その姿は、うっすらと笑みを浮かべているような綺麗な顔だった。
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2月22日 血圧が高い

 20日(月)から血圧が高い。

20日,21日は朝一が一番高く、上が160台で下でも100を超えていたが、夕方にかけて徐々に下がり上が110台で下が80台と落ち着いていた。

しかし、この日はずっと高いままが続き、昼,夜のラコールをSkip。
しかも、出たり消えたりする赤みが足にまで出るようになった。
ラコールを注入するひろ君の基準は、血圧が上が140以下 かつ 下が100以下 だった。

血圧は高いものの心拍数や酸素、呼吸数は正常値。
ひろ君はもともと低血圧で普段のひろ君なら上が100前後、下が60程度だ。血圧が高すぎるのがとても気になっていた。
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天国へ

 ひろ君、天国へ凱旋しました。

2017年02月23日 午後09時07分 大勢の方に見守られる中で、安らかに旅立ちました。
詳しいことは落ち着いてから徐々に記録していこうと思っています。

ずっとひろ君の為に、私たち家族の為に、応援・お祈りして下さった皆様、有難うございました。
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