大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・ツン読書感想 平田オリザの『幕が上がる』を読む

2015-06-18 08:21:27 | 読書感想
ツン読書感想 
平田オリザの『幕が上がる』を読む



 わたしは平田オリザもももクロも好きじゃない。この好きなものじゃないものがドッキングした。

 幕が上がる……という。

 わたしは平田オリザが嫌いなため劇作家協会も辞めた。それほど嫌いである。
 ただ嫌いだけでは話にならないので図書館から本を借りてきた。
 普通映画の原作本は、数か月待たなければ読めないことが多いが、予約すると、直後に「確保できました」のメールが図書館からくる。

 講談社、四六判、305ぺ-ジもある。2012年の初版第一刷。3年もたつのに、ほとんど読まれた形跡がない。

①とりあえず32ぺ-ジまで

 主役(たぶん、さおり)のモノローグの形ではじまる。状況説明のようなことばかりで25ページ。一度投げ出す。
 主人公の演劇部がコンクールに落ちるという「事件」から始まるが、想像力を総動員して、自分の過去の高校演劇の経験と照らし合わせながら読む。事件なのではあるがドラマ(人間の葛藤やイザコザ)が希薄なため、野坂ほどではないけど、詰め詰めの活字。ボンヤリ読んでいると、筋の流れも掴めない。

 コンクールで負けたあとの日常が淡々と進んでいく。台本を書いた先輩が主人公にコクったのかどうかもわからないまま、唐突に『大学演劇の女王』であった吉岡先生が登場。その描写が「美人の美術新任の先生」
 わたしなら、美人であるなどとは書かない。人物の所作や行動、物事への反応などで人物を表現する。映画の最初がほとんどモノローグであったことが合点される。

②41ペ-ジまで、プロローグを読み終える

 8人いた演劇部は三年生が引退、1・2年生の5人だけの演劇部になるが、新学年になって新入部員が7人五月雨式に入ってきて、一気に12人の演劇部になる。その間新入生歓迎会がちょこっとよかったり、吉岡先生が「みんなが、それぞれ両親のことを語る」ことから芝居を創っていく方法を伝授。しだいに自然な表現ができるようになる。6月に校内公演で、それを演って必ず親に観てもらうことになる。

 相変わらず淡々としたさおりのモノローグ。前半で出てきた先輩の姿が消える。さおりとなにか起こりそうな伏線が張ってあったので期待する。

 コンクールで予選落ちした演劇部が5人に減ることはリアリティーがあるが、新入生歓迎会でやったことがよくて、7人も新入生……まず入らない。ま、そこは目をつぶるにしても、新採の先生が演劇部の指導をする動機が分からない。元学生演劇で女王と呼ばれていても、作品の中で書かれているように、完全に別物。どうやら美術部の正顧問で、演劇部は副顧問。
 新採の副顧問がのめりこんでいく心理的な条件が無い。
 吉岡先生と言うのは平田オリザ氏自身の分身のように思える。高校生といっしょに芝居作りの感動を疑似体験したい……先を読んでみないと分からないが、この段階で人間的な情緒表現がないと、登場人物、特に吉岡先生に感情移入できない。


③57ページまで

 視聴覚教室での特別公演。美人の副顧問吉岡先生が教えてくれた「家族を語る」を6月の上旬にやる。これはリーストラスバーグのメソード演技の中にある「記憶の再現」に似ている……ように思える。
 生徒に自由に語らせる……ところまでは同じ。だがメソード演技の場合「記憶の際限」のためには、演者と講師との間でやりとりがある。なぜなら、心理的、情緒的な記憶は物理的な記憶の再現(思い出し)の果てにやってくるものだからである。人間は「考えている」ように見えても、何かしら聞いて見て、匂いを感じたり、姿勢や肌の感覚、熱い寒いといった五感の感覚が働いている。その再現ができないと、俳優は「感情の解放」ができず、説明的な、あるいは見世物として誇張したパントマイムに陥る。
 この難しくも大事なプロセスが書かれておらず、生徒たちはいきなり成功してしまう。また、全員の家族が観に来ることは、それなりの親子の葛藤の末でなければ観に来ない。事実コンクールでも家族が観に来ているのは、ごく一部の熱心な保護者である。
 実際プロローグの予選では、さおりの両親が観に来た説明があるだけで、他の生徒の保護者は来ていない。コンクールでこれである、校内公演を全員の親が観に来るのは、いささかご都合主義ではないだろうか。
 S高校だったかの中西さん(3年生)が転校してくる。予選で優秀賞を獲り県大会に進んだ学校で、主役ではないが一番芝居の上手かった子である。どうなるかは、このあとに出てくるだろう。吉岡先生は、あいかわらず人間性なしの演劇機械。

④94ページまで

 中西の転校の理由がさっぱり出てこない。高校三年生での転校は非常に珍しいことで、かなりの理由がなければあり得ない。小説として納得できない。中西は卒業後プロの俳優をめざしているが、さおりの学校に来て演劇部に(吉岡先生の指導)接して、演劇部と劇団志望を両立させることを決心する。中西の人間的な背景がないので、ただ演劇部のために作者の都合で転校させたようにしか見えない。
 吉岡先生が、本気で演劇部の指導を(全国大会に行く)決心するところで、生徒たちと相談し、決心するところに、やっと人間としての心の揺れが見えたような気がするが。吉岡は教師としては失格。
 教師の初年度というのは、授業と研修、指導教官とのやりとりと校務で潰れる。なんで平田さんは吉岡を新任の教師の設定にしたんだろう。わたしが同じ職場にいたら「あんたクラブにのめりこみすぎ」と注意する。ラノベと開き直るにしては、文章が大人しく、リアリズムのような文体を持ってしまっているので、違和感が拭えない。
 コンクールにむけては「ロミジュリ」を下敷きにした創作と決まり、さおりが書くことになる。この展開は、ありえる話で抵抗はない。ただ、わたしの演劇観では演りたい本、演らせたい本の二つや三つは持っていなければ演劇人とは言えない。演劇集団として演劇部を育てるには、既成の脚本をしっかりやらせるべきだ。
 作中、吉岡先生が、全国大会過去十年間の台本を全部読んだと言う。大したものはなかった……これは共感できますが、どこにいったら過去十年分の上演台本が見られるのだろう。全国高校演劇協会は、そんなサービスやってないし、個人的に交渉し個人的に持っている先生から借りるしかないんだけど。まあ、そこは小説と割り切る。
 1/3近くまで、読んだ。まだ人間が出てこない。説明された人間の輪郭だけ。もしドラよりは、いい作品であることを祈る。

➄118ぺ-ジまで

 さおりと中西が、山梨の全国大会を観に行く話し。
 やっと会話が多く、小説らしくなるが、もう一つ食い足らない。ここまでで登場人物が高校演劇に没入するのが、吉岡マジックで流しているため、急に熱心になられても、人物の背景が書かれていないので入り込めない。ただ互いを「悦子」「さおり」とファーストネームで呼び合うことで象徴。ちょっと強引な感じ。
 一つ共感「コンクールは審査員の好みで結果が左右される」と審査の現状をきちんと書いている。で、平田さん、あなたの審査はどうだったんですか? と聞いてみたくなる。
 さおりが、創作劇を「銀河鉄道の夜」を下敷きにすることに変更。よくあることなので、これも共感。
 ただ個人的には、この時期に、まだプロットも出来上がっていないのは遅いと思う。
 もう一度、強調。平田オリザ氏も高校演劇の審査は偏向していると思っている! 

⑥165ページまで 県の研修会と自分たちの合宿

 作者には悪いですが、読むのが辛くなってきました。延々とさおりのモノロ-グ。時々会話は入るけど、研修やら合宿があったらさもありなんという日常ばっか。これが平田さんのいう「静かな演劇」に通じる空気なんだろうか。劇団新感線が好きなわたしには、耐えがたいモノローグです。
 さおりの『銀河鉄道の夜』を下敷きにした戯曲は、ほとんど苦悩することなく書けた様子。どうやらプロット程度のものでも、そこから稽古で中身を膨らませていけばいいという平田さんの作劇術が影響しているような気がする。
 吉岡先生が合宿中の夜中に外出、タバコの臭いを身にまとって宿舎に帰ってくる。これは吉岡先生の身に重大な変化が、この後にあるという伏線だろう。先を楽しみにする。
 高校演劇の現場に居た者としての違和感がいくつか。
 夏のこの時期まで、誰も退部者、幽霊部員になる者がいない演劇部は、ちょっとありえない。
 毎日の稽古の描写があるわけではないが、稽古を休んだり、乗り気でない部員が一人もいない。ちょっとご都合主義の感。
 新採教師の夏は研修と仕事だらけ。吉岡先生は美術部の顧問もやっているはず、そのへんのジレンマがないのは、審査員諸氏が大好きな「等身大」がない。プロローグでさおりにコクッタのかコクってないのかよく分からなかった孝史先輩がちょろっとでてくる。大学生になって、演劇からは遠のいている様子。さて、後半、どうなりますか。

⑦170ぺ-ジまで

 ここにきて「全員が揃わない日がある」と出てくる。もっと早くこういう状況は出てくるはずだ。それまで全員が部活に揃っていたことになる。やっぱりあり得ない。
 ユッコが推薦入試と、地区大会が重なって苦悩の末に、推薦入試を諦める。ちょっと考えにくい。コンクールはたいがい二日にまたがり、入試と重なった場合は出場の日を優先的に変えられることになっているはず。ために作った特殊な状況です。

⑧201ページまで 文化祭

 文化祭をコンクールの試演会のようにやる。よくあることで同感同感。
 ここにきて正顧問の溝口が「コンクールは入試と重なった学校は考慮される」と後出しジャンケン。でも、そんな学校は沢山あるだろうからと作者は逃げる。経験的にも10校コンクールに参加して、そんな事情のある学校は、せいぜい二校ぐらいしかない。やっぱり現場を知って作者は書いていない。

 最後に書こうと思ったのだけど。創作劇を演ることに違和感というか、厳しい言葉ですが嫌悪感を感じます。

 演劇の三大要素は、俳優、観客、戯曲です。にた部活に吹部があります。三大要素は、演奏者(指揮者も含む) 観客、演奏曲の三つです。吹部はコンクールなどで創作曲をもってくることは絶対と言っていいほどありません。わたしも昔は吹部にいたし、知恵袋で関係者からの答えを見ても「あり得ない」でした。二十年以上前に顧問の先生が作曲してコンクールに出てきたのが神話のように語り継がれているらしいです。
 わたしが吉岡先生なら、部員たちの身に合った戯曲の候補を示します。そして、その中から選びなさい。これが順当です。高校生が数か月で作曲家になれないように、戯曲も同様だと思います。
 ただ、吹部は適当に音符を並べただけでは、素人が聞いてもヘタクソなのが一発で分かってしまいますが、演劇の場合、子どもの絵のように一見アブストラクトで上手く見えてしまうこと。創作する学校が多すぎるので、当たり前に思っていることが障害です。
 戦後二十年以上は既成の脚本が大半でした。余裕があれば、最後に、また触れたいと思います。

 しかし、このモノローグ、なんとかならないだろうか。

⑨304ページ こんなん有りかい!?

 吉岡先生がときどきフケて、居なくなることが何かの伏線だとは分かっていた「まさか役者には戻らんやろ」と半分祈るような気持ちで読んでいると、なんと11月の地区大会を辛くも通過したところで、吉岡先生、いや吉岡は教師を辞める。
 こんな迷惑な演劇お姉ちゃんは学校にはいらない。本当に居たとしたら大ヒンシュクです。
 教科、分掌、授業に全て穴が開きます。全編を通じて吉岡の教師としての描写はまるでなし。これがコーチだとかOGだったら問題ないんだけど、採用試験を受けて(ということは、他に教師になりたかった人を蹴落としてなったはず。特に芸術科の教師は、大阪のように大きな街でも年間の採用は一人とか二人しかいない)あっさり辞めるか!?
 プロローグでも書かれていたと思いますが、高校演劇と言うのは顧問次第という要素が大きいクラブです。経験的・常識的に言って、こういう顧問が抜けたクラブは翌春にガタガタになるところがほとんどです。これは平田さんのファンタジーですな。

 生徒同士のトラブルや脱落者がゼロ。ありえません。平田氏にアドバイスしたと言われる先生たちは、何を平田氏に吹き込んだんでしょう!?
 百歩譲ってラノベだとしたら、エンタメ性がひどく乏しい。
 肝心のさおり達が作った芝居がちっとも分からない。銀河鉄道と、この演劇部の子たちの心情が、どこでリンクしたのか分からない。
「膨らみ続ける宇宙の中で、僕たちは限りなく離れていくし、いしょでもあるんだ」という禅問答のような台詞で暗示されるだけです。

 一つの演劇部が全国大会まで進むのは、こんな簡単なものではありません。もっとドロドロした人間模様があります。

 少なくとも5人ほどで細々とやっている大方の演劇部にとっては、なんの参考にも、共感も呼ばない読み物です。
 映画は観て居ませんが、この小説や映画で演劇部に入った人がいるとしたら、そのギャップに驚いたことでしょう。
 この春は、この映画のせいか、演劇部に入部した新入生は多いようです。ギャップを乗り越えて演劇部を続けていることを期待します。

 そして、吉岡という新任教師は許せません。



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