真凡プレジデント・13
新学年最初の中間考査はユルユルと過ぎていく。
わたしもなつきもユルユルの志し。
間違っても学年十番以内とか評定平均を八以上にするんだ! というような高望みはしていない。
平均六十点くらい、成績表に3が付けばいいと思っている。なつきは2でもヘーキヘーキと笑っている。
テストが終わると、いよいよ立会演説会になる。
例の似顔絵ポスターでとどめを刺されたわたしは100%あきらめの境地、六十点志望のわたしは、書き終えた答案を見直しもせず、まあ平均点がとれればいいやと教室の窓から見える青空のようにサバサバしている。
北白川さんは怖いほどの引き締まった顔で時間いっぱいシャーペン持つ手を動かしている。
「ガンガンやらなくったって、北白川さんなら楽勝っしょ?」
なつきがため息まじりに聞くと、彼女は、こう答えた。
「ケアレスミスということもあるし、記述問題などは最後まで文章を練りなおすの」
北白川さんは正解かどうかである以前に美しい答案でなければならないようだ。
こんな北白川さんとお近づきになれたのは、彼女が柳沢を毛嫌いしているからだ。
毛嫌いの理由はよく分からないけど、柳沢が生徒会長に立候補したのが、とても許せない感じ。まるで、民主党員がトランプが大統領選挙に出ることが許せないみたいな。
今までは、クラスのお姫様的な存在だったので、男子はともかく、女子も容易には近づきがたかった。
でも、柳沢が共通の敵認定されてしまうと、距離が一気に縮まった。
接してみると、どこか天然の所があるけど、意外とフランクだ。なつきも、どこか動物的感覚で仲間認定しているし、せっかく友だちになれたんだ、大事にしたい。たぶん、彼女も、そう思っているから。
だから、この芽生えかけた友情のためにも、選挙を諦めていることは気取られてはいけないのだ。
ところが、意外な出来事でわたしの当選の確率が跳ね上がってしまった。
それは、明日が立会演説会というテストの最終日に起こった。
ほら、なつきの部屋で試験勉強していたら、なつきの弟、健二が学校で怪我をしたってオバサンが言ってきたじゃない。
なつきと二人で学校に行って、交代で健二を背負って一休みした橋、橋と言っても、川じゃなくてJRを跨いでいる、テッチャンたちには有名な撮影スポット。
そこで、こんな事件があった……。
緩くカーブした線路の先で自動車が立ち往生していた。
ちょっと先の踏切から進入したようなのだけど、運転していたのは八十を超えるお爺ちゃん。
パニックになったのか線路の上を五十メートルほど進んで停まってしまった。
橋の上には数人のテッチャン。もとよりシャッターチャンスを狙っているので、ダイヤは頭の中に入っている。
「もうすぐ下りの急行が通るぞ!」
橋の向こうは緩やかなカーブになっていて、列車の運転手からは立ち往生の車は見えない。
テッチャンたちは、橋の上から声を限りにカーブの向こうまで迫って来た電車に向かって叫ぶが聞こえるはずもない。
「こんな時は、運行司令に連絡だ!」
なまじ詳しいものだから、テッチャンたちはJRの運行司令に電話して停止させようとする。
橋下では、すぐそこまで迫った列車の接近にレールがカタンコトンと音を響かせている。
そこに柳沢は居合わせた。
柳沢は二秒ほど見渡すと、ちょうど犬の散歩に居合わせた女の人からリードを奪って、犬を抱き上げたかと思うと、とんでもない行為に及んだ。
なんと、犬を橋の下に投げ落としたのだ!
キャーーー!
キャイン!
犬と女の人の悲鳴が響いた!
投げ落とされた犬は、足を痛めながらも走り去る、犬の身ではあるが橋上の暴漢から逃げたい一心でカーブの向こうへ!
突然現れた犬に驚いた列車の運転手は警笛と急ブレーキを掛け、十数秒後に自動車の手前数十センチのところでやっと停止した。
大惨事は避けられたが、駆けつけた警察によって柳沢は逮捕されてしまった。
列車往来危険罪並びに動物愛護法違反の緊急逮捕であった。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 柳沢 琢磨 急に現れた対立候補
- 北白川 綾乃 モテカワ美少女の同級生
- 橘 なつき 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 橘 健二 なつきの弟
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問