その庭は一面白砂のみ。
草木はおろか、石すら無いという究極の無の枯山水。
いや、この作庭様式は果たして枯山水と呼べるのかどうか…。
京都 妙心寺 東海庵の方丈南に位置する大きな庭は、東西へ向かってただ一直線に引かれた砂紋のみ。
禅の最中、思考を妨げる一切の無駄を取り払ったと言われる白露地(はくろじ)の庭。
出会いのインパクトは大です。
あるべきはずのものがないという新鮮な驚きに加え、喧騒のない静かな空間。
物質を廃したその空間ですが、しかしよく見れば、光と影はそこにあるのです。
借景となる塀の向こうにある緑樹の影が、朝の斜光に照らされてのびた影が白砂の上に落ち、日の高さに伴って静かに移動してゆきます。
ゆるやかな時の流れが、確かにそこに見えたのです。