RE.乃木坂学院高校演劇部物語
「なんで、ちゃんとたたまないのかなあ!」
くしゃくしゃになった衣装を広げながら、衣装係のイト(伊藤)ちゃんがぼやいた。
「ボヤくなって、大ラスで、審査長引いて……」
と、山埼先輩。
「結果があれだったんだからな」
と、勝呂先輩がうけとめる。
放課後の倉庫。夕べは、とりあえずの片づけしかできなかったので、本格的な片づけと、衣装やらの天日干し。
衣装は一見きらびやかそうにできているけど、洗濯できないものがほとんどで、天日干しにして除菌剤をスプレーする。シワの寄ったものは平台を尺高(約三十センチ)にして、その上でアイロンをかける。
昨日の疲れと審査結果で、一年が三人と二年が一人休んでいる。そのうちの二人は学校には来ていたのに、クラブには「休みます」と舞監の山埼先輩にメールをよこしただけ。
思えば、これが演劇部崩壊のキザシだったのかもしれない。
里沙は峰岸先輩とマリ先生といっしょに、道具や衣装の置き場所を相談している。
「新しい倉庫が欲しいですね」
ポーカーフェイスの峰岸先輩がつぶやく。
たとえポーカーフェイスでも、たとえ呟きであったとしても、峰岸先輩が口に出して言うのは、わたしたちなら「やってらんねー!」と叫んだのと同じ。
「進駐軍だって、手をつけなかったってシロモノだもんね」
マリ先生もつぶやく。
マリ先生がつぶやくのは命令と同じなんだけど。さすがにこれは単なるボヤキでしかない。
「進駐軍って、なんですか?」
里沙が真面目な顔で聞く。一拍おいてポーカーフェイスと、空賊の女親分が爆笑した。
―― 明るさは滅びのシルシであろうか ――
はるかちゃんの言葉がなんの脈絡もなく思い出された。
「ま、峰岸クンが卒業して出世したら、寄付してよ」
「先生こそ……」
「ん……!?」
「失礼しました」
「え?」
里沙一人分かっていない。わたしも、そのときは分かっていなかった。
「まあ、やっぱり大きな変更はできませんね」
峰岸先輩が結論づけて、三人が倉庫から出てきた。
「ち、アイロンきれちゃった」
イトちゃんが舌打ちした。
「ボロだからな」
と、中田先輩。
「それ、去年アンプ買ったポイントで買ったから、まだ新しいよ」
カト(加藤)ちゃん先輩。
「電源じゃないのか……」
山埼先輩が呟いた。
「……なんか、焦げ臭くないか?」
ミヤ(宮里)ちゃん先輩が、コードをたどって倉庫へ……。
ストップモーションをかけたような間があった。
「火事だよおおおお!」
ミヤちゃん先輩が駆け出してきた。
「え!?」
みんなが同じリアクションをした。
「ヌリカベ一号が、上の方から燃えてます!」
「あ、あそこ、天井の配線が垂れ下がっていたんだ!」
山埼先輩が思い出した。
「だれか、火災報知器を鳴らして! あとの者は消火器集めて!」
マリ先生が叫ぶ!
「危険です。火のまわりが早い!」
誰かが叫んだ。もう倉庫の軒端から白い煙が吹き出しかけている。
ヂリリリリリリリ!!
火災報知器が鳴った!
「あ、わたしの、潤香先輩の衣装!?」
自分が叫んでいるようには思えなかった。頭に病院で見た潤香先輩の姿が浮かび、どうしても、あの衣装だけは取りに行け! と、悪魔だか神さまだかが命じている。
「だめ、もう間に合わないよ!」「やめとけ!」「まどか!」「まどかっ!」
そんな声々が後ろに聞こえた。大丈夫、衣装ケースは入り口の近く。すぐに戻れば……。
うそ……定位置に衣装ケースがない!?
そうだ、修理に出す照明器具を前に持ってきたんで、衣装ケースは奥の方だ……今なら、まだ間に合う。火はまだ天井の方を舐めているだけだ。体の方が先に動いた。とっさの判断。いや、反射行動。
衣装は一まとめに袋に入れておいたのですぐに分かった。すぐにとって返そうと、スカートひらり……とはいかなかった。だれか悪魔みたいなのが、わたしのスカートを掴んでいる。ク、クソ……少し冷静になって見ると、スカートの端っこがパネルの角にひっかかっているのが分かった。
他のスタッフのようにジャージに着替えていないことが悔やまれた。わたしは衣装整理の仕事だったんで、制服のまんま。
普段だったら、こんなものすぐに外せる。でも、今のわたしってパニクってる。いっそスカート脱いじゃえば、あっさり逃げられるんだろうけど、こんなとこで半端な乙女心が邪魔をする……ワッ、パネルがまとまってわたしの上に落ちてきた! もう火は、立っていたときの頭の高さほどのところにきている! もうスカートを脱ぐどころか身動きもとれない。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」
息が苦しい……かろうじて、首にかけたタオルで口を押さえる。朝、しこたま汗を拭いて、ヨダレや鼻水も拭った。その自分の匂いが懐かしい……遠くでみんなが呼んでいる……背中が熱くなってきた。パネルに火がまわったようだ……かすむ意識……ごめんなさい、潤香先輩。先輩の衣装……燃えちゃいます……。
その時、急に背中の重しがとれて、体が軽くなったような気がした……これって、幽体離脱……。
わたし死ぬんだ……。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問