ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

古寺落慶

2010年12月04日 | 歴史の革袋
西風が落葉を舞いあげている晩秋の日、royceの前の道路工事も順調のそこに郵便二輪車が風のように封書を届けて行った。
釈迦堂と仏像の修繕落慶開眼の式をおこなうと、別当から突然の知らせで驚いた。
落慶開眼法要といえば天平の昔に伝わる大仏殿の来歴をイメージするが、知らせのあった御堂については、子供の時、割烹着を着た婦人が、境内に群生する山菜を眼の前で採ってわざわざ持たせてくださった記憶がある。
平安時代からの最も賑やかな、いまならタイムズ・スクエアや銀座通りのような一角にある御堂だが、お釈迦様だけが中で何百年も沈黙していたのか、存在の様子がいっこうに思い出せない。
あるとき、数え切れなくある京の寺院のなかで、訪れる人の無い鄙びた寺にテレビカメラが入って、ぶしつけに尋ねるのを見た。
「有名な寺院には観光客が多く入りますが、御寺のご心境というものは....」
僧はちょっと笑うと「修行に集中できるから、これでよいのです」と答えた。
そのシチェーションと似ている修業三昧のこの御堂は、これまで何百年もそこに在った。
落慶開眼の突然の知らせに驚いた当方は、失礼ながら俄然興味深々、財布を裏返し衣服を新調していよいよ当日、古刹に参集する一群の末尾に加わったのである。
奥大道の北口から坂道を進んでいくと、紅葉する樹木に午後の光が茜色の万華鏡のように照り映え、木漏れ陽から透ける堂塔の列を彩っている。
鎌倉前期まで、この右手の丘の上に甍を翼のように雄大に広げていた二階大堂を、しばらく夢想して空中に描いた。
大勢の観光客が逍遥している歴史に包まれた空間にいると、遠く麓の街道からかすかに、業務に励む車両の音が風に乗ってもれ聞こえた。
いったい、お釈迦様は、何百年ぶりに賑やかな日を迎え、どのようなお顔をしているか。
無言の御像にも、きょうは思いかけず騒がしいので、なにか意思のようなものがあるのではないか。
この知らせをくださった別当職という御仁について少し記憶があって、磐井川の中ほどにかかる橋のたもとで、骨董の収集に、日夜情熱を傾ける亭主が住んでおり、奥の座敷で刀剣や陶磁器の収集品を偶然見せていただく機会があった。
うっかり耳を傾けると引き込まれる亭主の話は、笑い転げ、あるいはしんみりさせられる柳亭痴楽の綴り方のような話芸であったが、めったに披露されないので実力を知る人は少ない。
当方が、以前家にあった刀身の先が短く短刀になった物の記憶を話すと、にわかに態度が変わった亭主は、文庫から、墨で拓本にした日本刀の刷紙をいろいろテーブルに並べてくださって、解説が興味深かった。
ご亭主の手もとでは、先刻から撫回されている小皿がある。
それはなんですか?と気になったら、一関郊外の古民家の庭先から掘り出された幕藩時代の絵付けなのだよと、ヒビ割れ皿をいとしそうに手のひらで温めているから、ぽかんとするばかりだが、障子を開けて顔を見せた奥方が「いま○さんが、見てもらいたい物があると電話で言っていますが」と、情報を取り次がれる呼吸もぴったりだ。
その席でのこと、美術品博覧会の準備に東西奔走する人の話がでて、展示出品の鑑定のため亭主の家にも来訪があったことを感心していたが、このときの人が落慶する堂宇の別当で、見識を持って広域な活動をなさっていたようである。
やがて広場の一角に到着し、最後尾に並んだ当方に、観光客が何の集まりか不思議そうにして、「能楽堂はどこにありますか?」と尋ねてきたが、ほんとうはこの釈迦堂の開眼式のほうがきょうのハイライトということを気がついたらしい。
遠くからチーンと澄んだ鐘の音がしだいに近寄ってくると、高貴な色を身に纏った僧の一団が、眼の前を列を作って厳かに釈迦堂に吸い込まれて行く。
さきほどながめた茜色の木の葉の重なりのすきまを、ゆっくり衣がたなびくような声明が永く続いて、背後に、大勢の観光客の玉石を踏む歴史の音が聞えている。
式が終わって、特別に脇侍と釈迦像を、触れるほど近くから拝観が許されたので、いよいよ御堂に入ってみた。
平安鎌倉の昔から往来した各地の旅人を安寧してこられた三体を、息を止めて眺め、象の背に乗った脇侍の彫りの深い切れ長の眼の映してきたものをゆっくり拝すことができた。
場所を移した披露会場で、堂宇のいわれなど、三百年まえに修繕された工人仏師の記録や分析が右筆からあって、そのうえ関東の名刹から来賓した僧の祝詞も興味深いものであったが、当方は、そのころすでにテーブルに並ぶ前沢牛や山海の珍味のゆくえに心を奪われていたので、記憶のおぼろげが、せっかくの機会に残念だ。
あの坂道に鳴る竹の葉先の擦れ合う音や雉鳥や野鳥のさえずりのことを、チェインバースのベースやモブレイのサクスがたっぷりとした抑揚を響かせるタンノイのむこうに、しばらく思い返す。






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