2023年10月27日(金) 東京論評TMC&レタスコミュBAR合同例会
むかしむかし今から44年前、私は桃の花のようなチャーミングな女性に一目ぼれしてしまい、孤独な独身生活に別れを告げました。それは彼女が25歳、私が29歳の時でした。
横浜での新婚生活が7年になったころ、私は結婚後初めての海外勤務を命ぜられました。赴任先は、プレトリア。日本から13,500㎞も離れたアフリカ大陸の南の端にある南アフリカ共和国の首都です。そこは毎年10月、春になると7万本のジャカランダが美しい花を咲かせ、街全体が紫色に染まります。その紫の桜が咲き始めるころ妻が妊娠しました。当初妻は、言葉や習慣のちがう異国での出産に戸惑っていましたが、現地で出産した同僚の夫人から話を聞いて海外での出産を決意しました。その夫人から紹介された医師は、Dr.Davis。経験豊かでもの静かな50代の紳士でした。それから妻は定期的に妊婦健診を受けながら出産に備えることになりました。いつのまにか半年が経ち秋になったころ、出産予定日より早く妻が突然陣痛を訴えました。
「もしもし、デービス先生ですか。妻が…妻が陣痛で苦しんでいます。」
「落ち着け、Takki。すぐに病院に連れて来い。私もすぐ行くからな。」
急いで妻を車に乗せ指定された「セントマリー病院」へ向かいました。
「おはようございます、デービス先生。よろしくお願いします。」
「やあ、おはよう、Takki。まず、奥さんを分娩室に運ぶから手伝ってくれ。」
「了解しました。でも、先生と私の他には誰もいないのですか?看護婦さんとかは?」
「いや、必ずしもそうではないのだが、この国では出産は夫が全面的に協力することになっているからね。よろしく頼むよ。」
「えっ!私は今まで出産に立ち会ったことは一度もないのですが…」
「心配するな、Takki。愛があればだれにでもできることじゃ。」
そういわれて、私は生まれて初めて分娩室に足を踏み入れることになりました。
でも、私にできることは妻の手を握って励ましてやることしかありません。するとDr.Davisが…
「酸素マスクをつけてやれ、Takki!それから鉗子を取ってくれ。」
「酸素マスクはどうやってつけるのですか。鉗子って何ですか、どこにあるのですか。」
「うろたえるな!Takki。マスクは口にあてておくだけでいい。鉗子は後ろの棚に置いてある大きなハサミのような器具だ。」
「先生、これでいいですか。」
「よし、いいぞ。これからは奥さんがベッドから落ちないようにしっかりと体を支えてやるんだ。」 「わかりました。デービス先生。」
こうして冷や汗をかきながら時間が過ぎていきました。やがて、「おぎゃー!」
分娩室内に元気な産声が響きわたりました。その声は今でもこの耳にこだましています。
愛する妻と一緒に新しい命の誕生に携わったことは、未だに忘れることができない出来事です。
その時生まれた桃の実のようなかわいい赤ん坊はその後すくすくと育ち、ジャカランダの花のように美しい「かぐや姫」になりました。
そして今、かつての父のように一目ぼれしてくれるすてきな男性を待っています。
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