ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

伊勢神宮参りの旅~御師=仕掛人兼トラベルデスク

2013-10-27 | 日本のこと

伊勢参拝は江戸時代に庶民の大ブームとなったのですが、
これには仕掛人がいました。

御師という宗教家で、神宮の神髄を説きながら全国を布教して回り、
お札や伊勢暦などの勧誘グッズを配り、参詣曼荼羅などのカタログで
庶民の憧れを誘い、一大ブームの元を作り上げたのです。

このとき配ったお札は、一年間神棚に祀ったのち、木箱に入れて処分する、
という慣習もでき、これが「お払い箱」の語源となっています。

 

御師はまた、伊勢参りの旅のコーディネイトもしていました。

人々は伊勢までの費用を賄うために「講」という積み立て制度を作り、
村単位で旅費を貯め、くじで代表を選んでお参りをさせたのですが、
この講からは前もって御師にお金を送金します。

旅行代金は先払い、ということです。

御師はその代金で道中の茶屋や宿を予約しておくのですが、
予約がなくとも、「契約済」の店であれば、予約者はお金を払わずに
宿泊や飲食をすることが出来ました。

まさに、現在のトラベルデスクのパッケージツァーの仕組みです。

このような信用商売がしかも全国ネットで成立していたというのが、
日本人の「民度」の熟成を現していると思いませんか?




何でもない敷石ですが、これも「お地蔵さまに見える」と言われているそうです。

「いくら日本の神様が寛容でも、そのこじつけは不適切なのでは・・・・」

でも、そのうち誰かがこれにも手を合わせ始めるんだろうなと予想。



この日は平日の午前中ということで、かなり空いていたとのことです。

 

ポツンと放置されたベビーカー。
中には生後3ヶ月くらいの赤さんがいました。
周りのばばたちが大騒ぎして、

「子供捨てる気なん?」
「放置して親はどこいったん、親は!」
「さらわれたらどうする気これ?」

などといきりたっていました。
アメリカじゃあるまいし、日本で、しかもお伊勢参りの客が赤ん坊を連れて行くだろうか。
とはいえわたしが親でも絶対これはできませんけどね。

この写真を撮った直後、向かいから2歳くらいの男の子を抱えて、
若いお母さんが必死でベビーカーのところまで戻ってきました。
きっと、上の子を急いでトイレに連れて行く極限状態だったのでしょう。
子供を育てたことがある母親として、理解できます。
本当にどうしようもないときって、あるんですよね。

泣きそうな顔をしてもう大きな子供を抱えていましたが、
ベビーカーのところで待ち構えているばばたちから、これからさぞかし
鬼の首を取ったような調子の非難叱責を受けて、悲しい思いをするのだろうと、
心からこのお母さんに同情しました。



これは立て替え前。
20年経つとこのようになるという見本です。
逆にどうせ20年したら建て替えるのだから、
という意識で作っているので、そう堅牢なものではないという感じ。

しかし、どんな地震が来ても鳥居だけは倒れず、残るのが
今や世界の不思議となっています。
揺れがねじれて伝わるからなんですね。一言で言うと。

 

タクシーで内宮へと向かいます。
鳥居の中は右側通行。
ここは車を留めることができないので、ガイドなし。
おじさんはそんなときのための解説本を貸してくれました。



内宮のことを皇大神宮というのが正式の名称です。

 

橋の上流側に立っていた柱。
何のためなのか分かりませんでしたが、川が氾濫したときに、
大きな木材が橋桁を直撃するのを防ぐため、と予想。
本当はどうだかはわかりません。



境内でのライブ・パフォーマンスもあり。
外国人観光客が食いついて写真を撮りだしたのは・・・・。



15歳くらいに見える巫女さんの舞。
神楽舞楽といいます。



江戸時代の一生一度の伊勢参りの目的とは、
この御神楽をあげることと言われていました。

神楽とは「神遊び」ともいい、神事です。
神楽殿では申し込みによって神楽奏奏をしてもらうことができます。



興味津々で値段を見たところ、一番安価なもので1万5千円。
最も高価なランクが「50万円以上」とのことです。



神楽奏奏は初穂料を添えて住所氏名を書き申し込みます。
ちゃんと名前にはふりがなも書かなくては、

神様に伝わらないのだそうです。

神職が名前を読み上げてくれ、そのあと、

「自分がスポンサーになって行われるショウ」

によって、神様を楽しませ、ついでにお願いを聞いてもらう。
御神楽を捧げるとは、つまりこういうことなのです。

「じゃ、たくさんお金を出せば神様もお願いを聞いてくれ易いってこと?」
「そう。地獄の沙汰も金次第ってやつですね」
「・・・・そのたとえはさすがに適切ではないのでは」



この巫女さんたちは、いわゆる¥50万クラスの舞いをするのには
少々若くて経験不足のクラスではないかと言う気がしました。

ところでここだけの話ですが、わたし、その昔(学生時代)アルバイトで
結婚式の巫女さんをやったことがあります。
知り合いに頼まれたので3ヶ月の間、土日に一件くらいの割りでやりました。

あのときエリス中尉の注いだお神酒でかための杯をし、
ついでに振った御榊で結婚の儀式をされた何組かの夫婦の方、すみません。
こんなインチキ巫女の御仕えで一生一度の大切な神事を執り行うことになって。

今でもお幸せでおられるといいなと心から思います。

 

さて、そんな懺悔の気持ちを(笑)全て水に流す場所がここにはあります。
ここはいわば神様にお願いをするためのの一大アミューズメントパークですから、
当然そういうコーナーもちゃんと用意されているわけです。

それがこの河原。

水辺に立って、流れで手を清めれば、過去の色々を流し去ってくれるという
脛に傷持つ大抵の煩悩深い人間には非常に都合のいいありがたいコーナー。 

危なっかしい足取りなのに、それでもこんなところに無理矢理立つ老人。
やめろー!


 

隣でおばあさんがよろめいたのでヒヤっとしました。
昨日の雨で増水していて流れも早く、
お年寄りが水に流されたらまず助かるまいと思われます。
もしそうなったら、
これが本当の三途の川を渡ったってやつですか。

「さすがにその例えは適切ではないのでは・・・・」

 




落ち葉かきや枯れ枝を拾ったりする作業のための道具にも、
ポリバケツのような無粋なものは決して使いません。
おしゃれな手編みのカゴ。



消火用ホースだってこの通り。
これも20年おきに作り替えるんですね。

 

高床式の神事に使う道具を収納する倉。
新しいので檜の香りが満ち満ちています。





こんな風に周りを囲ってある木があれば、皆がなぜか両手をつきまくって
「千年のパワーをもらおうとしている木」もありました。
そんな木は通りがかる人が次々と同じことをするので、
つるつるになってしまっていました。

 

こちらは、神様がすでに転居された古いお社。
新しいのは隣に建っていて、皆が祈りを捧げていますが、
そちらは撮影禁止です。
古い方はこれから壊すので、写真を撮ってもOK。

 

ここまでお参りをして疲れた善男善女のために、真新しい休憩所が。
伊勢神宮にまつわる映画をずっと流しているほか、
自動販売機もありますし、無料でお茶もいただけます。



頂いたあとの湯のみを入れる場所。
この男性は「お茶、美味しいわ」とつぶやいていました。
わたしは水を頂きましたが、お水も美味しかったです。

 

帰りに、また先ほどの欄干のある橋を渡ります。

 

日本の国旗が高いところに見えるように翻っています。

ここ伊勢神宮の内宮に祀られるのは天照大神。
つまり、高天原の神が地上世界を治めるために自分の身内を送り込んだ、
その子孫が天皇であり、地上の代理統治を神から託されたのが天皇である、
というのがここ伊勢神宮と皇室とのゆかりなのです。

伊勢神宮に祀られているのが「皇祖伸」であるがゆえに、総理大臣の参拝も
昔から慣例的になされてきたわけですが、そういう歴史を何も知らずか、
浜口首相以来の安倍総理の遷御参列を

「戦前回帰」「政教分離に反する」「賛否両論」

などと書き立てるマスゴミというのは、つまりこの「日本の旗」「天皇制」
に反対している一派と同じ考えってことでいいですか?



この欄干だけがツルツルに光っているのは、これをなでると
お願いが聞いてもらえるという言い伝えがあるからです。
たまたまそれを知っていたわたしたちが立ち止まって触ると、
それまで周りに誰もいなかったのに、急に欄干をなでるための人だかりができました。

三ツ石の「パワー」とやらも、最初になんとなく思いついてやる人がいて、
通りがかりの人が次々とそれをみて同じようなことをするので、
いつのまにか囲いまでができてしまったんでしょうね。



ここには毎月一の付く日のみ、神馬(しんめ)が繋がれます。
馬ならぜひ見たかったのですが、やはり神様の馬なので白馬だと言うことでした。

ここには境内を歩き回る鶏がいて、それは
天石屋戸神話(天の岩戸伝説)に登場する「長鳴き鶏」、
つまり天照大神の神使として大切にされている「神鶏」なのですが、
どちらもこの日見ることが出来ませんでした。

ところが鳥居を渡りきったところに・・・。

 

妙に人馴れした、人懐こい猫がいます。
尻尾を前足の上にちゃんと乗せてお行儀も良い。

屈んでなでてやると、身体にすりすりしてきて、
尻尾も握らせてくれました。
驚くほど毛艶が良く、触るとまるで天鵞絨のような手触り。


後で運転手さんに言うと、ここには三匹の猫が可愛がられていて、
近所のお店から餌ももらっているとのこと。
後二匹は白黒の猫だそうですが、どれも人馴れしていて、
参拝客のアイドルなのだそうです。



わたしたちの次は、ほら、この通り。
誰ですか「猫になりたい」なんて思ってるのは。

「でも、ここに住み着く猫って賢いよね」
「伊勢参りに来るような人たちが、いじめたりするわけないしね」

そのせいなのか不思議なくらいおっとりして気品の感じられる猫。
神馬も神使も見られなかったけど、この神猫みたいなのに会えたので大満足です。