大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・53『キネマ橋』

2023-04-29 15:06:18 | 小説3

くノ一その一今のうち

53『キネマ橋』 

 

 

「土井さんですか?」

「里中満智子さん?」

「いいえ、中村その子です」

 

 猫に言われた通りにやり取りすると、助手席のドアが開けられた。

 

 大工さんとか職人さんとかが着ている薄緑系の作業着、胸元には土井造園のロゴ……植木屋さんなんだろうけど肌が白い。

「隠居した植木屋です。楽隠居だから日焼けも抜けてしまいましてね……お袋は新地で芸者をやってたんで、地は色白でして、今でいうデフォルトってやつです。まあ、すぐにお屋敷に着きます」

「お屋敷?」

「聞いていませんか、キネマ屋敷ですよ」

「キネマ屋敷……ですか?」

「はい、日本を代表する映画人杵間さまのお屋敷」

「映画?」

「はい。まあ、じきに着きますから。年寄の下手な説明よりもご自分の目で確かめてください」

「あ、はい」

 川を渡ると四車線の一本道、標識には内環状線と書いてあるから幹線道路なんだろう。

 幹線道路だから、そんなに信号は多くない……んだけど、ほとんどの信号に引っかかる。

「ごめんなさいね、あちこちにご挨拶があるもんで」

 なるほど……忍びの者か妖の類かの視線を感じる。

「交差点ですからね、信号に注意してるふりして観察してるんです。大丈夫です、立ち向かってくるようなことはありませんから」

 神田の古書店街でも似たような気配に遭った(6『百地芸能事務所・1』)けど、あの時の剣呑さは無い。土井さんも大丈夫って言ってることだし、気にしないでおこう。

 それから近鉄線が見えたところで曲がって、しばらくいくと神田川を1/4にしたぐらいの川に出くわし、そのまま川辺の道に入った。

「雰囲気のいい川ですね」

「長瀬川です。きれいな小川ですが、昔の大和川の名残です」

 関西の川なんて知らないっていうか分からないんだけど、大和川って名前が由々し気だ。

 大和は国のまほろばとか国語で習ったような気がするし、宇宙戦艦ヤマトとかあるしね。

 川には小さな橋がいくつも掛かって川の両側を繋いでいるので、川が街を隔てているという感じがしない。

「この先に見えてきますのが樟徳館という屋敷です」

「ああ、あれが」

 広壮な日本建築のお屋敷が見えてきた。

「昭和三年から五年まで、ここに『東洋のハリウッド』と呼ばれた大きな撮影所がありました。火事で焼けてしまった跡に建てられたのが、あのお屋敷です。いろんな想いが凝っていましてね、ちょっとした次元の狭間みたいなものができてしまって、そこが、鈴木様のお役に立つというわけなんです」

「はあ……」

「もうしわけありません、ついフライングした物言いをしてしまいました。あそこに橋が見えますでしょ」

「えと……あのお屋敷の角のですか?」

「いえ、あれは『帝キネ橋』と申しまして別の橋です、その手前、ちょうど樟徳館の正面の方です」

 土井さんは、アクセルをゆっくり踏み、ハンドルも微妙に回す。

 なぜか、カメラのピントを合わせているような気がした。

「あ、見えました!」

「よかった、さすがは風魔流御宗家を継がれただけのことはあります。あの橋をお渡りください、お屋敷ではない景色が見えてくるはずです。そこが、その一さんの活動拠点になります」

「はい」

 ギッ

 土井さんがサイドブレーキを入れて、二人で軽トラを降りる。

「それでは、わたしはここまでです。ご健闘を祈ります」

「はい、ありがとうござ……」

 振り返ると、土井さんも軽トラックも消えてしまっていた。

 

「さて……」

 

 小さく深呼吸して橋に足を掛ける。

「あ、え……?」

 お屋敷に、もうひとつ別の景色が滲みだすようにして重なり、さらに足を踏み出すとお屋敷は消えて別の景色だけになった。

 

 黒っぽい塀が左右に延びて、わたしが立っているそこだけ、門が八の字に開かれ、門の上には虹のような看板が渡って『帝國キネマ撮影所』のデザイン文字が煌めいていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下

 

 

 


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