魔法少女マヂカ・254
鉄道では行くだけで二日かかる。
最高時速なら鉄道よりは速いが、道路が未整備な大正時代では、車でも三日、どうかすると四日。
可能性としては飛行機。
だが、まだ民間航空は成立していない。
ちょっと無理をして、創設間もない軍の飛行機なら、あるいは……しかし、侯爵のツテを頼っても、軍の飛行機を使うのは難しい。
調べてみると、長崎には、まだ飛行場そのものが無い。
「どないすんのん?」
ノンコが泣きそうな顔で聞いてくる。
魔法少女のわたしでも、窓辺で爪を噛むしかないのだ。準魔法少女のノンコは涙をためてオロオロするしかない。
霧子は、ソファーで仰向けになって、腕を組んで天井ばかり見ている。
「凌雲閣のドアはどうかしら……」
自信のない声で呟くように言う。
「だめでしょ、あれをは、時間を遡れるけど、浅草近辺にしか飛べないよ」
「そうね……」
「ねえ、遡れるんやったら、そこから長崎に行ったら?」
「だめよ、遡れると言っても震災の前後数日しか飛べない。飛んでも、震災で鉄道も道路も寸断されてる」
「そうか……」
アイデアが出尽くすと、再び沈黙が部屋を支配する。
この堂々巡りを、もう二時間も続けている。
窓の下には、車寄せから正門へのアプローチが見下ろせる。
箕作巡査は、フィアンセが誘拐され、居てもたってもいられないはずなのに、きちんと門衛室の前で、いつものように立哨している。
―― いや、こうしている方が落ち着くんです。ひょっとしたら、いい考えが湧くかもしれませんし ――
いい男だ。
田中執事長は、後ろ手組んで、車寄せのロータリーをグルグル歩いている。
時々、二階のこの窓に目をやって、互いに――いい考えは?――という顔をするんだけど、横に首を振り合うだけで終わってしまう。
時々、他の執事やメイドが仕事の指図受けに来たり、伺をたてにくるが、それには微笑みを浮かべ慣れた様子で指示をしている。さすがは、高坂家筆頭家老の家系の執事長だけのことはある。
若い執事が荷物を載せた台車を押してやってきて、なにやら指示を受けている。
高坂家では、ほぼ毎日郵便や小荷物を出す。侯爵家としての付き合いや日々の生活、侯爵の仕事がらみでも、けっこうな荷物や郵便物になるからね。
田中執事長は、それを毎日チェックして間違いが無いようにしている。
こんな時でも、日々のルーチンに手を抜かない姿勢は立派なものだ。
あ……という感じで執事長の手が停まった。
―― そっちに参ります! ――
口の形で、そう言うと、三十秒後にはドアがノックされた。
「なにか思いついたの!?」
霧子が、真っ先に詰め寄ると『まあまあ』という感じで切り出した。
「池袋の西、豊島郡に長崎がございます!」
「「「え、東京に!?」」」
言って思いついた。
九州のそれが、あまりにも有名なもので『長崎』と言えば、そこしか思わなかったが、『堀の内』や『二宮』のように、どこにでもというほどではないが、地名は全国規模で存在するものが多い。
「下手人も来いと申すからには、すぐに来られる『長崎』を差して居ると存じます!」
執事長は『下手人』などと大時代の言葉を使う。
なんだか、遠山の金さんのように見えてきた。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査