鳴かぬなら 信長転生記
丘に駆けあがると、すでに信信コンビは南を向いて轡を並べていた。
取り巻きたちも、よく訓練されていて、丘の中央には孫子と毘沙門の旗印が翩翻と翻っている。
「遅れた分だけ、良い戦支度ではあるな」
「大山祇神社大宮司(おおやまづみじんじゃだいぐうじ)の息女・鶴姫の鎧ね、素敵よ」
褒め殺すつもりか、その手にはのらんぞ。
「敵の規模は?」
「まだ見えん」
「情報はリュドミラからだ、さすがは二宮忠八の紙飛行機、敵の動きよりも数倍早い」
「早く飛び過ぎたのか、迷彩柄に窯変していたわ」
見ると、一人だけ旧陸軍の軍装で緊張している忠八。学園の生徒たちは、乙女生徒会長を先頭に丘の下で鶴翼の陣を布いている。軍装はまちまちだが、統制はとれている。
ん?
謙信の背後の茂みに気配がしたかと思うと源義経が飛び出してきた、この扶桑で鎌倉期の転生者は初めて……と思ったら違った。
「なんで、こんなに早い!?」
「ヘッヘー、八艘飛びの鎧だぞ!」
オオーーー((((⊙∀⊙))))!!
丘の兵たちもいっせいに義経……の鎧を着た市の姿にどよめいた。
赤糸縅大袖鎧。
パッと見は大仰な大鎧に見えているが、札薄く、草摺も八間で胴丸の仕立てになっている。小柄な義経ならではで、壇ノ浦の八艘飛びは、この鎧で成し遂げたと言われているぞ。そして、俺の鶴姫鎧同様に古くから大山祇神社に奉納されていた名品で神意を被っていると言われる。くそ、敦子のやつ市の肩を持ちやがって!
「上総介(俺のこと)の着領は重要文化財だが、市のは国宝だな」
信玄が止めを刺す。そう言えば、信玄の着領も派手な金小札朱糸縅大袖鎧だが、同じコンセプトで胴丸の仕立てになっている。
まあいい、勝負は本番の戦だ。
おおよその軍勢が出そろって、信玄が馬を前に進めた。
「リュドミラの知らせによると、織部が三国志の貴人を伴って逃げてくる。その追跡を口実に魏の王弟、曹素が大軍を擁して仕掛けてくるということだ。方々、これは、過ぐる元寇以来の国難になるやもしれぬ! 心して待ち受けよ!」
オオオオオオオオオオオ!!
丘全体が呼応したかのような勲しの声、大河ドラマなら、最終回前の大戦のノリになってきた!
「前方、境の森に騎馬! 突っ込んでくる!」
吠えたのは武蔵。丘の杉の木に登り物見をしていたのだ。
見敵必殺の武蔵、敵を見れば、総毛だつような殺気を放つ奴だが、それが無い。
大軍の来襲を予見し、気は高まるものの、寂と静もる。学院も学園も士卒ともに徒に逸ることが無い。
さすがは来たるべき再転生に夢だか運だかを賭ける者どもではある。
数秒経った。
ズサ
杉の木から飛び降りるや、武蔵一人が丘を駆け下りた。
抜け駆け……いや、あの剣術馬鹿、麓の学園生に大刀を預けるや、さらに足を速める。
すると、境の森から一騎の馬が駆け抜けてきた。
遠目にも明らかだ、馬の腹を蹴りながらやってくるのは織部を庇いながら見事に手綱を捌く曹茶姫だ!
いち早く気づいた武蔵が懐かしさのあまり……いや、ちがう。
茶姫の馬を見送るや、武蔵は腰の脇差を抜いて森を睨み据える。
分かった、ほんの数騎だが追いかけてくる。
森の際まで迫ってきた様子だが、追手は森から出ることはせず、そのままとって返した。
武蔵の奴、脇差一本抜き放つだけで追手を睨み返してしまいおった……。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟