くノ一その一今のうち
中忍は戦略的な判断はしない。
戦略とは、攻めるか攻めないかという大局的な判断。これは上忍の仕事、いや責任。
中忍は、その決定に従って具体的な戦術を決める。
日本最大の忍者組織である徳川物産においては、この中忍の仕事は服部半三と、総務二課秘書のわたし(桔梗)と樟葉が当たっている。
いつ、どのように、どんな規模で攻めるかを決めて下忍に命じ、時に、その先に立って戦いの指揮を執る。これが戦術。
下忍は集団として、時には個人として登録されていて、任務に応じて指名され戦闘や諜報の任にあたる。本社直属の下忍集団も今年から発足した。
百地芸能事務所。
この春まで、百地は独立した忍者集団だったが、社長同士の話し合いで、神田の事務所を引き払って、丸の内の本社ビルに移転してきた。
その下忍たちの中で、密かに社長が好んでいるのが風魔その。
身分は下忍集団である百地事務所のアルバイト。すでに世襲名の『そのいち』を戴いているが、良くも悪くも女子高生気質が抜け切れておらず、俗名の『その』や『ソノッチ』あるいは『ノッチ』で呼んでも機嫌よく返事する。
忍者の棟梁は世襲名にこだわる。うちの服部半三、百地三太夫、敵の猿飛佐助など。
あ、うちの服部半三は別に三村紘一を名乗っているが、あくまでも任務上の偽名の一つ。
天然なのか、企みあってのことなのか、社長も半三もそのの呼び名にはこだわりがないようなので、わたしも時と場合と気分次第でファジーに接している。
そのは下忍だから、判断していいのは戦闘術の範疇にあることだけだ。
盗めと命ぜられたら、殺せと命ぜられたら、どうやって盗むか殺すかの判断だけだ。
半三とわたしで決めたのは、A国B国の行動を遅らせることだ。
草原の国がA・B両国を抱き込んで、あるいは恐喝して高原の国を滅ぼそうとしている。
高原の国が落とされれば、草原の国の力は中央アジア全域に広がり、ロシアや中国に並ぶ勢力になる。
草原の国の背後には木下豊臣家がいる。
木下豊臣は、その力の根源を海外に求め、その勢力を持って鈴木豊臣家を滅ぼし、さらには日本を支配しようと目論んでいる。
当面の障害、それは高原の国のアデリヤ王女。
まだ17歳だが、国を想う心は国王のそれを超えている。
頭脳も明晰で、いささか未熟で跳ねっかえりではあるが、その行動力と統率力には目を見張るものがある。
敵ならば、殺すか排除すれば済む。
しかし、将来においては高原の国の優れた指導者になる逸材だ。
彼女の祖母は日本人で、その血の1/4は日本の血だ。
アデリヤ王女の保護と教育、うがった見方をすれば、それが本作戦のキモと言っても差し支えない。
おっと、これは、中忍の分際を超える。
トントン
合図のノックを天井裏で聞いて、わたしは筋向いの部屋から廊下に出る。
「もう、ビックリするなあ!」
「部屋に入って」
「うん」
ミッヒを部屋に入れて、わたしは隣の部屋に入る。そして、二人とも床下に潜り込んで、出会うのは二つ隣の、そのまた裏の空き倉庫。
旧ソ連時代の地下道の図面が役に立った。
「ドローンを二つ飛ばして注意をひいておいた。五分もすれば墜とされるだろうけど、これでみんなの注意は空に向く」
「その間に、ミサイルを破壊するのね」
「ああ、草原の国の細胞が予想以上に入っている。時を稼ぐのにはこれしかない。これは中忍の判断でいいんだよな」
「ええ、予定通りでは無いけど、プランB、わたしの権限の内よ。草原の国の浸透は予想より進んでいる、荒事で阻止するしか手は無い」
「10分で爆発する、そろそろ行こう」
「仕掛けは?」
「日差しが傾いてブツに影が伸びたら爆発する」
「そう、じゃあ、ここからは別々にね」
「了解」
言い終った時には、もうミッヒの姿は無かった。
ここからは別々に脱出する。
では、なぜ、わざわざ待ち合わせたか。
直に顔を見て、事の成否を見極めるため。
わたしの特技は、人の目とオーラを見て、人物と事の成否を見極めること。
ミッヒは、急な変更にもかかわらず、きちんと任務を果たしたようだ。
ドオオオオオオン!
変装してゲートを抜けたところで大爆発。
ゲートの兵士たちは、警備どころではなくなり、銃を構えてゲートを閉鎖。
振り返ると――早く行ってしまえ――とジェスチャーしている。
やれやれ、次善の策でなんとか任務終了。
彼方を一台のジープが疾走していく。
三人乗っている、二人は女性兵士…………まさか?
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
- 多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
- 杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
- えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
- 豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟
- ミッヒ(ミヒャエル) ドイツのランツクネヒト(傭兵)
- アデリヤ 高原の国第一王女
- サマル B国皇太子 アデリヤの従兄