時空戦艦カワチ・006
宇宙戦艦というものはもう少しカッコイイものだろう……。
花園ラグビー場のフィールド上20メートルあたりに出現したのは百年前のド級戦艦河内そのものだった。
全幅こそは26メートルあるが、全長は160メートルでしかなく、大きさとしてはフェリーボート程でしかない。 上部構造が貧弱で、古風な三本煙突はヒョロッとしていてブリッジよりも高く、今時の自衛艦を見慣れた目からはいささか貧弱。 造艦美の極致である大戦中の日本戦艦と比べると、どうにも建造の途中で投げ出したような頼りなさがある。 側面から見た主砲は四基八門と戦艦三笠の倍であるが、貧弱な三本煙突と相まって三笠型の劣化拡大版にしか見えない。
それに、百年前のド級戦艦そのままの姿には、波動砲どころかパルスレーザー砲も艦載機の格納庫らしきものも見当たらない。
空中に浮かんでさえいなければ撮影用の張りぼてにしか見えない。
「諸元はおいおい説明いたしますが、カワチは宇宙戦艦ではなく時空戦艦なのです」
メインスタンドの大屋根が桟橋になっていて、そこからデッキに上がったところで千早が注釈した。
「時空戦艦?」
「三次元的な運動だけではなく時空や位相をさえ超える……超えることを運命づけられた戦艦なのです」
そう言いながら千早は河内平野の広がりに目を移す。 それに習って喜一も目を移すが、視点は炸裂の瞬間で停まっている核ミサイルで停まってしまう。
「間違っているんです」
「え、なにが?」
千早とは視線の方向が違うので戸惑う喜一である。
「河内のありようです、大阪のありようと言ってもいいでしょう。元来河内は日本の中心でした。仁徳天皇の御代から幕末まで中心であり続けました、明治の首都は河内に置かれることが九分九厘決まっていました」
「ああ、本で読んだことがある。大阪に首都を持って来れば、それまで武士に寄生していた江戸が滅んでしまうので東京と改めて都とした。たしか前島密の建議を大久保利通が取り入れたんだった」
「そのことにとどまらず、この河内が健やかに発展していれば……あの禍々しいミサイルが飛んでくることも無かったんです」
「あのミサイルも?」
「あのまま炸裂すれば、一瞬で数十万の命が奪われます。負傷を負った人たちも次々に命を落とし……そればかりか、世界は第三次世界大戦に突入します」
喜一も同じ思いだ、X国に限らず核兵器が使用されればドミノ倒しのように世界は破局の淵を転がり落ちるだろう。
「それもこれも、河内が本来あるべきところに在らず、その力を発揮できていないところに原因があるのです。河内の復権こそが世界を、この時空を救うのです。そのために、この時空戦艦カワチは悠久の旅に出ます。喜一さん、あなたには、この時空戦艦カワチの艦長を務めていただきます」
「艦長……わたしが?」
そう驚いた時、足許からブルブルと振動が伝わって来た。
船乗りである喜一には、それが出港の為に機関が前進微速の出力を発揮したことだと知れた。
ド級戦艦河内……いや、時空戦艦カワチは、百年前の姿そのままに、なんの準備も納得も出来ていないままの喜一を乗せて河内平野の空に浮かび上がった。