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ひろ君がお腹にいる頃にお兄ちゃんが描いてくれた絵本

2004年10月 お兄ちゃん5歳4ヶ月の頃の作品です。
ママのお腹にいるひろ君は7ヶ月の胎児で、生まれてくる赤ちゃんをとっても心待ちにしていたお兄ちゃんが、生まれてくる赤ちゃんの為にと描いてくれた作品だ。
絵はほぼほぼお兄ちゃんが、文章はところどころママがお兄ちゃんの代筆をしました。

1.おうちでねてる


2.なおとが げんかんから いちばんにでました


3.さんにんとも じゅんびができました。さー、えんそくです


4.かみさまが いっぱい プレゼントしてくれました。 たけとんぼ


5.いっぱいあそんで おおよろこびです


6.きのぼりの れんしゅうをして さんにんとも れんしゅうが たのしいです


7.あかちゃんと ままも たのしそうです


8.たかーい きに のぼりました


9.まだまだ うえに のぼりまーす


10.まだまだ うえに のぼりまーす


11.やっと てっぺんに つきました。さんにんとも つかれたね


12.つかれたから かばんをおろして おべんとうをたべましょう!


13.あかちゃんが ないてる


14.「もう そろそろ おうちにかえりましょう」とおかあさんがいいました


15.「また、あしたも えんそくいこうね。あした おやすみだから」 (第一部)おしまい


16.(第二部スタート)みんなそろって えんそくです


17.(第二部 タイトル)おはなばたけ


18.くるまにのって おはなばたけに いきます


19.おっきなおはなですね


20.たいふうが やってきた


21.ちょっぴん あめがやんできて よかったね


おわり

お兄ちゃん、素敵な絵本ありがとう。でも、でも、ほんとにごめんなさい。お兄ちゃんが赤ちゃんの誕生をとっても心待ちにして描いてくれた大切な絵本だったのに、ひろ君がもう少し大きくなってからたくさん読んであげようと思って本棚にしまってしまって、この絵本の存在をすっかり忘れてしまっていました。
ひろ君にあまり読んであげていなかったこと、お兄ちゃん、ごめんなさい。
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精一杯、自分の人生を生き抜いた拓己のこと

 このブログで父さんが初めて書きます。
このブログは、日記をよく書いていた母さんに父さんが頼んで、拓己の成長を綴り記録していくため、母さんに始めてもらいました。母さんが丁寧に拓己の成長、そして家族の日々の暮らしを残してくれてきたことに感謝しています。

拓己がどんな子であったか、父さんが簡単には説明はできません。ブログに母さんが書いてくれた通りの子でした。このブログは後から振り返って書いたのではなく、そのときのありのままの拓己と家族のこと、そして母さんの思いが綴られていて、私たちにとって本当に大切な記録です。でも拓己のことを一言でいえば、日々を一生懸命生きた子、毎日を楽しく過ごした明るく前向きな子、母さんや父さんやお兄ちゃん、そして周りにいる多くの人に喜んで貰いたいと頑張り、いやしを与えてくれた子、多くの苦難も逃げることなく我慢強く乗り越えた芯の強い子でした。

拓己が生まれ1年位が過ぎ、改めて自分を見つめ直し、父さんもこれまでの自分勝手な考えや行動を改め、拓己や家族を第一に考えた暮らしをしようと思いました。ブログはその頃に母さんにお願いして始めてもらいました。

でも今考えると、本当に拓己のことをありのままに受け入れていたとは言えないと思っています。生まれつきの病気や知的障碍、そしてその後の身体障碍についても、いつかは少しずつ良くなる、教育や訓練などでいろいろなことができるようになると思い、拓己にいろいろなことを親の思いを優先させてチャレンジさせて来たように思います。それで何かができると喜んだりしていました。ありのままの拓己とその思いに向き合い、本当に拓己のことを最善に考えた暮らしや、拓己にとって本当に必要な成長や発達のための寄り添い、扶け、支援、援助とはなっていなかったと思います。母さんは拓己のために本当に精一杯尽くしましたが、私の考え方や行いに影響されたところもあったでしょう。

今、拓己との暮らしについて、自分自身の行いを後悔だけしても意味がありませんが、拓己とのたくさんの思い出や、拓己との暮らしで教えられた多くのことがあります。それをいつも心に留め、家族3人、両親たちと本当に愛し合い、励まし合い、助け合って、生きていきたいと思います。

私たち家族がもしイエス・キリストに出会っていなければ、母さんは拓己を失った悲しみから抜け出せずにいたのではないでしょうか。そして家族もその重荷を背負い、なぜ拓己がこのような苦しみにあったのか思い悩み、時間がそれを解決するのを待っていたように思います。前向きな人生を送ることが難しかったかもしれません。
でも拓己が、本当の愛がなかった私にイエス・キリストに出会わせてくれました。これからも家族3人で、イエス・キリストそして教会とともに、これからの人生を歩んでいきたいと思っています。

母さんと拓己が教会に行くようになり、イエス・キリスト、そして教会の兄弟姉妹に出会いました。母さんと拓己は教会からよいものをたくさん得ていましたが、私は信じていなかったので、教会にも行きませんでした。教会そして聖書も道徳のようなものと思っていたので、教会でのよいことを聞かされても、イエス・キリストの存在を信じることはなかったです。

拓己の危篤のときに、拓己は本当に頑張り、そして拓己のまわりでたくさんの不思議なできごとが起こりました。そのときに私の中に聖霊が入った気がして、そこからイエス・キリストを信じ、イエス・キリストの愛に真理があると信じました。そのときのことについて少し書いてみたいと思います。

母さんと拓己が教会に行くきっかけは、母さんの愛、母の愛、真実の愛でした。拓己が入院していて退院前日に、病院内を楽しそうに散歩していた拓己が転びそうになり、母さんは自分の体を投げ出し、拓己の体が廊下に打ち付けられることから護りました。でもそのときに母さんは右肘を脱臼骨折する重傷を負いました。私なら拓己の腕を引っ張って、間に合わずに拓己が廊下に打ち付けられるか、拓己の腕の方を痛めたでしょう。骨折で母さんが拓己の入浴介助ができなくなり、ヘルパーとして来てくれたのが、教会の姉妹でした。
今日、退院します - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

その後も拓己は病気の悪化がありましたが、これまでのようにいつも前向きで頑張っていました。私は仕事が忙しいと、拓己と一緒にいる時間を多くは持ちませんでした。拓己と母さんは教会に行くようになり、多くの恵みを受けていました。私も教会がよくしてくれることをうれしく思ってはいましたが、神様の存在を信じていなかったので、拓己と母さんのよい居場所と思っていました。
教会大好き - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)
クリスマス祝会 - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)
元気になるよ、教会 - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

それからしばらくして状態が悪くなり入院中に、ついに拓己が危篤になりました。アンビューという手で動かして呼吸を助ける器具をして、何とか拓己は頑張っていました。でもアンビューは何時間もできるものではないので、医師と家族でこれからの処置について話し合いました。最も大事なことは、人工呼吸器を付けるかどうかということでした。医師との話し合い、その後の家族での話し合いでもすぐには決断できませんでした。一度人工呼吸器を付ければ、取り外すことはできない、そしてこれから拓己が意思疎通できるくらいまで回復することも期待できない。状態が悪くなる中で延命治療することは、拓己を苦しめることにならないか。でもすぐには決断できませんでした。

1時間位経って、決断ができないまま拓己の病室に行くと、拓己は自発呼吸を取り戻していました。決断できない私たちに、拓己が考える時間、拓己に向き合える時間を作ってくれました。本当に驚きました。そして拓己に感謝でした。それから私たち家族は、すぐに拓己に人工呼吸器を付けるなどの延命治療はしないと決断しました。
みんなのために - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

その日、私は拓己と二人きりで病室にいる時間がありました。そのときに聖霊が私の中に入ってくるような気がして、イエス・キリストを信じる気持ちが沸き上がり、ベッドの上の拓己に「拓己、父さんはイエス・キリストを信じるよ」と初めての信仰の告白をしました。その後、母にも電話で信仰告白し、拓己の病室の中で、御見舞いに来てくれた牧師先生にも信仰告白をしました。母さんは拓己の急変を心配し、すぐに私、母さん、拓己の三人で病室洗礼をしたかったのですが、一週間後の次の土曜日にすることにしました。私はなぜか次の土曜日まで拓己は元気だと信じていました。
バイタル安定 - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

拓己の入院中、いつも賛美のワーシップソングのCDを掛けて、拓己に聴かせていたのですが、危篤があったその日、再生が終わりそのままとなっていました。でもいきなりひとりでに再生が始まり、病室内に賛美のワーシップソングが流れました。それだけでなく再生がリピートされ一日中再生が繰り返されました。私たちは不思議なできごとを喜びそのまま聴いていました。そして夫婦二人が拓己の病室で付き添いとして休むことになり、消灯した後に再生は終わりました。ぐっすり休むようにと神様が言ってくれていると信じました。

その翌日、私が拓己に朝の光を届けようと病室のカーテンを開けたとき、二重の虹が垂直に立ち、南部から読谷まで届くように架かっているのが、目に飛び込んで来ました。約束の虹でした。この虹に多くの教会の家族が気付き、撮られました。私たちはこの虹に本当に励まされました。
2017年2月12日の約束の虹 - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

危篤から一週間後、私たち3人は病室洗礼を受けました。危篤のときからの回復以降、一度も急変することなく、本当に拓己はしっかり生き続けていました。
洗礼式 - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

拓己が危篤から回復して、引き続き入院していましたが、容体は安定していました。私はどうしてもやらないといけないと自分で決めてしまった仕事をするため、休みを入れながらも出勤していました。危篤の後からは、ずっと休んでいればよかったと今になっては思っています。
酸素マスク外れました - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

そしてその仕事を終え、やっとこれから拓己とずっと一緒にいられる、ずっと休みをいれようと、その日の夕方に病室に行きました。拓己に「ただいま」といい、そこに教会の方から届けられたお弁当があったので、食べようとしました。その後、拓己に急変が起こりました。でもそれから拓己は2時間も生き続け、家族、先生方、教会の方々が看取る時間をつくりました。そして皆に見守られるように、苦しむことなく静かに召天しました。本当に最後の最後まで、頑張った子でした。その直後、牧師先生・副牧師先生が到着しました。そして牧師先生は拓己が天に凱旋したことを伝え、今は拓己が苦しみから解放されて御胸に抱かれ、平安があることに感謝して、祈りを皆で捧げました。これも神の時だと思いました。
2月23日 パパの帰りを待って - ひろ君の成長記 (goo.ne.jp)

その後に拓己の召天式がありました。それを執り行って下さった教会と牧師先生に感謝します。そして私はそのすぐ後から、母さんとともに教会で礼拝する者になりました。あれから4年が経ちましたが、自分自身まだまだ成長の足りないクリスチャンだと思っています。でも聖書は真理であり、主であるイエス・キリストが今も生きておられ、私たちのそばにいて下さると信じています。これからも家族で礼拝し続け、イエス・キリストの愛で家族そして皆と愛し合い、イエス・キリストを証しし、その栄光を現わす者となれるように、生きていきたいと思っています。シャローム
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宇宙アサガオ

 宇宙アサガオが咲いた。
このアサガオ、2010年4月に山崎直子宇宙飛行士と共にスペースシャトル ディスカバリー号で宇宙を15日間旅した貴重なアサガオの種を、他の品種との交配を避けて、大事に大事に増やしていった、その種だとのこと。この種の一粒一粒に宇宙を旅した記憶が紡がれている。この種をきっかけに宇宙にまで興味を広げていって欲しいとの趣旨で配られているそうだ。

この種を教会のお友達から今年の春に頂いた。しかし我が家、庭がバタバタしてしばらくアサガオを植えることが出来なかった。
隣に面した土地は広い駐車場だったのだが、その土地の地主さんが不動産屋に一括売却し不動産屋が建売3棟を建てることになり、5月から土地の造成工事が始まり、我が家と隣のブロック塀も取り壊して新しく塀を積みなおすことになったからだ。

やっと土地の造成が終わり、我が家との境界となるブロック塀が積みなおされ、庭の土も戻してもらったのが7月。
避難させていた花を花壇に戻し、7月16日に頂いた宇宙アサガオの種をやっと植えることが出来た。
隣の建売3棟、やっと完成に近くなった。どんな方が入居されるのか楽しみだが、5月からこれまでの間、隣の建築による我が家の被害は相当なものだった。
土地の造成の間は雨が多い時期で大量の赤土が我が家の入り口に流れ込んだり、土ぼこりや石灰岩の岩を削る時に出る石灰が風により我が家の庭に流れ込み、毎日、車や息子のバイクが埃だらけになった。息子はバイクに乗る前に埃だらけのシートを拭くのが日課になっていた。造成が終わって建築に入っても埃被害は収まらなかった。せっかく花壇に戻した花木も埃だらけ。また建物の基礎のコンクリートを流し込んだ時に、はねたコンクリートが我が家の壁に付着したりもした(業者さんが後で落としてくれたが)。もう完成まじかなのでこれからは被害が出ないかな。先日、洗濯干し場と車庫を息子と2人で全身びしょ濡れになりながら掃除した。
そんなこんなで、やっと我が家の庭が平和になれそうだ。お洗濯もそろそろ外干し出来るかな。

宇宙アサガオ(薄ピンク2粒,濃ピンク1粒の種です)


コンポストの土を入れたところから勝手に生え出したかぼちゃと、ツル巻きの争奪戦です。かぼちゃ、収穫できるようになるといいナ。


小さい頃読んだ絵本で、「みしのたくかにとをたべた王子さま」というのがあった。タイトルにインパクトがあったのでずっと心に残っている。この"みしのたくかにと"、かぼちゃだったような気が。うろ覚えですが。
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お兄ちゃん、2回目新型コロナワクチン接種終了

 お兄ちゃん、大学の職域接種でモデルナ社の新型コロナワクチン接種を終えた。
1回目接種が8月5日、そして2回目が4週間後の9月5日。去った日曜日だった。
1回目接種後は腕の痛みだけだったようだが、2回目接種後の副反応はかなり大きく出た。
接種翌日の月曜日、39度台の発熱。以前に薬局で処方されて残った分をstockしていた鎮痛解熱剤のアセトアミノフェンがあったので、それを5時間おきぐらいに飲ませたが翌日も熱が引かず、発熱だけでなく頭がいたい、胸が痛い、全身がだるい、とかなりきつく食事も少ししか食べることが出来なかった。
そして、接種してから3日目の今日、やっと平熱に戻った。午前中はまだ頭が痛い、胸が痛いと言っていたが、夕方には起きて活動出来る程に回復した。
良かったね、お兄ちゃん!!

お父さんも月曜日に2回目接種をして、翌日はだるさと微熱で仕事を休んだらしい。
ばあちゃんは腕の痛みだけで、発熱もだるさもなかったようだ。
若いほど副反応が大きく出る!はホントだった。
私はまだ1回目も受けていない。私はどうだろう?。お兄ちゃん3日間もきつかったから若くなくていいかな。
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2017年2月12日の約束の虹

 神様は私たちに虹を通して、神の守り・わたしがあなたを祝福しているよ!と見せて下さる。その虹、しかも二重の虹を見せて下さった。
タイトルの日付の前日、2017年2月11日はひろ君が急変した日だ。
朝食前の時間帯、ひろ君の酸素濃度が急激に低下、唇が紫になり顔が真っ白になった。Drがアンビューで呼吸を確保。このままではもたないかもと気管切開をするかどうかの選択を迫られた。
教会にひろ君の急変を連絡した。
その日、教会では大切な神の子を育てるセミナーが行われていた。後で分かったことだが、セミナーの裏で牧師はじめ多くの霊の家族が大声でひろ君の為に祈って下さったそうだ。

気管切開をするかどうか決めきれず、一旦ひろ君に会おうと病室に戻ると、ひろ君の自発呼吸が戻っていた。ひとまず安堵。
それでもDrは「いつまた呼吸が出来なくなるかわかりません。決断して下さい」と迫ってきた。
この頃はまだ、ひろ君の命を神様に委ねる!ということが出来ていなかった私だが、夫と話し合った結果、気管切開はしない、血圧が下がった時に血圧を維持するお薬も使わないことを決断した。
そうしている間に、副牧師はじめ霊の家族がセミナーの最中にも関わらず病院に来て下さり、祈り励まして下さった。

ひろ君が落ち着いて、教会の皆さんとお弁当を食べようと私は病室を出て、夫とひろ君が二人っきりになった時、夫が神様を信じたのだ。
お弁当を食べ終え病室に戻ると、夫、「神様、信じるよ。今、ひろ君の心が僕の中に入ってきて、神様を感じる」と言。ひろ君の心というのはきっと聖霊様だったのだ。
その日、病室の中でかけていた賛美のCDがずっと止まることなく流れ続けていた。触ると止まってしまう気がしてプレイヤーに触れずにいた。
夫が「僕がひろ君見ておくから、寝たらいいよ」と勧めてくれて、病室の中のソファーで寝ることにした。
朝目覚めて知ったが、そのCD、私が寝入ったら直ぐに止まったそうだ。
病室の中に聖霊様が満ちていて、優しく夫に触れて下さったのだなと思う。

良かった!、ひろ君と一緒に朝が迎えられた!、と朝日を病室に入れようとカーテンを開けると、そこには大きな二重の虹があった。
虹は神様の約束の虹。ひろ君が急変を乗り越えられたのは私たちへの神様の恵みと憐れみ。もう大丈夫だよと神様が私と夫に見せてくれたのかなと、とてもとても感謝に溢れた。
この同じ虹を教会の大勢の霊の家族も見ていたことを後で知った。

以下は夫がある霊の家族にシェアした内容です。

私がひろきの危篤があって救われた翌朝、ひろきに朝の光を届けようと病室のカーテンを開けたとき、南部から読谷まで届く大きな二重の虹が架かっているのが、目に飛び込んで来ました。
約束の虹でした。この虹に多くの教会の家族が気付き、撮られました。
神様の約束通り、ひろきは危篤から12日間この地で生き、その間に私たち家族は洗礼を受けることができ、私を礼拝者として歩ませてくれました。私達を励ましてくれたその虹を送ります。







そして、ひろ君が召天したのが2017年2月23日だ。ひろ君の誕生日は1月25日なので、丁度12歳0ヶ月での召天だった。
12は、イエス様の12弟子の12。天国の12の門の12。
神のなさることは、すべて 時にかなって美しい(伝道者の書3章11節)
ひろ君は命を懸けてお父さんを導き、一番良い時に召天したのだ。

今日、私はセミナー再受講をした。セミナーは命のセミナー。入念に準備をして行われるとても大切なものだ。このような大切なセミナーの最中にも関わらず、祈り、また駆けつけてきて下さったのだなと、あの時には気づかなかった教会の愛に感謝が溢れた。このセミナーを受ける前日の昨日、「あの時の虹だよ!」とこの虹の写真を送ってくれた父さん、ありがとう!! 
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ひろ君の同級生

 神様が私に祝福を下さいました。

昨日は支援学校の小学部・中学部の卒業式だった。
コロナ禍で保護者制限がかかっている中、部外者が行っていいものかどうか迷いながらも、神様に全てお任せしよう!ダメなら神様が閉ざすし、大丈夫なら開いて下さるだろうとの思いから、祈りながらひろ君が2年生まで在籍していた学校へ。
保護者ではないことを正直に話したが、受付の先生が通して下さり、大好きなひろ君のお友達の卒業式を一緒に喜ぶことが出来た。

式が終わってから高等部にも入れて、ひろ君の同級生に会うことが出来た。
会うのは小学校以来だったのだが、私の顔を覚えていてくれて「ひろきのお母さん!」と言ってくれる子もいて嬉しかった。
ひろ君が3年生になる時に転校したが、転校元、転校先双方の先生方のご配慮で年に数回学校交流を開いて下さり、ひろ君とお友達が共に学ぶ機会を作って下さっていたので、ひろ君が召天してから4年経った今でも、覚えてくれている子がいたのだ。それにしても凄い記憶力だ。
みんなお兄ちゃんお姉ちゃんになっていたので、会っているのに私が気づかなかった子がいたかもしれない。ひろ君、ごめんなさい。

その足で、ひろ君が3年生から在籍した学校へ。
丁度下校時間でタイミングが良く、生徒達が玄関に出てきたので、ひろ君の同級生やお世話になった先生と会え、沢山お話も出来、4月から名護に転校することになっているお友達に、お祈りすることも出来た。とっても嬉しかった!!

今日、私がしたかったこと全てを神様が道を開いて下さったこと、神様の愛と憐れみに感謝です。

この子たちは、4月から高等部2年生になる。この子たちの成長をずっと見続けられたらいいな。

ひろ君の蘭、ずっと咲き続けています。

アップにすると…、先端の一輪はまだつぼみですが、花屋の蘭のように見事に咲きました♪

これは奥ばあちゃんの蘭、紫の小さい花びらも綺麗です♪


そして、今年初めて赤いバラが見事に咲きました。父さんのクワガタの糞が栄養です。

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ひろ君の胡蝶蘭、4年目の今年も

ひろ君の胡蝶蘭、今年も綺麗に咲いてくれています。
今年はいつもより早めに花をつけてくれた。まだ3分咲き程だが、桜と同じ時期に咲いたのは今年が初めてだ。





奥ばあちゃんからもらった胡蝶蘭も可愛く花をつけてくれている


今年は咲かないのではないかと思っていた桜も、やっと咲き始めた

今、二度目の緊急事態宣言中。私も二度目のテレワーク中。
駐車場にテラスを取り付けてからは、窓を全開にしても外から見えないため、ロールスクリーンを全開にして仕事をしている。
ワーシップの音楽を流し、ちょくちょく桜に飛んで来るヒヨドリやメジロ、シロガシラ、スズメなどの鳥たちを見ながら仕事が出来ること、最高に幸せだ。
一度目の時と異なり今回は、お兄ちゃんのことでイライラすることもない。柔和で穏やかな霊がやっと私の中にも芽生えてきてくれている。
これも教会に行き続けていることの恵みだ。神様、感謝します。

他にも、バラや椿など庭は花盛り!
父さんが可愛がっているクワガタの、土の入れ替え時に花壇にばらまいたクワガタの糞交じりの土が良い肥料になったのだろう。

年明け直ぐに植えたチューリップとフリージアもこれから花を咲かせてくれるだろう。
楽しみだ。
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2021年 二重の虹

 新年、あけましておめでとうございます。

また一つ年をとりました。ひろ君の同級生は今年は高校2年生になります。あのお友達が高校2年生。どんなお兄ちゃんお姉ちゃんになっているのか、会いたいです。

教会に繋がる前は年をとることが嫌だった。でも、教会に繋がり、特に最近になってからは、経過する一日一日がとても充実しているので、年を重ねることが楽しいな!と思えるようになっている。
何故なら、神様のことがどんどん身近に感じられるようになり、お父さんとの仲もどんどん良くなり、毎日がとても楽しく、新たに迎える年も去年以上に良いことが起きると思えるからだ。

2021年早々から、元日礼拝に向かう車の中で二重の虹を見た。
そして今日また教会で、180°に開けた二重の虹が目の前にあった。しかも虹の起点が教会の裏の敷地内だったのだ。虹は遠くにあるものと思っていたのだが、虹の始まりが直ぐ目の前にあるなんて!!

クリスチャンにとって虹は神様が見せて下さるもの。神様が私たちに下さる祝福の契約の虹なのだ。
昨年から年が明けてもコロナ禍で大変な世の中、その中に神様の偉大な私たちへの祝福のご計画があるのだ!私たちには想像もできない方法で私たちを祝福に導くご計画が!
コロナの終息を祈りつつ、この一年、神様のご計画に期待して歩みます。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
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召天者合同記念会

 昨日の11月23日は、教会で召天者合同記念会が執り行われた。

ひろ君が天国に行って3年9ヶ月、私達にとっては4回目の召天者記念会だった。
この記念会は私達遺族にとって、大きな大きな恵みだ。
毎年増えていく召天者にも関わらず、一人一人丁寧に名前が読み上げられ、その読み上げられた名前を聞いて、故人がどのように神様と共に歩んでいたのかをありありと思い出すことが出来る。
とても感動したことがあった。故人の写真が礼拝堂の入り口ホールにずらっと並べられるのだが、その写真を見たある信徒が、「ひろ君って、こんな子だったんですね。写真がみられて良かったです。ありがとうございます。」と言ってくれたのだ。
その信徒はひろ君が召天した以降に教会に来られた方なので、ひろ君を直接知らない。私がその方にひろ君の話をしたことも無い。でも、その方はひろ君を知っていたのだ。
ひろ君に限らず、召天された方は神様の御業を私達に見せてくれていた。その生き方、死に方が教会内でずっと語り継がれているのだ。

牧師のメッセージは、天国をありありとイメージさせて下さる。改めて天国は本当にある!!、天国でまた再会できる!!と強く握ることが出来た。

記念会が終わって、茶話会。
共に食事をしながら故人を偲び合った。あんなこともあった、こんなこともあった。彼の行動が私を変えた、等 etc。
共に泣き、共に笑いあった。

コロナの中、足を運んで下さった方々、また来られなかったけれど思いを持ってお花料を捧げて下さった方々、感謝いたします。
ありがとうございました。

礼拝堂前のホールには個人の写真が並べられた


記念会が始まる直前の礼拝堂


茶話会の軽食


デザートも盛りだくさん



 今日、私が握った御言葉。
むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。(ペテロの手紙第一 3章4節)
このように歩みたい。
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ひろ君の胡蝶蘭の植え替え

 去った6月27日、ひろ君の胡蝶蘭の植え替えを行った。

ひろ君が召天した時に頂いた蘭で花が咲き終わった後に一つ一つを鉢に植え替えたので、3年ぶりの植え替えだった。
この3年間、毎年きれいな花を咲かせてくれていて、今年も見事に咲いてくれた。が、鉢から根が飛び出し、ミズゴケの上から苔やオオタニワタリが生えていたので、そろそろ限界と思い、植え替えすることにした。
知り合いで以前お仕事で蘭を育てた経験のあるSさんに植え替えをお願いしたところ、快く引き受けて下さり、一緒に行った。奥ばあちゃんが母の日に貰ったミニ蘭も花が終わっていたので、一緒に植え替えることに。

ひろ君の蘭は、鉢から外した後、丁寧に枯れた根っこを取り除き、更に支柱が高くなりすぎた蘭は支柱も少し切り取る(え!、こんなことして大丈夫なの?と私はビックリ)という、私には出来ない大胆なことをSさんはてきぱきと進めていき、無事植え替え終了。
奥ばあちゃんのミニ蘭はポットから外し中のミズゴケをそのまま残し、少し大きめの鉢に移した。小さい蘭は中のコケを取らずそのまま移した方が良いとのことだった。

これまで蘭を掛けていたポールでは手狭になった為、Sさんがロープで新たな棚も作って下さり、高さがある為、カタツムリの被害からも守られ、家の中からでも見やすくなった。
梅雨の戻りで植え替え後すぐに雨が降ったが、大雨の時は家の中に避難させるなどして、植え替えからひと月弱、元気に育っています。

Sさん、忙しい中わざわざ来て下さり、植え替えありがとうございました。

 教会では、この4連休の休みを利用して一泊二日のキャンプが行われている。
新型コロナの影響で児童虐待が増えたり、順風満帆に見えていた人が突然命を絶ったりするこの時代にあって、教会の守りの中にいられることをとても感謝している。
助け合い、支え合い、祈り合い、誰一人取り残すことがないようにと、心ひとつとなれる場所。自分の弱さや心の内をさらけ出しても、「私もよ~」と共感があったり、力強い祈りで力づけてもらえたりと、全然大丈夫なところ、それが教会だ。
多くの方が、自分の居場所と思える教会に巡り合って欲しい。
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