明神男坂のぼりたい
授業が次々に終わっていく。
三学期の最終週だから、ほんとうに二度と帰ってこない授業たち。
と……特別な気持ちにはならない(^_^;)。
強いて言うなら「サバサバした」いう表現が近い。
学校で、うっとうしいものは人間関係と授業。
両方に共通してんのは、両方とも気を使うこと。つまらないことでも、つまらない顔をしてはいけない。
学校でのモットーは、休まずサボらず前に出ず。
一番長い付き合いがクラス。完全にネコっ被り。
おかげで、一年間、シカトされることも、ベタベタされることもなかった。
授業も同じ。
板書書き写したら、たいがい前を向いて虚空を見つめている。
それが、時に大人しい子だという印象を持たれ、こないだの中山先生みたいに「白木華に似てるねえ」なんちゅう誤解を生む。
あの月曜日の誤解から、あたしはいっそう自重している。
だから昨日はなんともなかった。
ただ虚空を見つめてると意識が飛んでしまって、関根先輩と美保先輩は夕べ何したんだろ……もっと露骨に、ベッドの上で、どんなふうに二人の体が絡んでいるのか、美保先輩が、どんな声あげたんだろうかと妄想してしまう(#^0^#)。
ああ、顔が赤くなってくる。適度に授業聞いて意識をそらせよう。
で、これが裏目に出てしまった。
現代社会の藤森先生が、なんと定年で教師生活最後の授業が、うちのクラスだった。
「ぼくは、三十八年間、きみたちに世の中やら、社会の出来事を真っ直ぐな目で見られるように心がけて社会科を教えてきました……」
ここまでは良かった。
適当に聞き流して拍手で終わったらいい話。
授業の感想書けとか言われたら嘘八百書いて、先生喜ばせたらいい話。
ところが、先生はA新聞のコラムを配って、要点をまとめて感想を書けときた。
コラムは政府の右傾化と首相の靖国参拝を批判する内容……困ってしまった。
あたしは政府が右傾化してるとも思わないし、靖国参拝も、それでいいと思ってる。
明神さまには毎朝挨拶してるし、靖国には行ったことないけど、行けば、同じように二礼二拍手すると思う。
だいいち、新聞読まないしね。
困ってしまって、五分たっても一字も書かけない。そんなあたしに気がついたのか、先生が見てる。
『藤森先生は、いい先生でした!』
苦し紛れに、後ろから集める寸前に、そう書いた。
先生は、集め終わったそれをパラパラめくって、あたしの感想文のとこで手を停めた。
「鈴木。誉めてくれるのは嬉しいけど、先生は、コラムの感想書いてって言ったんで……ま、いいわ。で、どんなな風に『いい先生』なんだ? よかったら聞かせてくれないか」
「そ、それは……ですね……えと…………」
だめだ、みんなの視線が集まり始めた。
「なにを表現してもいい、だけど、これでは小学生並みの文章だ」
ちょっとカチンときた。だけど、教師生活最後の授業。丸くおさめなきゃ……あせってきた。
「先生は、どうでも……」
あとの言葉に詰まってしまった。どうでもして、生徒に批判精神をつけてやろうと努力された、いい先生です……みたいな偽善的な言葉が浮かんでたんだけど、批判? 批評? 言葉へん? どうでも? どうとしてでも? あ、えと……
プチパニック!
「先生は、どうでも……」
先生が、促すようにリフレインしてくる。切羽つまって言ってしまった。
「先生は、どうでも……いい先生です!」
この言葉が誤解されて受け止められたことは言うまでもない。
藤森先生は真っ赤な顔をして、憮然として授業を終わった。
放課後、担任の毒島(ぶすじま)先生に怒られた。
しかし、言われたように謝りには行けなかった。
ブスッとして帰ったら、御茶ノ水の駅前、くたびれ果てた関根先輩に会った。
「どうしたんですか?」
思わず聞いてしまった。
心の片隅で美保先輩と別れたいう言葉を期待した。
「自衛隊の体験入隊はきついわ……」
「え?」
プチゲシュタルト崩壊。
「美保は、お父さんが車で迎えにきた……オレは、しばらくへたってから帰るわ」
プチプチプチ……
音を立てて脳細胞が死んでいくような気がした……。
※ 主な登場人物
- 鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
- 東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
- 香里奈 部活の仲間
- お父さん
- お母さん 今日子
- 関根先輩 中学の先輩
- 美保先輩 田辺美保
- 馬場先輩 イケメンの美術部
- 佐渡くん 不登校ぎみの同級生
- 巫女さん
- だんご屋のおばちゃん