奈菜のプレリュード・15
《今日は、めでたいナナまつり》
「みなさん、この女子高生が、卒業式で世にも稀なアドリブ答辞をやった加藤奈菜さんです!」
MCのニイチャンが言うと、ADさんが手をまわして、スタジオ中の人らに拍手を強要。人数分プラス音響さんが効果音で水増し。
あたしは、なに着て行ってええか分からへんかったから、制服を着て行った。先日お母さんから一万円せしめて買うてきた服は、改めて着てみると、まだ身にそぐわへんと思たから。
せやけど制服で正解。なんせ卒業したてやし、制度上は、まだU高校の生徒やし、なんちゅうても、あたしが、一番あたしらしい見えるのは、制服や。
「あの答辞は、いつやることが決まったんですか?」
「式が始まった直後です。教頭先生が横にきて……こられて、頼まれました。予定してた子が、急に体調不良になったとかで」
「実は、その時のビデオがあります。まずVをどうぞ」
放送局というのはすごいもんで、誰かが偶然撮ってた動画を手に入れて、アップにして耐えられるように加工してました。
あたしは、あのときメッチャびっくりしたんやけど、案外平然と引き受けてるのには、自分でも意外。
「こういうときに、気楽に引き受けられて、あれだけの答辞やっちゃうんだから、十分放送局のアナウンサーが務まるわ。A君、ボンヤリしてたら、司会とられるで」
報道部のオッチャンが言うて、スタジオが爆笑(これは仕込みやない)大阪人の性で、いっしょに笑うてしまう。
「しかし『身を立て名を挙げ』いうのは、アドリブとは言え、よく出てきましたね」
評論家のエライサンが大阪弁のアクセントで言う。
この質問は想定内。教頭先生に頼まれたときに、このくだりが最初に頭に浮かんでた。
「あれは『仰げば尊し』のテーマになってる部分で、立身出世主義だってことで、たいていの公立高校じゃやらないんですよね。加藤さんは、なにか思いがあって?」
「はい、答辞でも言いましたけど、あれは、それぞれの分野で一人前の大人になれいうことで、末は博士か大臣かいうことやないと思うんです。あ、もうちょっと言わせてください。大臣、博士と解釈して反対してる人は、無意識に職業差別してるんやと思います。差別意識がなかったら、この部分で反対は出てけえへんはずです」
「なるほどね。あたしら芸人も芸能界では色物いうて、長いこと格下に見られてきたもんね」
Y興行のベテラン漫才師のオバチャン。
「それに、あの『仰げば尊し』は戦前・戦中の軍国教育の権化みたいに思われてますけど、あれは原曲がアメリカの『Song for the Close of School』です。意味はほとんど一緒で、身を立て名を挙げのとこだけが、日本の創意なんです」
「よく知ってるね。ボクもいま言おうとして資料用意してたとこなんですけどね」
評論家のオッチャンが頭を掻いた。
あたしは、このことは貫ちゃんに教えてもろて、ネットで確認した。貫ちゃんの笑顔が一瞬頭に浮かんだ。
「それと、加藤さん、最後に言いましたよね。途中で中退していった仲間の事にも思いをいたそうって。あのくだりはよかったなあ」
「近い友達の中にも中退した子がいてるんで、そのことが頭にありました。どんな気持ちでこの日を迎えてんのかなあと」
「なるほどね。なかなか思っていても言えないというか、自分たちのことだけで、なかなか辞めていった子のことまでは頭に、浮かばないもんね。いや、大したことです」
だいたい、このへんで、あたしの話は終わるはずやった。
「加藤さんね『君が代』については、どう思いますか?」
ゲストの言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが聞いてきた。
「習慣としては定着しつつあるんで、ええことやと思います『君が代』は、戦時中のドイツやイタリアの国歌と違うて、明治の昔からあります。明治時代をどうとらえるかで受け止め方も変わってくるんでしょうが、アジアで唯一の近代国家を創った日本ととらえたら、誇りに思うてええ歌やと思います」
「近代国家って、どういう意味だろ?」
「三権分立の憲法を持って、それに基づい運営されてる国家やと思います」
「いや、大したもんだ!」
評論家のオッチャンと、言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが、えらい感心してくれはって、あたしは、そのあとの『名店シェフの家庭料理』のコーナーまでいっしょにさせてもろて、ごちそうになってテレビ局から帰ってきました。
で、お母さんが録画してたのを観ながらの三月三日の雛祭り。
「今年は、ナナ祭りやなあ」
と、お母さん。
あのとき喋った中身は、みんな貫ちゃんが考えるきっかけをくれたもんばっかり。ありがたい友達やと思う。このときは、まだ貫ちゃんへの確かな気持ちは分かってへんかった……いや、分かろうとせえへんかったんかもしれへん。
奈菜……♡
《今日は、めでたいナナまつり》
「みなさん、この女子高生が、卒業式で世にも稀なアドリブ答辞をやった加藤奈菜さんです!」
MCのニイチャンが言うと、ADさんが手をまわして、スタジオ中の人らに拍手を強要。人数分プラス音響さんが効果音で水増し。
あたしは、なに着て行ってええか分からへんかったから、制服を着て行った。先日お母さんから一万円せしめて買うてきた服は、改めて着てみると、まだ身にそぐわへんと思たから。
せやけど制服で正解。なんせ卒業したてやし、制度上は、まだU高校の生徒やし、なんちゅうても、あたしが、一番あたしらしい見えるのは、制服や。
「あの答辞は、いつやることが決まったんですか?」
「式が始まった直後です。教頭先生が横にきて……こられて、頼まれました。予定してた子が、急に体調不良になったとかで」
「実は、その時のビデオがあります。まずVをどうぞ」
放送局というのはすごいもんで、誰かが偶然撮ってた動画を手に入れて、アップにして耐えられるように加工してました。
あたしは、あのときメッチャびっくりしたんやけど、案外平然と引き受けてるのには、自分でも意外。
「こういうときに、気楽に引き受けられて、あれだけの答辞やっちゃうんだから、十分放送局のアナウンサーが務まるわ。A君、ボンヤリしてたら、司会とられるで」
報道部のオッチャンが言うて、スタジオが爆笑(これは仕込みやない)大阪人の性で、いっしょに笑うてしまう。
「しかし『身を立て名を挙げ』いうのは、アドリブとは言え、よく出てきましたね」
評論家のエライサンが大阪弁のアクセントで言う。
この質問は想定内。教頭先生に頼まれたときに、このくだりが最初に頭に浮かんでた。
「あれは『仰げば尊し』のテーマになってる部分で、立身出世主義だってことで、たいていの公立高校じゃやらないんですよね。加藤さんは、なにか思いがあって?」
「はい、答辞でも言いましたけど、あれは、それぞれの分野で一人前の大人になれいうことで、末は博士か大臣かいうことやないと思うんです。あ、もうちょっと言わせてください。大臣、博士と解釈して反対してる人は、無意識に職業差別してるんやと思います。差別意識がなかったら、この部分で反対は出てけえへんはずです」
「なるほどね。あたしら芸人も芸能界では色物いうて、長いこと格下に見られてきたもんね」
Y興行のベテラン漫才師のオバチャン。
「それに、あの『仰げば尊し』は戦前・戦中の軍国教育の権化みたいに思われてますけど、あれは原曲がアメリカの『Song for the Close of School』です。意味はほとんど一緒で、身を立て名を挙げのとこだけが、日本の創意なんです」
「よく知ってるね。ボクもいま言おうとして資料用意してたとこなんですけどね」
評論家のオッチャンが頭を掻いた。
あたしは、このことは貫ちゃんに教えてもろて、ネットで確認した。貫ちゃんの笑顔が一瞬頭に浮かんだ。
「それと、加藤さん、最後に言いましたよね。途中で中退していった仲間の事にも思いをいたそうって。あのくだりはよかったなあ」
「近い友達の中にも中退した子がいてるんで、そのことが頭にありました。どんな気持ちでこの日を迎えてんのかなあと」
「なるほどね。なかなか思っていても言えないというか、自分たちのことだけで、なかなか辞めていった子のことまでは頭に、浮かばないもんね。いや、大したことです」
だいたい、このへんで、あたしの話は終わるはずやった。
「加藤さんね『君が代』については、どう思いますか?」
ゲストの言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが聞いてきた。
「習慣としては定着しつつあるんで、ええことやと思います『君が代』は、戦時中のドイツやイタリアの国歌と違うて、明治の昔からあります。明治時代をどうとらえるかで受け止め方も変わってくるんでしょうが、アジアで唯一の近代国家を創った日本ととらえたら、誇りに思うてええ歌やと思います」
「近代国家って、どういう意味だろ?」
「三権分立の憲法を持って、それに基づい運営されてる国家やと思います」
「いや、大したもんだ!」
評論家のオッチャンと、言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが、えらい感心してくれはって、あたしは、そのあとの『名店シェフの家庭料理』のコーナーまでいっしょにさせてもろて、ごちそうになってテレビ局から帰ってきました。
で、お母さんが録画してたのを観ながらの三月三日の雛祭り。
「今年は、ナナ祭りやなあ」
と、お母さん。
あのとき喋った中身は、みんな貫ちゃんが考えるきっかけをくれたもんばっかり。ありがたい友達やと思う。このときは、まだ貫ちゃんへの確かな気持ちは分かってへんかった……いや、分かろうとせえへんかったんかもしれへん。
奈菜……♡