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No1175『気狂いピエロ』~僕は「水平線に向けた大きな疑問符」~

十数年以上かけて、
やっとゴダールの映画を観て
純粋にすごい、と思うことができた。
今まで、何度も観に行っては、
よくわからん、眠い、睡魔に襲われて完敗の
繰り返しで、
フランス映画の大御所ジャン=リュック・ゴダールのよさは
私には、なかなか到達できない山のような存在だった。
苦手意識ばかりが先行した監督。

今回、千里中央にあるセルシーシアターで
フィルム上映で、ゴダール特集があると
友達のつぶやきで教えてもらい、
今度こそと足を伸ばした.

よかった…。
やっとゴダールとお近づきになれた気がする。

『勝手にしやがれ』(59年)は、白黒でまあまあおもしろかった。
でも、正直、どうすごいのかは、やっぱりわからない。

続く『気狂いピエロ』(65年)は、有名な作品で、
私も何年も前に観ているはずだが、
さっぱりだったのか、まるで記憶にない。

今回観て、なんておもしろいんだろうと思った。
カラー作品で、色が鮮やかでとってもきれいで、
色遣いがおもしろい。

最初、本の朗読から始まり、
哲学的な言葉は難解で、意味不明でも
その響きはどこか心地よい。
ルノワールやゴッホやら、いろんな画家の絵が
コラージュのように、映像の間にさしはさまれ、
言葉もまた、コラージュのように、挿入される。
音楽も、いきなり断片的に入っては、
プツンと唐突に止められる。
その容赦のなさが、逆に快感となる。
まさに、言語感覚、映像感覚、音の感覚が総動員されて、
映画と向き合っている感じ。
こちらの感覚まで、研ぎ澄まされるようでおもしろい。

冒頭、ジャン=ポール・ベルモンド扮するフェルディナンが
妻の両親の家の仕事がらみのパーティに、嫌々ながら行くと
それぞれの男女が、赤や緑や黄色と、それぞれに違う光に照らされている中を
ポールが、順番に、違う色の世界を横切って歩いていく。
ゴダールが、色、言葉と、
いろんなイメージの世界で、遊んでいることがはっきりと伝わる。

「あなたは自分が分かってないのよ」
「僕は地中海の水平線に向けた大きな疑問符だ」

アンナ・カリーナ演じるマリアンヌとフェルディナンの会話。
意味するところはわからなくても、
心にとっておきたいような、インパクトのあるセリフ。

「あなたは言葉で語るのね。
私は感情で見つめているのに」
マリアンヌが、フェルディナンに言うセリフ。

アンナ・カリーナがとってもきれいで、
白のワンピースにピンクのカーディガンとか、オレンジのワンピースと
うっとりしそうなくらい、小悪魔的な魅力にあふれている。

手相の運命線と、マリアンヌの魅惑的な腰の線をかけた「私の運命線」という歌とか、
短く挿入される音楽も情緒的な感じの曲が多く、ほろりと心をもっていかれる。

二人は、人を殺してしまい、パリから逃走劇が始まる。
車を盗んでは乗り捨て、南仏へと向かう。

道の脇で、事故で焼死と見せかけるため、
乗っていた車を爆発させる。
黒煙が立ち上るのをキャメラはゆっくりと写し、
ロングショットで横にパンしていくと
フェルディナンとマリアンヌが逃げていくのが、草原の向こうに小さく見える。
炎上した黒雲が横になびいていくのを映しつつ、
バチバチという音がわずかに聞こえる中、
広い草原に、鉄塔が立っていたか、
そこはかとなく長い、長回しが、吸い込まれるように美しい。

ラスト、マリアンヌはフェルディナンを裏切り、別の男と逃走を図る。
フェルディナンは、追いかけ、小さな島で、いきなり銃撃戦が始まり、
マリアンヌは、銃弾に当たって息絶える。

一人残されたフェルディナンは、顔に青いペンキを塗って、
黄色いダイナマイトを顔に巻きつけ、
赤いダイナマイトをその上から二重に巻きつける。
キャメラは、じっとアップで長回しで、フェルディナンを映し続ける。
このときの無音がなんとも言えない。

女を追いかけて、自死しようという覚悟だ。
続いて、マッチを擦って、
そこで、いきなり我にかえったのか、
「畜生」と言って、火のついた導火線を消そうとする。
導火線のアップ、
しかし、間に合わず、
いきなり、キャメラは、超ロングに弾いて、
広い海をバックに、崖っぷちで
ボンと爆発して、炎が一気に上がるのを映す。
なんとも衝撃的。

フェルディナンか、潔く死んでしまうのでなく、
途中、いきなりためらいのセリフが入るだけに、
観客まで、一瞬、戸惑ってしまい、
どう反応していいかわからないうちの爆発。
黙々と上がる煙を見ながら、思わず、涙がじわじわと出た。

キャメラは、ゆっくりとその炎を映しつつ、
ゆっくりゆっくり、海のほうにパンしていく。
海は静かで、ただ、青くもなく、白いような、
どこまでも続いていく海が画面いっぱいに広がる。
静けさが広がり、
どう終わるんだろうと思っていたら、
ここに
ランボーのあの詩が重なってくる。

「また見つかった、
なにが、永遠が、
海と溶け合う太陽が」

だたもう絶句するほどに、すごいとしかいいようがないラスト。

マリアンヌにべた惚れのフェルディナンが、
破滅に向かって落ちていく。
そのどうしようもなさはともかく、
車で、そのまま、一直線に、海に突っ込んでいくシーンもすばらしいし、
とにかく海がきれいだ。

フェルディナンが海辺で出会う、幻聴が聴こえる男とのくだりもいい。
女性を口説く時、いつも同じ曲が聞こえてくると話す。
彼が、自分のことを、気狂いと呼んでくれ、とフェルディナンに頼む。
彼の存在が、終幕に向けての、
布石となっているようで、すばらしい。

男女の間には、永遠というほどの近づけない深淵があるかもしれない。
フェルディナンの恋路は切ないが、
彼が苦悩しているようには見えず、
そんな哀しさやら、あれこれの解釈、説明を超えて、
ただもう、そこにいる、という感じ。

すれちがう男女を主たるテーマにしながらも、
男女を超えて、人生自体が秘め持つ謎、深淵に近づこうとしている気がする。

ただもう美しいとしかいいようがない、圧巻の作品。
また、いつか、どこかで、フィルム上映で観たいと思う。

千里セルシーシアターでの上映は明日までです。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (さきたろう)
2014-06-04 01:37:49
エリセ監督言うところの「映画史上最も美しいラストシーン」
がこんな風に引用されるのだから、面白い。

高槻で観た山椒大夫を思い出し、
カラーだったら、どんなだろうと想像。

印象的なセリフ。
「花 動物 空の青 音楽 分からない 全部よ。あなたは?」
「野望 希望 物の動き 偶然 分からない 全部だ。」
自分に不足しているのは、きっと後者だ。
 
 
 
さきたろうさんへ (ぱらぱら)
2014-06-06 03:05:07
原稿書くのに、ここ数日、悪戦苦闘していました。

エリセ監督がそんなふうに言っておられたなんて、同じ映画を観れただけで、とてもうれしい気がします。
やっとその「美しさ」を、少しは理解できるようになった、感じることができるようになった、とすれば、ちっとは生きてた甲斐があったというものでしょうか。
 
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