くノ一その一今のうち
…………ちょっと違う。
勇んで大阪城に来てみたものの、本丸入り口の桜門の前で立ち止まってしまった。
『へんですね』
えいちゃんも丸まった上半身をカバンから覗かせて不思議そう。
桜門を前に見て、左側が空堀。右側の内堀もクニっと北に曲がるところまでは空堀なんだけど、それ以外は内堀も外堀も水の堀。坂道もあるんだけど、それは本丸の東側、ちょうど空堀が水の堀になってしまって――空堀の坂道――という条件からは外れている。
念のため、入場料を払って西の丸にも入ってみる。空堀の半分は本丸と西の丸の間にあるから。
『アングル考えたら時代劇の撮影に向いてますねえ、ほら、天守が載った石垣を背景に、この御殿風の会議場のとこなんて。石垣が高いから、これをバックに太刀まわりとかもいいですねえ♪』
「あはは、でも、ロケハンに来てるわけじゃないからね」
『あ、すみません、そうでした!』
それから、本丸東側の坂道。
堀端の坂道としては東京の九段坂の方が大きくて長いけど、九段坂は自動車道だし北側はビルがいっぱいで、お城の坂道という感じじゃない。
坂の上に立つ。
見下ろした坂道は、内堀に沿った一車線ほどの幅で、六車線もある九段坂よりも、お城の中の坂道という風情。
だけど――空堀の坂道――という条件からは外れている。
『もう、いったいどういうことなんでしょうね!』
えいちゃんが、ちょっと癇癪気味にグチると、外人観光客の一団がちょっとビックリして、なにごとか喋りながら坂を上って行く。
古城の坂道で女子高生が腕組みして坂の下を睨んでいる……って、なんか、アニメの名シーンのように感じたのかもしれない。
『ちょっと絵になったかもしれません』
「あんまり不用意に喋らないでね」
『あ、外人さんたちが……』
「え?」
振り返ると、桜門の向かい側の茂みの中に入って行く。天守閣のある本丸とは逆方向だ。
行ってみると、大きな石柱があって『豊国神社』と彫られている。
豊臣秀吉を祀った神社だ。
『空堀の坂道』は空振りだったけど、わたしも鈴木系豊臣のまあや……その家来というわけじゃないけどガードだからね、ご挨拶ぐらいはしておこうか。
石柱の先は短い参道になっていて、太閤秀吉の銅像に軽く一礼して鳥居を潜る。
由緒書きを見ると、明治天皇が『大阪の基礎を築いたのは豊臣秀吉なのだから、神社を造って祀ってはどうか』とおっしゃって出来た神社であるらしい。最初は中之島のあたりにあったらしいけど、都市開発や戦災にあったりで、戦後、この大阪城内に移された。
観光客の人たちに混じってお参り。
ネットの情報なんだろうか、外人さんたちも、ちゃんと二礼二拍手一礼のお参りをしている。
お賽銭投げて一礼で済まそうとしていたので、慌てて二礼二拍手一礼。
頭を上げると、観光客の人たちの姿が無い。
振り返ると、境内の外は花曇りのように霞んで、淡い結界が張られたようになっている。
『よく参ってくれた、どうもありがとう』
直垂(ひたたれ)姿のおじさんがにこやかに立っている。
これまでの経験が――尋常ならざる者――というアラームを発して反射的に警戒してしまう。えいちゃんも『キャ!』と声を上げてカバンの中に引っ込んでしまった。
『あ、これは、ちょっと驚かせてしまったかな。わたし、この神社に祀られている秀長です』
秀長?
なんだ、秀吉と信長の良いとこ取りをしたような名前は?
パチモンのような名乗りに、さらに一歩引いてしまった!
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
- 多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
- 杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
- えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手