私はかつて外交官として約16年間朝鮮半島各地で暮らしておりました。その長い韓国との付き合いの中で今でも忘れられない事件があります。それは1979年10月26日に起こりました。今年はその事件からちょうど40年目にあたります。ということで、本日は韓国の歴史を変えたこの事件の現場を再現してみたいと思います。
なお、これからお話しすることは13年前に出版されたこの本(「박정희、最後の一日」)に基づいています。これは韓国の有名なジャーナリストが長年にわたる綿密な取材によって事件の全容を明らかにしたものです。
その日、박정희大統領は3人の親しい側近を夕食に招待しました。その人たちというのは、車智澈大統領警護室長、金載圭中央情報部長、都承旨大統領秘書室長の3人です。また、その席には接待役として2名の若い女性も呼ばれました。
午後6時から始まった夕食会で朴大統領が国内の治安情勢について尋ねます。
「金部長、最近南部の都市で反政府デモが頻発・激化しているようだが見通しはどうだね。」
「はい、閣下。実はいささか危険な状況になりつつあります。」
ここで、車室長が口を挟みます。
「閣下、あれは反政府的な連中がマスコミに乗って扇動しているだけのことで、あんな連中がふざけた真似をすれば戦車ですりつぶしてやります。ご心配いりません。」
(「よけいな口出しをするなよ」)と金部長は心の中でつぶやきます。
「そうか、わかった。さあ、政治の話はこれくらいにしてしばし歌でも聞いて楽しく飲もうではないか。」
人気女性歌手のギター伴奏で歌が始まり、ウイスキーの杯が交わされて宴たけなわとなったころ、金部長は自分に電話がかかってきたと耳打ちされます。
それを機にそっと宴会部屋を離れ隣の秘書室に移動します。そして、そこにあらかじめ隠しておいたドイツ製のピストルをズボンのポケットに忍ばせ、何食わぬ顔をして席に戻ります。
そこでは宴席に呼ばれた女子大生が流行歌を歌っています。
“사랑해 당신을 정말로 사랑해 당신이 내곁을 떠나간뒤에…♪”
「閣下、こんな虫けら同然の奴を連れて、まともな政治ができますか…」―バン!
第一弾は車室長に向けて発射されます。
「なにをしておる!」歌を口ずさんでいた大統領が大声で怒鳴ります。
今度は大統領の胸元に向けて第2弾が撃ち込まれます。―バン!
大統領はその場に倒れ、そばにいた女性が驚いて声をかけます。
「閣下、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫、大丈夫だ」と言うや、とどめの第3弾が大統領の頭に命中します。―バン!
こうして18年間にわたった朴大統領の独裁政治は終わりを告げました。
大韓民国建国以来3人目の大統領となった彼は、もともと日本の陸軍士官学校を卒業した職業軍人でしたが、1961年に自身が主導したクーデターで大統領の座につきました。そのため韓国国民の間では「親日派」、「軍事独裁」あるいは「人権弾圧」というような否定的なイメージで語られることが一般的です。反面日本との国交を正常化し、農村の近代化を進め、「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を成し遂げた偉大な指導者であるという肯定的な評価も根強く残っています。
韓国の民主化を目指して暗殺に及んだ金載圭はその後死刑となり、その銃声は目標に届くことはありませんでした。
なお、これからお話しすることは13年前に出版されたこの本(「박정희、最後の一日」)に基づいています。これは韓国の有名なジャーナリストが長年にわたる綿密な取材によって事件の全容を明らかにしたものです。
その日、박정희大統領は3人の親しい側近を夕食に招待しました。その人たちというのは、車智澈大統領警護室長、金載圭中央情報部長、都承旨大統領秘書室長の3人です。また、その席には接待役として2名の若い女性も呼ばれました。
午後6時から始まった夕食会で朴大統領が国内の治安情勢について尋ねます。
「金部長、最近南部の都市で反政府デモが頻発・激化しているようだが見通しはどうだね。」
「はい、閣下。実はいささか危険な状況になりつつあります。」
ここで、車室長が口を挟みます。
「閣下、あれは反政府的な連中がマスコミに乗って扇動しているだけのことで、あんな連中がふざけた真似をすれば戦車ですりつぶしてやります。ご心配いりません。」
(「よけいな口出しをするなよ」)と金部長は心の中でつぶやきます。
「そうか、わかった。さあ、政治の話はこれくらいにしてしばし歌でも聞いて楽しく飲もうではないか。」
人気女性歌手のギター伴奏で歌が始まり、ウイスキーの杯が交わされて宴たけなわとなったころ、金部長は自分に電話がかかってきたと耳打ちされます。
それを機にそっと宴会部屋を離れ隣の秘書室に移動します。そして、そこにあらかじめ隠しておいたドイツ製のピストルをズボンのポケットに忍ばせ、何食わぬ顔をして席に戻ります。
そこでは宴席に呼ばれた女子大生が流行歌を歌っています。
“사랑해 당신을 정말로 사랑해 당신이 내곁을 떠나간뒤에…♪”
「閣下、こんな虫けら同然の奴を連れて、まともな政治ができますか…」―バン!
第一弾は車室長に向けて発射されます。
「なにをしておる!」歌を口ずさんでいた大統領が大声で怒鳴ります。
今度は大統領の胸元に向けて第2弾が撃ち込まれます。―バン!
大統領はその場に倒れ、そばにいた女性が驚いて声をかけます。
「閣下、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫、大丈夫だ」と言うや、とどめの第3弾が大統領の頭に命中します。―バン!
こうして18年間にわたった朴大統領の独裁政治は終わりを告げました。
大韓民国建国以来3人目の大統領となった彼は、もともと日本の陸軍士官学校を卒業した職業軍人でしたが、1961年に自身が主導したクーデターで大統領の座につきました。そのため韓国国民の間では「親日派」、「軍事独裁」あるいは「人権弾圧」というような否定的なイメージで語られることが一般的です。反面日本との国交を正常化し、農村の近代化を進め、「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を成し遂げた偉大な指導者であるという肯定的な評価も根強く残っています。
韓国の民主化を目指して暗殺に及んだ金載圭はその後死刑となり、その銃声は目標に届くことはありませんでした。