怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食を食べなくなり義両親のしもべと化し、すでに何年になるだろう。遠い目しながら今日も行き抜いてやるぞっ

ゴミもきれい

2017年01月13日 | カテゴリー分けするのに飽き
親しくしている元実家近所のスイス人B子さんと会った。


在日本40年近い彼女との会話は日本語だ。
数年前に日本人のだんなさんと離婚して、西日本の山奥に引っ越した。山に住むのは昔からの夢だったらしい。
離婚して引っ越しても、毎月だんなさんのところへ泊まりに来ていて、そのときに私と会ったんだ。
彼女の現在の暮らしぶりはとても興味深かった。
いつか、またそのことを書くことにしておこう。

さて、B子さんと街中を歩いていると、こんなゴミの山を見かけた。



環境問題にうるさいB子さんはすぐに街の生活のこのような部分が気になる様子。
私は・・・
ドイツだったら、こんなゴミの山、格好のブログねたなのに、何故かここではそんなに汚いと思えないんだ。
おそらく、天候の関係。
暗い冬のドイツで、こんなゴミを見るのと、晴れて明るい東京近郊の冬では、ゴミの輝き方が違うんだ!
これはなかなか体験してもらわないとわからない感覚だと思う。
同じレベルの汚さだと、ドイツのほうがより汚く見える不思議な現象を多くの人に経験してもらいたい。
そんなものを観察する為にドイツ旅行をする人などいないだろうな!


旅客ターミナルの鳥

2017年01月12日 | カテゴリー分けするのに飽き
欧州某空港にて。
旅行客はまばらだった。
ぼうっと座っていると、目の前にすずめが舞い降りてきた。


迷い込んできた、というより、ここを知り尽くしているという印象だった。
私が何か食べるものを持っているのではないか、という表情が全身から感じられた。
 
この空港、すずめに自由な出入りを許している?
いや、勝手に入り込んでいるのはわかる。
鳥だって、真剣に生きているんだ。どこで食べ物にありつけるかを日々研究しているに違いない。
良くぞ見つけた、空港ターミナル!
暇な客が、空港内を自由に飛び交う鳥を珍しがって手元のサンドイッチをちぎって与えちゃうだろう。

衛生観念とまじめさには他の国の追従を許さない極東某国は、すずめが入り込む余地はないだろう。
万一、発見されたらインフルエンザの流行という大きな理由で、早速駆除されてしまうだろう。

それとも、日本の空港ターミナルにも、鳥が出入りしているのかな?
そうだったら、エールフランスがたくさん発着するあの国と同じくらいおおらかってことで、評価しちゃおう。




初めてのチュニック

2017年01月11日 | カテゴリー分けするのに飽き

初めてチュニックと呼ばれる衣類を手に入れた。
チュニックの定義はお尻が隠れる程度の長さのブラウスなど、みたいだ。
このなんでもないような服、欧州人女性には難しい。
お尻のサイズが比較しようがないほど彼女らは大きく、日本人のようにチュニックを着ることができない。
和服が似合う体型にチュニックは似合うと思う。

義母や夫はきっとこの中途半端な丈の服を嫌うだろうから、私は避けてきた。
彼らから遠く離れている現在、店先で見つけた激安品をみてちょいと試してみようという気になった。

さて、着てみてびっくり。
あったかーい!
なるほど、お尻を隠すだけでなく、暖かいのね、このデザイン!
特に冬場の室内の暖房が貧しい関東以西には、この服は優れものだ。
ああ、ドイツにもって行きたいな、とちらりと思ってしまう。
まず、夫がびっくりして「着てくれるな」と懇願するだろう。
実際、これを着た自分の姿を鏡でみて、その情けない様子(似合わない)に自分でもがっかりだ。
家の中でさえ、妻の着るものにこだわる配偶者。なかなかつらいものがある。

パジャマにしようか。
うん、そうだ。就寝時まで私の着ているものにこだわらないだろう。
もっていこう、チュニック、ドイツへ。

アルゼンチンみやげ

2017年01月10日 | カテゴリー分けするのに飽き
友人が南米旅行をした。
出発前にそれを聞いていたので、彼女に「思い出したらアルファホーレスというお菓子を買ってきてください」と頼んだ。
アルファホーレスは過去記事に何度か登場したことがある。南米のどろどろに甘いお菓子だ。
まったく期待せずにいたのに、彼女は買ってきてくれた。

「りすちゃんがこんなどろどろに甘いもの食べられるとは思えなかったので少ししか買わなかった」ですって。
今までに見たこともない高級な箱入りだ。空港で買ったそうな。
その場で開けて、6個入りのうち二個は一緒にいたもう一人の友人へ。
 
見かけはチョコパイ。中にはミルククリームが詰まっている。
これを平気で食べられる日本人は少ない。南米生活経験者の私はそこで鍛えられたからいくつでも大丈夫。(なぜか、義母のお菓子は沢山食べられないんだけど!)
 
チョコレートがけのと、砂糖がけの二種類。
どちらも美味しかった。

ここ数ヶ月、私は某事情の為、長期の帰省である。
年末年始にアルゼンチン旅行をしてきたのは高校の同級生で、日本人。
世界各国を旅行している彼女、いよいよ南米まで制覇しようとは。
去年の夏には、別の同級生の娘さん(ティーンエイジャー)がブラジル旅行をしている。ハワイやグアムはもう、海外旅行ではないのね?もちろん、私の住むドイツにもこの二人は来ているし!
社会的地位のある仕事に就いているこの二人、経済的にも恵まれているのは確かだ。
私と三人で逢うと、私だけ極端に貧しいんだ。
もう、着ている物からレベルが違うしね。
「いつか休暇旅行をしようね」
と夫と電話で話したのは先週だったか。結婚以来、彼と長い旅行へ行ったことはない。
そういえば、この同級生二人は独身だ。
やっぱ、結婚がだめなのかもね。独身で仕事バリバリの人生のほうがよかったか。
なーんてぐるぐる考えてもしかたがない。
私の選んだ人生でなんとか上手く回るよう立ち回るしかないな、うほほほほ。


田舎のレストランの経験

2017年01月08日 | カテゴリー分けするのに飽き

←クリックで拡大。
在ドイツまだ一年に満たない日本人女性J子さんの体験談と、彼女が撮影した写真。
一家でドライブ、田舎のレストランで休息したときのものだそうだ。
小皿で蓋をしたお茶のカップ、添えられたクリスマスクッキーなどが家庭的な温かさを感じてとてもいい雰囲気だ。
ただ、J子さんの感想はこうだった。
「おじいさん、私を見て凍りついていた」
そのおじいさんはこのレストランの経営者か何かと想像。まあ、そばに座っていた客だったとしても、これから解説する内容についてはあまり変わらない。
東洋人の本物を目の前で見るのが人生で初めて、という人々がまだドイツにはいるらしい。
かなり衝撃的だ。
難民をガンガン受け入れてから既に長いドイツだ。
多くのドイツ人は身近に自分たちと違う肌色や服装の外国人を見慣れてきて来ていると思った。

難民住居の設置場所もいろいろで、街中の非常に便利なところもあるし、めったにバスが来ない田舎にあるのも見ている。
周囲の住民から孤立している場所も多くあるので、もしかしたら田舎のごく限定した地域しか動かない人々は「難民を見たことがない」のかもしれない。

あ。
いや、J子さんは日本人。難民じゃあない。
しかしながら、一瞥で日本人を日本人と認識できる欧州人を初めとする外国人は少ない。
中東人など、限りなくモンゴロイドの私たちに近い顔立ちの人々もかなりいる。
J子さんをみて凍りついたおじいさんは「初めて難民を見た」のかもしれないぞ。

今のところ、難民と判断されて不利益になることを経験していないので、私は難民に思われても一向に構わない。
初めて見る異人種、とじろじろ見られても大丈夫。
嫌でもドイツにいる人達はそれに慣れていかなくてはならないのだ。

日本の「外国人にはおもてなし」というよそ者扱いするキャンペーンに驚くばかりだ。観光に来る外国人は大いに歓迎なのだろうな。(もちろん、在住外国人支援活動も知っているし、私も携わったことがある)
西洋が日本より進んでいる、と思うことはあまりなかったが、外国人の受け入れという点では、欧州はすさまじく進歩して、おそらくそれに伴う経済の面で日本より先にいってしまうのかも、と小さく予想している私。



意外な優れもの

2017年01月07日 | カテゴリー分けするのに飽き
ごく普通のスーパーでの売り出し品、食品保存用プラスチック容器を買った。

直径9センチ、高さ8センチ、300ミリリットルの大きさ。
3つセットで99セント(130円くらい)だった。
買うときは散々悩んだ。日本の100円ショップではこの程度の値段でも、品質に信頼ができる場合が多い。
ドイツでは、裏切られることが多いのだ。
一週間ほど店頭で見て、やっと買ったんだ。

ふた部分には「ヘルシンキ」などとある。北欧クオリティを装っているんだろうな。
買って、早速後悔した。
ふたを閉めにくいんだ。素早い開け閉めができないプラスチック容器は失格。
・・・と思っていたのだけれど、捨てるのももったいない。
考え方を変えて、もしかしたらこの品、閉めにくいのは水漏れしにくいのかも、と淡い期待を抱いて実験してみた。

お茶を入れて斜めにして一晩置いた。
な、なんと!
一滴も漏れがなかった。
ひえーっ、たまにはやるじゃあないか、ドイツの激安品。
買って後悔、を百八十度転換、買ってよかったぁ~。

いや、こうした偶然はたまに起こるもので、やはり、だめな品が多いことが事実かも。
数百円の買い物で失敗するのはご愛嬌、これからもどんどん試して喜んだり悔しがったりするのがいいのかもしれない。

読めない本

2017年01月06日 | カテゴリー分けするのに飽き
屋根裏部屋で夫の蔵書を見つけた。


漫画だ。
「いいひと。」
夫が日本在住中、ドラマ化された作品を見てえらく感動していたものだ。
もちろん、ドラマのビデオも複数持っているようだ。
原作まで買っていたとは知らなかった。
第一、読めないだろう!
やっとひらがなとカタカナ、ごく簡単な漢字を読めるレベルの彼に、漫画は難しい。
それでも手元においておきたかったのだから、よっぽど好きなんだろうな。

私も読んでみた。
いつの作品だろう、とちょいとびっくりした。
そんなに昔のものでないはずなのに、結婚して専業主婦目指すのがよろしい、と感じさせる部分があったんだ。
もちろん、貴重な日本語の読み物だ。書いてある内容にいちいち文句言ってもしかたがない。
それぞれの時代に求められるものの考え方を懐かしく思い出しながらこの作品を楽しむことにした。
夫はおそらく、自分で買って送ったこの本の存在を忘れている。

注意喚起のメールが来た

2017年01月04日 | カテゴリー分けするのに飽き


この写真が警告文と共に送られてきた。
「毒物が付着している可能性があるので触らないこと」
印刷されている言語はドイツ語ではない。
私にはどの言語なのかわからない。
これが家族の中でも話題になったら本物の情報、と思うことにした。
生活上の危険については、義両親も夫もテレビや新聞で仕入れたら直ぐに私に伝えるからだ。
数週間過ぎて、結局、一言もいわれなかったので、単なるお遊びだったのかもしれない。

わからない言葉だけれど、なんとなく、アラビア語をアルファベットにしたような雰囲気だ。
難民たちにいらだっているドイツ人や在住外国人(意外なことに在住外国人は極端に難民を嫌う傾向にある。ユーゴスラビアの戦乱のときにやってきた親から生まれた子供たちも、激しく今の難民を嫌う)の所作かもしれない。

毒物付きのCD,またDVD,もしかしてブルーレイ?
幻となってしまったわけだ。
今後もさまざまなこうした信用していいのかわからない注意喚起の情報が私たち仲間の間で送られることだろう。

あるいは、本当の警告だった?
ご存知の方、お知らせください。すでに2,3ヶ月前の出来事だ。





国旗掲揚

2017年01月03日 | カテゴリー分けするのに飽き
近所を散歩していると、国旗を掲げている家を見つけることがある。


まだ緑の多い夏場に撮影したものだ。
サッカーの国際試合があるときはこうした光景は普通だ。このときはサッカーはなかった。「ん?いったい何が?」と思ったものだ。
また次の週には別の家で国旗を掲揚していた。
やはり、サッカーはない。サッカー以外の物事でドイツ人が国旗掲揚することがあるのかな。
いろいろ思考してみたけれど、結局わからない。

私の勝手な妄想では、増え続ける移民・難民に対するささやかな抵抗をしていると想像。
穏やかで平和的方法に思える。
この小さな集落にも難民住居があって、まだドイツに馴染んでいない雰囲気を全身に漂わせながら難民が村を闊歩している。
彼らが長くここにとどまることはあまり考えられない。
つまらなすぎる村だから。
自動車がないと生活が不便なことこの上ない。適当な仕事を見つけた頃に彼らは出て行くことだろう。

日本の人達にはドイツを初めとする西欧州は難民が大暴れして危険地帯という印象しかないだろう。
実際生活していると、いちいち外国人に対して警戒していられないくらい大勢いるから警戒しようがないし、たいていの難民たちは普通の人々だ!
私まで「あなたは難民ですか」と尋ねられるくらいだから、モンゴロイド種の我々も西欧州ではテロリスト扱いされちゃう可能性があるのかな、とにんまりしてみる。

ドイツ国旗をフリフリしながら街中を歩くことにする。

希望

2017年01月02日 | カテゴリー分けするのに飽き

マドリッドに帰省中の知人から写真が送られてきた。
近くに山があり、そこへ行ってきたそうな。
ん?スペイン人にも山から初日の出を見る習慣があるのかしら、と思わせる画像だ。

私は親族に複数の不幸があり、超喪中だ。
私の落ち込んだ様子に慰めの言葉をメッセージに書き連ねていたはずの ドイツの仲間たち。(ドイツ人と在独外国人)
驚いたことに、クリスマスにはクリスマスの挨拶言葉を、新年には新年の挨拶を書いてくる。
日本のような細かい決まりがないその自由さにあっぱれ、という気分だ。
こちらも「クリスマスおめでとう」とか「新年おめでとう」と返事を書いている。
だが、さすがに日本の年賀状には年賀の言葉で返信する元気はない。
それでも、年賀状を頂いたのはとても嬉しかった。
喪中の人は年賀状をもらってもいいけれど、返事は遠慮、っていう習慣にするといいと思う。
喪中お知らせのはがきが遅く届いて、すでに年賀状を投函してしまった気まずさを思い出しているところ。
日本の年賀状習慣を恨んだものだ。
いまじゃあ、すっかり年賀状を書かなくなったな。
外国生活のいいところの一つ、かもしれない?!