ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

五味康祐の「モーツァルト」

2011年08月19日 | タンノイのお話
紛失して35年ぶりに手にした『西方の音・天の声』を開いてみると、まず第一行目に現れたのは意外にも小林秀雄氏のことである。
三鷹から鎌倉まで三度も出向いて「小林先生」のオーディオ装置を三度も調整したので、彼の書いた「モオツァルト」はその影響下に完成したのです?と遠回しにタンノイを聴いている耳のこだわりを刻印したものであろうか。
誰にも真似の出来ない五味氏一流のふしまわしに圧倒されて読み進むと、モーツァルトについても、行間にオートグラフの鳴り響くありさまが高鳴って聞こえるようだ。
耳は単なる機能であって、音は脳味噌が聴いていることについて疑いもないが、いかに五味氏の鳴らしたオートグラフが今も鳴るといえども、脳味噌まで借り受け鑑賞することは無理がある、とこの本を読むと感じる。
その五味氏の鑑賞耳が、当時有数のオーディオ機器の中から選んだタンノイという流儀をまずえにしとして、芭蕉のたどった奥の細道をたどるように聴いてみるのであるが。
――音楽のもっとも良いところは、音符のなかには発見されない。それは演奏を待たねばならぬ、と言ったのはマーラーだが――
このように五味氏は書いて、アゴ髭をなびかせて鎌倉まで遠征し、良い音楽は良い音の装置にまたねばならぬのですとばかり装置にガバッと取り組んで、背後で困惑して立ち尽くす小林氏を見るようだ。
この『西方の音』という書物の特徴の一つは、機器の型番や個々の金額が懇切丁寧に書かれて有ることで、我々入門者に、身銭を切って試した結果と、オーディオとタンノイを賞味するおもしろさのありようを聴いて楽しめるように導いているが、タンノイだなぁ、とわかるひとつに、金管楽器の鳴りのことが書かれて有る。
タンノイを普通に鳴らすと、たいてい金管楽器に違和感を感ずるので、Royceにお見えになるタンノイの使い手の衆が、サクスやトランペットを好きではないと申されると、やっぱりあなたは正統派ですと、表千家の鳴らし方を感心して、内心ニッコリする。
当方も、それには悩まされたので、共感する。
モーツァルトは小さいときからトランペットが嫌いで、教育パパのレオポルドが息子を何とかしようと楽器を手に入れ吹いてみせると、モーツァルトは青ざめて震え上がったとあるが、この描写はちょっとタンノイにバイアスがかかった五味氏の言いすぎでないかと思うのは、『B』のライブがあったときどれどれと駆けつけて、練達マルサリス氏のナマのトランペットをたっぷり聴き、まるで、きぬぎぬの朝のような美音にうっとりした。
よし、タンノイの音をこの部分はなんとかしよう、と思った覚えがある。
モーツァルトは、ドンジョバンニでもフィガロでも嫌いな金管楽器を楽想の性格に使い、地獄の門の近くになるとトロンボーンを鳴らしている、と五味氏は書いているので、モーツァルトではなくタンノイを使っている五味氏ならではの表現で、言いすぎではないか。
トロンボーンを吹いている人は、たぐいない美音のとりこになっておられることを知っている。
五味氏は、モーツァルトを解明するあかしのひとつの例として、トルコ風ロンドに触れているが、『K331』が、母を喪った日の作曲であると気がつくや、この曲の聴き方に一定のバイアスが生じてしまい、娘さんの弾くピアノにはおろか、多くの演奏家のことを書いた五味氏一流の名文はつぎのとうり。
『ピアノをならい始めた小女なら必ず一度はお稽古させられる初心者向きのあのトルコ風ロンドを、母を喪った日にモーツァルトは書くのである。父親への手紙より、よっぽど、K三三一のこのフィナーレにモーツアルトの顔は覗いている。ランドフスカのクラヴサンでこのトルコ風行進曲を聴いたとき、白状するが私はモーツァルトの母の死後にこれが作られたとは知らなかった。知ってから、あらためて聴き直して涙がこぼれた。私の娘もピアノでこれを弾く。でも娘のでは涙はうかびもしない。演奏はこわい。涙のまるで流れないトルコ行進曲が今、世界のどこぞでおそらく無数に演奏されているだろう。』
当方は、35年ぶりにこの本を手にして、小林氏の著作と棚に並べる栄に浴したが、それにしてもわずか247ページが、このように隙間無く押し詰まった活字のすべてからタンノイの音が全五楽章の交響曲のように鳴り響くのに、廊下のウサギに餌をやりに行く足元が、おもわずよろめいてしまったではないか。
タンノイはすばらしい。








コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Fフイルムス | トップ | 芋粥 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

タンノイのお話」カテゴリの最新記事