(6月21日 レタストーストマスターズ第22回例会にて)
私は現在74歳。63歳で退職するまで日本外交の最前線にいました。そのうち24年間はぼんくら外交官として5か国7都市に駐在しました。その中に「地上の楽園」とも呼ばれていた北朝鮮があります。今日はこれから私の著書には書いていない不都合な事実をお話したいと思います。
時は1998年8月。私は鄙びた空港からバスに揺られて朝鮮半島北部の東海岸にある「琴湖」という「特別行政地区」に日本代表として初めて足を踏み入れました。そこでは日米韓3か国の共同事業で原子力発電所の建設が進められていました。私の他には、アメリカから代表が一人、そして、韓国からは代表2人と約600人の労働者が派遣されていました。
その年のクリスマスには、我々の住居地域にあるキリスト教会で親しくなった信者の皆さんと交流する機会がありました。
「韓国電力公社の建設本部長Mr..Yun、突然お尋ねします。今年この村にサンタクロースはやってくるでしょうか?」
「Good question!Mr. Sugiyama。ここは「地上の楽園」ですよ。サンタクロースだってそれくらいは知っていますよ。子供たちへの贈り物は、毎年2月16日の将軍様の誕生日にきちんと配られる訳ですから、外国人のサンタクロースからプレゼントなんか受け取るわけないでしょう。だからやって来ませんよ。」
「なるほど。そういえば、先日看護婦として来ている尼さんが、寒さに震える住民のために古着をわざと道に落として去ったそうですね。ところが、それが当局に見つかって厳しく糾弾されました。住民に不足しているものはない、乞食に物を恵むようなことはするなということでしょう。ここにはプレゼントをもらう自由もないのですかね。」
「診療所のキム先生、ソウルのご自宅には毎年サンタクロースがやってくるとのことですが、こちらはどうでしょう?」
「あのね、杉山代表。あのそりを引くトナカイグループのリーダー・ルドルフ君なんだが、若いのに鳥目なんだよ。だから明かりがないと道がよく見えないのさ。それなのに、ここでは毎日夜8時から翌朝の5時まで一斉に停電するじゃないですか。だから暗闇の中では夜道が怖くて来れませんよ。」
「そうですね、その事情はよく分かります。私が空港から5時間かけてここにやって来た時も、道路に街路灯は全くなかったし、通過する村からも明かりが漏れていませんしたからね。われわれが建設している発電所が完成するまでおそらく停電は解消しないでしょう。」
「テニス選手のシンさん、あなたはどう思いますか?」
「チョーさん、サンタは大金持ちの資本家ですよ。つまり、この国では人民を搾取している犯罪者になるんです。当局に見つかったらあっさり捕まえられて強制収容所に送られてしまいますよ。そんな危ないところにくるわけがないでしょう。」
「うむ、確かに。あれだけのプレゼントをただで配れる人物は、何か悪どい方法で金儲けをしていると疑われるでしょうね。ただ、賄賂も一緒に渡せば捕まらないようですが…。」
以上が、この村にサンタクロースがやって来ない3つの知られざる理由でした。
皆さんはどう思われますか?
私には、例えば入国査証の入手が難しいとか他にもいろいろと事情があるように思えて仕方がありません。
どうか皆さん、この本をお読みになって今一度近くて遠い国を思いやってください。
(7分23秒)
税関や交通事故などの交渉や日常のお仕事など、細やかな記録に驚きました。
また、時折挟まれている「ぼんくら外交官のつぶやき」がまた、とてもおろしろく感じました。
韓国と北朝鮮の人の違いや、意外なところで日本と北朝鮮が近く感じるところなど、滞在した人でないとわからない事情が新鮮でした。