怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食を食べなくなり義両親のしもべと化し、すでに何年になるだろう。遠い目しながら今日も行き抜いてやるぞっ

実家は金持ち、スーダン人難民男性の指輪

2017年12月31日 | カテゴリー分けするのに飽き
身長は2メートルあるというスーダン人難民のAさんはいつもたくさんの指輪をしている。

ドイツに入国して約2ヶ月だから、ここで購入したものではない。
「これはイランの、これはトルコの・・・」
と説明してくれた。
彼ら(三人のスーダン人難民)を住まわせているドイツ人女性によると「彼らはいいところの子息たちよ」なのだそう。

経済的に苦労していないのなら母国でも充分やっていけるのではないか、と本人たちにしかわからない現地事情を知らない私は思ってしまう。
近々英国へ移る可能性もあるのだとか。ドイツで難民として暮らすのが難しいからだろうか。

バスの中ではイラン人男性に声をかけられた。在独2年。まだまだ言葉の壁が高い様子でちょいと会話に苦心した。
「イランの独裁政権で生活できなくてね」
という内容を言っていた。イランに住む両親宅を訪問した近所のアフガニスタン人には「イランへ行ってみませんか」と誘われた。人によって情報は違う。
このイラン人にも尋ねられたのだが、難民の多くが私をベトナム人と思う傾向がある。昔、難民として各国に移住したベトナム人の例を知っているからだろうか。

在独7年のアフガニスタン人男性Sさんには何度も私のブログで顔写真とともに登場してもらった。
いまだにここでの滞在許可などに苦労しているようで、先日は役所の職員の嫌がらせの様子を語ってくれた。
「ドイツ人の家に間借りしてはいけません」
らしいが、これは本当なのだろうか。
スーダン人の3人は、ドイツ人が住んでいる比較的広いアパートの一室で暮している。
Aさん「難民、という前に、僕は人間なんだ!」
ひどいことを言われているに違いない。
就業した会社で半年ほど働いていた。具合が悪くなり、医者に行くと緊急で手術を受けることになった。
休んでいる2週間で、仕事を失った・・・ドイツは簡単に失職する可能性があることを知った。

語学学校や難民を支援するドイツ人との交流があるためか、私は好んでいなくても難民たちとの接触がある。
ドイツに入国すれば安泰ではない様子が彼らの様子から伺える。
ドイツの難民だけじゃあなくて、ドイツのドイツ人だって安泰じゃあないものね。
夫が休暇も週末もなく働いているのを見るとそう思う。

来年は、ウチの夫にも、親しくしている難民たちにも少しだけいい気分になる状況になって欲しいと願っている。















大晦日の定番番組

2017年12月30日 | カテゴリー分けするのに飽き
よく知られている大晦日のこの番組。

ドイツ生活事情の一つとして紹介しておきたい。
ドイツだけなのか、欧州各国でそうなのか。吹き替えも字幕もないこの作品。(吹き替えあっても意味ないし)
毎年これを見て大笑いしているのか?義母にもウケまくっている。

ドイツ生活で知った冬至の餃子伝統

2017年12月29日 | カテゴリー分けするのに飽き
実家近所のハルビン出身女性から写真が届いた。
生地に抹茶を混ぜ込んで、白と緑がきれいな調理前の餃子。

写真に添えられたメッセージは「中国では冬至に餃子を食べる習慣があります」だった。
中国在住中にはそれを知らなかったのだそう。日本に住んですでに四半世紀を過ぎている彼女だ。
日本の恵方巻きのように、中国の一部の伝統だったものが最近になって中国他地域にも広がったのかしら。

親しくしている蘭州出身、料理の天才と呼ばれているY子さんに早速尋ねてみた。
すぐに写真とともに返事が来た。

「そうです。伝統です」
彼女も22日の冬至にこれを作って撮影したそうな。

日本で買った地図帳(こちらで買うと漢字表記がないので中国の地名を探すのは大変)でハルビンと蘭州の位置を確認すると、凄まじい距離があった。
四半世紀前までは、きっと中国北西部のみの伝統だったのかもしれないぞ、冬至の餃子。

外国の物事を上手に取り入れて商売や生活を潤わせるのが得意な日本だ。
かぼちゃだけでなく、餃子の習慣も取り入れたらいいのではないか、と思ってしまった。
少なくとも宇都宮市の飲食店はやってみる価値絶大?
かぼちゃ餡の餃子もいいかも。

日本在住時も中国人と接点があったが、ここではもう、数珠繋ぎに親しくなっていく。
おそらく、ドイツの比較的貧しい食事情環境で、食べ物という共通点が惹かれあうのだろう・・・
ああ、おいしい餃子を食べたい。次の餃子イベントは2月16日だったかな、春節だ。



ホワイトクリスマスには遅れてしまったのが残念かも。

2017年12月28日 | カテゴリー分けするのに飽き
雪が降っている。
池の水の凍り具合が甘いので、それほど気温は低くない。零度前後だ。

雪が降っていることにかすかな喜びを感じた自分に驚いた。
確か中学生の頃からだったか、雪が降るのは煩わしいことだと認識が変わってしまった。小学校の頃は大喜びだったのに。
時間までに通学・通勤しなくていい環境が、再び雪を味わう余裕ができたのか。
去年まで、雪が嬉しいと思わなかったものだ。

義父は早速裏庭の雪かきに勤しんでいる。
車庫が公道から数十メートル奥にあるので、そこを通り抜けられないことには息子の出勤に差し障るからだ。
義父の車も出せないものね。そのような場所に車庫を造ったのは大失敗なのだそう。
冬の積雪に慣れていると思われる人まで、雪に対応した生活設計を忘れることがあるのだと驚いたものだ。
やはり、雪は厄介な嫌われものなのかもしれない。

関東周辺のように、雪が降ったら大騒ぎになることはない。
一応、街は雪に慣れているようだ。
普段、急な運休や遅れが普通のドイツの公共交通機関だ。雪で遅れるのは当然、という対応になるのだろう。
ここに来て二年目だったか。始発が隣の集落のバスに乗ろうと待っていたら5分ほど遅れてやってきた。
「今日は遅れましたね」
と笑顔で顔なじみになった運転手に言ったら、そのそばに座っていたおばあちゃんたちが一斉に、
「雪が降っているのだから当然でしょう!」
と私の言葉に憤っていた。

今日も外出しなければならない。
バスよ、あまり遅れないでくれ!寒い外で待つのは辛いんだぁ~。





地球規模で今は休暇中の人々が多い年末年始

2017年12月28日 | カテゴリー分けするのに飽き
南米在住の友人によると、そこも今は休暇時期だそう。
夏至を過ぎたところだからこれから本格的に暖かく、あるいは暑くなる地域だろう。
先日のブログ記事に「仕事を休んでばかりの人しかみたことないので、休めないドイツ人が居るとは知りませんでした…」というコメントをもらった。
ドイツどころか、世界各国で今現在休暇を取っている人は多いんだなぁ、とため息が出る。

夫は今日も事務所へ行った。
帰りは今日中になるかどうか。1時とか2時とかに帰ってくることもしばしばだ。
体調崩したばかりなのに、大丈夫かい?
同業他社の会社員Iさんも「だんなさまも身体のためにちゃんと休んでいるでしょうか」とメールをくれた。
同業だけど、会社勤務の彼女はちゃんと年末年始は休みを取ることができる。

交友関係でもカレンダー通りの出勤をしている人が何人もいる。
小売業は普通に開店しているので、スーパーのレジを担当している彼女は働いている。
印刷機を販売している小さな会社で事務職をしているA子さんも出勤中。
もっとも彼女の場合、11月に休暇を取って旦那さんの親族がいるブエノスアイレスに行ってきたものね。
ながぁ~い事実婚後の正式な結婚だ。新婚旅行代わりになったのかも。
29日の退社後に待ち合わせて逢うんだ。アルゼンチンみやげを受取る予定。その品は私の大好きなアルファホーレス。
過去に何度もおみやげでいただいたことがある幸運なわたしだ。

そういうわけで、普通に働いている人は多いのだ。
なのに、夫が休みを取れないのがなんとなくつまらない。
「大方の周囲はこうなのに、私は例外」と考えて、勝手に不幸でかわいそうな私に酔いそうになる。
おっと、危ない!
もともと一人で行動するのが好きな私だ。
夫無しでも一人で楽しんでしまえ。ネット三昧でも充分楽しい人生さ。(階下に義両親が待機しているのだが)
アウトレットモールでは早速冬物割引セールの広告をネットでガンガン出している。
買えないのはわかっているけれど(サイズ、経済的な問題、そうそう義母の問題も有。「またそんなものを買って」と言われてしまう)割引された品々を見るだけでも楽しい。

新聞には大晦日の日付が変わるときに使う花火の宣伝が載っている。
ウチでは全く買ったことがない。
寒い夜中に外に出て花火に点火したり見たりするのは拷問だ。若者や子供の楽しみなのだろうか。

QRコードを大きくしてみた。広告に品はこんな風になります、という動画が出てくる。

撮影の仕方が悪いのか、あるいはそういうレベルの品なのか、なんだかちゃちいように見える。

花火というと、蒸し暑い夏の夜が相応しいと感じる在外日本人は多いだろう。
なにしろ、見るのに寒いのは辛い。屋内から近所が打ち上げるのをそっと眺めたり、テレビで大きな街の大きな花火を見るのが冬の花火。





クリスマスはやっぱりケーキがなければならない日本人

2017年12月27日 | カテゴリー分けするのに飽き
クリスマス祝日二日目26日の午後にケーキを食べた。
 
いつもの義母ケーキ。スポンジ台を二つに切って、間にヨーグルトとイチゴなどを混ぜた柔らかいゼリーをはさんだもの。
クリスマス時期にケーキを食べるのは珍しいことだと思った。
膨大な量のクッキーがあるから、例年はケーキをクリスマスに食べることはない。
まず、それが片付いてから義母は再び週末ケーキを焼き始めると記憶している。

今に始まったことではない食卓での義両親たちのちょっとした言い争い。
お互いの皿に料理をとってやる彼らだ。
「そんなに要らない」「それは嫌いだ」
などと、盛られたほうが必ず言う。
しばし、それについて激しいやり取りがあり、すぐに収まる。
喧嘩になることをわかっていて、どうして再び相手の皿に盛りつけるのかさっぱりわからない。
長年の食卓での食前儀式なのかもしれない。

「もっと食べなさい」と義母は毎回、毎食のように言う。
このケーキのときもそうだった。
夫にはもちろんこうした母親の干渉は非常に不快で、いつも不機嫌な表情をますます不機嫌にする。
義父は「強制するべきではない」と義母が勧めるたびに言う。
これも、一種の儀式めいた我家の食卓の習慣なのだろう。
だんだん激しくなっていると感じるのは私だけか。義母は年をとってますます若い頃の習慣に拍車をかけて強力に食べることを強要する様になったのか。
獲物を担いで戻ってきた男の妻が料理して、洞窟の子供たちや親族に食え食え攻撃をかける様子が目に浮かぶ。
明日は獲物があるかどうかわからない原始時代の記憶が義母にはまだ残っているのだろう。





昨日の続き記事~安上がりな我家のクリスマス~

2017年12月26日 | カテゴリー分けするのに飽き
昨日は異様にインターネット接続速度が遅く、写真一枚するのにも難儀した。今日はどういうわけか快調だ。
私のラップトップ、くたびれているのだろうなぁ。8年ほど使っているVistaだ。
夫に買い替えをせがんでいるのだが(夫が仕事で使用している備品なので正確には私の物ではない)聞き入れてもらえない。

すっかり正月を迎えるムードの日本だろうが、ここは1月6日までクリスマスモードが続く。
冬至を過ぎて、徐々に太陽の昇り降りの時間が変わって明るい時間が増えることへの期待感は、緯度の低い地域に暮す人々とは比較にならないほど高いのだろう。
冬至を宗教行事に当て、一年の始まりを冬至を過ぎた頃にするのは高緯度に住む人々の発想なのだろうとつくづく思う。

昨日紹介できなかった写真を数点。
折り紙で作った星。出張でたびたび来独する日本人男性Oさんからのおみやげの折り紙だ。
折り紙は「Origami」の名でここでも広く好まれている。(折り紙自体売られているのを見つけるのは困難だが)義両親たちも子供の頃にやったと言っているので、最近の流行のものではないことは確実だ。
だが、私がこうした物を折ると非常に喜ぶ。

近隣の家々の玄関先に飾られている立派な品と比較すると、手作りのこれはなんとなくわびしい感じもしないことがない。
Oさんという人と彼の航空旅行費(会社の負担だが)、私の折り紙技術と時間がかかっている高価な折り紙星だ。
自信を持って自慢したい。
ウチって、辺鄙なところにあるのでほとんど来客がないのが残念。

24日の夕食私の皿。毎年これなのであまり目新しくもない。
ソーセージをもっとおいしいものにして欲しい、と思うんだ。肉食を避けている夫には自然食材店の偽肉ソーセージにするとか、義母は思わないのだろうな。
ドイツのポテトサラダはべちょべちょで、酸っぱい。
日本風のは受け入れられないのかと思っていた。在独数ヶ月のT子さんがドイツ人義両親に日本ポテトサラダを披露したら高評だったらしい。(日本の鶏のから揚げはリクエストがあるほどヒットしたらしい)
そういうわけで、このべちょべちょポテトサラダはどうにかなるものと信じている。


義母料理に不満だらけとは言い切れない。彼女のシュトーレン各種は市販の品より絶対おいしい。



スーパーに売られている品の多くはレーズンが凄まじい量入っていて、それだけでげんなりする。
義母のはほとんど何も入っていない(見えない)。旨い。

シュトーレンもパン屋などに売られているものは非常に高価だ。(我家にとって)
おいしいのかもしれないが、高すぎて食べたことがない。

ウチの手作り、安い材料ばかりで揃える料理と飾り、それなりに機能している。

もう一点。
我家はクリスマスプレゼントもなし。
ティーンエイジャーの義両親の孫たちには現金のプレゼントが用意される。
我々大人たちは、贅沢禁止。





ウチのクリスマスイブ

2017年12月25日 | カテゴリー分けするのに飽き
24日クリスマスイブは待降節第四主日だったので、すべてのろうそくに火を点した。
このあと何日かあると気分的に最後の待降節と感じるけれど、すでにクリスマスイブ。
 
ツリーもいつの間にか飾り付けられていた。
午後に友人との長電話をしていたあいだに義両親たちがちゃっちゃとやってしまったと思われる。

下は数日前に焼いたシュトーレン。4,5つほど焼いていくつかは冷凍保存されている。

24日午後には芥子の実シュトーレンを焼いていた。

芥子の実ペーストは市販品。砂糖を加えて生地に載せる。この生地は油分が多いパン生地だ。

大きなシュトーレン二個が焼きあがった。

これが我家の(あるいはこの地域の)定番クリスマスイブの食卓だ。

シュトーレン、ポテトサラダ、ソーセージ。
甘いもの、酸っぱいもの、塩の味のものを組み合わせるのに意味があるとか聞いたことがある。
はじめの何年かは気持ち悪くて食べづらかったものだ。
今となっては「このシュトーレンはアレよりおいしい」などと批判できるようになってきたのだから恐ろしい。

新聞は23日に配達されて26日まで休みだ。

こんなに新聞が来ないのは日本ではありえないだろう。
新聞の発行状況を観察して「ドイツの人たちは働かなくていい」という印象を受けるが、最近、方々の「公務員と大企業勤務者でない人」の話を聞いて、日本同様に過酷な労働を強いられている職場も多いことを知った。

最近転職したA子さんは来月2日から薬局に勤務する。その勤務時間を聞いてちょいと驚いた。
朝8時から19時まで。隔週土曜休み。薬局は順番で日曜日に営業義務があるので数ヶ月に一度のその日曜日も出勤。
夫は会社員ではないので単純に比較できないが、ここ数ヶ月その日のうちに帰宅できない日々が続き、ついに先週末に倒れた。
医師の診察を受けたその日はこれまでの人生にないほど具合悪そうだった。
今も、体調の悪さから非常に不機嫌で、なるべく近づかないようにしている。
西洋はクリスマスには長期休暇があるだろうと思ったら大間違い。
27日から普通に出勤の人は多い。

そういうわけで、昔から過労死があったドイツ、今ではもっとあるのだろうと予想している。

PCの具合が非常に悪く、写真の掲載などが難しくなっている。
手の腱鞘炎も悪いが、PCまで悪くなってきているので定期的なブログ更新が難しくなるかもしれない。





クリスマスツリー、無事にタダで獲得

2017年12月23日 | カテゴリー分けするのに飽き
今年は買わなくてはならない、と義両親たちが話し合っていた。
クリスマスツリーの材料だ。
12ユーロから40ユーロくらいのさまざまなものが路上で売られている。
その様子を撮影したブログ記事がある。リンクさせたいのだけれど、今、ウチのインターネットの接続は非常に遅く、一つ一つの作業にいつもの数倍時間がかかるので断念。

で、結局、いつものように林業農家の親族にもらうことができた。
ウチの裏側で待機中。

葉が落ちないように水をやっている・・・

本格的に飾り付けるのは24日だ。
1月6日まで葉が落ちたり茶色くなったりしないよう持たせなければならないからだろう。

夫がこのPCで仕事するのを待っているので、今日はここで終わり。
ネット環境悪いウチ。PCも自分のを所有できない悲しさ。
ううう。

ドイツ人捕虜は喜んでごぼうを食べたのだろう

2017年12月22日 | カテゴリー分けするのに飽き
ごぼうを手に入れた。
自然食品店で販売されている品だ。普通のスーパーで見かけたことはない。
義両親や夫は食べないだろう、500グラムもあるからきんぴらごぼうにしたら、私一人で平らげるのに何日かかるだろう、などと考えた。

食糧小部屋に置いた。義母が「これはなんですかっ、変なものを買ってくるんじゃありません」と言い出す前に料理しちゃおう。
料理しようと思ったその朝、私に電話がかかってきて某店番にすぐに来て欲しいと頼まれた。
義母にごぼうが処分されてしまわないかちょいと心配だったがそのまま家を出た。

さて、帰宅すると、義母がごぼうを見つけたらしく「どうするんだ」と尋ねてきた。
「あ、今すぐ料理します」
と言ったのだが、言葉の行き違いか、よくわからないのだが義母は皮をむいて茹ではじめた。

「酢水で茹でるのよ」
と、よく知っている風だった。え??
ごぼうと白人、というと、第二次世界大戦中の捕虜兵の事件を思い出す。
ごぼう料理を出したら、木の根を食わされたと虐待扱いされた裁判。
その戦争ではドイツ兵は捕虜になりえないのだから、他の白人だったのだろう、とテキトーに記憶していた。
義母が嬉々としてごぼうを洗ったり切ったりしている光景にたまげてネットで確認した。
なるほど、オーストラリア人だったのね。

第一次世界大戦のときはドイツ人捕虜がいただろう。彼らのオーケストラがあったとかいう史実映画があった記憶が。
彼らは喜んでごぼう料理を食べていたのに、次の戦争の捕虜たちには虐待扱いされてしまって、日本人もさぞ困惑したことだろう。

義母はごぼうを固めに茹で、袋に入れて冷凍保存した。
「スープの具においしい」
と、言っていた。何やら嬉しそうだったので、好物なのかい??

さて、12月に焼いた大量のクッキーはちゃんとした状態で保存できるか、という質問のコメントがあった。
義母の親族宅ではあまりにも大量に焼くので半年近く残るという話を義母に聞かされたんだ。
義母に質問しても、彼女は何でも数年から数十年保存できると答えるのでやめておいた。
親しくしている街中在住70歳のドイツ人女性に尋ねてみた。
「そうね、2月くらいまでかしら」
だいたい3ヶ月くらいは保存可能のようだ。この答えには日本の人たちには納得するだろう。

ここは食品をはじめ、物資が日本より長持ちするように感じる。
去年11月に帰省したとき、ブラウスのわきの下の部分に汗染みができたことに驚愕したものだ。
ここもわきの下に汗をかくのは冬でもあるが、それがシミになって洗濯にちょいと工夫が必要、ということがほとんどない。
洗濯頻度が違ってくるので、衣類は当然こちらでは長く使える。
また、プラスチック製品の劣化も日本は比較にならないほど早いと思う。
義母の夏場に使う洗濯ばさみ、3,40年使っていると思う。夏の外干し用は北国でも強い直射日光に当たるのに、だ。
そういう具合なので、食品も賞味期限が日本のものより長いと感じることが多い。
米など、1年半先の日付が賞味期限になっているんだぞ。
手作りクッキーも、日本で保存するのとここで保存するのではおいしく食べられる期間が違ってくると想像できる。
義母が8月まで大丈夫、と言ったのも、誇張ではないと思う。ただし、私はそんなに古いクッキーを食べたくないが!




移民のための年末行事

2017年12月21日 | カテゴリー分けするのに飽き
いろいろな外国人支援組織があって、それぞれがさまざまな催し物を開催している。
中国人友人にちょいと声を掛けられて行ったのが、これ。
まずは円盤のような楽器の伴奏で歌。

この楽器は何だろう!きっと日本で流行るだろう。アップロードしたものを聞いてみたら歌声だけで、楽器の音がほとんど聴こえない。非常に魅力的な響きを持つ楽器なのに、紹介できなくて残念。
近い将来、ドイツでイスラムの祈祷時間を知らせるアザーンが許可されるのではないか、という前兆のような音楽。

在住外国人支援に関する講演。
 
おじさんによるドイツ民謡。ルーマニア人子供たちによる歌。
 
イタリア人たちの歌やダンス。 各国出身の人たちによる舞踊。
 

会場にはちらほらと知人友人が来ていて、軽く挨拶を交わした。
こうした移民関係の集まりにはだいたい同じ顔ぶれが集う。
東洋人は非常に少ない。中国語教育関係者が6,7人いつも来るようだ。当然のことながら、同じ国出身の人たちが集まって歓談していた。その中に誘ってくれた中国人がいるので、彼女と一緒にいると、他の中国人たちは私に中国語で挨拶をしてくれる。まあ、見かけでの区別は不可能だからな。挨拶、自分の名前を言うくらいの中国語会話可能な私。発音がきれいだ、と中国人に褒められることもしばしばだ。。
「あら、日本人なのぉ?」
と、意外そうな顔をする人も。

タイ人女性も二人来ていて、そのうち一人が知人なのでちょいと挨拶した。
外国人支援を長くしているいつものドイツ人たち数名とも挨拶。
もしかして、年末の挨拶機会にこうした催し物を開催しているのだろうか。






クッキー焼き講習、単に作らされたような・・・

2017年12月20日 | カテゴリー分けするのに飽き
料理が嫌いな台湾人女性にクッキーの作りかたを教えに行った。
彼女のドイツ人旦那さんは、ケーキなどをかなり上手に焼く。彼に作ってもらえばいいのにねぇ。
長男もこの時期に各家庭で普通にクッキーが焼かれているのを知っているから、手作りのものを食べたいらしい。

彼女が手持ちの抹茶を入れよう、と提案したので緑色になった。

棒状にして冷蔵庫でしばらく休ませる。

5ミリほどに切って焼いた。

案の定、彼女はあまり熱心ではなかった。だいたい、クッキーなど、粉と油脂と糖分を適当に混ぜて焼くだけだから、いくら料理嫌いでもネットの膨大なレシピを見ながらできるはずじゃあないかい?
単に、私の手助けを借りて自分で作ったことにしたのだったろうな。

義母クッキーをみやげに持って来たので、このときに作ったクッキーはこの抹茶入りだけ。
家に戻ったとき義母に「一種類だけ焼いた」と報告したら彼女はあきれていたようだった。
今週末にはこの友人一家は300キロほど北に住む旦那さんの実家で二週間ほどを過ごす。
料理をしなくていい旦那の実家泊まりは嬉しいようだ。だったら、いっそのこと、同居しちゃったらぁ~、と意地悪く思う私。旦那さんはインゴルシュタットで一人で住まわせて稼いでもらってね。
たまに泊まりに行って世話になるから楽しいのだろう。私には経験できない感覚だ。




クリスマスマーケット巡り。

2017年12月19日 | カテゴリー分けするのに飽き
ウチの街の中心で週末三日間だけ開催されたクリスマスマーケット。

17時から始まるところを16時に行ったので、関係者だけしかいなかった。

大きな街のクリスマスマーケットと比較にならない。
近所の人たちが集まって温めた甘いワインを飲みながら歓談する場所のように感じる。

本物が展示されている農家が多いこの地域らしい演出。神の子羊は二頭。

所変わって、下二枚は人気のニュルンベルククリスマスマーケット。
りすブログファンの集まり・・・じゃあない、ブログを通じて知り合った在独日本人とここで待ち合わせた。

すれ違う人々からは英語や日本語、中国語が聞こえる。日本語からは旅行者であることが察しられた。
世界的に人気のあるこのクリスマスマーケット。販売されている物資も、ウチの街や集落のとは違って面白い。
当然なのだが、寒くて長時間屋外の店を見て歩くのが苦痛になる。
早々にカフェかレストランに逃げ込もうとしたのだけれど、どこも満席だった。さすがニュルンベルク。


クリストキントを演じる女性。
これもニュルンベルクのが有名だが、インゴルシュタットにもある。

クリスティーネさんと言ったかな。22歳。某大企業関連会社勤務。

熱心に彼女を観察していたら、彼女と知りあいだという男性に声をかけられた。

よくあるアジアファンのドイツ人男性で、在独タイ人女性に囲まれてウハウハな様子の自分の写真を見せてくれた。
ちょいと警戒したけれど、日本をべた褒めしてくれたのでしばらく付き合って会話した。
「クリスティーネは友だちなんだ、彼女と一緒のあなたを撮影したいんだけど」
え。
嫌だな、と思ったが、仕方がない。
彼のカメラに私と華やかなクリストキントが記録された。
見せてもらうと、やっぱり。
典型的欧州人22歳しかも金髪、のとなりに、ちっちゃくてやせこけた(ブ厚着でそれはしっかり隠されているが)アジア人おばさんが惨めな笑顔でちょこんと写っていた。




ウチでのブ厚着披露

2017年12月18日 | カテゴリー分けするのに飽き
外気温は0度前後が続くこのあたり。
庭の池の水が完全に凍っていないし、雪が降ってもあまり積もらないので本格的な寒さとはいえない。
室温はだいたい20度。それを超えると暖かすぎで「贅沢かな」と思ってしまう貧乏性の私。
充分に着込むことを学んだ。
まず、下着は二枚重ね。一枚は半袖綿シャツ、もう一枚はユニクロヒートテック。
義母はレギンスやストッキングを四枚重ねて穿くらしい。私にはちょいと真似できない。

綿のタートルネックシャツと、ジーンズ。

その上にセーター。写真は前開きのウール混紡カーディガン。2008年に買ったお気に入りだったが、毛玉だらけになってしまったので家の中専用に降格した。

その上にポリエステル綿の袖なしジャケット。下半身は雨合羽のズボン。ペラペラだが妙に暖かい。歩くとガサガサと音がして、夫がうるさがる。彼がいるときは穿かないようにしている。

室内履きはこれ。かれこれ6,7年使っているので、中敷を敷いている。

これで完璧、家の中防寒対策。
とこがね・・・それでも寒いことがほとんどなんだ。
ヒーターのつまみを上げる前に、フィットネス動画と一緒に踊る!
10分ほどで暖まるんだぞ。自家発熱はもっとも健康的で環境によろしい。
その発熱もしばらくすると効果なくなってくる・・・・
スーパーのチラシには欲しくなる品が並んでいる。

ウチのように寒い家はドイツ中にあるのだな、とよく理解できる。

リュック型あんか宣伝には毎年魅せられていて、買おうか買うまいか悩んでしまう。
電気のコードを使うから、家の中で自由に動き回れないのを考えていつも断念。
リードを付けたリス状態になっちゃうものねぇ、うほほほほ。



待降節第3主日

2017年12月17日 | カテゴリー分けするのに飽き
待降節三週目のろうそく。

私のろうそくも点火。

これは撮影用に窓に持って来た。
撮ったあとは、安全な場所に移動させたぞ。

重要ではない用事ばかりで忙しいクリスマス前。
新しい友人に逢ったり、クッキーを焼けない知人の手伝いに行ったり。
社交も人生の上で大切な物事の一つかな。

今日、日曜日の朝も知人がウチに来るので、これで今日のブログ記事終了。