Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

踏切に立つ者の選択

2014-12-12 | Weblog
自民党がNHKと在京民放テレビ局に対し、選挙報道の公平中立などを求める要望書を渡した。街頭インタビューの集め方など、番組の構成について細かに注意を求める内容は異例。安倍総理がTBSの報道番組に出て恣意的にアベノミクス・政府を批判する声を集めたとムキになった事件を受けてのことだろう。
VTRで紹介された一般人の街の声は、「誰が儲かってるんですかね」「景気がよくなったとは思わない」「全然アベノミクスは感じてない」「大企業しか分からないのでは」という、ごく当然の庶民の声だ。
首相はそれに対して「これ全然、声が反映されてません。おかしいじゃありませんか」とキレまくったという。国民の本音を否定するそのような総理大臣が民主的と言えるはずもない。
要望書では「過去にはあるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、大きな社会問題になった事例も現実にあった」とも記してあるという。
NHKはもちろん民放各局の「自粛」に拍車がかかったのは確かだ。「朝日新聞バッシング」を推進する独裁的な政府が「公平中立な報道」を求めればそれが「公正中立」とはほど遠い結果を呼ぶのは自明のことである。
案の定、テレビ朝日系列の「朝まで生テレビ」は、「選挙に影響が出る」として民間の発言者の出演を排除した。
「自由な言論」はどこへ行ったのだ。

今月頭、日本外国特派員協会が衆院選前に恒例で開催している各党ごとの記者会見に、自民・公明が出席できないと回答した。両党は「日程が合わない」と理由を説明しているが、もちろん逃げたのである。
政党は選挙を極めてドメスティックな事象と考えているわけだ。世界に向かって胸を張れるだけの主張を持っていないというあらわれだ。

総務省は2日、衆院選公示前日(1日)の全国の選挙人名簿登録者数(有権者数)について、在外投票の有権者も含め、1億424万9182人と発表した。小選挙区の有権者数が最も多いのは、東京1区の49万5724人で、最も少ない宮城5区の23万1668人と比べた「1票の格差」は2.14倍だった。今回の衆院選から格差是正のため小選挙区数が「0増5減」されたが、依然として違憲判断の目安とされる2倍を上回ったままなのだ。
最高裁は2011年3月、最大2.30倍だった09年衆院選を「違憲状態」と認定。国会は12年11月に「0増5減」を決めたが、同12月の前回衆院選には間に合わず、最大格差2.43倍のまま行われた。最高裁は13年11月、12年衆院選も「違憲状態」と判断している。
「一票の格差」が是正されないままの、最高裁の判断を無視した、憲法違反の選挙である。自民、公明、民主3党が合意し、政治家自らが衆院議員の定数削減を「身を切る改革」としていたはずだが、結局は実行しないのだ。
国民は怒っている様子もない。世も末である。野党側にとっては有利な攻撃材料のはずだが、国民の無関心を覆すのは困難のように思われる。

安倍首相のやることなすこと狂気か児戯に等しいのは今に始まったことではないが、経済対策として「所得が低い人や省エネ住宅を新築した人」に「商品券などを配り」、「個人消費を直接支援する」というのは、ギャグでしかないのではないか。税金を巻き上げておいてそれをばらまき「善行」を装う。醜悪の極みだ。

景気は悲惨な状況である。消費や設備投資といった内需が低調なうえ、円安効果は輸出額よりも輸入額を増やす方向に働いて外需も伸び悩んでいる。
「消費税増税の問題」にするのは「すり替え」だ。
今年7~9月期の日本経済は、消費増税の影響に直撃された4~6月期に続き、2四半期続けてマイナス成長だった。
特に国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費が弱く、円安や消費増税に伴う物価の上昇に収入が追い付いていないことが響いている。
円安で増えるはずの輸出数量は伸び悩んでいる。日本の国際競争力は地に落ちた。
「円安が進めば日本経済は成長する」というアベノミクスの時代錯誤はとうに破綻している。

集団的自衛権を巡る憲法解釈の見直しや自衛隊の海兵隊化、参院選後の安倍首相は露骨に右傾化を強めている。
そしてついに特定秘密保護法が施行され、早速幾つかのブログがプロバイダの「自粛」らしいが、その露骨な影響のもと、閉じられた。

写真は、私が新作『8分間』の舞台のモデルとした某最寄り駅のプラットホームの端だが、そこに踏切が通っている。じつは飛び込みの名所だという。
近辺住民たちは、うららかな午後にこの踏切を通り、あるいはプラットホームに立つとき、「日常」のゆったりした時間に身を浸しているようだが、一歩間違えればその身に「死」の影が通り過ぎる。

無事に通り越せるのか。渡りきれずに頓死するのか。
国民の殆どが無関心になっているとしか思われない「選挙」はおそろしいことにその結果を導く。
少なくとも自民党や憲法改悪勢力にこの国を渡してはならない。
菅原文太さんの遺志は、彼の盟友であった井上ひさしさん始め、ここ数年亡くなられた平和を愛する発言者たちと同様のものだ。
彼らの不本意なはずである「沈黙」に対して、残された者は、恥じない結果を出さねばと深く思う。
生きている我々はできる限りのことをしなくてはならない。
コメント
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