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昭和16年夏の敗戦

2010-09-04 | 日本のこと

テレビを見ないエリス中尉の方が、NHKでしか国会中継を見たことがない人より国会でどんな質疑が交わされているか知っている、と言ったら意外に思われるでしょうか。
インターネットではその日のうちに国会の模様を(テレビ放映されていなかったものでも)全編見ることができます。
夜のニュース番組のように恣意的な編集ができないからでしょうか、NHKはときどき「重要でないと局が判断した」という言い訳の下に中継をしなかったりします。

すでに、この対応で「ネットの情報が一次ソース、テレビは二次ソース」ということを決定付けてしまい、ネットを「当てにならない」ということにしたいテレビ的には全く木を見て森を見ない愚かな行為だったと思うのですがね、
NHKさん?


さて、先般行われた選挙後の8月12日、衆議院予算委員会での石破茂氏の質疑です。
氏が冒頭にこの猪瀬直樹氏の1983年、昭和53年に書いたノンフィクションを紹介しました。

「昭和16年の敗戦」

27年前の作品ですが版を重ね読み継がれ、この夏あらたに再発行された名作です。
石破氏はその本の内容の説明から質疑を始めました。
(国会中継の動画ページからの注文で某ネット書店では一時この本が品薄になり発注ができなかったそうです)


昭和16年、開戦の年、当時平均年齢30歳の武官(陸海大出の大尉あるいは少佐)高等文官、企業、教諭、ジャーナリストの中から選抜された選りすぐりの精鋭を集め「総力戦研究所」が発足しました。

彼らは総理大臣、外務大臣、陸海軍大臣と役を振られ、模擬内閣を結成。
持てる知力を尽くし「日米もし戦わば」をシミュレーションします。

「青国政府内閣」総理大臣はある日研究所教官にこう宣言します。
「開戦はできません。そういう結論です」

そして、それでは演習質疑はできない、と教官に言われ、「開戦したという想定で」シミュレーションを続けた青国政府は、あらゆる討議を繰り返します。

「『ソ連参戦』を座して待つか、もはや石油備蓄も底をついた。佐々木は両手をあげた。思わずギブアップのポーズをとり教官にたしなめられた」

佐々木直は「日銀総裁」。戦後「日本国政府」で実際に日銀総裁を務めることになります。

「『アイ・アム・ソーリー(残念だ)』と佐々木がいうと『俺こそアイ・アム・ソーリ(総理)だ』と窪田は苦笑い。わずか四十日あまり。彼らはタイムトンネルの中を駆けめぐり、焦土の風景の中に立ちつくしていた」


近衛文麿、東条英機の前で発表されたその「敗戦」は、ソ連参戦、原子爆弾投下を除き実際の開戦から日本が辿った敗戦への道と全く同じであったそうです。


さて、石破氏が何故この本の内容を国会で紹介したか。
続いて氏は総理にこのように質問をしました。

「文民統制とは何か。それが有効に成立するためにはどのような条件が必要か」

管総理の答弁です。

「まー、あたしのぉ、考える文民統制いい、基本的にはー、国民が・・・・(十秒沈黙)軍事についても最終的に判断する、とー、しかしー、現実の社会にで言えばあ、軍事組織にー、属さない政治家ーーーが、民主的な手続きの中で判断する、それが、文民統制だと思います」

二十秒で言えることをくだくだ(管々?)と(笑)

石破「有効に成立するためにはどのような条件が必要ですかっ」(-_-メ)
管「何かー、口頭試問を受けている気がしますが・・・、私なりの考えでいえばあ、民主主義が成立をしやはりいろいろな発言の自由が保持されているー、手続きとしては一般的に言う議会制度とか―そういうモノがきちんと機能しているーそういうことだと思います」

石破先生の正解です。

文民統制
一、軍隊が強大な組織であるゆえにたとえばクーデターなどの暴走を防ぐ
一、軍事を利用した国益、安全の確保

そして機能する条件とは
一、最高責任者である総理が国防、安保についての正確な知識を持つ
一、専門家である軍つまり自衛隊制服組の現状認識と考えに耳を傾ける



つまり、冒頭説明した「昭和16年夏の敗戦」の話がここでフィードバックされるわけです。
石破氏はあえてその話に触れず話を進めたので、鳥頭の総理がフィードバックしたかどうかは疑問ではありますが。

総力研究所の模擬内閣の彼らが事態を曇りない目で見抜き、データだけを虚心坦懐に突き詰めた結果予測したものが全くその後の歴史をそのまま再現したものであったという事実は、いかにタテ割り行政にとらわれない情報の汲み取りが大切か、ということにつながるという論旨だったわけですが、総理の答弁は

「そういう機会はできるだけ早い段階で設けたいと思います」


今まで設けなかったから大変なことになってるって言われてるんだろうが。



「緒戦、奇襲攻撃で勝利するが、国力の差から劣勢となり敗戦に至る」


こう予言した「青国政府」の「海軍大臣」であった海軍少佐の志村正は12月8日、実際の開戦に際し「警視総監」に向かってこう言ったそうです。

「真珠湾奇襲の大戦果の報道で国民は有頂天になっているが、国民も為政者もわれわれ軍人の大部分も余りにもアメリカの実力を知らなすぎるよ。褌担ぎが横綱に挑戦するようなものだ。全く無茶な戦争を始めたものだ」

しかし、そう言ったその口で同じ日、別の研修生にこうも言うのです。


「敵艦に体当たりして死ねたら本望だなあ」

模擬政府における強硬な開戦反対論者だったかれは、戦時中は憲兵隊から要注意人物としてマークされ、復員後は立身出世と無縁の市井の人として生きたとのことです。