あたしのあした
13『放課後メールを打った』
きょうはプールの補講は無い。
プールに水が無いんだから当たり前。水野先生たちは、プールを使わせてくれる学校を探しているようだけど、簡単には見つからない。
ネッチたちは「ラッキー!」と喜んでいる。
浅はかな子たちだ。このさきプールの補講が無くなるわけじゃない。きのう予想した通り、ご近所の益荒男高校に決まるのは火を見るよりも明らかなのにね。
「ま、とりあえず、きょう一日心穏やかならいいのよ」
ネッチは、トンカツを食べながら幸せそうに言う。
「そうかなあ……」
疑問を呈しながら、付け合わせのキャベツの千切りにウスターソースをドボドボかける。
「ゲ、なにしてんの?」
「え、あ、おいしいんだよ」
ムシャムシャとキャベツを咀嚼する。ソースの刺激とキャベツの甘さが混然一体となって、けっこういける。
「田中さんて、オヤジ臭い」
「そーかなあ……ネッチもやってみそ」
ソースピッチャーを持ってネッチのお皿に迫る。
「か、勘弁してよーーー!」
ネッチはお皿を持ち上げて嫌がる。
「アハハ、わかったわかった」
あたしは、ソースピッチャーの口を自分の方に向け、プニっと力を入れる。シュッとソースが一吹き口の中に入る。
「うん、濃厚!……だけど、アハハハ、あたしって女捨ててるかもね」
「「「「「言えてるう」」」」」
テーブルの女子たちの声が揃う。
「こんなのどう?」
ノンコがスプーンだけでチャーハンの残ったのを小さなお握りにし、スプーンに乗っけて左手で弾く。お握りは一メートルほど飛び上がり、その間に待ち受けていた口でパクっと食べる。単純だけど見事なものだ。
「「「「「オーーーーーー!」」」」」」
感嘆の声があがる。
「ノンコ、もっかい!」
ノエ(伊藤野江)が参戦する。
「イクヨーーーハイ!」
お握りが、さっきよりも高く上がる。
ゴツン!と音がして「「痛ーーーー!!」」の声。
ノンコが大口開けてキャッチしようとしたところへ、ノエが割り込んできたので、頭をぶつけてガチンコになる。
「「「「「「アハハハハハハ」」」」」」
あたしの声も一緒になって、食堂に笑い声が満ちる。
少し分かった。
その時その瞬間を楽しくって生き方もあるんだ。
放課後になってメールを打った。
――そちらのプール使わせてもらえませんか――
あて先は、早乙女女学院の理事長。
折り返し返事のメールが返ってきた。
――寛ちゃん、回復したのかい!?――
あたしは寛一の名前でメールを打っていたことに気づいた。
そして首をひねった。
なんで早乙女女学院の理事長なんか知っていたんだろう?